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書評 近代日本

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書評231 福沢諭吉

『福翁自伝[新訂]』

(岩波文庫、1998年)

近代日本が生んだ自伝文学の傑作、と名高い本書。
福沢の著書を扱うのは意外にも初めてである。


【著者紹介】
ふくざわ・ゆきち (1835-1901年) 明治の思想家、教育者、慶応義塾の創立者。
中津藩士として生まれ、1854年長崎に出て蘭学を学び翌年大阪の緒方洪庵の適塾に入門。58年藩命によって江戸に中津藩中屋敷に蘭学塾を開く(後の慶応義塾)。その後英学に転向し、60年咸臨丸に乗り込み渡米、62年にはヨーロッパ6カ国派遣使節の一員となるなど洋行体験を重ねる。66年『西洋事情』を著しベストセラーとなる。72-76年『学問のすすめ』、75年『文明論之概略』の傑作をのこす。


【目次】
幼少の時/長崎遊学/大阪修行/緒方の塾風/大阪を去って江戸に行く/はじめてアメリカに渡る/ヨーロッパ各国に行く/攘夷論/再度米国行/王政維新/暗殺の心配/雑記/一身一家経済の由来/品行家風/老余の反省


【本書の内容】
明治30年,福沢は60年の生涯を口述し,のちその速記文に全面加筆して『自伝』を書きあげる.語るに値する生涯,自らそれを生きた秀れた語り手という希有な条件がここに無類の自伝文学を生んだ.(解説=小泉信三・富田正文)


お薦め度:★★★★☆

【本書の感想】

<全体の感想>
「近代自伝文学の傑作」として、以前取り上げた書評183:『フランクリン自伝』と並び称される本書だが、個人的にはこちらの方が圧倒的に面白かった。思想的・歴史的な分析を措いても、単純に読んで面白いという評価があるのも頷ける。

『フランクリン自伝』と共通している本書の魅力は、その率直さであろう。福沢はその驚くべき記憶力で自らの人生を滔々と語るが、そこには虚飾など微塵もない。

例えば、自分は盗みも茶屋遊びもしなかったが酒に目がないのが一大欠点だ、と告白しているくだりが面白い。
「俗に言う酒に目のない少年で、酒を見ては殆ど廉恥を忘れるほどの意気地なし」(57項)と自称する福沢は、ある時禁酒しようと決心し、他人の薦めで気を紛らわすため煙草を始めたという。ところが酒はやめられず、その内煙草もやめられなくなり、結局酒も煙草もたしなむようになった、というエピソードには笑ってしまう。

こんな調子で、稀代の思想家の激動の60余年が語られるのである。


<明治知識人にとってのカルチャー・ショック>
明治の知識人の苦労が生々しく語られるのも本書の特徴。
今日私たちが当たり前と思っていることも、当時の人々にとっては(福沢ほどの知識人であっても)理解するのは困難であった。

特に、福沢が何度か洋行した時のエピソードはそれをよく表している。

政治上の選挙法というようなことが皆無わからない。わからないから選挙法とは如何な法律で議員とは如何な役所かと尋ねると、彼方の人はただ笑っている、何を聞くのかわかりきったことだというわけ。……また、党派には保守党と自由党と徒党のようなものがあって、双方負けず劣らず鎬を削っているという。何のことだ、太平無事の天下に政治上の喧嘩をしているという。サアわからない。コリャ大変なことだ、何をしているのかしらん。あの人とこの人は敵だなんというて、同じテーブルで酒を飲んで飯を食っている。少しもわからない。(132―133項)

「わからない」の連発が笑える。
こういったカルチャー・ショックを乗り越えて明治人は文明にキャッチアップしていったのだ。


<福沢の頑固さと信念>
福沢の淡白で解放的な性格は、率直な告白に見てとれる。
一方で、意地が硬い一面もあった。
洋学を目の敵にしていた儒学者を憎むあまり、好きな居合いをやめて書道も習わなかったため、手習いらしきものは何もできない、ただ一つ勉学のために諸国放浪した時に備えて学んだ按摩が出来るのみ、という話は、福沢の頑固さを物語っていて面白い。


最後に、今現在の大学に籍を置く若者に向けて。
就職ばかりを気にして本来の大学生の姿からかけ離れている昨今の風潮には、歳の割りに嫌悪感を持っている私。
この『自伝』の中にわが意を得たりと膝を打った文章があったので、引用しておく。

今日の書生にしても余り学問を勉強すると同時に終始我が身の行く先ばかりを考えているようでは、修行はできなかろうと思う。……如何したらば立身ができるだろうか、如何したらば金が手に入るだろうか、立派な家に住むことができるだろうか……というようなことばかり心引かれて、齷齪勉強するということでは、決して真の勉強は出来ないだろうと思う。(94項)
 

閉じる コメント(14)

あの福沢諭吉も
タバコ・酒から逃れられなかったというのは
意外ですね。
何か人間として身近に感じられてきました・・・(^^)

2011/9/5(月) 午前 7:37 [ 名無しの権兵衛 ]

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こんばんは、
福沢諭吉心訓が彼の作ではないと知ってちょっとショックでしたが、
「世の中で一番寂しいことは。。。」は気に入っていました。

”茶屋遊びもしなかった”とご本人も言っているように、女性は奥様以外知らなかったとのこと、まれにみる貴重な存在?と言っていいのでしょうか ( ̄∇ ̄?)
何よりも率直な人柄に魅かれますね、勿論学問に対する考え方にも、
いつかは読みたい本です。

2011/9/5(月) 午後 10:17 凛さ

この本かどうか忘れましたが、中学か高校の頃福沢の著書を読んで、相当偏屈な人だなぁ、と思った記憶があります。
迷信が大嫌いで近所のお宮におしっこをしたとかいうのがあったような、、、(しょうもない下りしか覚えてなくて申し訳ない、笑)。
ボクの頃もそうでしたが、日本の学生は本当に向学心がなくなりました。
就職とか関係なく、学問を修めるために大学へ行っている人が、いったいどれだけいるのか、、、。

2011/9/6(火) 午前 8:29 オブ兵部

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>リッチーさん:そうですね、本書の大きな魅力の一つは、あの福沢諭吉といえども私たちと同じ煩悩を持つ一人の人間だった、という点で単純に面白く読めるところでしょうか。

2011/9/7(水) 午前 0:00 大三元

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>凛さん:それほど貴重な存在でもないと思いますが(笑)。探してみれば現代にもそこそこいるのでは?
本書の最大の魅力はその率直さにあります。最後の一文は、毎年1月と7月になると異常増殖するこのブログの訪問者に、是非読んで欲しい部分ですね(苦笑)。どうせ読まないだろうけど。

2011/9/7(水) 午前 0:04 大三元

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>オブ兵部さん:迷信のくだりは私も覚えています。確か迷信を信じない福沢少年が、お宮のお地蔵さんのご神体をただの石ころに替えておいたところ、近所の人たちがそれと知らず石ころを拝んでいるのを陰から見ていてほくそ笑んでいた、というような話じゃなかったでしょうか。
おっしゃるとおり、大学は学問を修める場ですからね。受験勉強を始める前の高校一年生全員にこの文章を読ませ、学問をやる気がない者は受験させないで欲しいです(笑)。

2011/9/7(水) 午前 0:09 大三元

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福沢諭吉が按摩を出来たというのにオドロキです。
学生さんが学問よりも将来の就職の為「だけ」に大学に入る、というのはあまりに悲しいですね。文明国とは言えないです。学生さんには自分の好きな学問をめいいっぱい勉強して欲しいです…。

2011/9/7(水) 午前 0:32 ang*1jp

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>あんごさん:按摩ができるのに、アンチ儒学のために好きな居合いをやめ、書を習わなかったために字が下手だった、というのも面白かったです。
大学の学費は、好きな学問をやるための時間を買ってるわけですからね。合コンや企業インターンをやるための大学じゃないんだ!と言ってやって下さい(笑)

2011/9/7(水) 午前 1:37 大三元

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やはり最後の引用文は、印象に残りましたね。最近、学生と接する機会が多いのですが、「○○の資格を取りました」とか、「○○の職業に就きたいです」とか、ものすごく将来を考えた行動をするんです。しっかりしてるなーと思う反面、こんなに若いのに、もう進路とかを狭めてしまっていいの!?って思ってしまうんです。将来のためだけに「今」があるんじゃないのになーって。もっとメチャクチャやった方が人間として面白いぞ!って思っちゃって。責任もてないけど(笑)。それだけ時代が厳しくなってきているのかもしれませが。あ、なんとなく自分年をとってきているのかな!?(笑)

2011/10/7(金) 午後 5:16 mepo

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>mepoさん:そうなんですよね、メチャクチャやって許されるのもそういうエネルギーがあるのも学生の内だけで、その経験が社会人になっても生きてくると思うのですが・・・それがない社会人って本当に気の毒だと思います。
大学は一義的には学問を修める場ですが、学問のみならず色んなことをメチャクチャに一所懸命にやって欲しいですね。

2011/10/11(火) 午前 2:10 大三元

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大三元さま。
だれかのつながりで偶々こちらにおじゃましたのですが、−−。「福翁自伝」は二十年も昔、NHKFMで中村梅の助さんの朗読で初めて聴いて、朗読事態が見事で、引き込まれました。それまで福沢諭吉というだけでーー読まず嫌いで、以後「教育論集」「文明論の概略」などもよみました。なにより、率直に明快に語ろうとするその姿勢自体稀有の資質と感じてます。

2012/7/28(土) 午前 5:05 [ Kiyoshiroo ]

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>Kiyoshirooさん:はじめまして、コメントありがとうございました。『福翁自伝』の朗読なんて珍しいですね。
おっしゃる通り、福沢諭吉というだけで偉そうな、難しそうな感じがしますが、全然そんなことないのが意外でした。

2012/7/29(日) 午後 9:29 大三元

はじめまして。また新年明けましておめでとうございます。Solomonです。

たまたま私も『新訂 福翁自伝』を読み、それでこちらの記事にめぐりあいました。
福沢諭吉というとどうも文語文の堅い文章ばかりだと思いがちなのですが、本書を読んで一変、なんとも人間味あふれる人柄に引き込まれました。

今年が幸多き一年となりますように。

2014/1/1(水) 午後 0:27 [ - ]

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>Solomonさん:はじめまして、ご訪問&コメントありがとうございました。
『福翁自伝』をお読みとは、嬉しいです。日本で自伝の傑作といえば真っ先に挙げられるのが本書ですが、評判通り読み易く、単純に面白い本でした。
今後ともよろしくお願いします。

2014/1/3(金) 午後 10:24 大三元

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