読書のあしあと

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書評 随筆・紀行

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書評255 丸谷才一

『闊歩する漱石』

(講談社文庫、2006年)

先頃亡くなつた、丸谷才一追悼読書。
数ある漱石作品の中でも初期の三冊をこのブログで取り上げたのは、本書で扱われている三作であるといふことに大いに影響を受けてゐる。


【著者紹介】
まるや・さいいち (1925年─) 小説家・文芸評論家。
1951年東京大学大学院文学研究科修士課程修了。小説『年の残リ』で芥川賞、『たった一人の反乱』で谷崎潤一郎賞、『樹影譚』で川端康成文学賞、『輝く日の宮』で泉鏡花文学賞、評論『後鳥羽院』で読売文学賞、『忠臣蔵とは何か』で野間文芸賞など受賞多数。2006年、文化功労者。
以前本ブログで取り上げた作品に、書評6:『年の残り』書評59:『挨拶はむづかしい』書評64:「教養を失った現代人たちへ」(対談)書評99:『挨拶はたいへんだ』書評143:『女ざかり』がある。


【目次】
忘れられない小説のために
三四郎と東京と富士山
あの有名な名前のない猫


【本書の内容】
夏目漱石の『坊っちゃん』は、あだ名づくしで書かれた反・近代小説。『三四郎』は都市小説のさきがけ。『吾輩は猫である』は価値の逆転、浪費と型やぶりによる言葉のカーニバル。初期三作をモダニズム文学としてとらえ、鑑賞し、分析し、絶賛する。東西の古典を縦横無尽に引いて斬新明快に語る、画期的漱石論。


お薦め度:★★★☆☆

【本書の感想】

<全体の感想>
夏目漱石といふ小説家は、近代日本最大の作家とされる。
そして一般的に、『吾輩は猫である』とか『坊っちゃん』のやうな軽い小説から出発し、『こころ』や『明暗』のやうな人間心理を深く描写する大作家に成長した、と理解されてゐる。

本書の面白さは、さういふ通念を逆転し、全く新しい漱石像を打ち出したことにある。
何しろ、こんなふうに後期漱石をばつさり斬つてゐるのだ。

残念なことに、後期の漱石にはモダニズム文学の色調が薄れます。……初期の漱石にみなぎつてゐた祝祭的文学観は失はれて、じつに不景気なことになつてしまつた。(92項)

では、初期漱石の素晴らしさ――モダニズム文学、祝祭的雰囲気――とはだういふことだらうか。


<悪口尽くしのモダニズム>
小説とは人間的真実の探求であるといふ19世紀に隆盛した自然主義的文学観は、未だに私たち日本人の文学観を支配てゐる。ところが丸谷によれば、漱石はプルーストやジョイスなどに先駆けて、それを打ち破るモダニズム文学を書いたのである。


たとへば、書評81:『坊っちゃん』。この作品の特徴を、丸谷は三つ挙げてゐる。
第一に綽名が多いこと、第二に人物造形が類型的であること、第三に面倒くさい心理描写がないこと。
これらはすべて、19世紀的近代小説の対局に位置する特徴である。そのおかげで、物語の筋が一気呵成にぐんぐん進んで、小気味良く終わる。

さらに忘れてはならない特徴が「物づくし」である。
主人公は同僚教師たちに対し、悪口をこれでもかと並べるが、これは日本文学史――『枕草子』や能『舟橋』や近松門左衛門――に息づく物づくしの伝統に掉さすものだといふ。綽名から悪口、地名から橋に至るまで、名詞を列挙する物づくしを日本人が好む理由を、丸谷は日本人の「装飾好き」で説明する。それは神棚に物を祭るお祭りなのだ。


<モダニズムの先――漱石の憂鬱>
書評249:『吾輩は猫である』で、明るい作風の『猫』がいきなり暗澹たる最後で終へることを指摘したが、これはある意味必然だつたのかもしれない。

漱石は『猫』の主人公の名前を空白にしたことで、この作品の魅力である社会風刺と滑稽な会話を活かすことに成功した。丸谷はこれを「世界文学史に冠たる放れ業であつた」(231項)と激賞するとともに、漱石の禅的なアナーキズムとも符合すると述べてゐる。

(名前をつけなかったということは)姓名を拒んでいる。これは国家の定めた戸籍といふ制度にせめてこんなところで異を唱へたいのかもしれない。……明治国家とか、帝国大学とか、博士号とか、一切の鬱陶しいものから脱出したいといふ欲求は漱石においてはなはだしかつた。(232項)

さういつた隠遁志向を持つがゆえに、帝国主義時代に主権国家として生きてゆかねばならぬ日本を、漱石は憐れんだのかもしれない。
書評157:『三四郎』の美禰子の台詞、「ストレイ・シープ」もこの文脈で理解されるべきものだといふ。

あれはおそらく近代日本の運命を、優しく憐れむ言葉なのだ。……鎖国からいきなり開国して帝国主義の時代に身を処してゆかねばならない幼い日本が、漱石にはいとほしくてならなかつたのである。……漱石は日本をかはいさうだと思つていた。それが彼の愛国であつた。(151項)


<おわりに>
後期の作品からはモダニズムが消え、丸谷に言はせれば「残念なことに」自然主義文学に近くなつてゆく。
しかし漱石は、少なくともわかり易く小気味良いモダニズム文学の傑作を三つ残した。

世界文学史の中に漱石作品を位置づけることで、初期と後期の評価を鮮やかに逆転した本書は、漱石を読む日本人に読書の面白さを改めて感じさせるに違ひない。

閉じる コメント(14)

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漱石は学生時代に集中的に読みました。初期の作品は大変面白い。その後の作品にはそれにもまして魅了させられた、という印象が残っています。

2012/11/27(火) 午前 0:42 蓮

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私は中学生の頃に夏目漱石を一通り読んだのですが、「吾輩」とか「坊ちやん」とかは、つかみどころがなくて、読書感想文をどう書くべきか苦しんだ覚えがあります。この丸谷説はまさに目からうろこでした。

2012/11/27(火) 午前 0:53 [ だいちゃん ]

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まあ、丸谷流に旧カナで感想文とはおもしろいです。
学生時代は明治文学、大正文学も読んだのですが・・・
最近は若い作家のものばかりになってしまって・・・
今の時代背景を写した作品だととっつきやすいからねえ。

2012/11/27(火) 午後 5:12 [ pilopilo3658 ]

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一度は、ちゃんと漱石さんと向き合わねばっと…思いつつ。
でも、この三冊は、親しみやすいですよね。
ちょこちょこっとはかじってもいるし。
丸谷才一さんも、読んだことないんです。
エッセイストなのかな〜っと思ってたんですけど、小説も書かれてるんですね。

2012/11/27(火) 午後 9:21 [ わかめ ]

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>蓮さん:そうですか、中後期作品もお好みですか。実はそちら側はまだ通読したことがないんです。『三四郎』の後半あたりからだんだんだるくなってきてしまって、丸谷によればそういう雰囲気が中後期作品の支配的基調になるということなので、足踏みしていました。

2012/11/28(水) 午前 1:16 大三元

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>だいちゃんさん:そうですね、「つかみどころがない」でいいのかもしれません。漱石自身、「ただ面白いと感じてもらえればよい」という趣旨のことを言っていますし。

2012/11/28(水) 午前 1:18 大三元

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>あおちゃんさん:実は、今までの丸谷作品の書評もすべて旧かな遣いで書いてます。引用文が旧かな遣いなので、意外とこっちの方が書き易かったりするんですね。
私は、小説ならむしろ時代背景を現代からちょっとずらして欲しいですね。それができるのが小説の魅力ですから。現代を描くならノンフィクションでもできますし。

2012/11/28(水) 午前 1:38 大三元

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>わかめさん:丸谷は小説も書いていて、評価も高いのですが、やはり丸谷の真骨頂は評論でしょうね。以前書評した挨拶文集も面白かったしためになりますよ。

2012/11/28(水) 午前 1:43 大三元

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イマゴロ大三元さんの 友達登録読みました、、
失礼しました、、
丸谷才一さんは 書評や エッセイくらいしかよんでいません、、
ことしわたしが一押しで 感動したのは
小川洋子の「人質たちの朗読会」です、、
書評は かきませぬ、、ぜひ 読んでください〜

2012/12/1(土) 午後 6:47 katananke05

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>カタナンケさん:おお、小川洋子も読まれるのですね!小川洋子はマイベスト作家の一人です。私は小説は文庫で読む主義なので『人質の朗読会』までたどり着くのは先そうですが、『ミーナの行進』も期待通りの出来でしたし、楽しみです。

2012/12/2(日) 午後 2:11 大三元

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第3元様
↑ 雰囲気違いますね〜 あはは、、
わたしも図書館派なので 新刊は何百人まちです、、
小川洋子や 梨木香歩 恩田陸 宮部みゆき
てあたりしだいの 乱読ですが
小川洋子は だいすきすき、、です
新刊は「ことり」、、これも70人待ち〜
気長に待ちますよ〜

2012/12/10(月) 午前 10:50 katananke05

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>カタナンケさん:カタナンケさんは図書館派ですか〜、私は自分で買わないとダメな方なので…。だから文庫なんですけど。
何百人てすごいですね!そんな本いつになったら回ってくるのか、気が遠くなってしまいます。
梨木さんは積年の宿題です、来年こそは…

2012/12/10(月) 午後 10:22 大三元

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『...面倒くさい心理描写がないこと...』

そうですよね。。。
だから、、どんどん一気に読み進めます。。。(笑)
(*^-^*)/^

2012/12/21(金) 午後 8:42 さ ん ぽ

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>さんぽさん:「面倒くさい心理描写がない」というのは、実は『吾輩は猫である』にも通じるのですね。ところが、『三四郎』あたりから微妙に入ってくる。そしてそれ以降の作品では普通に描かれます。それが、丸谷の言う「残念」な部分なんですが。

2012/12/22(土) 午後 10:42 大三元


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