読書のあしあと

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書評236 カフカ

『変身/掟の前で 他2篇』

丘沢静也訳(光文社古典新訳文庫、2007年)

かつて保坂和志は、「カフカの不可解な小説を、意味づけずにそのまま全体として受け入れ、そのリアリティを感じること」が小説を読むということなのだ、と述べていた(書評209:『小説の自由』参照)。

不可解なカフカをそのまま受け入れるとはどういうことか。
カフカの最も有名な短篇「変身」を収める本書を読んでみた。


【著者紹介】
Kafka, Franz (1883―1924年) チェコ生まれのユダヤ系ドイツ語作家。
「文学以後の文学」とも称される斬新な作風で、その作品は、なにが書かれているかはクリアにわかるが、それがどういう意味なのかは、さまざまな解釈を呼ぶ。おもしろいだけでなく、奥深いアクチュアリティをいまだに更新しつづけている不思議なカフカ文学は、文学を超えて、突出した魅力と存在感をもつ。代表作は、本書に収めた短編『判決』『変身』などのほかに、未完の小説『審判』『城』など。


【目次】
判決/変身/アカデミーで報告する/掟の前で


【本書の内容】
翻訳は演奏に似ている。ピリオド奏法は、自分が慣れ親しんできた流儀を押し通すのではなく、相手の流儀をまず尊重する。演奏家の「私」ではなく、作曲家の「私」を優先させるのだ。(訳者)/家族の物語を虫の視点で描いた「変身」。もっともカフカ的な「掟の前で」。カフカがひと晩で書きあげ、カフカがカフカになった「判決」。そしてサルが「アカデミーで報告する」。カフカの傑作4編を、もっとも新しい<史的批判版>にもとづいた翻訳で贈る。


お薦め度:★★★☆☆

【本書の感想】

<全体の感想>
朝起きたらいきなり毒虫に変身していたという、何とも理不尽なフィクション。
ありえない設定だが、なぜかすんなりと読めるのが不思議である。保坂の言うように「そのまま受け入れる」ことができるか心配だったが、杞憂に終わった。
面白いというより、いろいろ考えさせられる作品だ。


<現実を受け入れること>
まず印象深いのは、「なぜ虫になったか?」が問われないことである。
突然虫になったグレーゴル本人もその家族も、虫になった理由はあまり考えずに、どうやってドアを開けようとか、仕事に行かなくちゃとか、妹は進学させてあげたいなとか、目の前のことに一所懸命になっている。

こんなに理不尽な現実を目の当たりにしてその理由は問わず、これからのことを考える姿勢。
もし自分がグレーゴルの境遇だったら、ひょっとすると自分もそういうリアクションになるかもしれないと思った。
なぜ?と疑問を持ったって現実が変わるわけではないし、大事なのはこれからどうするか、だから。
起こってしまったことの理由を考えて未来につながればいいけど、グレーゴルの場合はそうではなかったはずだ。


<家族に異物が発生したら?>
様々な示唆に富むこの短篇には、いろんな解釈があるだろう。
中でも、なかなか考えさせられると思ったのは、「家族の中の異物」説である。

これは、家族の中に受け入れがたい異物が発生したときの反応を、異物の側から描いた作品である、というもの。
醜悪な毒虫になったグレーゴルに対し、母は愛情を持ちつつも現実を受け入れられず、隔離せざるをえない。唯一妹だけはしばらく食事の世話などをしてくれていたが、最後には「お払い箱にすべきよ」という結論になってしまう。

毒虫というのは極端な話だが、現実には似たような状況はありえるのではないか。誤解を恐れずに言えば、子どもが生まれたら奇形児だったとか、障害を伴っているとか、祖父が寝たきりになってしまったとか…。

そのような現実に直面したとき、妹のような誠実な態度が取れるだろうか?長い努力のあと、「お払い箱にすべき」と決断した妹を誰が責められるのか?しかも醜悪な毒虫相手なのだ。


<おわりに>
更に、グレーゴルの死が家族に光をもたらすものになっている点も示唆的である。
グレーゴルが家計を支えていた頃、父は破産して頽廃的になっており、妹はまだ小娘だった。ところが、グレーゴルが家族から隔離されたことで父は仕事をするようになり、妹も一人の人間として成長した。家も引っ越して新しい生活が始まることを予感させるラストシーンは、グレーゴルにとってアイロニカルな光景である。


乾いた切なさが残る作品ではあるが、悲惨すぎ、グロテスクすぎ、というわけでもないのが不思議なところだ。
グレーゴルの死が家族の自立と再生を促したからだろうか。

暗示的なストーリーとリアルな毒虫の描写、そして乾いた読後感。不思議な作品である。

閉じる コメント(16)

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現代日本の痴呆老人問題を予見するもの、とこの作品を解釈しているので私もすんなり入り込めました。この作品にしろ、カミュの「異邦人」にしろ、専門家的にはその作者の最高傑作ではなくても一番有名な作品にはやはり読みやすい作品だと思います。

2011/11/17(木) 午後 11:32 [ kohrya ] 返信する

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>こーりゃさん:カフカ自身が老人問題を予見していたかどうかはわかりませんが、そういう解釈もできるというのは面白いですよね。『異邦人』も積年の宿題です。

2011/11/18(金) 午前 2:03 大三元 返信する

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こんばんは、
おーっ、ついに出ました!という感じです、
「変身」は私にとって永遠の本です、10代の時に読んだので、何も考えずにまるごと飲み込んだといった表現がぴったりかもしれません、
昔から不条理に対する感性が強かったのかもしれません。

2011/11/18(金) 午後 10:05 凛さ 返信する

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>凛さん:有名な作品でも、読みたくて読んでいないものはまだまだたくさんありますね。
「返信」が凛さんにとって特別な本とは意外でした。あまり結びつきませんでしたので・・・。
なるほど、不条理に対する感性ですか。この本はそれに最適かもしれません。

2011/11/19(土) 午前 2:26 大三元 返信する

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大三元さん、TBありがとうございました。
「家族の中の異物」説って、なかなかに考えさせられますね。家族の中では、みな無意識にそれぞれの役割を演じています。稼ぎ手だったり、なごみ担当だったり、家事を主にする人だったり。家族の悪いバランスでも安定していると、人は変えたくないって思っちゃうんですよね。だから、家族の中に「何か」が起きてはじめて、自分の問題に向き合わなくてはいけなくなる。辛いですよね。
ありえない設定なのに、すんなり入っていけたって同感です。桃太郎みたいなもんですかね?(笑)私もTBさせてください♪

2011/11/21(月) 午前 11:12 mepo 返信する

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何も深く考えない年頃に読んでいます。。。
青虫が、自分の中では結構巨大なイメージで残っています。。。(
笑)
「変身」、、、やっぱ、、凄い短編なのでしょう。。。
(*^-^*)/~

2011/11/21(月) 午後 10:14 さ ん ぽ 返信する

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>mepoさん:トラバありがとうございました。
桃太郎、なるほど(笑)。フィクションはフィクションでも、思い切って設定をぶっ飛んだものにした方が入り込みやすいのかもしれません。
mepoさんの、家族の中の経済的依存関係という見方もなるほどと思いました。女性であり母であり働き手でもあるmepoさんならではの視点だと思いました。

2011/11/22(火) 午前 2:49 大三元 返信する

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>さんぽさん:本篇を読むと、かなりデカいイメージですね。おそらく虫になったグレーゴルの体長は、人間の身長と同等かそれ以上あったと思われます。それが家族の方に擦り寄る場面など、生々しく描かれるものですから、グロテスクという感想があるのもわかりますね。

2011/11/22(火) 午前 2:51 大三元 返信する

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わたしは、この物語の主人公は「グレゴール以外全員」なのではないか、と思いました。
このストーリーそのものが、誰もが持つ「家族」とか「コミュニティ」の暗喩となっているとしたら。はーーー。
わたしは、元々グレゴール的な存在なので、グレゴール以外の目線で読むとゾっとしました。

2011/11/23(水) 午後 4:59 Kimmi 返信する

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>kimmiさん:そうか、Kimmiさんのような立場の方が読むとゾッとするのもわかる気がします。特に最後の結論は恐ろしいですもんね。
主人公が「グレーゴル以外全員」というのも同感です。家族がこのような状況に陥ったとき、何ができるのか?考えさせられます。

2011/11/24(木) 午後 4:36 大三元 返信する

カフカ「変身」、ティーンの時読んだ時は、なぜ主人公が死んだら、家族は楽しそうにピクニックに出かけてしまうのか、皆目見当つきませんでしたけど、なるほどそういう読みがありましたか。勉強になりました(^^)

2011/11/29(火) 午後 2:06 [ もたんもぞ ] 返信する

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>もたんもぞさん:グレーゴルが虫になった理由を「家族を再生させるため」とする解釈があるくらいですから、有力な読み方なんでしょうね。皮肉な見方ですが。
カフカの不可解さは、多様な解釈を許容する懐の深さとも言い換えることができるかもしれません。

2011/11/29(火) 午後 11:08 大三元 返信する

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akihito suzukiさん経由で来ました。
カフカの世界は意味づける前にその不思議なリアリティーが魅力ですね。

2011/12/2(金) 午前 8:52 蓮 返信する

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>蓮さん:はじめまして、ご訪問&コメントありがとうございました。
そうですね、これだけ突飛な設定なのに、リアルな描写が印象的でした。カフカの他の作品も読んでみたいです。

2011/12/3(土) 午前 6:14 大三元 返信する

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カフカは、自分の幸せや心配よりも家族の行く末をきにかけていました。自分が虫になってしまった事や死ぬ事が悲しいとか余り思ってはいなかった。自分に頼れなくなった家族が、自分がいなくても大丈夫に、むしろ幸せそうになって安心した。そうなる様に願っていたからこその、結末にしたと思う。嘆き悲しみ不幸になっては欲しくないから。 削除

2013/12/30(月) 午前 2:52 [ スミレ色の手紙 ] 返信する

>スミレ色の手紙さん:はじめまして、ご訪問&コメントありがとうございます。カフカがそのように考えていたのだとしたら、この作品の筆致、結論はすごく納得のいくものですね。記事にも書きましたが、文体がどこか第三者的というか、ザムザも虫になったことを他人事のように捉えている節があります。そう言われてみるとカフカは愛情深い人だったのかもしれません。

2013/12/31(火) 午前 2:14 大三元 返信する

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