書評232 谷崎潤一郎『猫と庄造と二人のおんな』(新潮文庫、1951年)イヌ派かネコ派かと問われれば、どちらかと言うとイヌ派である。理由は単純。自由気ままな猫より、犬の忠実さがかわいいからだ。 (猫が嫌いな訳ではない、念のため) この「イヌ派/ネコ派」の区別は小説にも通じるらしく、どうも私はネコ派作家よりイヌ派作家と相性が良いようである。村上春樹がネコ派、遠藤周作がイヌ派、というように。 ネコ派の書く小説はどんなものだろうと、ネコ派作家の大御所・谷崎潤一郎を読む。 【著者紹介】 たにざき・じゅんいちろう (1886─1965年) 小説家。 東京・日本橋生まれ。1911年東京帝大国文学科中退。在学中に発表した『刺青』を永井荷風に激賞されてデビュー、その後も豊潤な官能美と陰影ある古典美の世界を展開して常に文壇の最高峰を歩みつづけた。主著に『細雪』(毎日出版文化賞・朝日文化賞)、『瘋癲老人日記』(毎日芸術大賞)、『陰翳禮讚』など多数。 本ブログで取り上げた作品に書評104:『春琴抄』、書評194:『細雪』がある。 【本書の内容】 一匹の猫を中心に、猫を溺愛している愚昧な男、猫に嫉妬し、追い出そうとする女、男への未練から猫を引取って男の心をつなぎとめようとする女の、三者三様の痴態を描く。人間の心に宿る“隷属”への希求を反時代的なヴィジョンとして語り続けた著者が、この作品では、その“隷属”が拒否され、人間が猫のために破滅してゆく姿をのびのびと捉え、ほとんど諷刺画に仕立て上げている。 お薦め度:★★★★☆ 【本書の感想】 <全体の感想> 谷崎の代表作とは言えないかもしれないが、谷崎独自の世界観と文章・構成の巧みさ、そして猫好きの気持ちがわかった気になれる傑作中篇。 谷崎文学の特徴と言えば、『春琴抄』や『痴人の愛』に象徴される、女性の妖艶さとそれに服従する男のねじれた愛情関係であろう。 この本が異色なのは、いつもの谷崎作品で女性が担っている役割を、猫が担っている点である。 タイトルは、この作品の登場人物のヒエラルキーを表している。 前妻と後妻の二人の女が庄造を取り合うのだが、当の庄造は猫のリリーにご執心。庄造の気を引くために女たちは猫を奪い合って……というあらすじ。 この四者の関係の絡み具合が上手くできており、登場人物の感情もシンプルかつ的確な文章で表現されていて、短い中篇ながらなるほど谷崎、と唸らされる。 <“服従”さえ許されないと人間はどうなる?> この本のテーマは“服従”だ。しかもヒエラルキーの頂点にいるのは猫なのである。 それもそのはず、この作品の登場人物は誰も魅力的に描かれてはいない。 庄造は人がいいだけの愚鈍な男で、女にはそれほどの関心も示さずに老猫のリリーばかり可愛がっている。前妻を追い出して後妻におさまった福子は、尻の軽いお転婆娘で、遊ぶ金の工面ばかり考えている。福子に追い出された前妻の品子は、福子への嫌がらせと庄造の気をひくために、リリーを引き取ろうと画策している。 ここでは、誰も“服従”の欲求を充たされていない。庄造は最愛のリリーを取り上げられ、福子は庄造に相手にされず、リリーで気をひこうとしている品子も庄造から愛されているわけではない。しまいには、庄造さえリリーからフラれてしまうのである。 この奇妙な四角関係にいる三人の人間が、それぞれが服従したい相手に服従を許してもらえないところに、この傑作の妙味があると言えよう。 <ネコ好きによるネコの可愛らしさの描き方> ネコ派の谷崎は、さすが猫の描き方が上手い。 私を含めた世間のイヌ派たちは、猫は犬よりも素直に愛情を示さず可愛くない、と思っている。 谷崎はこのような主張を「猫に本当に愛されたことがない人間の言うこと」と一蹴し、庄造とリリーが数週間ぶりに再会する場面に託して、猫の愛情表現の奥ゆかしさを語っている。 「リリー」と呼ばれると、「ニャア」と云いながら寄ってくる。そこを掴まえようとすると、又するすると手の中を脱けて行ってしまう。庄造は猫のこういう性質がたまらなく好きなのであった。わざわざ戻ってくるくらいだから余程恋しかったのであろうに……抱こうとすれば逃げてしまう。それは愛情に甘えるしぐさのようでもあるし、暫く会わなかったのがキマリ悪くて、羞渋んでいるようでもある。(42項) なるほど、犬ほど直接的ではないから判りづらいということか。 また品子は、リリーと仲良くなってから猫が人間と1対1で愛情表現を示す時の仕草を体験し、庄造の気持ちがわかったという。 猫は二人きりになると接吻をしたり、顔をすり寄せたり、全く人間と同じような仕方で愛情を示すものだと聞いていたのは、これだったのか、いつも人の見ていない所で夫がこっそりリリーを相手に楽しんでいたのは、これをされていたのだったか。(71項) 谷崎がリリーを描く時の筆致は、もはや大人の女性を表現しているようで、艶かしくさえある。
ネコ派の方、猫を飼っている方は、こういう気持ちなんでしょうか。 |
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紛れもなく犬派ですが、猫も嫌いではないです。
因みにウチのミカンは、犬にしては屈折した性格で、何気に猫気質のワンコかも(笑)
谷崎ワールドを堪能できそうな作品ですね。
2011/9/19(月) 午後 9:12
梟派の私としましては(笑)「男達はどうして猫に翻弄されるのか?」なーんてたまに思っていたので、ふんふんと思いながら拝読しました!
猫は可愛いとは思うのですが、犬との関係と比べると、どうしてもちょっと軽んじてしまう犬派の私です。
2011/9/19(月) 午後 10:34
はい、はい、ネコ派です!わかります〜。先ほどもお腹をなでてやろうとしたら爪全開の後ろ足で猛烈に蹴られ、「いたい!」と叫んでしょんぼりとした背中を見せて遠ざかって「ふう、少しは心配しているかな?」と物陰からこっそりのぞきこんだら、彼女「あくび」をしていました。そんな風なのがネコです。
でも、寒いとのそのそと膝に載ってきます。
操られている、と分っていながら可愛さに負けます…。
2011/9/19(月) 午後 11:44
う〜ん、遠藤周作をイヌ派に入れられてしまうと読書嗜好はイヌ派ですが、本人は気の向くままのネコ派ですね。かわいくないところにかわいさを見いだすところもあるので、やっぱりネコ派なのでしょうか。
2011/9/21(水) 午前 0:09
>オブ兵部さん:ミカンちゃん、猫気質なんですか(笑)。記事を拝見する限りは犬らしい尻尾の振り方をしてるような気が・・・?
この本を読めば、ネコ派の気持ちがわかるかもしれません。
2011/9/27(火) 午前 10:27
>凛さん:「男達はどうして猫に翻弄されるのか?」というご質問に対しては、この本を読めば答えが出るかもしれません。
「男達はどうして女に翻弄されるのか?」というご質問があれば、谷崎の『痴人の愛』あたりをお薦めします(笑)
犬との関係に比べると・・・というのはイヌ派は皆思っているところですが、この作品では谷崎の小気味良い反論を読めます。
2011/9/27(火) 午前 10:29
>あんごさん:あんごさんは根っからのネコ派っぽいですよね〜(笑)。
操られている、と分かっていながら可愛さにあえて負けているあんごさんが目に浮かびます^^
2011/9/27(火) 午前 10:31
>すてさん:遠藤周作は色んなところでイヌ派宣言しますし、飼い犬との体験をもとにした小説もありますので、筋金入りだと思います。
ということは、すてさんはイヌ派だけれど、すてさん自身がネコだということですかね?
2011/9/27(火) 午前 10:33