書評242 阿刀田高『あなたの知らないガリバー旅行記』(新潮文庫、1988年)ジョナサン・スウィフトの『ガリバー旅行記』といえば、誰もが知るおとぎ話の一つ。書評200:『『こころ』は本当に名作か』で小谷野敦が褒めていたので、原典を読もうと思っていたが、ギリシア神話本以来信用している阿刀田高の解説エッセイをかじってみることにした。 【著者紹介】 あとうだ・たかし (1935年─) 作家。 早稲田大学第一文学部卒業。1961年から国立国会図書館に司書として勤務しながら随筆を発表し、1972年に退職、執筆業に専念。1979年「来訪者」で日本推理作家協会賞、同年『ナポレオン狂』で直木賞、1995年『新トロイア物語』で吉川英治文学賞を受賞。日本推理作家協会理事長も務めた(1993─1997年)。 過去に本ブログで取り上げた著作に書評65:『ギリシア神話を知っていますか』、書評72:『私のギリシャ神話』、書評73:『ナポレオン狂』 、書評108:『小説家の休日』がある。 【目次】 小人国の風景 卵はどこから割るか グロテスクな女体 もし教育の国へ行ったなら 百科全書の作り方 人は死すべきもの 孔子は70にして馬になる ないない尽しの国 読心家具はいかが 死とともに消ゆ 貧しい人に愛の手を 白いときには黒を言う 【本書の内容】 『ガリバー旅行記』はどなたもよくご存知でしょうが、作者スウィフトの人物像や当時のイギリスを知らないと、諷刺、洒落、ブラック・ユーモアなどは十分に理解できないところがあります。豊富な薀蓄を駆使して、その桁はずれの面白さを分かり易く解説・紹介したのがこの本です。『ギリシア神話を知っていますか』『アランビアンナイトを楽しむために』に続く〈阿刀田流古典鑑賞読本〉。 お薦め度:★★★☆☆ 【本書の感想】 <全体の感想> 阿刀田らしい軽快な手際で、『ガリバー旅行記』を紹介・批評していく。 既読者にも未読者にも面白い内容になっているのはさすが阿刀田高、安定感がある。 スウィフト『ガリバー旅行記』は、船乗りであるガリバーが様々な国を冒険するファンタジーである。 “小人の国”リリパット、“巨人の国”ブロブティンナグ、“空飛ぶ大陸”ラピュータ、“知的な馬の国”フウイヌム。ガリバーは、それぞれの国で時に追い回され、時に厚遇されながら冒険を繰り返し、色んなものを見聞きするというあらすじになっている。 風刺文学がすべからくそうであるように、『ガリバー旅行記』も当時のイギリス社会を知らなければ笑えない部分が多い。本書はそれを補いながら、スウィフトのユーモアと人格を浮き立たせている。 諷刺文学は、その時代の世情と深く結びついたものであるだけに、時間、空間を隔ててしまうと、いささか隔靴掻痒の感をまぬがれない。……むしろジョナサン・スウィフトからわれらが汲むべきものは、その辛辣な批評精神と諷刺の手法だろう。……諷刺というものは、どこかに澄んだ眼を持っていないとできないもののようだ。(226―227項) <あなたが描く“○○の国”は?> 本書の中で、面白いと思った論点を3つ、抜書きしておく。 阿刀田は、スウィフトが描いた空想の国を紹介しながら、自分だったらどんな不思議な国を描くか考えた。 そこで思いついたのが“教育の国”だったという。この国ではだれもが教育について一家言持っている。 教育ってのは、わかんないものですね、本当に。だれが、なにを言ってもいいんですよ。……なにしろ結果がわかるまでに二、 三十年はかかる。二、三十年たって、あれはいい教育だったらしい、あれはわるい教育だったらしい、と結果が現われても、なにしろ長い年月がたっているから、本当のところだれがわるくてだれがよかったのか、因果関係がはっきりとしない。……そのうえ、だれが見ても"ひどい"ような教育でも、生徒のほうが、"こりゃひどい。俺自身が頑張らなくちゃあ"と思って努力したため彼自身はりっぱになり、結果として"あれはよい教育だった"となったりする。(66-67頁) 次の引用文は、書評73:『ナポレオン狂』など人を楽しませるフィクションを追求してきた阿刀田ならではの、スウィフトへの同情だ。 デタラメを考えるのは、思いのほかつらいものだ。疑う者は、筒井康隆を見よ。ピカソの絵画を眺めよ。人の心を打つ目茶苦茶を創造するのは本当にむつかしい。スウィフトは一生懸命思案したにちがいない。(74項) 理性的・合理的で、理想の国であるはずのフウイヌム国が、読んでいてもそれほど住みたいところだと感じないのはなぜか。地獄のほうが描きやすく、極楽のほうが難しいのはなぜか。阿刀田は次のように述べる。 これは、やはり、私たち人類が恵まれた環境に置かれているから。地獄よりは極楽に近い状況に置かれているから、ではあるまいか。……早い話が、アフリカの飢餓地帯では、豪華な食卓の風景を描いただけで極楽の景色となるだろうし、ガン病棟では健康にスポーツを楽しんでいる家族だけで極楽の図案になりうる。……ユートピアを描くより現実の世界や社会についてネガディブな指摘を連ねるほうが、ずっとやさしい作業である。批評家や評論家という職業が成立し、なんとなく偉そうに見えるのは、このことと無縁ではあるまい。(140頁) 今この現実がいかに幸福であるか、それを忘れたときに極楽が普通に見えてしまうということである。 <おわりに>
さすが阿刀田高、読まなくても『ガリバー旅行記』の世界を疑似体験できた。謝謝。 …これ読んだら本編は読まなくてもよさそうだな(笑)。 いや、スウィフトのブラックユーモアは実際の文章で味わうべきか。 |
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いやいや、スウィフトの文章そう生やさしいものではありませんよ。作者のスウィフトはへそ曲がりのひねくれ者であり、社会を斜めから見る人間で、下品で、汚いものが大好きです。とても阿刀田高の上品な文体では表しきれません。新婚早々はともかく、いずれ人生に疲れた頃お読みになるのをオススメします。
2012/3/11(日) 午後 5:06 [ kohrya ]
>こーりゃさん:「生やさしいもの」ではないからこそ、本編を読まないといけないかな、と思った次第です。ひねくれた視点や下品なユーモアも阿刀田が紹介していますが、こういった個性を育むのがイギリスという国の懐が深いところでもありますね。
2012/3/11(日) 午後 9:51
大三元さん、お久しぶりでっす。
新居の居心地はいかがですか。
なかなかPCにむかう時間ないんだろうなぁ。
阿刀田さん小説は、昔ちょこちょこ好きで読んでました。
短編で、ちょっと不思議な読後感がありますよね。
キリスト教とか、ギリシャ神話の本は読んだことあります。
自分の知らない世界についての、すぐ目からうろこがポロポロ落っこちるんですよ。これ、要チェックしときます。
2012/3/13(火) 午後 8:49 [ わかめ ]
>わかめさん:お久ぶりです〜。新居は、まだなかなか慣れませんね。そもそも平日は家にいないですから、まだ荷物が片付いていない状態で。もうちょっとしたら落ち着いて本も読めるかも。
阿刀田の本は、「楽しませてくれる」という意味で安定感がありますよね。ギリシャ旅行に行くときに、ギリシャ神話紹介本でお世話になって以来、阿刀田の古典紹介シリーズは信用しています。
2012/3/14(水) 午前 2:51