読書のあしあと

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書評272 エリザベス・ストラウト

『オリーヴ・キタリッジの生活』

小川高義(ハヤカワepi文庫、2012年)

ぼやっとさんにお薦めいただいた本。
私からは書評264:『観光』をお薦めしたので、ハヤカワepi文庫の交換会みたいになってしまった。


【著者紹介】
Elizabeth Strout (1956年―)
アメリカ・メイン州ポートランド生まれ。第一長篇『目覚めの季節エイミーとイザベル』(1998)でオレンジ賞とPEN/フォークナー賞の候補となり、“ロサンゼルス・タイムズ”新人賞および“シカゴ・トリビューン”ハートランド賞を受賞。第二長篇Abide with Me(2006)を経て、2008年に発表した『オリーヴ・キタリッジの生活』は全米批評家協会賞最終候補となり、2009年度ピュリッツァー賞(小説部門)を受賞した


【本書の内容】
アメリカ北東部にある小さな港町クロズビー。一見何も起こらない町の暮らしだが、人々の心にはまれに嵐も吹き荒れて、いつまでも癒えない傷痕を残していく―。住人のひとりオリーヴ・キタリッジは、繊細で、気分屋で、傍若無人。その言動が生む波紋は、ときに激しく、ときにひそやかに周囲に広がっていく。人生の苦しみや喜び、後悔や希望を静かな筆致で描き上げ、ピュリッツァー賞に輝いた連作短篇集。


お薦め度:★★★☆☆

【本書の感想】

<全体の感想>
オリーヴという女性とその周りの人々に起こるとりとめもない出来事を、数十年間のスパンで描いた連作短篇集。
さらりと書かれているようで、一篇一篇が重い。
まるで十数年寝かせておいたウィスキーのようだ。口当たりは軽いのに、よく味わってみるとだんだん奥深さが感じられてくる。本当に美味いウィスキーを飲むと黙ってしまうように、本書の感想を書くのも難しい。

なぜ重いのか。
一つは、本書の背景が典型的なアメリカ社会であるためではないか。
舞台は田舎の小さな港町だが、酒、離婚、ドラッグ、殺人などアメリカ社会に巣くう病巣が垣間見えるのは、それが大都会に限らないということだろう。

いま一つは、解説の井上荒野が言うように「時は無常なり」というテーマが根底に流れているからだと思う。
本書の中でオリーヴは40代から70代まで歳をとる。周囲の人も立ち去ったり死んだりする。息子は成長し、親を煙たがるようになる。
泣いても喚いても時は流れる。時は傷を癒すどころか、新たな傷をつくることもある。そういう残酷な現実を、もがきながら受け止めるオリーヴを、本書は淡々と描いている。
この、砂嵐が吹き荒れるような登場人物の内面を、あくまでも淡々と描写しているところに本書の味があると思う。

以下、いくつかの短篇を取り上げて所感を記す。


「薬局」
「時が経つ」ということの意味、それを思い出すことの意味を噛みしめることができる一篇。
あったかもしれない人生を回想する壮年の男の、後悔とも自己否定(肯定)ともつかぬ複雑な感情を描いて間然としたところがない。見事の一言である。
こういう思いは誰もが持っているはずで、特に女性より男にそういう思いが強いような気がする。
これが長篇になってイギリス文学になると書評54:『日の名残り』に近くなるのかもしれない。


「飢える」
主人公のオリーヴ・キタリッジは、無愛想で傍若無人、口も悪い。図体が大きいことがその印象に拍車をかけている。「この町で絶対に泣き顔を見せない人物がいるとしたらオリーヴだろう」と思われていたくらいだ。
そのオリーヴが、初対面の女の子を見ていきなり泣き出す場面がある。

「会ったばかりの他人だけどさ、あんたみたいなお嬢さんを見てると、つらくて泣けてきちゃうのよ。……あたしはね、32年間、学校の先生やってたの。でも、こんなに病んでる子は見たことない」(159項)

厚い面構えの顔の下に隠した、繊細な感性が流させた涙なのか。ショッキングなシーンである。


「犯人」
あたしの人生、こんなはずじゃない、と考えていた。そしていま、これまでの人生の大半は、そのように考えて過ごしたのではないかと思った。あたしの人生、こんなはずじゃない……。(405項)

これはオリーヴの台詞ではないけれど、この短篇集を象徴しているように思う。もちろん、人生はマイナスばかりで埋め尽くされているわけではない。しかし、往々にして思った通りにはいかないものだ。


<おわりに>
個人的に、すごく共感できる作品とそうでもない作品の差が激しかった短篇集だったが、その理由をまだ整理できていない。
はじめに述べた「アメリカ社会」的な背景なのか。
「薬局」がわかる、というのはどちらかというと男性的心理だと思うので、男女差なのか。
いずれも決定的要因ではないように思うが、これは個人的な整理の問題。

閉じる コメント(6)

読了されたんですね。
自分はオリーヴに親しみを感じられたのが大きかったかな。
「アメリカ社会」的なものは苦手ですが、この小説は淡々とした中に「人の体温」のようなものを感じました。みんな生きているんだなあ、と。

2013/7/10(水) 午前 6:24 ぼやっと

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1篇1篇がすぐれた短編で、さらに連作とすることでクロズビーの街とオリーヴの人生の上を歳月が流れていくことを「否応のない力」のあらわれとして描いていた気がします。
またオリーヴの人物設定と、個々の物語への関わり方の軽重が絶妙。私ははじめ、彼女に反発を感じていましたが、次第に共感を感じるようになっていきました。
全体としてとてもいい作品だったと思います。

2013/7/10(水) 午前 10:20 Tomato

「日の名残り」にちかいと聞くと読んでみたくなりますね!

2013/7/10(水) 午後 11:32 凛さ

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>ぼやっとさん:オススメありがとうございました。おっしゃること、よくわかります。殺伐とした社会で皆が人知れず傷つきながら、それでも生きていく姿が、タイトルの「生活」なんだなあと、今さらながら感じます。この本も、余韻の方が深く続く本ですね。

2013/7/14(日) 午後 11:35 大三元

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>Tomatoさん:そうですね、後半になるにつれて、オリーヴの息子への愛情をうまく表現できない不器用さや、夫に対する想いなどがさりげなく表れていて、しみじみとしてしまいました。前半でオリーヴの内面をそれほど描かなかったのは、そういう伏線なのかもしれませんね。

2013/7/14(日) 午後 11:41 大三元

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>凛さん:作風も文体もモチーフも全く違いますが、そこがまさにアメリカとイギリスの違いなのかなと。だいたい、アメリカに執事なんて伝統職はありませんものね。「あったかもしれない人生を噛みしめる」作品でも、こんなに違うのかなという例として『日の名残り』を挙げました。

2013/7/14(日) 午後 11:46 大三元


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