書評230 小川洋子『ミーナの行進』(中公文庫、2009年)久しぶりに読む小川洋子。谷崎潤一郎賞を受賞した本作は、小川洋子の最高傑作との呼び声も高い。 今年は文学関係の収穫が少ないので、満を持して手に取った。 【著者紹介】 おがわ・ようこ (1962年─) 小説家。 早稲田大学第一文学部文芸科卒業。1988年「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞、1991年「妊娠カレンダー」で芥川賞、2004年『博士の愛した数式』で読売文学賞・本屋大賞、同年「ブラフマンの埋葬」で泉鏡花文学賞、2006年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞をそれぞれ受賞。 本ブログで取り上げた著書に書評35:『博士の愛した数式』、書評40:『偶然の祝福』、書評47:『余白の愛』、書評63:『シュガータイム』、書評88:『深き心の底より』がある。 【本書のあらすじ】 美しくて、かよわくて、本を愛したミーナ。あなたとの思い出は、損なわれることがない――懐かしい時代に育まれた、ふたりの少女と、家族の物語。谷崎潤一郎賞受賞作。 お薦め度:★★★★★ 【本書の感想】 <全体の感想> こういう作品に出会うと、改めて思う。小説っていいなと。文学って素晴らしいなと。 久しぶりに読む小川洋子は、期待通りに心を充たしてくれた。 間違いなく、今年のマイ・ベスト・ノベルと断言できる。 静謐で礼儀正しく、一言ひとことを大切にする小川洋子の文章は、こういう物語を書くためにあると言っていい。 ちょっとした表現、文章が、すごく心に残るのだ。 ストーリーに大した起伏はないけれど、文章を読んでいるだけで、日本語っていいな、ずっと終らないで欲しい、と読者に思わせる力がある。 本書は谷崎潤一郎賞を受賞したが、それも納得である。谷崎の最高傑作書評194:『細雪』は、まさにそういう作品であった。 <おとぎ話を淡々と> 親の事情で親戚に預けられることになり、芦屋の高級住宅街に佇む洋館で過ごした少女時代。 それは素晴らしい家族と温かい記憶で彩られていた。 身体が弱く、栗色の目と髪を持った美少女で、本が大好きな親友・ミーナ。 ミーナが登下校時に必ず乗っていた、でっぷりしたお尻が可愛いコビトカバのポチ子。 ミーナの父親に相応しくとびきりのハンサムで、優しくてダンディな実業家の伯父さん。 伯父さんがふらっといなくなった時、伯母さんは酒と煙草と誤植探しで心の隙間を埋めていた。 庭師の小林さんは、ポチ子の世話係としての役割を慎ましやかに全うしている。 お手伝いの米田さんは365日休むことなく、屋敷の隅々まで配慮を行き届かせていた。 ドイツから嫁いできたローザおばあさんが米田さんとコーラスを奏でる様は、本当の双子のようだった。 彼らが営む生活は、静かに読者の心に沁み込む。 例えば、ミーナの小学校通学風景。 ミーナと小林さんとポチ子、彼らの行進は堂々としたものだった。ミーナは真っ直ぐに前を見据え、小林さんはしっかりと房を握り、ポチ子は一歩一歩坂道を踏みしめてゆく。 「あらミーナちゃん、学校?」近所の顔見知りのおばさんが声をかけてくることもある。するとミーナはポチ子の背中から、 「おはようございます」と、礼儀正しく挨拶をする。 ポチ子はぼんやりしているように見えて実は、よく要領を心得ている。身体をのけぞらさないために首を垂らし、ミーナがもぞもぞと動くと、心持ちスピードを緩める。……彼らの背中を朝日が照らしている。ランドセルとポチ子のお尻がつやつやと光っている。(60―61項) 温かいおとぎ話を淡々とリアルに描く筆致、その世界に浸ることの心地よさは、あの書評35:『博士の愛した数式』を彷彿とさせる。 <文学の力――ありし日を愛でるということ> ミーナは、珍しい柄のマッチ箱を集めていた。 流れ星を集める天使の絵、シーソーに乗った象、パイプをくゆらすあひる……それらの絵は、ミーナの想像力によって一つひとつに小さな物語が与えられ、マッチ箱の裏に書き詰められた。そこには、少女が生み出した小さな宇宙が封印されたのである。 主人公は、それを読ませてもらうのが大好きだった。やがて主人公が引っ越すとき、マッチ箱も屋根裏に封印される。そのダンボールにはミーナの手でこう書かれていた。 たった一人の読者にしか読まれなかった物語ここに眠る(337項) 思えば、本書自体が美しい物語をしまった宝石箱のようなものではないか。 小川洋子は、今はなき洋館で過ごした夢のような少女時代を、確かに実在したある家族の歴史として本書に閉じ込めたのである。 絵本のような美しい時代が存在したこと、それが過ぎ去った喪失感、その記憶を愛しく思う郷愁。 それらが核にあるからこそ、とりとめもない昔話に格調高い温かさと気品が漂っているのである。 年上の青年に対する淡い恋心や、ポチ子に乗って往復する通学路や、大人への階段を一歩踏み出す時の勇気。
それらのエピソード一つひとつを読み進むうち、読者は気づくに違いない。 二度と戻ってこない、しかし確かに存在した、ありし日を愛でることの大切さに。 |
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大三元さんの満を持しての★5個!5個はあまり記憶にありませんね!
読もう読もうと思いつつ、いまだ未読の私!これで大きな楽しみができました。
読むたのしみ、読まないで空想するたのしみ。
その両方を胸の中で温めていた・・・のですが、私もいよいよ読んでみることにしましょう!
2011/8/19(金) 午前 1:52 [ アズライト ]
お久しぶりです!
お待ちしてました(笑)
先日小川洋子の作品を手に取りながらも、又戻してしまいました、彼女のものは一度も読んだことがありません、この本から読もうかな。。。ご紹介いただきましてありがとうございます!
2011/8/19(金) 午前 8:22
☆5つ!これは読まなくては!!
小川洋子さんは「博士の愛した数式」の他は「小指の標本」一冊のみ読んでいます。
「小指の標本」は少しホラーめいた作品集でした。でも不思議な印象が心に残っています。
昨日ブックオフでジャンルの違う本4冊まとめ買いしてしまったので、読んだら次はミーナにします。
2011/8/19(金) 午前 10:31
絶賛の作品ですね。
小川洋子は気にはなっていたのですが、読んだことなかったです。
是非読んでみたくなりました。
2011/8/21(日) 午後 5:36
星が5個も・・・!!期待大ですね。小川洋子さんは『博士の愛した数式』しか読んでいないのですが、とてもよい作品でした^^次に読んだ本がイマイチのれなかったので手を出しかねていましたが、この作品はぜひ読んでみたいです^^
2011/8/21(日) 午後 10:27
>電池切れさん:久しぶりに読む小川洋子は、やはり期待通りの出来でした。是非、じっくりとご賞味あれ!
以前電池切れさんが絶賛されていた『猫を抱いて象と泳ぐ』が先日文庫になったので、こちらも楽しみにしています。
2011/8/21(日) 午後 10:52
>凛さん:久しぶりの記事で、いきなり★5つというのも唐突ですが。
小川洋子作品の入門としては、本書はなかなかいいのではないでしょうか。あとはベタですが『博士の愛した数式』とか『シュガータイム』。いずれにしろ、文学の力を感じさせてくれる稀代の作家です。
2011/8/21(日) 午後 10:54
>みこぴょんさん:小川洋子はホラーというか、グロテスクな表現も特徴の一つで、本書の中に挿入されるマッチ箱の物語にもその面影は見てとれます。でも、それも含めて心温まるおとぎ話なのですね。
小川作品の中でも、本書は出色の傑作と言っていいでしょう。
2011/8/21(日) 午後 10:56
>オブ兵部さん:是非、お薦めします。本書は小川洋子のグロテスクさが抑えられているので、初心者向けとしてもいいと思います。大震災のあとこそ、こういう温かい作品で心を安らげて欲しいものです。
2011/8/21(日) 午後 10:58
>あんごさん:『博士』も心に残る作品でしたが、温かい余韻が残るという意味では、本書はそれ以上かもしれません。小川洋子の最高傑作の呼び声があるのも、谷崎賞を受賞したのも頷けます。是非感想を聞かせて下さい!
2011/8/21(日) 午後 11:01
読んでみたくなる書評です♪
『博士の愛した数式』が結構気に入ったので、、、「ミーナの行進」を読む勇気がないのですが☆☆☆☆☆とあらば、、、読まねば!!(笑)
(*^-^*)/~
2011/8/21(日) 午後 11:48
「人質の朗読会」もかなり評判がいいですね。
彼女の作品はとても個性的ですね。
このところ こういう作品を読んでいませんが・・・・・
2011/8/22(月) 午後 6:24 [ pilopilo3658 ]
>さんぽさん:本書は『博士の愛した数式』に勝るとも劣らぬ傑作です。是非手にとってみてはどうでしょう。
2011/8/27(土) 午前 6:16
>あおちゃんさん:小川作品は独特の硬質さ、透明感があり、作品によっては(更に読者によっては)それが冷たさ・無機質・グロテスクというように読める場合があります。
しかし本書には、そういった部分がほとんど見られないように感じました。これなら小川作品への導入としていいかもしれません。
2011/8/27(土) 午前 6:19