読書のあしあと

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消えた「大」人物

最近よく思うのは、「大」がつく知識人が絶滅しつつあるということである。

大評論家、大哲学者、大政治学者、大経済学者……これらの肩書に相応しい人物が、今、どれだけいるだろう?
この感慨は、昨年丸谷才一が亡くなったことで一層感じるようになった。

「昔はよかった」という懐古趣味に走るつもりはないし、「大」がつく人物なんてそうそう出てくるものではない。
しかし、昔より確実に減っている気がするのだ。

もうちょっと話を明確にするために、「大」の条件をいくつか挙げてみたい。
  ・自分の専門分野で誰もが認める著作を持つこと
  ・専門分野に限らず、幅広い教養と社会現象に対する見識を備えていること
  ・その人の言うことなら少し聞く価値がある、と立場(意見)が反対の人にも思われていること

さらに明確にするために、私が思う「大」人物の例を、生存中および最近まで生存していた人で挙げれば、

  丸山真男、大塚久雄、小林秀雄、高坂正堯、丸谷才一、山崎正和、司馬遼太郎、吉田秀和……

といった面々になるだろうか。


最近の学者・評論家・作家で、彼らに匹敵するまでになるであろう知識人が、どれだけいるだろう。
私も好きで読んでいる若手や中堅は何人もいるが、いずれも専門を超えて幅広い活躍をすることがなかったり、迫力が足りなかったり。
要するに、上記の面々と比べると小粒な感が否めないのである。


なぜこうなったのか。
「大」人物を育てるメディアがなくなったから?
そういう人物が違うところに活躍の場を移している(=見えなくなっている)だけ?
いるのに私が気づいていないだけ?
何となく理由は思い浮かぶものの、はっきりとはわからない。


あなたにとっての「大」は誰ですか?

閉じる コメント(12)

丸山真男さんの本は読んだことがあるので、やっと何とかコメントを残していけそうです。(笑)

誰が「大」である、という判断はできませんが、中小かもしれませんが、自分には逆立ちしたって…、あと100年生きられたとしても…、とうてい敵わない~という人ならば、挙げられます。

加藤周一、立花隆、鶴見俊輔(敬称略)。

簡単ですが…。(笑)

2013/2/14(木) 午前 7:04 [ tsu*ai8* ]

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その内容を「真意は何か」と言うふうに、本人に問いただすこともある。
言外の内容は、言語を介しては通じにくい。腹を割って話さなくてはならない。
日本人といえども、恣意の内容は公言をはばかられることである。
恣意の実現のためには、赤子になったつもりで、皆の衆に甘えさせてもらうものである。
こうした人情話をするには、是非とも談合が必要である。

英米人は、リーズンを求めている。
英語で答えるときは、リーズナブルな内容を提出しなければならない。
以心伝心・言外の内容などを求めていない。
'Be rational!' (理性的になれ) にも、'Shame on you!'にも意味がある。
日本語の理性には意味はなく、恥も英語の内容とは違ったものになっている。

だから、英文和訳の方法により英米文化を取り入れることは難しい。
日本語による英語教育の振興にも限界がある。


http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

2013/2/14(木) 午後 4:55 [ nog*1*391j* ]

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世代の問題で,存命の人物については若い頃のことをリアルタイムで知っているために“大”という感じがしないのかもしれません。あるいは,やっぱり“大”が成り立たない時代になったということなのか…。ううむ,改めて考えると,なにをもって“大”と見なせば良いのか,難しいですね。

2013/2/14(木) 午後 5:37 NONAJUN

いつも弊ブログに訪問、コメントをありがとうございます。
大人物は出てこないでしょうね。原因は、時代の流れでしょう。全ての事象において分業化、細分化が一番大きい理由ではないでしょうか。
最近、タイムリーにも朝日新聞2月14日付に「天才科学者はもう現れない?米教授「1人で新分野開拓は困難」」という記事がありましたよ。
なかなかうなづける内容やった気がしました。
あしま

2013/2/16(土) 午前 9:19 あしま

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知識人限定だとあまり浮かびません(←無知)まあ、大江健三郎とか村上春樹かなあ。やはり村上くらいの年齢だとあまり雲の上感が出なくて大人物とは言いたくないような気がします。でも歴史のなかで、彼はそういうふうに呼ばれるのではと勝手に想像しますが^^;
サブカルチャーだと、手塚治虫が世界を変えた大人物かもしれませんね。やはり無知がばれてしまいます(爆)

2013/2/16(土) 午後 5:02 しろねこ

そう言えばたしかに、皆が応援している大選手とか、皆が歌える大ヒット曲とか、なくなりましたね。
「大」が消えた原因には、価値観の多様化も関係しているのでしょうか?
私の「大」は、将棋の羽生善治さん、野球のイチロー選手です。

2013/2/19(火) 午前 0:32 [ だいちゃん ]

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>tsu*ai8*さん:いつもご訪問ありがとうございます。コメントいただけて嬉しいです。
逆立ちしたって敵わない、敵であっても認めざるを得ない、大人物とはそういう人物だと思います。
確かに加藤周一、立花隆、鶴見俊輔あたりも「大」でしょうね。立花隆の理系的知識には「?」というところがあったり、加藤周一の政治的スタンスも個人的には疑問ですが、しかしそれも含めて「大」なんだと思います。彼らの言論は議論の俎上に乗りますから。

2013/2/23(土) 午後 1:04 大三元

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>nog*1*391j*さん:ご訪問ありがとうございました。

2013/2/23(土) 午後 1:06 大三元

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>NONAJUNさん:でもやっぱり、記事に挙げたような人物は、40〜50代から「大」だったと思うんですよ。でも、今のその世代に果たして往時の「大人物」に匹敵する人物がいるか、というと…ということですね。
彼らが「大」であることはおそらく立場は違えど誰もが認めると思いますが、今その基準自体も揺らいでいるということなのかもしれません。

2013/2/23(土) 午後 1:09 大三元

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>あしまさん:やはり細分化、分業化、効率化の流れがあるんでしょうか。往年の大人物は、自分の専門で偉業を達成しながらも、幅広い教養をもとにして様々な問題に対して発言していました。もはやそのようなリベラル・アーツを備えた人は現れないのですかね。

2013/2/23(土) 午後 1:13 大三元

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>しろねこさん:確かに、村上春樹は大作家と呼ばれるでしょうね。でも、彼が往年の「大人物」に比べて物足りないな、と思うのは、確かに作品やエッセイは多いしその面では「大」なんでしょうが、それ以外の分野にはあまり足を踏み入れていないことです。たとえば、書評、社会批評など。イスラエルでの「卵と壁」発言はありましたが、あれが話題になったのは逆に今まで村上自身そういう発言をしてこなかったからではないでしょうか。今後そういう活躍が増えれば、いよいよ誰もが認める大作家になるのでしょうね。

2013/2/23(土) 午後 1:20 大三元

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>だいちゃんさん:確かに、羽生さんとイチローは紛れもなく「大」でしょう。そのうちダルビッシュもそうなるかもしれませんね。言論界以外だと、むしろそういう人材は増えているのかもしれません。

2013/2/23(土) 午後 1:21 大三元


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