読書のあしあと

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書評222 アリステア・マクラウド

『彼方なる歌に耳を澄ませよ』

中野恵津子訳(新潮クレスト・ブックス、2005年)

昨年の冬に短篇集を読んで、とても良かったマクラウドの唯一の長篇。
やはりマクラウドは冬に読むべき作家だ。


【著者紹介】
Alistair MacLeod (1936年―) カナダの小説家。
カナダ・サスカチェアン州生まれ。作品の主舞台であるケープ・ブレトン島で育つ。きこり、坑夫、漁師などをして学資を稼ぎ、博士号を取得。2000年春までウインザー大学で英文学の教壇に立つ傍ら、こつこつと短編小説を発表。1999年刊行の唯一の長編である『No Great Mischief』がカナダで大ベストセラーになったため、それまでに発表された全短篇を収録した『Island』が編まれた。
本ブログで取り上げた作品に書評188:『冬の犬』がある。


【本書の内容】
18世紀末、スコットランドからカナダ東端の島に、家族と共に渡った赤毛の男がいた。勇猛果敢で誇り高いハイランダー(スコットランド高地人)の一族の男である。「赤毛のキャラムの子供たち」と呼ばれる彼の子孫は、幾世代を経ようと、流れるその血を忘れない―人が根をもって生きてゆくことの強さ、またそれゆえの哀しみを、大きな時の流れといとしい記憶を交錯させ描いた、感動のサーガ。名人だが寡作な短編作家が、13年をかけ書きあげた唯一の長編、絶賛を浴びたベストセラー。


お薦め度:★★★★☆

【本書の感想】
マクラウドの小説は、どれも表現し難い余韻を残してくれる。
舞台となるカナダ東端の島ケープ・ブレトンは、ほとんどの現代の読者にとって縁のない土地である。
にもかかわらず、この本がこんなにも懐かしくあたたかいのはなぜだろう。


この物語の主人公は、スコットランドからの移民の末裔たちである。彼らは、赤毛や双生児の子どもが生まれ易いという特徴を持ち、古きゲール語を守り続け、家族や親戚や動物を大切にして生きてきた。
幾世代を経ても自分たちの血を忘れず、祖先の逸話を伝承し続け、けなげな犬たちを友とし、極寒の地で静かに逞しく生きている。

現代人から見ると、彼らは純情で朴訥過ぎ、単なる田舎者と見えないこともないだろう。ところが、読み進めるうちに、彼らのことがこの上なく愛おしく思えてくる。
初めてケープ・ブレトンの地を踏んだ祖先、キャラム・ルーアの小舟を追って何マイルも泳いできた犬の話は最も印象的だし、身内の面倒をとことんまで見るという血の強さには驚き以上のものを感じる。彼らは誰が教えたのかもわからない昔話を星の数ほど共有しており、見事なコーラスが重ねられていくゲール語の合唱は、読んでいてこちらまで楽しくなってしまうのだ。

中でも私の心に深く残ったのは、主人公の二人の祖父だった。酒飲みでやんちゃな「おじいちゃん」と、それとは対照的で潔癖かつ完璧主義の「おじいさん」は、正反対の性格からいつも軽口を言い合う間柄だったが、どこか深いところで血が共鳴し合っているように感じた。
あるクリスマスのエピソードが微笑ましい。酒に酔っ払って大の字に寝てしまうおじいちゃん、その身体にクリスマスの飾りをつけて慈しむおばあちゃん、おじいちゃんの心配が心配だがきっちりとした正装でそれを顔に出さないようにしているおじいさん。彼らの生活は、厚い氷と積雪に囲まれながらも、とても温かい。

内容は全く違うが、読後感は谷崎潤一郎の傑作長篇書評194:『細雪』に近いかもしれない。
どちらもある家族(血筋)の歴史絵巻を、些細なエピソードを交えながら淡々と描き出し、円環的な時空間を創り出している。読み終わっても終わった気がせず、登場人物があたかも実在の知り合いで、いつまでも物語が続いていくような感覚に襲われるのである。


この手の小説は、「昔はよかった」式の懐古趣味に陥りがちだが、本書にはそのような嫌味が全くない。
それはおそらく、クロウン・キャラム・ルーアの息子たちが、過去を振り返りつつも「今」を先祖と同じように愚直なまでに一所懸命生きているからだろう。
伝統は、いずれ薄れ変わっていくものである。しかし、何もできないわけでは決してない。

家族の在り方がキャラム・ルーアの時代とは様変わりしているとしても、できることはあるのではないか。残していけるものはあるのではないか。

単なる懐古趣味に終わらず、切なさとともに希望を感じさせてくれる小説である。

閉じる コメント(8)

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ぼくもこの小説好きですね、というかマクラウドの作品はほとんど全部すごいと思います。作品少ないですけどね。
短編は落ちに持っていくまでが巧みで、落ちがおもしろいとか驚くだけでなく、感動があるのがすごいなと思います。ちょっとカーヴァーの「大聖堂」みたいな感覚になります。

2011/3/2(水) 午前 1:46 [ koji ]

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>bjc1さん:初めまして、ご訪問&コメントありがとうございました。
マクラウドの小説は、他の作家にはない味がありますね。技巧に凝らず、人物の魅力だけで勝負している。登場人物が愛おしくてたまりません。

2011/3/3(木) 午後 11:14 大三元

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ぼくは現在と過去をうまく練り合わせて、人物に根ざした自然な仕掛けで最後にピークを持ってくる、みたいなところに上手さを感じますけどね。なんかちょっとブッカー賞作家の作品みたいにも思います。

2011/3/5(土) 午後 1:09 [ koji ]

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>bjc1さん:おっしゃる通り短篇はいわゆる“上手さ”もありますね。でもこの長篇の場合、そういう類の小細工はなかったように思うのですがどうでしょう。現在と過去を練り合わせるのが「技巧」だと表現すればそうなのかもしれませんが。

2011/3/7(月) 午後 11:44 大三元

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マクラウドはまだ読んだことがないのですが、
気にはなっていました。
書評を読むと、やはりすごく良さそうな感じですね!
せっかくなので、冬にじっくり読みたい気がしました*

2011/3/8(火) 午後 9:02 mie**tro*e

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>mielさん:まさに、マクラウドは冬に読むべき作家です。
読み終わって一ヶ月ほど経つ今でも、クロウン・キャラム・ルーアの一族が静謐な生活を営む様子が目に浮かぶようです。それだけの余韻を残してくれる作品でした。
読まれたら、是非感想もお聞かせ下さい。

2011/3/10(木) 午前 1:56 大三元

地震後です。じたばたしても始まらぬ・・・と思っていると、図書館から予約した本が届いた旨メールが来たので引き取りにいきました。ここでご紹介いただいたマクラウドの本です。地震のニュースに目をやりつつ、島での静かな暮らしに没入する。精神のバランスをとるのに、必要な読書だったように思います。

2011/3/14(月) 午後 3:13 かえる

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>かえるさん:そうなんですか。読まれたのはこの長篇なのでしょうか。マウラウドの作品の舞台は、ほとんど極寒の厳しい生活を強いられるケープ・ブレトン島ですので、ライフラインの途絶えた東北地方にも通じるものがあるかもしれません。そんな中でも小さな喜びを発見して生きているクロウン・キャラム・ルーアたちの物語は、静かな感動をもたらしてくれるはずです。

2011/3/14(月) 午後 11:41 大三元


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