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書評280 芥川龍之介

「藪の中」

『芥川龍之介全集4』(ちくま文庫、1987年)所収

以前読んだ阿刀田高の本で、芥川の最高傑作として推薦されていた作品。
今回はちくま文庫版全集の中から本作だけを取り上げる。


【著者紹介】
あくたがわ・りゅうのすけ (1892-1927) 作家。
東京の下町生まれ。幼いころより和漢の書に親しみ、怪異を好んだ。東大英文科在学中に書いた「鼻」が夏目漱石の激賞を受ける。しばらく教員生活をしたのちに創作に専念、第一創作集「羅生門」によって文壇の地位を確立。以後、王朝物、キリシタン物、開化物など、たえず新機軸につとめ、知的で清新な作風をつくりあげた。睡眠薬により自殺。


お薦め度:★★★☆☆

【本書の感想】
藪の中で起こった強盗強姦事件の経緯が、3人の当事者と4人の証言者のモノローグで構成される仕組みになっている。
しかし、それらは噛み合わない部分が多く、真相はついにわからない。
このモノローグの畳み掛けはスリリングであり、引き込まれる。

文学研究史上は、この事件の「真相」をめぐって相当の論争が交わされたそうだが、この作品を傑作と褒めた阿刀田高は、この作品の結論を詮索することに意味はなく、「結局見る人によって現実は違うのであり、全ては藪の中」だというのがこの作品のメッセージだとしている(書評108:『小説家の休日』参照)。


小川洋子は芥川の文章について、「文章はキラキラと装飾されているから美しいのでなく、むしろ飾りがないから、美しい」と評している(書評275:『心と響き合う読書案内』)。
また、前記の阿刀田は芥川が創作に苦しんだ理由として、若くして文壇の寵児となったためサラリーマン生活の経験がないことを挙げている。

芥川の文章をきちんとまとめて読んだのはこれがはじめてだが、確かに、文章の切れ味、言葉の選択には唸らされるし、本作品のようにモノローグを重ねて「藪の中」を表現するというアイディア、技法は素晴らしい。
ただ読み方によっては、技巧にはしりすぎて厚みがない、という見方もできる。

比較して言うなら、同じく近代日本文学のストーリーテラーである太宰治が、その作品に人間性が濃厚に滲んでいるのに対し、芥川はそれが見えにくい。人間臭さをあまり感じないのである。
これが阿刀田の言うところの「経験」に由来するものなのか、今後芥川作品を読み続けていきたい。


なお、有名な黒澤明監督の『羅生門』の原作は「羅生門」ではなくこの「藪の中」だそうである。
こちらも機会があれば観てみたい。

閉じる コメント(14)

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御無沙汰しております。
高校時代は「夏目漱石」に夢中でしたが、20歳を過ぎたころ、芥川にハマリました。少々のっぺりしている「夏目漱石」に比べて切れ味の良い文章が魅力的、ハマルと全読する方なので多分この作品も読んでいるとは思うのですが、明確には思い出せません。で、最近、村上春樹さんオススメの「坑夫」を読んで以来、漱石回帰しています(*^-^*)。文学の好みは年齢に応じて「行きつ戻りつ」かもしれませんね。

2013/10/7(月) 午後 3:18 AKIKO

映画「羅生門」は私も観ました
芥川龍之介の原作の味が生きていましたね。

こういう小説の手法というのは
後世の小説家に大きな影響を与えたのではないかと思います。
数少ない読書経験から言うと
福永武彦さんの「死の島」のマルチエンディングなどは
多少は影響を受けているのかも知れません。

2013/10/7(月) 午後 3:42 みかんジュース

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私も中学から高校にかけて一時かなり芥川作品にハマりました。
「藪の中」は確かに芥川の作品の中でも傑作のひとつだと思います。
学生時代、この作品を(というより映画の『羅生門』を)舞台化して友人が主人公を演じたのですが、非常に迫力があったことを思い出しました。

2013/10/7(月) 午後 5:48 Tomato

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人間味、人間くささと言うのは、作者の人間性の事なのでしょうか。

2013/10/7(月) 午後 6:43 [ ]

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太宰治と芥川龍之介の比較,なるほど!と思いました。
黒澤明の「羅生門」を観たのはずいぶん前なので記憶がおぼろですが,映像化されてしまうと,“真相”に対する受け止め方が小説の場合と違ってきてしまうような気がします。それでも,どちらもやっぱりそれぞれに名作であると考えるべきなんでしょうね。

2013/10/7(月) 午後 6:55 NONAJUN

「藪の中」はそうですね、真相はどうなのか?と考えても仕方のない話なんだろうなと思っていました。
芥川の作品というと、この「藪の中」と「鼻」「トロッコ」「蜜柑」、そして「河童」くらいしかちゃんと読んだことがないのですが、「河童」は変な話でしたよ。
この人の囚われている憂鬱って何なんだろう…と、いつも思ってきました。頭のいい人の苦悩は分からない。でも、芥川の遺書にあった「将来に対するぼんやりとした不安」という文句は、時折頭をかすめるんですよね。

2013/10/7(月) 午後 10:26 ぼやっと

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>AKIKOさん:近代日本文学の、いわゆる大作家たちは全集で読むべき作家が多いですね。漱石もちくまの全集を古本で探しているのですが、太宰や芥川や安吾に比べて極端に出回ってません。皆売らないんでしょうか。
私は漱石の「のっぺり感」を味わうにはまだ年齢が足りていないのか…。中期以降の作品はちゃんと読んでないんですけど。

2013/10/8(火) 午後 1:09 大三元

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>みかんさん:そうなんですか、福永武彦も未読の作家です。いずれ読みたいと思いつつ…。
でもこの作品の切れ味、構成の妙をみれば、真似したくなるのもわかります。
映画版では一応の結論は出ているみたいなので、そっちも観てみたいです。

2013/10/8(火) 午後 1:09 大三元

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>Tomatoさん:この作品を舞台化って難しそうですよね。登場人物の言ってることが錯綜しているのを、画としてどう表現するのか。黒澤映画のように、ある程度の結論を出した画にしてあげないと難しいと思うのですが。それともそれぞれのモノローグを画にしたものを併記して終わり?というのもありますね。それが一番原作に忠実かも。

2013/10/8(火) 午後 1:10 大三元

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>ぜさん:鋭い質問ありがとうございます。太宰作品と比較したのでこういう文章になったのですが、書評の趣旨は「この作品だけでは芥川という人の“らしさ”が見えにくい」ということです。
太宰作品には一貫して彼の人柄が滲んでいますが、その“太宰らしさ”がとても人間臭い(人間の弱さ、勇気と逡巡、プライドと卑屈さなど)ということです。
太宰的人間臭さではなくとも、作品に人柄が出ている例として、他に現代の作家ですが伊坂幸太郎などが挙げられるのではと思います。

2013/10/8(火) 午後 1:10 大三元

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>NONAJUNさん:黒澤映画版ではある程度の結論が出されているそうですね(ウィキペディア情報)。
そうなるとこの原作とは全く別物になってしまうと思いますが(「結論も藪の中」ではなくなってしまう)、別物は別物としてそれ自体評価されるべきと思います。私は未見ですが、あれだけ高い評価の映画ですから、やはり良い映画なのだろうし、観てみたいと思っています。

2013/10/8(火) 午後 1:10 大三元

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>ぼやっとさん:芥川全集はちくま文庫でちらほら持っているので、今後順次読んでいく予定です。「河童」は優先的に読みます(笑)。
ぼやっとさんのおっしゃる「ぼんやりとした不安」が頭をよぎるというのは、以前『三四郎』の書評にいただいたコメント「ストレイ・シープというセリフが頭に残っている」というのと通底しているのではないかと思いました。
いわゆる、漱石や芥川が憑かれていたところの、近代的不安。以前別の記事に書いたことがありますが、私はこれが未だにしっくり来ないところがあります。これは私の中の長期的課題ですけれど。

2013/10/8(火) 午後 1:11 大三元

芥川龍之介は家に旺文社文庫と父所有の旧仮名遣いの新潮社文庫があったので高校時代夢中で読みました。
実母が今でいう統合失調症のため叔母の芥川家の養子になりその事が生涯心に暗い陰を落としたようです(短編「点鬼簿」より)
精神的に脆いうえに晩年は親戚に不幸があって後始末に奔走したり、健康を害して追い詰められていたようです。 芥川に関しては自殺は自然死だと感じます。
「朱儒の言葉」あたりまでは皮肉だけど才気の鋭さが感じられますが、晩年の「歯車」や「或る阿呆の一生」は読んでいて本当に痛々しいです。
映画の「羅生門」は京マチ子の美しさと森雅之の侮蔑の表情が印象的です。機会があれば是非見て下さい。

2013/10/8(火) 午後 8:51 [ - ]

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>ちょいこさん:芥川作品にお詳しいのですね、私は素人なので色々教えていただきたいです。この全集に収められたほかの作品もちらほら読んでいますが、おっしゃるような「才気」が感じられる作品が多いですね。凡庸な感想ですが、頭が良かったんだろうな、というのはよくわかります。

2013/10/12(土) 午後 4:26 大三元


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