読書のあしあと

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書評264 ラッタウット・ラープチャルーンサップ

『観光』

古屋美登里訳(ハヤカワepi文庫、2010年)

2010年の「この3冊」で挙げられていたので、手に取ってみた。

名前を見て「何人?」というのが最初の反応だと思うが、タイ系アメリカ人だそうである。
カズオ・イシグロやジュンパ・ラヒリはもとより、英米文学のトップランナーをアジア系の作家がつとめるのも、もはや珍しくないのかもしれない。


【著者紹介】
Rattawut Lapcharoensap (1979年―) アメリカの作家。
シカゴに生まれ、タイ・バンコクで育つ。タイおよびコーネル大学で学位取得後、ミシガン大学院を経て執筆活動に入る。2005年にデビュー作である本書を刊行すると、各方面から賛辞が集まり、文芸誌『グランタ』や全米図書教会など英米の有力紙誌・機関から注目の若手作家に選出されている。


【本書のあらすじ】
美しい海辺のリゾートへ旅行に出かけた失明間近の母とその息子。遠方の大学への入学を控えた息子の心には、さまざまな思いが去来する―なにげない心の交流が胸を打つ表題作をはじめ、11歳の少年がいかがわしい酒場で大人の世界を垣間見る「カフェ・ラブリーで」、闘鶏に負けつづける父を見つめる娘を描く「闘鶏師」など全7篇を収録。人生の切ない断片を温かいまなざしでつづる、タイ系アメリカ人作家による傑作短篇集。


お薦め度:★★★★☆

【本書の感想】

<全体の感想>
傑作短篇集である。
傑作と表現するには派手さが足りないような気もするが、その地味な、何とも言えない味が傑作たる所以である。
人間関係の機微をすくい取る技は絶妙で、それを表現する文章は瑞々しい。

タイ系の作家らしく、全篇の舞台はタイである。各短篇のモティーフとなっている外国人観光客、徴兵制、カンボジア難民、闘鶏などもタイにルーツを持つ。
にもかかわらず、タイを知らない私たちが新鮮さとともに懐かしさを感じるのは、そこから見えてくるテーマが普遍的だからだ。初恋の甘酸っぱさ、親友を裏切る後ろめたさ、外国人と接するときの距離感、親子の絆…。
つまり本書は「個別を書きながら普遍を描いている」。

これは同じアメリカのインド系作家ジュンパ・ラヒリの書評208:『停電の夜に』にも通じるところがある。
ラヒリと比べるとすれば、ラヒリの作品には処女作とは思えぬ落ち着きがあり、くすんだ色調に人生の陰影が織り込まれていたのに対し、本書は爽やかなタイの風を感じさせるところがあり、“清新”という言葉がよく似合う。


「ガイジン」
外国人観光客を相手に淡い恋を繰り返すタイの少年の物語。タイ人(=女)がガイジン(=男)の慰み者になるというのがこの手の話のステレオタイプだと思うが、この短篇は男女が逆になっている。こういうことも珍しくないのだろうか?
ともあれ、タイを訪れる観光客たちを評する母の言葉が辛辣だ。

「セックスと象だよ。あの人たちが求めているのはね」(11項)


「カフェ・ラブリーで」
父を亡くし、崩壊しつつある家庭の兄弟。兄に妖しいパブへ連れて行ってもらった帰り道、大人の階段を登りきれなかった歯がゆさをかみしめながら走らせるバイクで感じる風の描写は、思春期の少年の感性を見事にすくい取っている。

ぼくらの下でエンジンは楽しそうにうなりをあげ、がらがらの真っ直ぐな高速道路を飛ぶように走った。ぼくらは一言も言葉を交わさなかった。耳に当る熱い風と、周りで滲んでいく夜と、エンジンがガソリンを燃やすにおいより素晴らしいものなどこの世にないように思えた。(74項)


「プリシラ」
これも少年が主人公で、カンボジア難民の少女・プリシラへの初恋を描く。これも少年の微妙な心の動きを捉えていて、上手い。
主人公がプリシラに教えたタイ語のスラング(「こんちくしょう」「くそったれ」「間抜け野郎」など)を、いつの間にかプリシラの母親が覚えてちょっとズレた使い方をする場面がいい。
異文化交流の「ズレ」の微笑ましさとは、こういうことだ。


「こんなところで死にたくない」
タイ人女性と結婚した息子を非難していた主人公は、身体が不自由になって、タイに移住した息子の家に転がり込むことになった。
この主人公の、タイ人(息子の嫁含めて)とタイの生活に対する偏見、嫌悪感がよく書けている。
このオヤジ、典型的な白人労働者のガンコ者で、ちょっとしたことで人種偏見的悪口を言うところなんか、イーストウッドの映画『グラン・トリノ』を思わせるところがある。
例えば、主人公の妻の葬式で、息子からタイの女性と結婚することになったという報告を受けて言うセリフ。

「その知らせを聞いていたら、お前の母さんは死なずにすんだかもしれんな」(148項)

悪いオヤジである。
だからこそ、「混血児」と馬鹿にする孫との交流にも、逆に人間味が出てくる。このあたりも上手いんだよなあ。


「闘鶏師」
それでわたしはヌーンに言った。これからはよく覚えておいたほうがいいわ、わたしたちが住んでいるのは、そういった言葉が意味をなさない世界なの。善悪、左右、上下、内外、そういった言葉はここの人たちには意味がないのよ、と。(288項)

闘鶏師を生業とする父親の、やるせない背中を見て育った娘の一言。父親を襲った世間の荒波をまざまざと見せられて、彼女なりに理解した「世界」である。それでも、最後に家族が光を取戻すことが示唆されているところに、「カフェ・ラブリーで」にも通じる爽やかさを感じる。

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気に入った小説のようですね。
ところで、映画評には☆印をつけないのに、書評ではつけるのですね。

2013/3/14(木) 午後 8:36 蓮

☆4つなんてお気に召されたんですね。地味そうなのがいいです。^^ タイ系作家というのも、今までにない感じで興味があります。
同じくハヤカワepi文庫の「オリーヴ・キタリッジの生活」も機会があったら読んでみてください。

2013/3/14(木) 午後 9:53 ぼやっと

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>蓮さん:このブログで★4つはかなりの高評価です。機会があれば是非。
映画評に★をつけていないのは、自分の評にそれほど自信がないというか、評価の軸が自分の中で定まっていないからなんです。書評の方は、ある程度自分の中に本の評価基準みたいなものがあるので、★をつけています。★の数の理由も書評を読んでいただければわかるようにしているつもりです。

2013/3/18(月) 午前 9:18 大三元

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>ぼやっとさん:こういう本こそ、是非ぼやっとさんに読んでいただきたいです。地味な本の良さがわかる人が少ないので…。東南アジア旅行の経験もおありですし。
『オリーヴ…』もぼやっとさんに教えていただいてから、古本屋でチェックしています。しかしこちらも地味なのか?(笑)、なかなか古本マーケットに出回らないですね。

2013/3/18(月) 午前 9:23 大三元

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紹介文で読んだ気になってはいけないけど、、、心のある作品のようですね。。。
何気ない日常の中に感じる切ない感情。。。
読んでみたくなりました。。。
(*^-^*)/~

2013/3/18(月) 午後 1:41 さ ん ぽ

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大三元さん:
実は★印などつけないほうが余韻が残っていいのではないのか、あるいはこれは蛇足なのではないのかというぼくの勝手な思いがあっての質問でした。

2013/3/18(月) 午後 7:06 蓮

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>さんぽさん:こういう作品がタイ系アメリカ人の手によって書かれていることに、文学の可能性、普遍性を感じます。

2013/3/20(水) 午後 11:07 大三元

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>蓮さん:そこまで言っていただけるのはありがたいですね。私も、本で買うに値するような優れた書評というのはそれ自体「作品」であり、★などつけるような話ではないと思っています。
ただ、このブログの書評はそこまで質の高いものではなく、ただの素人が書いているだけなので…。
それと、(本や新聞ではなく)ブログというメディアの性質上、少しでもわかり易い方が多くの人に見ていただけるのでは、という配慮からのものです。これも、そこまで質が高ければ★をつけようがつけまいが関係ない、という話なのですが。

2013/3/20(水) 午後 11:11 大三元

読みました。地味な味わいは、やはり自分向きですね(笑)
大三元さんは普遍性を感じたようですが、私はタイと日本の国民性の近さのようなものを強く感じました。ジュンパ・ラヒリのときは普遍性を感じると同時に、何か馴染みにくい、理解しがたい部分もあったのですが、この「観光」の切なさや温かさは普通に分かるものでした。

2013/4/21(日) 午後 3:51 ぼやっと

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>ぼやっとさん:早速読んでいただいたとのこと、ありがとうございました。
ラヒリとの違いについては、言われてみればそういう部分もあったように思います。『停電の夜に』に描かれていた違和感は、違和感という意味では普遍でも、その文脈を私たちは実体験することができないですからね。
そういう意味では、本書の懐かしさ、居心地の良さみたいなものは、タイと日本の共通性を示唆するのかもしれません。

2013/4/21(日) 午後 7:33 大三元


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