読書のあしあと

訳あってしばらく閉店します。

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1

書評218 マイケル・サンデル

『これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学』

鬼澤忍訳(早川書房、2010年)

昨年、哲学書としては脅威のベストセラーを記録した本である。
サンデルは、1980年代にリベラル=コミュニタリアン論争で脚光を浴びた哲学者で、学生時代は彼の主著を読んでいたが、まだハーバードで教鞭を執っているとは、サンデルも元気ですな。


【著者紹介】
Michael J. Sandel (1953年―) ハーバード大学教授。専門は政治哲学。
ブランダイス大学を卒業後、オックスフォード大学にて博士号取得。1980年代のリベラル=コミュニタリアン論争で脚光を浴びて以来、コミュニタリアニズムの代表的論者として知られる。類まれなる講義の名手としても著名で、あまりの人気ぶりにハーバード大は建学以来初めて講義を一般公開することを決定、その模様はPBSで放送された。この番組は日本でも2010年、NHK教育テレビで『ハーバード白熱教室』として放送されている。
主要著作に『リベラリズムと正義の限界』、『民主政の不満』など。


【目次】
第1章 正しいことをする
第2章 最大幸福原理──功利主義
第3章 私は私のものか?──リバタリアニズム(自由至上主義)
第4章 雇われ助っ人──市場と倫理
第5章 重要なのは動機──イマヌエル・カント
第6章 平等をめぐる議論――ジョン・ロールズ
第7章 アファーマティブ・アクションをめぐる論争
第8章 誰が何に値するか?──アリストテレス
第9章 たがいに負うものは何か?――忠誠のジレンマ
第10章 正義と共通善


【本書の内容】
哲学は、机上の空論では断じてない。金融危機、経済格差、テロ、戦後補償といった、現代世界を覆う無数の困難の奥には、つねにこうした哲学・倫理の問題が潜んでいる。この問題に向き合うことなしには、よい社会をつくり、そこで生きることはできない。アリストテレス、ロック、カント、ベンサム、ミル、ロールズ、そしてノージックといった古今の哲学者たちは、これらにどう取り組んだのだろう。彼らの考えを吟味することで、見えてくるものがきっとあるはずだ。ハーバード大学史上空前の履修者数を記録しつづける、超人気講義「Justice(正義)」をもとにした全米ベストセラー、待望の邦訳。


お薦め度:★★★☆☆

【本書の感想】

<全体の感想>
サンデルの講義録が流行っていると聴いて、「なぜ今更サンデル?」という疑問が拭えなかったが、NHKのテレビ番組で放送された彼の講義が大評判だったらしい。

本書はその講義を下敷きにした、講壇風の政治哲学の教科書である。
内容は、中盤まではリバタニアニズムやリベラリズムを紹介し、最後にコミュニタリアニズムの有効性を主張する、という構成になっている。

正直言って、本書の中身は80年代のリベラル=コミュニタリアン論争の焼き直しであり、目新しい論点や主張などはない。以前からこのあたりに興味を持っていた人であれば、読まなくていいだろう。
ただ、古今の哲学者の紹介はわかり易く、具体例も多いので、初学者にはいいかもしれない。


<リベラル=コミュニタリアン論争とは何か>
リベラル=コミュニタリアン論争とは、社会の根本原理として、「正」と「善」のどちらを優先すべきか、というものである。その要点は、次の一文に要約される。

どうすればコミュニティの道徳的な重みを認めつつ、人間の自由をも実現できるだろうか。(286項)

それは言い換えれば、「自由」の意味を問う論争でもあった。コミュニティが内包する善き価値によって人格を陶冶してこそ、初めて人間は自由なのだと主張するのがコミュニタリアンの立場である。対してリベラリズムは、個人が選択する「善き生」の内容まで哲学は踏み込むべきではないと主張する。

正しさを善より優先すべきかどうかという論争は、究極的には人間の自由の意味を問う論争である。……善良な生活の概念に対して正義は中立であるべきだという考え方は、人間は自由に選択できる自己であり従前の道徳的束縛から自由であるという発想を反映している。(282項)

リベラリズムの巨頭であり、『正義論』で英米哲学界に衝撃を与えたロールズが、80年代のリベコミュ論争後の『政治的リベラリズム』(1993年)において、コミュニタリアンの「負荷なき自我」批判を受け入れて普遍的リベラリズムの立場から撤退し、リベラリズムを政治的=制度的なものに限定したのは周知の通りである。
これは、リベラリズムがアイデンティティの次元でコミュニティの重要性を認めたものだが、制度理念レベルでは決着がついていないのが実情だ。


私は学生時代にこの問題を考え、最終的にアリストテレスの卓越主義の考え方に行き着いたのだが、サンデルも最後はアリストテレスに依拠しており、我が意を得たりであった(アリストテレスとリベ=コミュ論争、及び私自身の立場については長くなるので書評3:『ニコマコス倫理学』に譲る)。


<無作為の作為――同姓婚をめぐって>
アリストテレスを援用しコミュニタリアニズムを哲学的に基礎づけたサンデルは、具体的な事例を用いてリベラリズムの欠陥を指摘する。アメリカで最もセンセーショナルな議論のひとつである、「同姓婚は法律で認めるべきか」という問題だ。

リベラリズムは同姓婚を求める人々の権利を尊重し「認めるべき」と主張するだろう。しかしサンデルによれば、あらゆる価値から政治的に中立であろうとするリベラリズムは中途半端である。

自律と選択の自由だけでは、同姓婚の権利を正当化するのに十分ではない。仮に、自発的に選ばれたあらゆる親密な関係の道徳的価値について行政府が真に中立的だとすれば、国や州には、結婚を二人に限る必要がなくなる。……(もし国が結婚について真に中立的であろうとすれば)あらゆる結婚の承認から手を引くべきだ。(331項)

リベラルの論理を推し進めれば、リバタリアニズムになってしまうのだ。
そこで結婚を二人に限って認めるとしても、「自分は価値中立的だ」と信じているリベラリストが、実は「結婚は二人の間の特別な関係に価値がある」という暗黙の価値観を持っていることを意味する。

同様に、この問題に関して沈黙し、異性間の結婚のみを認める法律を黙認する人は、結果的に同姓婚を異性婚よりも一段劣ったものと見なす価値観にお墨付きを与えることになる。

このように、あらゆる政治判断(判断しない、という判断も含めて)は「善き生」の価値判断と分かちがたく結びついているのである。
このあたりサンデルの説明は明快であり、リベラリズムの痛いところを突いているように思われる。


<共和主義的伝統への回帰>
上にみたように、サンデルによれば、価値をめぐる議論を避ければ避けるほど、中庸から外れた意見がはびこることになる。

正義と権利をめぐり白熱した議論が繰り広げられている問題の多くは、賛否両論ある道徳的・宗教的問題をとりあげずには論じられない。……本質的道徳問題に関与しない政治をすれば、市民生活は貧弱になってしまう。偏狭で不寛容な道徳主義を招くことにもなる。リベラル派が恐れて立ち入らないところに、原理主義者はずかずかと入り込んでくるからだ。(314項)

公的な議論によって社会を活発化しようという発想はムフの闘争的民主主義にも通じるが、具体的な解決策を志向する点では共和主義の伝統の中に収まっている。
このあたり、同じコミュニタリアンの哲学者マイケル・ウォルツァーの言う「騒々しい統一」とも軌を一にしていて興味深い(書評68:『アメリカ人であるとはどういうことか』参照)。

道徳的不一致に対する公的な関与が活発になれば、相互的尊敬の基盤は弱まるどころか、強まるはずだ。われわれは、同胞が公共生活に持ち込む道徳的・宗教的信念を避けるのではなく、もっと直接的にそれらに注意を向けるべきだ――ときには反論し、論争し、ときには耳を傾け、そこから学びながら。(345項)

80年代のリベコミ論争の時よりも、コミュニティの価値を主張する保守派という印象が薄れ、共和主義的主張が強調されている。


ところが、冒頭に引用した「コミュニティの道徳的な重みを認めつつ、人間の自由をも実現する」というリベコミュ論争で争われた論点については、本書でも決着がつけられていない。
正直言って、80年代から1,2歩前進した程度、という印象は否めないが、このあたりの議論をおさらいするにはいいテキストかもしれない。

蛇足だが、副題「いまを生き延びるための哲学」は本書の内容と全く合致していないので悪しからず。
 

閉じる コメント(12)

この本、気になってたんですよね・・・・。
・・・決心がつきました。
読も〜っと♪大三元さん、ありがとうございます♪(笑)

2011/1/7(金) 午前 8:56 ビール大好きあつぴ

たまたま,TVで放映していたこの人の講義,ついつい最後まで観てしまいました。素人にも分かりやすかった。
でも副題と合致してないのですね,
ちょっと惹かれた副題でしたのに(^_^;)

2011/1/8(土) 午後 8:51 かえる

顔アイコン

>あつぴさん:初学者向けではあると思いますが、読み易いですし、具体的な例を挙げて解説しているので、そりゃあ売れるのもわかりますね。問題はこの本を読んだ先なんでしょうけど。

2011/1/8(土) 午後 9:36 大三元

顔アイコン

>かえるさん:日本社会の文脈では、「今を生き延びる」ために本書が論じるようなことを考える必要があるか、というとノーだと思いますね。
ただし、一人の人間として考えなければいけないことでしょうし、逆にそれを考えなくても「今を生き延びられる」日本社会が異常ということかもしれません。

2011/1/8(土) 午後 9:39 大三元

顔アイコン

サンデルねぇ・・・

2011/1/9(日) 午前 0:31 うまやど

顔アイコン

>オノロコさん:サンデルは、この本はどうかと思いますが、他の著書ではわりとまともなことを言っている部分もありますよ。少なくとも現代アメリカ社会の文脈では。

2011/1/9(日) 午後 10:53 大三元

顔アイコン

自分は自分に正しく生きたい。。。

結婚、、、ほんと不思議言葉ですよね。。。
社会にとっては、、、家庭を作るための最小単位。。。のための制度?。。。
でも、、結婚の本質を思うと、、、自由であるべきものですよね。。。

わァ〜〜〜!!!言葉に書くと大変です!!(笑)
この記事を読んで、感じる思うところがありました♪
ありがとうございます。
(*^-^*)/~

2011/1/17(月) 午後 10:56 さ ん ぽ

顔アイコン

>さんぽさん:そうなんです、この「同姓婚を認めるべきか」という問いかけは、どう答えても、答えなくても、何らかの政治的意思決定=道徳的価値観の表明になってしまう。サンデルのロジックはうまいですね。

2011/1/20(木) 午前 7:49 大三元

アバター

リベラル=コミュニタリアン論争、懐かしいですね。最近の私はすっかり何らかの普遍的価値なりを主張する側の人間になってきたところがあるのですが(笑)、当時からコミュニタリアンの共同体・コミュニティには違和感がありました。コミュニティ自体が加速度的に大きくなり、コミュニティ間の接触も昔では考えられないまでに増えています。コミュニティ外の倫理的な問題にコミュニタリアンはどう応えるのか。限界を感じずにはいられないように思われます。『ニコ倫』は再読決定ですね(笑)。今年の課題図書にしようと思います。

2011/2/5(土) 午前 2:34 KING王

顔アイコン

>KING王さん:KING王さんの疑問にサンデルに代わって答えるとすれば、以下のようになるでしょう。
コミュニティ外の倫理的な問題は議論して解決しなければならない。その時に、議論のベースとして何らかの倫理的な判断が必要となる。その判断基準はどこから生まれてくるかというと、やはり自らの所属するコミュニティである。まずはそれを自覚した上で、それを押し付けることなく議論すべきだ・・・
ただし記事にも書いたように、それでは押付けではない形で(=議論の上で)倫理的問題を解決できる見通しがあるのか、という点は解決されていません。
個人的には、サンデルの言いたいこともわかるけど、その程度はみんな納得しないよな、というところです。
それにしても、サンデルも結局アリストテレスで(私と同じポイントで)止まってしまっているとは、嬉しい反面ちょっとがっかりでしたね。

2011/2/5(土) 午前 11:10 大三元

この本は私のブログで紹介した書籍第1号です。

「ハーバード白熱教室」は面白くてすべて観ました。それ以来NHKは何かと「白熱」をつけたがるように思います。

2014/4/7(月) 午後 1:08 [ - ]

顔アイコン

>Solomonさん:正直、本書でもサンデルは80年代からあまり前進していないな、という感じで、なぜ今さらサンデルがフューチャーされているのか謎です。まあ記事にした通り、サンデルの考え方はそれはそれで一考の価値ありかとは思いますが。

2014/4/8(火) 午前 1:38 大三元

開く トラックバック(2)


.
大三元
大三元
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

検索 検索
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

読書を楽しむ

日々を楽しむ

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事