読書のあしあと

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書評220 山崎豊子

『沈まぬ太陽』その2

(新潮文庫、全5冊、2002年)

書評その1に続き、二本目の記事です。


【本書のあらすじ】
「空の安全」をないがしろにし、利潤追求を第一とした経営。御巣鷹山の墜落は、起こるべくして起きた事故だった。政府は国民航空の建て直しを図るべく、新会長に国見正之の就任を要請する。不正と乱脈が次々と明るみに出る中、恩地は新設された会長室の部長に抜擢され、国見とともに奮闘する。ところが政・官・財が癒着する利権の闇は、あまりに深く巧妙に張りめぐらされていた。不正疑惑は閣議決定により闇に葬られ、国見は突如更迭される――。勇気とは、そして良心とは何かを問う壮大なドラマ、いよいよ完結へ!


お薦め度:★★★★☆

【本書の感想】

<「手術室には誰もいなかった」国民航空>
未曾有の大惨事を起こした国民航空の経営刷新のため、政府は関西紡績会長の国見正之(カネボウ会長の伊藤淳二がモデルとされる)を三顧の礼をもって迎える。国民航空と癒着の関係にある運輸省や運輸大臣の頭越しに、首相の鶴の一声で決まった人事だった。
正義感が強く清廉潔白な国見は、長くずさんな経営が続いていた国民航空の建て直しに尽力する。それまで会社に「アカ」のレッテルを貼られて閑職に置かれていた恩地は、国見新会長の側近として会長室部長に抜擢されることになった。

「どんなレッテルが貼られていようと、十年も海外の僻地をたらい回しにされ、なお節を曲げなかった君のことだ、どんな局面にたっても、保身や妥協はしないと信じて、頼んでいる。」(第5巻、102項)

この国見の言葉に、それまでの理不尽で陰湿な会社のやり口に疲れ切っていた恩地は、もう一度会社のために働こうと決心したのであった。

ところが、恩地が国見の片腕として経営再建に奮闘する過程で、放漫な経営実態と様々な不正が明るみに出てきた。十年ものの先物為替予約、先見のないホテル事業、運輸官僚への賄賂、生協の購買を媒介とした裏金作り…。
国見が“空の安全”確立のために奔走し、恩地も不正の追及に尽力するが、所詮国民航空の経営体質を変えるまでには至らなかった。旧経営陣系の幹部らが、恩地の不正調査を妨害し、マスコミを使った会長バッシングを行うなど、国見の改革政策がのらりくらりとかわされる。
滅多に弱音を吐かない国見が、「国民航空はもはやどうしようもない、手術のために手術室に入ったら、医者は自分一人で誰もいなかったという心境」を吐露したことが、国民航空の旧態依然とした惨状を物語っていた(301項)。

そうこうするうちに、国見を三顧の礼で迎えたはずの首相が翻意し、閣議決定で不正疑惑はうやむやにされ、突如国見は更迭されてしまう。さらに恩地は再びアフリカへ追放されるのであった――。


前半2巻は恩地の不遇、3巻目は御巣鷹山事故の凄惨な記述だったので、読み進めるのが苦しい印象だった。対して後半2巻は、国見の登場によって恩地にも活躍の場が与えられたため、読者は国見と恩地を応援しながら読むことができる。
ところが、国見と恩地の努力も空しい結末に終わらざるを得ない。読者の前には、正しい者が報われることのない、冷徹な現実が突きつけられるだけである。読んでいる間の、あるいは読後の憤懣を、読者はどこにぶつければいいのか。

それにしても、前回も書いたことだけれど、本当にこんな会社があったのかと目を疑うことばかりだ。
本書の内容にたくさんの異論があることはもっともだろうが、火のないところに煙は立たずということもある。現在のJALの状態を見れば、当たらずとも遠からずというところではないか。


<恩地の生き方をどう評価すべきか?>
本書は紛れもない力作であり、圧倒される記述も多かったのだが、敢えて違う視点からの見解を二つ述べておく。


一点目は、本書の「フィクション」としての面である。
本書はノンフィクションではなく小説であり、ここに書かれていることを全て事実と受け取ってはいけない。書評その1で書いたようなずさんな経営、不正疑惑とそのやり口なども、どこまでが取材に基づく証言でどこからが山崎の推測によるものなのか示されていない。それは小説である以上当然のことなのだが、JALを糾弾するスタンスで山崎が書いている以上、その前提をわきまえて読まないとJALの方に失礼になる。

ましてや、登場人物の書き方が類型的――悪人は徹底的に悪人に、善人はいつも正義の側に立つように描かれているため、山崎の視点が一層偏って見えるのである。現実の人間は誰しも光と影の両面を持っているものだが、本書にそういった眼はない(唯一の例外が桧山社長か)。


二点目は、主人公・恩地の生き方についてである。
恩地は長い不遇の会社生活を耐え、国見の引き立てによって再度奮起するものの、最後には再びアフリカへ飛ばされることになった。
最初は、恩地の生き方はサラリーマンの信念を体現するものとして映った。理不尽な会社に対して、おもねることなく自らの正義を貫こうとする信念の男として。しかしそれには家庭の崩壊など、大きな犠牲が伴うことも確かだったし、恩地自身それで悩み抜いたはずだ。

にもかかわらず、なぜ再びアフリカ行きを諾々と受けたのか。私には、再度のアフリカ行きは、信念を貫いたというより、単なる会社に対する意地だけだったように思える。 書評その1で引用した、ナイロビからテレックス攻勢をかけたというエピソードも、意地だけで踏ん張ったような話だ。

意地と信念は違う。努力している者が報われるべきだとか、悪いことは悪いとか、そういう信念のために会社と戦うのはいい。そのために家族との関係が犠牲になる場面もあろう。しかし、単なる自分の意地やプライドのために意固地になるのは違う気がする。
わかり易く言えば、恩地が二度目のアフリカ行きを受けたところで、会社は変わるのか。誰かが報われるのか。会社を正しい方向に持っていきたいという信念に、恩地のアフリカ行きは貢献するのか。

私が恩地の立場であれば、そういった見込みがないのに、意地を張り通すことはできないし、したくない。海外駐在時代の十年間の反省を活かし、退社して家族との時間を持つだろう。


このあたりは個人の価値観の問題なので、とても微妙な問題をはらむと思うのだが、是非皆さんの感想を聞いてみたい。
 

閉じる コメント(13)

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フィクションも入っていると思いますが、山崎さんが苦労して取材した力作ですね。去年破綻したことがこの作品の正当性だと思います。
主人公の会社を辞めてやるかという意地だと思いますが・・・もしかしてアフリカに魅力もあったりして(笑)私は海外が好きなのでつい思ってしまいました。

2011/1/25(火) 午前 1:01 CAVE

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>CAVEさん:おっしゃるとおりで、先日も社員が会社を相手取って裁判を起こしたように、JALの現状が(程度の差こそあれ)本書の妥当性を示していると思います。
恩地については、彼がアフリカに惹かれていたのも事実で、実際、一度目のナイロビ駐在時代は、その広大な自然に癒される場面が幾度も出てきます。CAVEさんは南米ですか(笑)

2011/1/25(火) 午前 2:24 大三元

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>内緒さん:最後の点は、世間的に評価の高い作品に対して「敢えて」ナナメに構えてみたものです。私も読んでいる間は恩地に感情移入して応援するばかりだったのですが、ふと引いて見てみると、恩地の二度目のアフリカ行きが大切な何か(同僚、家族、会社、社会)のためになることはありえないし、そうである以上ただの意地なのでは?と感じたのですね。もっとも、この解釈はそういう「大切なもののために生きたい」という私の人生観から見たときの感想なので、違う見方があって当然だと思い、記事の最後に「聞いてみたい」と加えた次第です。

2011/1/26(水) 午前 2:19 大三元

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会社から離れられない、、、会社を辞めない、、、という事自体が、国民航空の負の土台になっている気がします。。。

会社とか、、政治とか、、その他諸々、、、なかなか変えれない土壌が根深いですね。。。(笑)
(*^-^*)/~

2011/1/27(木) 午後 10:13 さ ん ぽ

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>さんぽさん:なかなか変わらないのは大組織の常ですが、その中でも奮闘する恩地や国見の姿が胸を打つ作品です。今のJALには、そういう人間が何人いるのでしょうか・・・。

2011/1/29(土) 午後 2:53 大三元

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会社への意地とか、自分の出世欲とか、純粋に仕事が面白いからとか、とにかく昼も夜も休みの日も関係なくばりばり仕事しまくることに、美学みたいなものを感じていました。
家庭を持つと、自分と一緒に時間を過ごせない家族のさびしさを考えないわけにはいかなくなりました。家族みんながわたしがバリバリ仕事して家庭に不在であることを良しとすれば別ですが、そうでない以上、両立する手立てを考えるべきだと思いますし、少なくともそれが実現できないうちに事故や病気で自分の命を終えざるを得なくなったとき、わたしはものすごく後悔するだろうと思いました。
乱文になりましたが、わたしも恩地氏の意地を通す姿勢には感銘を受ける反面、違和感も感じます。

2011/2/2(水) 午後 10:52 ペコスマイル

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>ペコスマイルさん:バリバリ仕事することはある種の陶酔感が得られますから、ふと我にかえると色んなものを犠牲にしていることに気づくのかもしれませんね。私はまだ家庭を持っていませんが、最近そういうことも考えるようになりました。
ペコスマイルさんは、家族ができて価値観が変わったとのことですが、私もそういう時が来るのかな、と感じています。
そういう意味では、恩地が奮闘する姿は、日本社会で“働く”ことの意味を考える格好の素材かもしれません。

2011/2/4(金) 午前 7:34 大三元

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この小説はたまに自分の事に思いをはせつつ面白く読みました。まさに意地だと思いました。自分のため。相手の言うなりになることはそれまでの自分を否定する事になる、という気持ちなのかななんて思って読みました。どうするのが一番良いとか悪いとかなんてわかりませんが、小説としては納得(笑)。

2011/2/7(月) 午後 9:57 [ ちいらば ]

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意地もあるのでしょうが、国見会長の気持ちを深く受け継いだ部分も大きいように思います。うろ覚えですが、確か会長が辞める時に、恩地氏も辞職の意志を表明した時、会長から「残って欲しい、君が居るだけで他の辛い思いをしている組合員たちの励みになる」とか、会長がどれだけ無念な気持ちで辞めざる終えないかをあの時恩地氏が痛いほど感じて、その思いを深く受け継いで行こうと決心した結果もあるように思います。アフリカ行きも断れば辞めなければならないでしょうし、それも含めて(2年でしたかね?)最後まで頑張ろうと決意したようにも思います。

2011/2/8(火) 午前 7:08 [ ソフィー ]

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>ちいらばさん:紛れもない力作であることは確かですし、恩地の生き方も一つの人生として納得なんですけど。私自身、どちらかといえば恩地型の人間なので、途中までは深く共感しながら読んだんですが。意地と信念は違いますよね。

2011/2/8(火) 午後 0:52 大三元

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>ソフィーさん:なるほど、会長の意思を継いでアフリカ行きを受けた、というのは私にはない視点でした。ありがとうございます。会長が恩地に言ったという台詞も、言われてみればあったような気がしますね。
ただ、議論があるところだとは思いますが、ソフィーさんのご指摘通りであったとしても、国見会長の言う通り「恩地が残るだけで組合員の励みになる」ことになったのでしょうか。私はそこが疑問なんです。確かに誰かが辛い思いをしている時に、一緒に辛い思いをするだけで救われるということは確かにあります。でも、そういう“苦労の共有”が二度目のアフリカ行きという形になって再び目にも見えなくなった場合、どれだけの効果があるのか。それが私には見えにくいので、自分だったら辞めちゃうな、と思ったんですよね。

2011/2/8(火) 午後 0:59 大三元

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この小説は文庫化された時に初めて読み、映画化された時に再読しましたが、一気に読ませる力のある本でしたね。
山さんの作品はどれも賛否が語られますが、映画的に観ると社会派を装ったエンタメ作品とも言えるような気が最近はしてきました。^^;
ただ、モデルはあるわけで、全くのフィクションとも違うところが複雑ですよね〜
山作品を読むと、その作品の背景の時代をいろいろな意味で強く感じる私です。その時代に生きた人を描いているので、読者の年代とかで感じ方が違ってくるのは当然ですよね。ある意味歴史小説ぽくもあるような・・・(^^ゞ

2011/2/12(土) 午前 0:03 choro

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>Choroさん:そうですね、一人の人間でさえ読んでいる間に色々と感想が変わってしまうくらいですから、人によって、世代によって感想が全く違う作品なんだろうなと思います。
それだけ様々なことを考えさせるというのも、この作品自体に小説としての力があるからなのでしょうね。

2011/2/12(土) 午前 1:08 大三元


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