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書評 社会・経済

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書評243 イアン・エアーズ

『その数学が戦略を決める』

山形浩生訳(文春文庫、2010年)

普段はあまり手に取らない類の本だが、単行本で刊行されたときから気になっていた本である。


【著者紹介】
エアーズ,イアン
エール大学教授。経営学部と法学部の両方に籍を持つ。データ分析によって問題解決の道筋をつける「絶対計算家」として名高い。

やまがた・ひろお (1964年―) 翻訳家。東京大学工学系研究科都市工学科修士課程修了。マサチューセッツ工科大学不動産センター修士課程修了。大手調査会社に勤務のかたわら、広範な分野での翻訳と執筆活動を行なう


【目次】
序章 絶対計算者たちの台頭
第1章 あなたに代わって考えてくれるのは?
第2章 コイン投げで独自データを作ろう
第3章 確率に頼る政府
第4章 医師は「根拠に基づく医療」にどう対応すべきか
第5章 専門家vs.絶対計算
第6章 なぜいま絶対計算の波が起こっているのか?
第7章 それってこわくない?
第8章 直感と専門性の未来
補章 革命は続く


【本書の内容】
ワインの将来の価値を予測する。症状の統計から病気を診断する。脚本段階で興行収入を最大化する。そしてあなたに最適な結婚相手まで決めることも、「絶対計算」が可能にする!IT時代の兆単位のデータがもたらす新世界ビジネス戦略。イェール大学気鋭の計量経済学者がわかりやすく書いた知的大興奮の書!文庫版は補章追加。


お薦め度:★★★★☆

【本書の感想】

<全体の感想>
タイトルだけだと内容が想像できないけれど、読んでおいて損はない本だと思う。

本書が描こうとするのは、「絶対計算」と呼ばれる大量のデータを用いた統計分析の影響力である。
絶対計算はアメリカ社会の隅々にまで浸透しており、ワインの出来不出来をはじめ、野球選手のスカウト、結婚支援サイト、政府の失業対策、映画の脚本、医療や教育にまで多大な影響を及ぼしている。

問題は、それが伝統的な専門家の能力を凌駕しつつあることだ。
テラバイトの膨大な統計分析の前では、ソムリエや医師や教師のような専門家は無力であり、そのうち不要となってしまうのだろうか。
本書は、絶対計算と伝統的専門家の共存の可能性を探っている。


<絶対計算とは何か>
絶対計算と呼ばれる統計分析は、回帰分析と無作為テストの二本柱で成立している。
過去データを大量に統計処理し、未来を予測するための回帰方程式を作る。そのためのデータがなければ、それを作るために大規模かつ簡単な社会実験を行い、その結果をもとに回帰式を作る。

例えばワインなら、その年の降雨量と平均気温を入力すれば、その年のヴィンテージの品質を飲まずとも予測できる。アマゾンの「この本を買った人は…」サービスも、その人の購買傾向を回帰式に代入した結果を表示しているわけだ。


この回帰式が社会にとって深刻な意味を持つのは、専門家の地位を脅かす可能性を持つ点である。
例えば医療分野では、医者が自らの知識や経験で診断・治療をするよりも、コンピューターにデータを入力して行った方が的確だという結果が出つつある。アメリカで導入されている診断ソフト「イザベル」は、すでに医療現場で医者より正確な診断をもたらしているという。

さらに教育の分野でも、データが教師の上に立ちつつある。
絶対計算によって導き出された「ダイレクト・インストラクション(DI)」と呼ばれる教育法では、教師は絶対計算で「効果的」とされた脚本に従うだけで、教師に裁量の余地はない。その脚本というのも、決まったセリフを教師と生徒がリズミカルに反復するようなもの。こんな単純な授業を受けた生徒の能力が、読み、書き、計算だけではなく、思考力、文脈を読む力、自尊心の育成など幅広い分野で他の教育法を上回ったというのだ。

医療と教育の例から見える絶対計算の特徴は、それが「なぜ効果的か」を説明せず、圧倒的な結果がそれを正当化することである。すなわち、伝統的な専門家は演繹的な説明を生業としており、それが知識や経験に基礎づけられていたが、絶対計算は膨大な事実を起点にした帰納的アプローチをとっていると言える。


<絶対計算と専門家の共存は可能か>
日本では、工業をはじめとする産業、医療や教育の現場でも職人的技術・経験が尊ばれることが多い。ところが、本書は「現場の専門職の裁量をなくし、統計データに従わせた方が正しい可能性が高い」ことを示している。
これは衝撃的事実だ。では、伝統的な専門家はもはや不要なのだろうか?

本書では、絶対計算と伝統的専門家の共存の可能性として、無作為テストにおける「仮説立案」を挙げている。

人間に残された一番重要なことは、頭や直観を使って統計分析にどの変数を入れる/入れるべきでないか推測することだ。(212項)

人間の判断にはどうしても嗜好や偏見が入り込むため、絶対計算で導かれた回帰式に従う方が正しい可能性が高い。だが、その式を作るときに「何を変数にするのが妥当か」は人間が決めなければならない。そうでないと、いくらデータ処理が大量に素早くできる時代になったといえども、全てのパターンを絶対計算するには途方もない時間が必要となる。

また、絶対計算もそれだけでは万能薬ではない。
伝統的専門家も人間なら、コンピュータに絶対計算させるのも人間である。絶対計算屋の嗜好や偏見(あるいは単なる計算間違い!)により、絶対計算が間違うということもありうる。絶対計算も内外からの客観的チェックなしではその品質を保つことはできないのだ。


<おわりに>
私自身を含めて、日本人には「この道何十年…」という職人技への敬意が強いため、この手の手法には生理的な拒否反応を示す人が多いだろう。職人技の信者からすれば絶対計算は怪しげだし、当の専門家は職を失うか、地位の失墜につながりかねない。

しかし、絶対計算の方が正しい結果をもたらすのが事実ならば、それを客観的に認めなければならない。
その上で、人間にできることは何なのか?
これからの社会の在り方を考える上で、大事な視点の一つになるだろう。

閉じる コメント(10)

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>野球選手のスカウト
松井にまだオファーがこないのはこのせいでしょうかね。

2012/3/25(日) 午前 0:56 蓮

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>蓮さん:『マネー・ボール』という映画が先日話題になりましたが、これは絶対計算で野球選手の評価をして成功したGMの物語です。絶対計算によれば出塁率が高い選手を集めれば得点力が高くなるので、四死球率が高い松井などは、実は絶対計算の観点から言うと「買い」の選手なのです。実際、『マネー・ボール』のモデルになったアスレチックスのGMから、その点を評価されて昨年はアスレチックスに入団した経緯があります。その点、私は松井の将来を不安視していないのですが…。もうすぐシーズンも始まりますね。

2012/3/25(日) 午前 3:07 大三元

多変量解析なんていう手法もありますね。
統計実務を勉強していた頃、
戦争の勃発時期もある程度統計で予測できると
ありました。
凡百の政治家に国の舵取りを任せておくよりも
スパコンにやらせた方が
結果として良い政治になるのかも・・・(笑)
こうなれば
政治家も失業時代を迎えるでしょうね。

2012/3/25(日) 午前 7:48 みかんジュース

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>頭や直観
ぼくの頭や直観でも松井は絶対「買い」ですから、気長に待ちましょう

2012/3/25(日) 午前 9:43 蓮

興味深い本です。
何をファクターに入れるか人間が考えているうちはまだ大丈夫。
それもコンピューターが考えるようになったら…
手塚治虫「火の鳥」の世界ですね。

人間は究極に合理性効率性を追求しないといけないんでしょうかね。
その結果、得られる勝利って意味があるんでしょうか。
学者は理論をどこまでも追究する性を持った生き物ですから行き着くところまで考えるのでしょうが。
原子力の研究と同じで行き着くところが、人類の危機でなければいいのですが。

2012/3/25(日) 午後 4:06 [ もたんもぞ ]

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>みかんさん:はじめまして、ご訪問&コメントありがとうございました。おっしゃる通り、戦争については膨大な統計データがありますから、ある程度は絶対計算の対象になりうると思います。ただ、変数が多すぎるような気がしますが…。逆に言えば、こういう「変数が多すぎる」題材こそ、適切な変数を選択する人間の力量が試されるのかもしれませんね。

2012/3/25(日) 午後 10:44 大三元

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>蓮さん:そうですねえ。
しかし今ちょうどテレビで、日本で行われるメジャーリーグの開幕戦のCMを見ました。この時期になって…というのは、プレーする中で調子を上げていくタイプの松井にとってはちょっと心配です。

2012/3/25(日) 午後 10:46 大三元

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>もたんもぞさん:そういえば、『火の鳥』にもそんな巻がありましたっけ。未来編だったっけな。
合理性を追求するのは、意外と研究者ではなく消費者だったりしますよね。大衆が求める合理性を追求した時代が近代だったという側面もあります。
そのため、絶対計算は消費者にとってもメリットがあることが述べられています。逆に、消費者をコントロールする魔の手にもなりうることも。

2012/3/25(日) 午後 10:50 大三元

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う〜ん、ますます考えさせられます。大三元さんのおっしゃるとおり、私を含めた日本人は、職人技への敬意が強いですよね。だから、こういう理論には拒否反応がある。だけど、結果を出しているという事実自体に目を背けてはならない。ほんとにそうですねー。
例えば、どう考えても不幸になるのが目に見えるような恋愛とか結婚ってあるじゃないですか。適切な統計で選んでもらった相手とすんなり結婚しても、一見無駄にみえる体験から実感する幸不幸を超えたところにある情感とか情緒のようなものは、味わえない気がするんですよね。そっかー、そんな酸いも甘いも計算して、相手選んでくれるのかな(笑)。

2013/1/13(日) 午前 0:22 mepo

>mepoさん:結婚のマッチングシステムに関しては、面白い傾向が見て取れます。絶対計算を使った結婚コンサルサービス会社同士でも、男女がどういう性格の組み合わせであればうまくいくか、の定義が逆だったりするらしいのです。
即ち、ある会社では性格ぎ同じ者同士がうまくいくはずだからそういう組み合わせを推奨し、ある会社では性格が違う者同士の方が補完関係をつくるはずなのでそういう組み合わせに誘導する。
こうなると、会社を選ぶ時点で自分の人生が大きく左右されるということですよね。

2013/1/13(日) 午前 8:38 大三元


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