読書のあしあと

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書評5 上田紀行

『生きる意味』

(岩波新書、2005年)


こういったいわゆる啓蒙本の類は普段読まないのだけれど、どうしても読まなければならなくなってしまって読んだもの。せっかくなので取り上げます。


【目次】
第一章 「生きる意味」の病
第二章 「かけがえのなさ」の喪失
第三章 グローバリズムと私たちの「喪失」
第四章 「数字信仰」から「人生の質」へ
第五章 「苦悩」がきりひらく「内的成長」
第六章 「内的成長」社会へ
第七章 かけがえのない「私」たち


【本書の内容】
経済的不況よりもはるかに深刻な「生きる意味の不況」の中で、「本当に欲しいもの」がわからない「空しさ」に苦しむ私たち。
時には命をも奪うほどのこの苦しみはどこから来るのか?苦悩をむしろバネとして未来へ向かうために、いま出来ることは何か?生きることへの素直な欲求を肯定し合える社会づくりへ、熱い提言の書。
(岩波書店紹介)


お薦め度:★★☆☆☆

【本書の感想】

<全体の感想>
目次からもわかるように、一言で言うと、良心的進歩派知識人の啓蒙本(或いは自己啓発本)である。著者は非常に良心的、情熱的だし、その主張にも別段異論はないのだが、例によって現実認識が偏っているのでどうもすんなり首を縦に振れない感があるのは否めない。以前同じような内容の暉峻淑子『豊かさの条件』(岩波新書、2003年)を読んだことがあるけれど、それと同じ問題を本書も抱えている。以下、具体的に問題だと思う部分を指摘しつつ、感想を述べたい。


<戦後進歩派的思考様式──そのバイアス>
著者は、日本の近代化、或いは高度成長が原因で私たちは「数字」「日本人」などの基準で画一的に評価されるようになり、「生きる意味」を見失ってしまったという。それに拍車をかけているのはアメリカ主導のグローバリズム、それに迎合する日本政府の新自由主義である。今般の「構造改革」もこの流れの中に位置する。しかし、そもそも「構造改革」議論の発端は官僚腐敗であり、「腐敗した官僚に任せておかずに民間に任せよう」という流れから起こったものである──と論じた後、著者はこう続ける。

官僚や政治家たちの腐敗が明らかになった時、一足飛びに「だから民営化だ」と行くのではなく、もう一つのオプションがあった。それは腐敗構造を徹底的に洗い出し、真に信頼できる官の構造を作り出すことである。(84項)

この議論には色々と誤謬がある。順に指摘して行くと、まずグローバリズムという現象はアメリカが主導しているわけではない。それはアメリカの意志如何にかかわらず進行している現象である。また、官僚や政治家の腐敗は90年代の行政改革の中で一貫して議論されてきたものであり、構造改革論の直接の論拠になっているわけでもない。むしろ著者の言う「新自由主義的」な経済理論からの発想と言うべきだろう。
著者はそれを批判しておいて「真に信頼できる官の構造を作り出すこと」が必要だと述べるが、これに関して何ら提言があるわけではない。「今の官僚や政治家はだめだ」と批判するだけで具体策を示そうとしない、岩波知識人の悪い癖である。悪いのは常に官僚や政治家であるという結論ありきなのだ。著者はこういった状況に対抗する手段を最終的に中間社会に求めているが(もっともそれ自体には私も同意する面は多々ある)、政府の政策や官僚腐敗を批判するなら、対案を出すなりするのが筋だろう。ここに、「政府が悪い」一方で「希望は市民の手」にあるという、戦後進歩派が使う典型的な構図が表れている。

他にも色々とつっこみどころ満載(笑)であるが、わかりやすい部分を二点だけ挙げてみよう。


「自由」が常に「もっと効率的に生きろ」という脅しに裏打ちされている場合、そういった「自由」を果たして本当に自由であり解放であると呼べるのかどうかは大きな問題である。(89項)

著者は本当の自由=解放だと思っているらしい。アナキストですか?


私自身は、個人的には昔の人たちがけっこう好きだ。……しかし、その一方で日本のムラ社会の閉鎖性、排除性を見せ付けられると悲しくなってしまう。どうしてあんなにあたたかい人たち、思いやりのある人たちが集まっていながら、こんなに冷酷に異質な人間を排除する社会になってしまうのかと愕然としてしまうのだ。権利や権力のために人を煽り立てる、一部の政治家たちや有力者たちに大きな原因があるにしても、やはりそこにはこれまでの日本のコミュニティーの質の問題がある。(165項)

「日本のムラ社会の閉鎖性、排除性」の原因は「権利や権力のために人を煽り立てる、一部の政治家たちや有力者たち」に大きな原因があるが、前近代的な日本社会の質の問題もあるのだという。これって階級闘争史観そのままのような気がするのは私だけだろうか。


<中間社会の再創造へ>
このようにかなりのバイアスがかかっている本書ではあるが、著者のメッセージには同意する点は少なくない。著者は現代のアノミー現象、社会の希薄化に対する「生きる意味」創造の契機を中間社会に見ている。具体的には生協、NPO、セルフ・ヘルプグループ、ワークショップ、寺などである。著者自身の大学での授業、NPOや寺における活動が例に引かれ、情熱的にその効果が説かれる。
こういった活動が著者の言うように「生きる意味」の創造に資することには全く異論はないし、積極的に行ってもらいたい。私自身そういった活動に積極的にコミットし、その中で「生きる意味」を見出してきた一人である。


<おわりに>
上述のように、いいこと言ってるんだがバイアスがかかっているために「進歩派アレルギー」の人には読んでもらえないかもしれない、という損な本である。私も必要でなければ読まなかっただろうし。今後の岩波新書の復活に期待したい。

閉じる コメント(13)

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なんとこの本、偶然にも今日購入し読み始めたところです。私にはこんな素晴らしい書評は書けませんよ〜〜。大三元さんの書評を読んだ後ですが、真っ新な気持ちで読みたいと思います。

2006/11/8(水) 午前 1:13 [ dai*hi*e*nniik*ru ]

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>daishizennniikiruさん:古い記事へのコメント、ありがとうございます。古い記事を読んでもらえるのは非常に嬉しいです。この書評はかなり辛口になっていますが、daishizennniikiruさんの感想をお聞きすればまた違ったいいところが見えるかもしれません。楽しみにしています。

2006/11/8(水) 午前 3:37 大三元

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大三元さん、読みましたよ〜〜!!私はすごく良かった〜、という感想を持ちました。やっぱり同じ本1冊でも,感じ方とらえ方は人それぞれなんですね〜。こうして同じ本を読んで感想を言い合える方がいるというのは,本当に楽しいですよね〜。本来もっと議論というか言い合えたらいいのかも知れませんが・・。いえ,私は議論できる程の知識はないのですがね(^_^;) 大三元さんの視点との違いも感じました〜。

2006/11/10(金) 午前 1:15 [ dai*hi*e*nniik*ru ]

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>daishizennniikiruさん:おっしゃるとおりで、私も本の感想を共有したいという理由でこのブログを始めました。なので、こうやって感想を述べ合えるのはとても嬉しいです。ありがとうございます。早速伺いますね。

2006/11/10(金) 午前 2:15 大三元

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トラックバックってしたことがないので、私もしていいですか〜。どうやるのかな??挑戦してみます。カントの啓蒙思想も読んでみたいと思っています。

2006/11/10(金) 午前 7:43 [ dai*hi*e*nniik*ru ]

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大三元さん、やっぱりトラックバックの仕方がわからない〜〜(>_<)。また後で挑戦します。

2006/11/10(金) 午前 8:02 [ dai*hi*e*nniik*ru ]

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>daishizennniikiruさん:トラックバックは、.肇薀奪バック先の記事の最後にある「URLをクリップボードにコピー」をクリック、▲肇薀奪バックしたい自分の記事の「トラックバック先を追加」をクリックして、出てきた空欄に,URLを貼り付け、でできるはずです…たぶん。

2006/11/10(金) 午後 0:23 大三元

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出来た〜!わお〜感動。教えて下さりありがとうございました。

2006/11/10(金) 午後 11:10 [ dai*hi*e*nniik*ru ]

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>daishizennniikiruさん:トラバありがとうございます!^^

2006/11/11(土) 午前 0:30 大三元

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今日偶然読んだ「トランスビュー」No.6で、上田氏の中村雅彦「呪いの研究」評を目にしたばかりです。こういう本を書かれているのですね。89頁への大三元さんのツッコミ最高!165頁は階級闘争史観のことは知りませんが、文化人類学者にしては随分素朴な感想だな〜と面白く拝見しました。

2008/3/12(水) 午後 10:38 [ - ]

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>Ringoさん:古い記事にコメントありがとうございます。そちらの書評はどうでしたか?彼は文化人類学者というよりは、一風変わった宗教学者と言った方がいいかもしれません。いや、学者でもないか…。

2008/3/13(木) 午前 0:06 大三元

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おっ、辛口ですね。書評されている本のほうは面白そうでしたよ。ここでの所属は「東京工業大学・文化人類学」で、愛媛大学で教えていた頃は「女装男装による性役割転倒ゼミ」をしていたそうです。ほんと、何ものなんでしょうね(笑)。

2008/3/16(日) 午後 9:44 [ - ]

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>Ringoさん:宗教学者というのは半分揶揄ですが半分本気で(笑)、彼は仏教にも熱心みたいですから。しかしそのゼミは一体何なんでしょう。異性の気持ちになってみましょうっていうコンセプトなんでしょうか?ますます謎が深まってきました。

2008/3/16(日) 午後 10:49 大三元

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