読書のあしあと

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書評286 丸谷才一

『文学のレッスン』

(新潮文庫、2013年)

読書スランプのときは、読みなれた信頼できる作家のエッセイにかぎる。
今回は、昨年亡くなった丸谷才一の遺作とも言うべき、聞き書・文学講義。
インタビュー形式のためいつもの旧かなづかいではない。よって書評も新かなづかいでお送りします。


【著者紹介】
まるや・さいいち (1925─2012年) 小説家・文芸評論家。
1951年東京大学大学院文学研究科修士課程修了。小説『年の残リ』で芥川賞、『たった一人の反乱』で谷崎潤一郎賞、評論『後鳥羽院』で読売文学賞など受賞多数。2006年、文化功労者。
本ブログで取り上げた作品一覧はこちら

ゆかわ・ゆたか (1938年―) 評論家、エッセイスト、京都造形芸術大学教授。
1964年慶應義塾大学卒、文藝春秋に入社、『文學界』編集長。同社取締役、東海大学文学部教授などを経て2009年より現職。2010年『須賀敦子を読む』で読売文学賞受賞。
主著に『イワナの夏』『夜明けの森、夕暮れの谷』(いずれもちくま文庫)、『本のなかの旅』(文藝春秋)など。


【目次】
短篇小説――もしも雑誌がなかったら
長篇小説――どこからきてどこへゆくのか
伝記・自伝――伝記はなぜイギリスで繁栄したか
歴史――物語を読むように歴史を読む
批評――学問とエッセイの重なるところ
エッセイ――定義に挑戦するもの
戯曲――芝居には色気が大事だ
詩――詩は酒の肴になる


【本書の内容】
長篇小説はなぜイギリスで、短篇小説はなぜアメリカで発展したのか?――小説からエッセイ、詩、批評、伝記、歴史、戯曲まで、目からウロコの話が満載。決定版文学講義。


お薦め度:★★★★☆

【本書の感想】

<全体の感想>
とても濃密な丸谷式文学講義。この一冊で何杯も飯が食える。
こんなに文学的食欲を刺激され、ここに挙げられた本たちを探しに街へ出よう、と思わされたのはいつ以来だろうか。それほどに、本好きにとってはテンションが上がる一冊。

短篇、長篇、伝記・歴史、批評・エッセイなど幅広いジャンルを縦横無尽に論じ、古今東西の名作をその中に位置づけていく様はまさに名人芸である。

インタビュアーの湯川も、格好の切り口となる質問や小気味良い合の手を提供している。
丸谷に言わせれば、湯川を「インタヴユアーとして得なかつたならば、わたしのものの考え方、文学観、文学趣味がこんなにのびのびと語られしかも整然とまとめられることはあり得なかつたらう」とのこと。

以下では、印象に残った箇所を要約引用しておく。
今後の読書の指針のひとつとしたい。


◆短編小説
・短篇小説の作法(31項以下)
短篇小説は本来、仕事などの息抜きに一篇ずつ読むものだった。しかし本としてまとめたときの一体感がなく、それを補うために発明されたのが「サイクル」という手法。(注:これは連作短篇集と言い換えていいと思う)
ジョイス『ダブリン市民』、ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』。

・近代以前の社会で短篇小説は隆盛する(38項以下)
長篇小説が受け入れられるためには、読者側に余暇、資産、教養が必要で、暖炉の前で小説世界にひたる余裕がないといけない。いち早く近代に入ったイギリスで長篇が成立したのはそういう理由もある。
短篇はその逆で、ブルジョワのいない未成熟社会で発達する傾向がある。ロシアのチェーホフ、ツルゲーネフ、ゴーゴリ。アイルランドのジョイス。アメリカにおけるグレート・アメリカン・ノベルの不在。
日本人の小ぶりなもの(お雛様、盆栽、短冊など)に対する好み。文学賞における芥川賞>谷崎賞。
(注:正岡子規も同じことを言っている。書評283:『ちくま日本文学040 正岡子規』参照)


◆長篇小説
・長篇の評価基準(54項以下)
長篇の評価基準は/擁の魅力、∧絃蓮↓ストーリー。
/擁の魅力は当たり前だがあまり論じられなかった。鴎外より漱石の方が人気があるのも、トルストイよりドストエフスキーを再読したくなるのも、人物の魅力によるもの。
∧絃蓮畍譴蠍で近代日本文学を代表するのは谷崎潤一郎と志賀直哉。谷崎の扱うテーマはそんなに多くはないが、語り口が多様なために全部違う小説に読める。


◆伝記
・いい伝記は人物と同時に時代を描く(95項以下)
伝記で複数の人物を扱うと、人とその時代の両方をよく描ける。プルタルコス『英雄伝』、ストレイチー『ヴィクトリア朝偉人伝』。
人間の個性と、その人間が生きた社会の両方を研究するのが伝記の主眼だとすると、それはそのままイギリス長篇小説の伝統になる。フィールディング、ディケンズ。
伝記と長篇がいずれもイギリスで発展したのにはそういう理由がある。
さらにイギリスの伝記や長篇の長所は、人物をただ褒めるだけではなく、欠点や弱点もきちんと書くことでその偉大さを増す「マイナス方向からの研究」があるということ。

・探偵的手法の伝記(109項)
最初から結論を示すのではなく、対象人物の謎を徐々に解き明かす手法を取る「探偵的手法」の傑作が森鴎外の史伝三部作。


◆歴史
・歴史におけるモチーフと話術(130項以下)
歴史学と小説は違う分野だが隣接している。いずれもストーリー=声がなければ面白くない。名著には主張すべき切実なモチーフがある。
加えて、歴史の場合は小説と違って結末を誰もが知っているわけだから、結果がわかっていても読者をひきつける物語を展開する力=話術が必要になる。
ギボン『ローマ帝国衰亡史』、ブルクハルト『イタリア・ルネサンスの文化』。

・日本の歴史学には「人物」と「逸話」が欠けている(154項以下)
日本の歴史学はマルクス主義の影響で「人物」が欠けていたが、「逸話」も欠けていた。司馬遼太郎があれだけ成功したのはその穴を埋めたから。もっとも、歴史学で逸話を挿入すると本論に戻るのが難しいという面もある。
ヴォルテール『ルイ十四世の世紀』、司馬遷『史記』。


◆批評
・小説原論としての批評(205項以下)
日本には作家論は多いが、「小説とは」「詩とは」といった原論がない。漱石『文学論』や福田恆存は、賢いのはわかるが読んでいて楽しくない。逆に感心したのは吉田健一『文学概論』。


◆エッセイ
・エッセイのむずかしさ(228項)
エッセイは定義を拒むもの。「何でもあり」になってしまいがちだが、いいエッセイにはやはり形式美も起承転結も統一感もある。紋切型の形式美ではない何かがあったとき、エッセイはうまくいく。モンテーニュ『エセー』の自由な精神。

・日本は「好きなものづくし」(231項)
日本の随筆の伝統は好きなものについて書くこと。「ものづくし」とは要するに「好きなものづくし」である。『枕草子』は春はあけぼのが好きだという話。『方丈記』は隠遁生活が好きだという話。『徒然草』は物をくれる友達がいいという話。
ただし押しつけがましいのはよくない。その点『方丈記』はほんとにうまい。

・日本は理系のエッセイがいい(235項)
オルダス・ハクスレー、ジョージ・オーウェルといったイギリスの小説家。グレアム・グリーンのすごみ。ナボコフ『記憶よ、語れ』。
日本では漱石の『硝子戸の中』。日本は理系の随筆にも傑作あり、寺田寅彦、中谷宇吉郎、金関丈夫、中井久夫。
(注:丸谷のは漱石評価は、初期の小説や短いエッセイの評価は高く、後期長篇や文明論の評価が低い)

・エッセイの魅力を吸収する小説(249項以下)
現代では小説がエッセイを吸収して豊かになろうとしている。プルースト、ジョイス、ゼーバルト。
日本でも安吾の歴史物にはモンテーニュと講談がいりまじったような自由奔放な魅力がある。須賀敦子もこの系列。


◆詩
・日本には詩の読者がいない(314項以下)
かつて小林秀雄が自分自身について嘆いたように、明治以降の日本の文芸評論には詩について何かを語る伝統が全くない。それはほんとうの詩の読者がいなかったから。日本人は相田みつをのことを詩人だと思っているが、それが詩の読者がいないということの象徴。
大岡信があれだけ日本古典文学論を書いたのは、詩の場所を求めたから。

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これ以上財政出動による雇用改善は不可能

失業率について、『週刊東洋経済』に興味深い記事があったので覚書き。


◆リーマンショックで09年3月に5.4%まで上昇した完全失業率は、13年8月には3.8%まで
 低下したが、その後足踏みしている。一方で、新規求人数は増加傾向にあるなど経済
 環境は好転しており、失業率の足踏みと辻褄が合わない。

◆この背景には雇用のミスマッチがある。
  ・構造的失業:技能・条件など個別要件のミスマッチで生じる失業
  ・摩擦的失業:求職と求人の情報がうまく出会わないことで生じる失業
 景気がよくなっても解消されないこういった失業によって、失業率は常に一定の正の
 値になる。これを自然失業率という。

◆ニッセイ基礎研究所によれば、日本の自然失業率は80年代までが2%台で、09年代以降
 上昇し続け04年には4%に達し、その後高止まっている。つまり
  ・足下の失業率(3.8%)はほぼ自然失業率であり、これ以上の財政出動による雇用
   改善策は無意味
  ・自然失業率を改善するには、産業構造を現在の労働供給者(希望する条件・職種
   でないと働かない若者etc)に合せて転換しなければならない。







震災復興のため東北の建設業者が求人を出しても求職者が全く足りない、というのは
もはや有名なエピソードだが、同じことが平時から日本全体で起こっているということ。

記事は「産業構造の転換」と言うが、ではどうすればいいのか。
労働供給者が食いつくような産業の創出?
 ⇒ アニメ産業の活性化とかになるのだろうか?

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「My Best Books 2013」文学・随筆部門

人文・社会科学部門に続き、文学・随筆部門です。

昨年は何と言っても『坂の上の雲』でしたが、やはり司馬の長篇で一番好きなのは『竜馬』かも。
それ以外は、第2位、第3位、第5位と意外な収穫が多かったのも特徴でした。
しかし人文・社会科学部門に比べれば見劣りする文学・随筆部門、今年は豊作にしたいものです。


第1位 司馬遼太郎『坂の上の雲』その1その2その3その4全8冊(文春文庫、1974年)
司馬文学の金字塔の呼び声高い長篇、ついに読破。
司馬の近代日本に対する見方、すなわち昭和への感情的なまでの嫌悪とその裏返しとしての明治への憧憬が鮮明に描かれている。
第八巻のあとがきにあるように、「坂の上の雲のみを見つめてのぼってゆく」当時の若者の姿がまぶしく、中でも個人的には正岡子規に惹かれた。


第2位 ラッタウット・ラープチャルーンサップ『観光』古屋美登里訳(ハヤカワepi文庫、2010年)
タイ系アメリカ人作家による短篇集。
地味だが、味わい深く、それでいてタイの爽やかな風を感じさせるような、清新な短篇が並ぶ。
タイを舞台にした話がほとんどだが、そこに懐かしさを感じ共感できるのは、テーマが普遍的であると同時に日本とタイの国民性に由来するのかもしれない。


第3位 筒井康隆『時をかける少女』(角川文庫<新装版>、2006年)
SFやジュブナイルの枠を超えて、もはや青春小説における現代の古典である。
読んでいる間、アニメ版の名台詞が何度もリフレインしてきて余計に切なかった。
少女は時をかけ、『時をかける少女』もまた時をこえて愛され続けるのだ。


第4位 エリザベス・ストラウト『オリーヴ・キタリッジの生活』小川高義訳(ハヤカワepi文庫、2012年)
アメリカの小さな港町にある人間模様を、淡々と描き出した短篇集。
本書を執拗低音のように貫通するのは、時の流れの無常さとも言うべきものである。それは時に残酷すぎる現実を人に突きつけるが、本書の筆致はあくまでも淡々としている。
まるで数十年寝かせたウィスキーのような、味わい深い作品である。


第5位 正岡子規『ちくま日本文学040 正岡子規』(ちくま文庫、2013年)
第1位で正岡子規に興味を持ったつながりで手に取ったアンソロジー。
子規の文章は端正でシンプル、そして言葉の選び方がきれいで的確。考え方もはっきりしていて実直なのは、人柄だろう。
くだものをはじめ食べ物に関するエッセイが多いのも印象的だった。

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「My Best Books 2013」人文・社会科学部門

このブログでは毎年、一年間に読んだ本を「My Best Books」として人文・社会科学部門と文学・随筆部門で10冊ずつ、計20冊をランキングしています。

……でしたが、今年から各分野5冊ずつに減らしたいと思います。
5位以下は★3つ以下の本が多く、あえてベストとして挙げるのもどうかと思いまして。
今回は2013年の人文・社会科学部門の5冊をランキングします。


昨年は文学・評論部門より人文・社会科学部門が充実した年でした。
新書だけでなく、ハードカバーを何冊か読めたのもよかった。
今年も頑張ります。


第1位 竹森俊平『ユーロ破綻 そしてドイツだけが残った』(日経プレミア、2012年)
タイムリーで、ためになって、面白い。前作と同じく三拍子揃った好著である。
ユーロ危機の構造を読み解いていくプロセスはスリリングで面白いが、そもそも危機の原因が「ユーロ」それ自体にあるという指摘には目からウロコだった。
ホットな話題を扱いながら経済史を自在に往来し、最新の経済理論を駆使してわかり易く分析する。こんな経済学者は他にいないだろう。


第2位 神門善久『さよならニッポン農業』(NHK生活人新書、2010年)
TPP問題でにわかにクローズアップされた農業問題の叩き台になる本。
自由化による市場経済一本槍 or イメージ先行の農業ブームのいずれかに傾きがちな議論の中で、独自の農業再生論を真摯に模索する珍しい著作である。
本書の提案がどこまで現実的かは議論があるにせよ、現状をしっかりと認識し、議論の出発点にしたい好著だ。


第3位 渡辺一史『北の無人駅から』その1その2(北海道新聞社、2012年)
書評128:『こんな夜更けにバナナかよ』の著者が北海道の「地方」の現状に迫ったノンフィクションの力作。
この著者の魅力は、名も無い人々の声と個性と背中をそのまま文章に写生できる力と、そういうローカルな人間関係に入り込んでいく人間性である。
この本は、この人にしか書けない、と思わせる力がある。


第4位 宮下規久郎『食べる西洋美術史――「最後の晩餐」から読む』(光文社新書、2007年)
西洋美術史を「食」という観点から切った斬新な本。食事がどのように描かれてきたかを分析することで、キリスト教における食事の重要性、庶民の暮らしに焦点を当てた「近代」の発見など、色々なものが見えてくる、まさに文化史のお手本。
紹介される絵がどれも魅力的なのもいいし、本の構成が著者のグルメ遍歴とシンクロしているのも面白い。


第5位 芹田健太郎『日本の領土』(中公文庫、2010年)
日本の領土問題について何か1冊、と聞かれたら「これ!」という決定版。
歴史的経緯や国際法的分析が冷静かつコンパクトにまとまっている。
文章がこなれていない点と、せっかくの冷静な分析からすっ飛んで大幅な妥協案を提示してしまっている点がタマにキズではあるが、とかく感情的になりがちな領土問題を冷静にまとめている本書は貴重な一冊である。

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新年のご挨拶と2014年の抱負

あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願い致します。

昨年末は恒例の「この3冊」レビュー企画もできず、ベスト記事も年始に持ち越してしまって、このブログのルーティンというかリズムが崩れつつあるので、年始を機に気を引き締めたいと思います。


このブログでは年始に前年の読書目標を振り返り、当年の目標を立てています。
元旦ではありませんが、一年の計として今年もやっておきます。


─────………・・・・・・・ ・ ・ ・  ・  ・


まず昨年の目標を振り返ってみると、
 ―馼昇数30冊
 ⇒僚颪鯑匹
 今年こそ『坂の上の雲』
昨年の達成度はちょうど50%というところでしょうか。


,蓮漾
『坂の上の雲』前8冊を読んだというのもありますが、多忙を言い訳にしてはいけませんね。

△連ぁ
一応書評までアップしたものの、完読まで体力もたず。まだ自分には本格的な洋書は厳しいようです。

は○。
3年越し?の目標だったし、これで司馬の近代長篇ものは一通りさらったことになるので、肩の荷が下りました。



─────………・・・・・・・ ・ ・ ・  ・  ・


昨年の目標を棚卸ししたところで、今年の目標です。


〆Gこそ書評冊数30冊

量より質、とはよく言われることですが、その質も量をこなさないと出てきません。
毎年減り続けている読了冊数にテコ入れするためにも、ブログで宣言しておきたいと思います。


古典を読む

ここ数年は古典に手を伸ばす機会が減ってしまいました。
ここらへんで気合いを入れ直し、古典にかえってみるのもいいかなと思っています。
とりあえずのターゲットは、政治学は高坂正堯『古典外交の成熟と崩壊』あたりを、哲学は毎年課題に挙げているバーリン『自由論』を読みたい。
文学では、最近色んなところで褒められているのを見かける『方丈記』。バルザックも昨年の宿題として残っています。


8豎

これはもはや読書でさえないんですけどね。昨年は「洋書を読む」と偉そうな目標を掲げましたが、息切れして続かなかったので、まずはちゃんと「語学」をやろうと。しかるのちに「洋書」であると。そういう当たり前の考え方に至ったわけです。



─────………・・・・・・・ ・ ・ ・  ・  ・


ということで、細く長くをモットーに、皆さんとの交流も大切にしていきたいと思います。
今年もよろしくお願い致します。
 

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