読書のあしあと

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書評 随筆・紀行

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書評234 司馬遼太郎

『街道をゆく26 嵯峨散歩、仙台・石巻』

(朝日文庫、1990年)

旅行には伴侶となる読書が欠かせない。
今年は仙台に行ってきたので、「仙台・石巻」篇を読む。


【著者紹介】
しば・りょうたろう (1923─1996年) 作家。
大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960年『梟の城』で直木賞を受賞し、以後歴史小説を一新する話題作を続々と発表。『国盗り物語』『竜馬がゆく』で菊池寛賞など受賞多数。
本ブログで取り上げた作品に『燃えよ剣』、『竜馬がゆく』(その1/その2/その3/その4/その5)、『翔ぶが如く』(その1/その2/その3)、『草原の記』「故郷忘じがたく候」、『街道をゆく』シリーズの『19 中国・江南のみち』『40 台湾紀行』がある。


【目次】
嵯峨散歩(水尾の村/水尾と樒が原古代の景観/大悲閣/千鳥ヶ淵/夢窓と天龍寺ほか)
仙台・石巻(富士と政宗/沃土の民宮城野と世々の心/屋台と魯迅/東北大学/大崎八幡宮ほか)


【本書の内容】
嵯峨路の登場人物も多彩だった。清和天皇、古代の秦氏、天竜寺ゆかりの夢窓国師、さらには大久保利通や夏目漱石も登場する。しっとりした旅のあと、「仙台・石巻」の主役は戦国の雄、伊達政宗。もっとも戦場の勇敢さがテーマではなく、運河の開発、河川の改修と土木に苦労した政宗を考える。松島も訪ね、「ああ松島や」の看板をみて、芭蕉に深く同情する件が楽しい。


お薦め度:★★★☆☆

【本書の感想】

<全体の感想>
司馬が歩いた軌跡を辿りながら、その土地の“匂い”のようなものを感じるのがこのシリーズの醍醐味である。
仙台とその周辺を歩きつつ、古今東西の素材を使ってこの地の特色を炙り出している本書も、その例に漏れない。

司馬が芭蕉を擁護して主張するように、古跡をめぐる旅は歴史を想起しなければならないのである。


<肥沃な土地に発明は生まれず>
仙台は政宗以来の大藩であり、東北地方の中心地であったし、今でも東北一の都市である。
ところが、それに比して文化的遺産は少ないという。

その理由を、司馬は仙台平野が豊かであったことで説明する。

仙台平野という肥沃な穀倉地帯のおかげで、腹は十分養えるのである。しかも政宗以来、営々と新田を開拓し続け、実高は百万石をこえるといわれた。……この米一筋の盛大が、仙台藩の経済観を単純にした。……「殖産興業」という多様な商品生産の事業が、江戸後期、西国大名のあいだで流行のように活発になるのだが、そういう時代でも仙台藩は泰然として米売り一本槍であった。(134項以下)

商品経済がさかんであれば人々の思考法も多様になり、発想が単一的ではなくなるばかりか、斬新な思想や発明も生まれる。
西国の大藩はそういう努力をして明治維新の主役となったが、仙台がそうならなかった。
米に依存した泰然たる経済態度は、仙台に文化的遺産を残さなかったし、明治に活躍する機会も導かなかったのである。


<東北人のメンタリティ>
個人的な印象では、東北人はよそ者に対して心を開くまでが長いが、一度仲良くなれば縁は強い傾向があると思っている。
司馬も同様に感じているようで、太宰治『津軽』を例に挙げて、東北人のメンタリティを激しい人情にあるとしている。


司馬の友人の回想として紹介されている話は、そのメンタリティを静かに表現しているようだ。

「戦後、駅前に屋台が出ていたんだ」と、べつの友人が仙台を回顧してくれた。彼は戦後、広島から出てきて東北大学の国文科に学んだのだが、そのころしばしばその屋台に飲みにいった。屋台のあるじは牡鹿半島から出てきた夫婦で、飲む側もまずしく、飲ませる側もゆたかではなかった。ゆたかではないほうが、まずしいほうに、「金は出世払いにすっぺし」といって、金を受け取らなかった。……「あのおじさんは、印象としてはぼくの仙台そのものの記憶だなあ」(171―175項)

戦後間もない話にせよ、こんなエピソードがありうる地ということを思いながら仙台を歩きたい。


<松島で芭蕉に同情する>
松島は日本三景のひとつだという。「しかし、どこがいいのかわかりませんよ」と、たれもがいう。東北人たる太宰治も、松島の美のわからなさに閉口していたに違いない、と司馬は推測している。

確かに、松島に舌を巻く絶景があるというわけではない。私が旅行した時も、景観に圧倒されたという印象はなかった。
その点は司馬も認めているが、同時に強調しているのは「観光というのは、本来高い精神でとらえるべきだ」ということ。

景観というのは、観る側の美意識によって評価される。時代が変われば美意識も変わるのである。
現代人にとっては、松島よりもグランド・キャニオンやハワイの海の方が美しいのかもしれない。
しかし松島の美は古典文学によって成立している以上、観る側もそれを念頭に置くべきなのだ。


司馬がしきりに「情けない」と嘆くのは、松尾芭蕉の作として松島でも方々の看板に掲げられている「松島や ああ松島や 松島や」という句である。
『奥の細道』で松島の景観を激賞した芭蕉が、このような松島を馬鹿にした句を書くだろうか、と(244項以下)。

松島を観光する人はもちろん松島を「魅せる」側の地元人も、松島を支える歴史を大切にしてほしいものである。
 

閉じる コメント(4)

おはようございます。
大三元さんの書評はデータベース的にも完璧で過不足なく非常に参考になります。一素人の書評とは思えないですね。
書店・出版社系のサイトを見ているようです。
かつご自身の感想も端的で、読んでいてインスピレーションを感じます。
自分のブログは作品への自分自身の独自の切り口をウリにしてまして、データベースとしては全くお粗末なものです。
少しは見習わないとと大三元さんの書評を見て、ため息をついております。

2011/10/30(日) 午前 10:25 [ もたんもぞ ]

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「松島や....」の句を嘆いたという話が最近読んだ本の中にあったと記憶しています、でもそれが誰だったか覚えていません、
(´_`illi) トホホです、
司馬さんという人物は竜馬をとおしての印象が強いのですが、昨夜読んだ丸谷才一のエッセイの中に司馬さんとの逸話が出ていてお人柄がよくわかりました、
松島は昔行きました、高い精神でとらえるべきと言われると、なんと申し上げていいか分かりませんが。。。
東北の方のメンタリティは、太宰の短編を読んで発見したのですが、
倫理観が高いということです、米一筋というのもその象徴の一つであるのでしょうね、
それプラス激しい人情ですね!
読書の秋に相応しく?ただ今乱読気味なので、乱文なコメントになってしまいました m(_ _)m

2011/10/30(日) 午後 0:31 凛さ

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>もたんもぞさん:ありがたいコメントありがとうございます。残念ながら一素人の書評です(笑)。
しかし、素人の書評なんですからデータベース的な要素は必須ではなく、むしろおっしゃるような「独自の切り口」が重要だと思います。こちらこそ参考にさせて下さいね。

2011/10/30(日) 午後 11:32 大三元

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>凛さん:丸谷才一、山崎正和、司馬遼太郎あたりは仲が良くて、対談本もたくさん出ています。いずれ目を通したいと思っていますが、この3人の著作だけでも膨大な量があり、さらに彼らが個別に言及している本も読みたい、となるとなかなか対談まで手が伸びていません。
倫理観ということで言うと、本書を読んで感じたのは、東北人の「素朴な良心」でしょうか。屋台のエピソードに象徴されるような、単純な好意。こういう話をさらりと書くところが、司馬の文章の“味”なのだと最近思います。

2011/10/30(日) 午後 11:37 大三元


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