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書評 近代日本

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書評269 御厨貴

『明治国家の完成 1890-1905』

<日本の近代3>(中央文庫、2012年)

中公の<日本の近代>シリーズが文庫化されて刊行中だ。このシリーズは好著が多く、単行本はこのブログでも『開国・維新』その1その2、『明治国家の建設』その1その2として取り上げた。

本書はその後、19世紀末〜日露戦争までを描く。
『坂の上の雲』への助走として、文庫版を買って読む。


【著者紹介】
みくりや・たかし (1951年―) 放送大学教授、東京大学・東京都立大学名誉教授。専門は近代日本政治史。
東京大学法学部卒業。東京都立大学教授、政策研究大学院大学教授、東京大学先端科学技術研究センター教授を経て現職。近年は論壇で盛んに同時代の政治を論じる一方、日本におけるオーラル・ヒストリーの草分け的存在でもある。『政策の総合と権力』でサントリー学芸賞、『馬場恒吾の面目』で吉野作造賞を受賞。
本ブログで取り上げた著作に書評257:『「政治主導」の教訓』(編著)がある。


【目次】
プロローグ 世紀の意識
1 世紀末の明治・新世紀の明治
2 国会前夜
3 初期議会と大津事件
4 世紀末の国会対策
5 日清戦争と三国干渉
6 藩閥と政党の提携
7 日露戦争と国家の完成


【本書の内容】
明治憲法制定・帝国議会開設と近代国家へのスタートを切った日本は、内には藩閥と民党の抗争、外には日清・日露の両戦争と、多くの試練を迎える。帝国主義国家としての相貌をあらわにしはじめた日本、そして危機を乗り切った明治天皇の指導力とは。


お薦め度:★★★☆☆

【本書の感想】

<全体の感想>
かつて大久保利通は、明治九年に「今までが明治国家創世期であり、これからは建設期だ」と言い残してこの世を去った。
本書はこの「建設期」を元勲ら統治のプレイヤーの動きを中心に臨場感豊かに再現しながら、日露戦争を経て明治国家の「完成」までを描く。と同時に、大衆雑誌などを紐解きながら、当時の庶民の感覚をも浮き彫りにしようとしている。
一般向けの著作であること、また通史であるための制約はあるものの、ある程度その目的は成功していると言えよう。


<日本外交史の源流――政府=現実主義、世論=理想主義>
明治国家建設期の政治を見ていて興味深いのは、その後の歴史でガンになるような問題がすでに顔を出していることである。

その一つが、日本外交史における政府=現実主義、野党・世論=理想主義(orナショナリズム)という対立だ。
これはかつて入江昭が指摘したように、明治以来幾度も顔を出す思想的潮流である。以下例を挙げると、

1.黒田清隆内閣の条約改正交渉の失敗。大隈重信率いる議会の対外硬勢力の反発、および政府の妥協的姿勢に対する世論の攻勢によって、黒田内閣は手詰まりに陥った(156項以下)。

2.乙未事変(三浦梧楼らが親露派の閔妃暗殺を謀ったクーデター)に対する国民の反応。世論は国際政治・国際法上ゆゆしき事件であるというとの見方はせず、むしろ朝鮮を親露派から親日派に転換した英雄的行為として三浦ら過激派を歓迎するムードが盛り上がった(351項)。この構図は後の満州事変と全く同じであることに注意したい。

3.李鴻章暗殺未遂や日比谷焼打ち事件。日清・日露戦争後の講和条約における政府の現実主義的な妥協姿勢に対し、「血で戦勝を勝ち取った」と沸く世論が反発したためである。

4.日清戦争時の外相であった陸奥宗光は、このような愛国心を制御しながら冷静に国家統治していくことの難しさを感じていた。陸奥は、遼東半島割譲は国際的に受け入れられないことを予測しながらも下関条約を締結し、予測通り三国干渉を招いたことを弁明して曰はく「もし遼東半島を講和条件に入れなかったら、とても政府はもたなかっただろう」(321項)。


また、恐怖が転じて主戦論になる傾向も太平洋戦争開戦時を想起させる。
日露開戦前の世論は、ロシアを不気味な仮想的と捉えて恐露病が流行ったが、開戦間近と見るや「空しく併呑されてしまうくらいならば、全滅してでも戦わねばならぬ」と主戦論に転じたという(生方敏郎『明治大正見聞史』より孫引き、441項)。

この世論の不安定さ、ナショナリズムの暴走を、昭和日本は止められなかった――歴史は陸奥が懸念した通りになったのである。


<明治憲法の機能不全を救ったのは天皇>
いま一つは、明治憲法体制が機能不全に陥った時、折にふれて明治天皇が介入していることである。
昭和に入って大問題となる明治憲法の分権体制は、すでに明治において機能不全の様相を見せ、そのたびに明治天皇が陰に陽に調整に乗り出し、さらに伊藤博文に至ってはそれを「詔勅政策」として積極的に利用しようとしていた。

例えば第一次松方内閣の崩壊過程。
松方正義が軍部大臣の反対により組閣人事をまとめられず大命拝辞を申し出るも、明治天皇はこれを拒否して弱体の首相を支持し、逆に軍部大臣の更迭を示唆している(284項)。ところが情けないことに、弱体過ぎる松方首相は結局この数日後全く同じ理由で大命拝辞するに至る。

その後も明治天皇は、薩長藩閥のバランスに配慮したり、大隈首相には軍部大臣を任命させず自ら選任するなど、独自の政治感覚で政治空白が生まれないよう憲法の隙間を埋め続けたのである。


さてこのブログでは、近代日本政治史のアポリアとして政軍関係のジレンマを考えてきた(書評22:『政軍関係研究』などを参照)。
その文脈で見ると、松方内閣の崩壊過程は、後々昭和期に軍部が権力を掌握していく過程に酷似していることがお解りいただけると思う。御厨は、松方内閣の人事に際して天皇が軍部を牽制し首相を支持した前例が残っていれば歴史が違ったかもしれないと評しているが、実際は松方内閣が崩壊したために、人事を一致させずに倒閣することが前例として残ってしまった。

こう見てくると、昭和期に顕在化した軍事エスカレーションは昭和特有の現象ではなく、致命傷にならない程度に明治にも存在した。しかしそれが致命傷にならなかったのは、明治天皇の調整能力によるところが大きかった、ということになろうか。


<制限選挙下の政治熱>
このようなハイポリティクスばかりに目がいってしまいがちだが、当時の一般国民の政治に対する態度も興味深い。現代の私たちの政治を見る目とは、まるで違うのである。

まず驚くべきは、まだ開設もされていない国会への、異常なほどの期待の大きさである。
国会開設予定の明治23年を前にして、いやが応にも人々の期待は高まっていく。ある国文学者がその様子を書き残している。

その頃死ぬ人の少し文字のある人は、下駄屋の旦那も玩具屋の隠居も、その臨終の言葉に「国会の開けるのを見ずに死ぬのが残念だ」と云った。これが一人や二人や三人ではなかった。(142項)

国会の中身がどうであれ、その開設を「自分の夢」と言える時代だったのだ。

また、実際に国会が開設され第一回選挙が行われると、国民の間には「やっと一等国の仲間入りを果たした」という意識が生まれた。
本書に紹介されている『読売新聞』の記事「次点者に告ぐ」が面白い。当選できなかったのは運もあろう、しかし選挙民から次点になるほど多くの票を入れてもらったのだから、それを誇りに思ってますます日本国民として精進せよ、という(205項)。
政治というもの、選挙に出るということを、当時の人々がどれだけ誇らしく思っていたかが垣間見れる。


今となっては、この政治熱は想像しがたいかもしれない。しかも、当時は普通選挙ですらなく、選挙権があったのは人口の約1%に過ぎない。
しかし、当時の人々は国会の開設に涙し、選挙に落ちては誇らしく胸を張った。
それは青年期を迎えつつあった明治国家の青春の1ページであり、そのような“大きな物語”に一般国民が感情移入できた時代であったことの証左であったろうと思う。

閉じる コメント(4)

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個人的には★印は無いほうが読みやすいかな。
大三元さんはこれだけのことが書けるのですから。

2013/6/5(水) 午前 0:27 蓮

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読んでいて涙が出そうになりました、それほど政治に深い関心を寄せている訳ではないのですが。。。
年を取るにつれて、今の時代の輪郭をとらえるのが難しくなってくるような気がします、それはイコール歴史の不思議さでしょうか。

2013/6/5(水) 午前 9:32 凛さ

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>蓮さん:そうですか、そう言っていただけるのはとても嬉しいです。
8年間ずっと続けてきたフォーマットなので、他の皆さんはどう思われているのかも気になるところですが、考えてみますね。

2013/6/8(土) 午後 5:11 大三元

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>凛さん:「国会を見てから死にたい」と泣きながらこの世を去る、そういうおじいさんがたくさんいた時代とはどういうものでしょう。現代から見ると異常ですよね。もしかすると、今も軍事政権下で苦しんでいる途上国の人たちからすれば、共感できる部分もあるのかもしれません。

2013/6/8(土) 午後 5:14 大三元


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