|
ベルギー戦を観ながら書いてます。 それにしても日本代表、先制されてから追いつくメンタリティを持ったチームになりました。 何が変わったのか? 以下いくつか近況。 ・最近職場を異動になりました。複数の職場を経験してきて思うのは、今勤務する会社だけではなく、 日本全体が労働力過剰になっているのではないか、ということ。 日本経済が徐々に縮小する中、国内の仕事が減っていくのは自然の成り行きです。一方で定年延長で 労働者は相対的に増える。すると、仕事量に対して労働力が慢性的に過剰になります。 一時期ワークシェアという言葉が流行りましたが、それが不況時の対策ではなく、社会(会社)の 仕組みとして恒常的に取り入れる時代になったのかもしれません。 一人でやっちゃった方が早い仕事も、効率が落ちるのに目をつぶってでもシェアする時代なのか。 ・オランダ戦を引き分けたことで、W杯へ向けて光が差し始めたという議論が盛んです。 個人的に評価したいのは、ザックが新戦力を積極的に使い始めたこと。特にボランチの山口は 大きいです。遠藤・長谷部の鉄板コンビではどうも守備が弱い。この3人のローテーションでW杯を 戦うプランはなかなかいいと思います。 さらに森重もディフェンスラインに高さと強さを加えてくれました。吉田も背は高い方ですが、実は スイーパータイプのCBであり、高さ・強さタイプのCBではない。セットプレーやパワープレー対策 として、彼の台頭はインパクト大です。 さらに、W杯に向けてあまり言われてないことですが、W杯の短期決戦中のローテーションは個人的に かなり重要だと思っています。決勝トーナメントともなると中2,3日の強行日程なので、もともと 運動量豊富なサッカーを志向している日本は、メンバーを替えながら戦わないと必ずガス欠を起こす と思います。 今でも思い出すのは、南アW杯でセンセーショナルな活躍を見せたドイツが、決勝スペイン戦で それまでの躍動感の欠片も見せられなかったこと。あれは明らかに準決勝の疲労が残ってました。 1試合の中でプレスをかける時間帯や場所をコントロールするのも大事ですし、ローテーションを うまく使いながらグループリーグ・決勝トーナメントを勝ち抜くマネジメントを覚えて欲しいです。 ・そうこう言ってるうちに今年もMy Best Booksの時期になってしまいました。
ここ数年の傾向ですが、年末までにベスト10+10=20作品も読み終わってないというていたらく。 多忙なんかいい訳にならん!と自分に言い聞かせて、あと1ヶ月頑張りたいと思います。 |
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
監督: 三谷幸喜
出演: 深津絵里 (宝生エミ)、西田敏行 (更科六兵衛)、阿部寛 (速水悠)、竹内結子 (日野風子/矢部鈴子)、浅野忠信 (木戸健一) 、草なぎ剛 (宝生輝夫)、中井貴一 (小佐野徹)、市村正親 (阿倍つくつく)、小日向文世 (段田譲治)、小林隆 (管仁)、KAN (矢部五郎)、木下隆行 (工藤万亀夫)、山本亘 (日村たまる)、山本耕史 (日野勉)、戸田恵子 (猪瀬夫人)、浅野和之 (猪瀬)、生瀬勝久 (占部薫)、梶原善 (伊勢谷)、阿南健治、篠原涼子 (悲鳴の女)、唐沢寿明 (医者) 【解説とストーリー】 失敗続きの若手弁護士エミは、資産家の妻を殺害した容疑で捕まった男の弁護を担当することに。そんなエミに対し、男はアリバイがあると主張する。事件の夜、山奥の旅館で金縛りに遭っていたというのだ。早速、旅館に確かめに向かったエミ。すると本当に金縛りに遭い、なんと落ち武者の幽霊・更科六兵衛に遭遇してしまうのだった。無実を確信したエミは、六兵衛に法廷での証言を依頼する。こうして幽霊が証言に立つという前代未聞の裁判が始まる。しかし、六兵衛の姿はすべての人に見えるわけではなかった。おまけに、相手の検事・小佐野徹は超常現象を頑ななまでに信じようとしない筋金入りのカタブツ生真面目男だった。(allcinemaより) 単純なコメディかと思いきや、ラストはちょっと感動してしまう秀作です。 『THE 有頂天ホテル』が単純に観ていて楽しいシンプルなドタバタ劇だったので、同じような雰囲気と油断させておいて、最後はちょっといい話。 とはいえ、三谷作品の魅力は何といっても豪華なキャストと、彼らによるたたみかけるようなエンターテイメントです。 まず落ち武者の幽霊が裁判に出廷することになり、裁判そっちのけで幽霊が主人公になってしまうくらいの脱線具合。それもそのはず、証人が幽霊ですからね。この脱線が延々と続くかと思いきや、ラストに向けてうまくまとめる手腕はさすがです。 キャストは豪華の一言、大御所でさえチョイ役で使うという三谷采配。 西田敏行と中井貴一はさすが円熟の演技、深津絵里も思った以上にコメディがハマってます。 阿部寛が「らしさ」満開なのに対し、竹内結子は観終わってもどこに出てたのかわからないくらい変わってる。 そして市村正親、篠原涼子、唐沢寿明といった主役級をこんな役でいいの?というところで使っちゃう神経。言ってしまえばフォアグラが1センチ平方角で前菜に紛れ込んでるみたいな。恐れ入ります。 このように豪華食材のオードブルのような三谷作品ですが、観終わった時のまとまってる感は『THE 有頂天ホテル』以上でしたね。
最新作『清州会議』は観るつもりなかったのですが、ちょっと観たくなりました。…と、まんまとテレビ局の策略にはまる。 |

- >
- エンターテインメント
- >
- 映画
- >
- 映画レビュー
|
さて本題。 前回までに、陸海軍の成り立ちを見た。 今回のエントリからいよいよ日露戦争の経過をたどる。 【著者紹介】 しば・りょうたろう (1923─1996年) 作家。 大阪外語学校蒙古語科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960年『梟の城』で直木賞を受賞し、以後歴史小説を一新する話題作を続々と発表。『国盗り物語』『竜馬がゆく』で菊池寛賞など受賞多数。 本ブログで取り上げた作品に『燃えよ剣』、『竜馬がゆく』、『翔ぶが如く』、『草原の記』、「故郷忘じがたく候」、「街道をゆく」シリーズの『19 中国・江南のみち』、『40 台湾紀行』、『26 嵯峨散歩、仙台・石巻』がある。(記事一覧はこちら) 【本書の内容】 作戦の転換が効を奏して、旅順は陥落した。だが兵力の消耗は日々深刻であった。北で警鐘が鳴る。満州の野でかろうじて持ちこたえ冬ごもりしている日本軍に対し、凍てつく大地を轟かせ、ロシアの攻勢が始まった。左翼を守備する秋山好古支隊に巨大な圧力がのしかかった。やせ細った防御陣地は蹂躪され、壊滅の危機が迫った。(第六巻裏表紙より) お薦め度:★★★★☆ 【本書の感想】 <旅順という悲劇> 日露戦争に疎い者でも、「旅順」と「バルチック艦隊」という単語くらいは思い浮かぶかもしれない。 私自身その程度の戦史知識であった。今回はこの二つについて書く。 まずは、陸海戦双方のターニングポイントとなった旅順について。 ロシア海軍の艦隊は大きく二つ、ウラジオ艦隊とバルチック艦隊を持っている。ロシアは当初、これらを統合して日本海軍の二倍の戦力にすることによって勝とうと企図し、バルチック艦隊の遠洋航海という奇策を思いついた。 その間、ウラジオ艦隊は旅順港に貝のごとく隠れ、バルチック艦隊の到着を待つことになった。 二艦隊が合流すれば日本海の制海権を奪われ、即敗戦につながると考えた海軍および大本営は、陸軍に旅順要塞の攻略を命じた。 ところが、これを担当した第三軍が悲劇であった。 乃木希典を軍司令官とし伊地知幸介を参謀長とするこの軍の悲運に、司馬はもっとも紙幅を割いている。 つまりは、無能な司令官と参謀のために、数千の命が無駄に失われていったということである。 その最たる例が「白襷隊」で、これは歩兵の中から白襷をかけた決死隊三千人を編成し、敵の防御力が最も集中している正面に一直線に突っ込んだもので、旅順要塞の放火を浴び一瞬で千五百人が死傷して得るものがなかった(第四巻、376項)。 このように、乃木軍は何も考えずに人の命を順番に崖から捨てていくようなことをした。 <乃木希典と児玉源太郎――非常時の軍事について> 司馬が乃木を無能として描いてることは有名で、その当否は歴史学の側からも様々な反証が挙げられている。 読者は、他書も読むことでより公平な乃木観を持てばいいと思う。 ここでは、司馬が自身の乃木観を重ねている、当時満州軍参謀長であった児玉源太郎の乃木評を引いてみたい。 児玉は、乃木と同じ長州人で、西南ノ役で双方若い少佐として熊本で西郷軍と戦った。そのころから乃木は連戦連敗であった。 乃木はそのころから下手な指揮官であったことを、児玉はよく知っている。しかし下手は下手なりにその性格はとびきり誠実で、責任感が強く、さまざまな点で、その遠戚にあたる吉田松陰に似ていた。(第四巻、368項) その乃木を支えるべき伊地知参謀長が、さらに無能であったことが、乃木の不幸であると児玉は考え、司馬もそのように思った。 乃木は部下からの信頼厚く、各国観戦武官にその心酔者を生み、のち神聖視されるような人格者であった。しかし伊地知の非常識な作戦を黙認し、無益かつ多大な犠牲を延々と垂れ流している以上、旅順が落ちないどころか日本が敗ける。 そう考えた児玉は、乃木の指揮権を一時的に取り上げることを決意した。 これは軍規を完全に逸脱した行為で、これを前例となって同様のことが氾濫すれば、日本軍は組織として瓦解せざるを得ないようなことだった。しかし児玉は、このまま無用に血を垂れ流し続けるよりも、一時的に軍規を犯してでも日本を救うことを考えた。指揮権を取り上げて旅順を落とすが、その代わり陥落の手柄は乃木に持たせた。 児玉が、乃木軍の参謀を一喝する場面は、児玉の迫力、国家に対する責任感を存分に感じさせる。 児玉は突如、両眼に涙をあふれさせた。……児玉は、かれなりにおさえていた感情を、一時に噴き出させたのである。 「陛下の赤子を、無為無能の作戦によっていたずらに死なせてきたのはたれか。これ以上、兵の命を無益にうしなわせぬよう、わしは作戦転換を望んでいるのだ」(第五巻、98項) 結局、児玉が乃木軍の作戦を覆し、指揮を執ったことで旅順は落ちた。 このあたり、近代日本の政軍関係を考えてきたこのブログとしては非常に興味深い。 例えば、児玉が日米開戦前に生きていたら、体を張って止められなかったか? 児玉でも止められないほど、当時の国家は硬直化していただろうか――という反実仮想に、多少意味はあるように思える。 旅順陥落後、日露両軍が敵味方の区別なく、この益なき消耗戦が終わったことを喜ぶ場面は印象深い。 「狂うがごどく、この開城をよろこんだ」と、兵站将校だった佐藤清勝という人が書いている。……なかには、日本兵が、ロシア兵の歩塁までのぼってゆき、酒を汲みかわしたりした。さらには酔ったおきおいで日露両兵が肩を抱きあいながら敵地であるはずの旅順市街まで出かけてゆき、町の酒場へ入ってまた飲むという光景さえ見られた。……この人間としての歓喜の爆発をおさえることができるような将校は一人もいなかった。(第五巻、285項) 戦争終結を願うことに敵味方はない、ということを示した感動的な場面であった。 <ロシア軍の失態> 単純に考えればロシアが敗けそうなところを日本が勝った理由の一端は、ロシア側にもあった。 この作品を通じて、司馬はロシア陸海軍の失敗と愚行を執拗に描いている。 陸戦1)遼陽会戦で、敵将クロパトキンが日本軍の主力を圧倒している西部戦線を捨てて、右翼の黒木軍へ自らの主力を展開させたこと。クロパトキンは天才的戦術家であったが、鴨緑江戦などで破られたことによる「クロキは強い」という強烈な印象が、彼の理性をひきずったとしか思えない(第四巻、143項)。 陸戦2)黒溝台の会戦で、持てる兵力を集中すれば日本軍を破れたところを、新任指揮官グリッペンベルグに対する政治的策略から、クロパトキンは戦力を小出しにしたため、日本軍への打撃は弱くて済んだ(第五巻、336項)。 海戦1)戦艦の艦長でさえ「不可能」と断定したバルチック艦隊のアフリカ周航を、皇帝の寵愛を受けていた官僚が断行した(第四巻、314項以下)。 海戦2)バルチック艦隊がアフリカを迂回するまでにさらした数々の醜態。英国商船を(さらには味方の船をも)日本船と勘違いしてやみくもに撃ち、世界世論の非難の的となった。その後もどこかに日本船が潜んでいるのではないか、つけてきているのではないかという強迫観念が将校はじめ末端の水兵を支配し、熱帯の暑さとともに彼らをノイローゼにした。 <明石元次郎の見たロシア> 日露戦争中、日本は明石元次郎という男をロシアに派遣し、百万円という当時でいう大金を渡してロシア国内の攪乱を命じた。結果的に明石は予想外の成果を収めることになるのだが、明石が見た当時のロシアの現実について、印象深いものを抜書きしておきたい。 なぜロシアが日露戦争中に崩壊したのか、社会主義革命以外の背景も見えてきて興味深かい。 ・反政府組織の領袖カストレンの部屋に明治帝の肖像写真が飾られており、カストレンは明石に「この日本の皇帝が、われわれを救うであろうことを信じている」と言ったという(第六巻、156項)。 ・明石が使っていたロシア人間諜の中に、農奴の息子で流浪の半生を送ったクリという初老の男がいたが、一向に成果を挙げないその能力の低さを責められると涙をうかべてこう言ったという。 「私は前半生を流浪のなかですごし、いのちがけの仕事ばかりをやってようやく食を得てきました。すでに肉体も衰えはじめたこの齢になってなお、金銭のためにこのようなあぶない仕事をしておりますのは、私にはこれしかできないからです……そのかわり、官憲につかまったときは決してご迷惑はかけませぬ。この拳銃か、この毒薬をもって自殺するつもりです。私の能力より私の誠意を買ってください」(第六巻、182項) 当時のロシア庶民の暮らしと誠実さがよくわかるエピソードである。 |
|
「印象派と世紀末美術」の通り、19世紀後半のバラエティに富んだ様々な作品が展示されています。 良く言えば多様な画家の作品を楽しめる、悪く言えば一貫性がない。 もっとも、ルドンやリトグラフはこの美術館のこだわりっぽいし、個人的には楽しむことができてよかったです。 まず印象派のモネ、ルノワールらの作品が並びます。 モネはブログのアイコンにしているくらい好きなのですが、今回印象に残ったのはカミーユ・ピサロ《窓から見たエラニーの通り、ナナカマドの木》。 ナナカマドの実は鮮明な赤色ですが、それを印象派の眼でとらえるとこうなる、という絵。 意外にも赤い実が主張し過ぎてないのが印象的です。 続いてオディロン・ルドン。これは結構インパクト大です。 黒を基調にした暗い作風で、目玉や顔といったモティーフを寓意的に描いた連作を多く残しているようです。 観ていて、個人的にはエヴァを思い出しました。 特にここに挙げた1枚目《「夜」 堕天使はその時黒い翼を開いた》と2枚目《「夢のなかで」 悲しき上昇》は、旧劇場版のでっかいレイを彷彿とさせます。 また、この企画の大きな比重を占めるのがリトグラフや版画。中でもロートレックとヴァロットンの作品が豊富です。 これらからは、いわゆる「複製技術時代の芸術」の風味を存分に感じることができます。 これぞまさにこの展示のテーマ「近代への眼差し」ですよね。 例えばここに挙げたのはロートレック《メイ・ミルトン》ですが、このポスターは娼婦のプライドと哀愁がともに感じられると同時に、近代化していく都市で生き抜く人々のうちの一人として見ることもできるでしょう。 ヴァロットンの連作《息づく街パリ》は、行列をつくる人々、交通事故など産業革命を経て現れた「群衆」ならではの雰囲気をよく伝える。 こういう作品を世界史の教科書でも使えばいいんじゃないかな。 |
書評281 宮下規久朗『食べる西洋美術史――「最後の晩餐」から読む』(光文社新書、2007年)昨年書評246:『誰も知らない「名画の見方」』を読んで面白かったので、美術史にも手を延ばし始めたこのブログ。薄く広くではなく深く広くを心がけます。 【著者紹介】 みやした・きくろう (1963年― ) 神戸大学大学院人文学研究科教授。専攻はイタリア17世紀バロック美術、近現代美術史。 東京大学大学院人文科学研究科修了。兵庫県立近代美術館、東京都現代美術館などを経て、1995年神戸大学文学部助教授、2013年から現職。2005年『カラヴァッジョ―聖性とヴィジョン』(名古屋大学出版会)でサントリー学芸賞受賞。 他の著作に『バロック美術の成立』、『カラヴァッジョへの旅』、『ウォーホルの芸術』、『欲望の美術史』、『フェルメールの光とラ・トゥールの焔』、『知っておきたい世界の名画』、『モチーフで読む美術史』など多数。 【目次】 第1章 “最後の晩餐”と西洋美術 第2章 よい食事と悪い食事 第3章 台所と市場の罠 第4章 静物画―食材への誘惑 第5章 近代美術と飲食 第6章 最後の晩餐 【本書の内容】 古来から食べることに貪欲であった西洋。中世、キリスト教により食事に神聖な意味が与えられると、食事の情景が美術の中心を占めるにいたった。それらの美術表現を振り返り、意味を考え、西洋美術史を別の角度から照らし出す。 お薦め度:★★★★☆ 【本書の感想】 <全体の感想> 中世以降の西洋美術史を「食」という観点から切った小著で、非常に面白い。 まず「食」という切り口が新鮮である。 西洋では伝統的に食をテーマにした絵画が多く、その宗教的意義/社会的背景の影響が分析される過程がとてもスリリング。 個別の美術を歴史のうねりに位置づける、いわゆる「文化史」の格好のお手本だと思う。 (私事だが、私が歴史に興味を持つきっかけになった高校世界史の先生の授業も文化史だったので、こういう本は私個人の好みにもばっちりハマった。「好きな画家は誰ですか?」) もう一つ、紹介される絵画がどれも魅力的なのも、この本の独特の味わいを深めている。全篇カラーではないが、カラー口絵も豊富で不満はない。 そういう意味で、これまで読んだ新書とはまた違った、独特の知的刺激を受けることができた。 <ミサの起源――《最後の晩餐》と「良き食事」> キリスト教では食事が重要な意味を持っていて、それは「良き食事」「悪しき食事」として美術史上の大きな流れをつくってきた。 「良き食事」とは、聖体たるパンと聖血たるワインをとる清貧な食事のことで、キリストの言葉――「取りなさい、パンは私の体であり、ワインは私の血である」を起源とする聖餐(ミサ)に始まっている。 このキリストの台詞が発せられたのがダ・ヴィンチをはじめ多くの画家に描かれた《最後の晩餐》である。 この絵は裏切者ユダを告発した場面として有名だが、キリストの身振りは弟子たちにパンを割きワインを与える動きを示しており、「ミサの起源」としての意義の方が重要であった。《最後の晩餐》の絵が修道院の食堂に描かれることが多かったのもそのためである。 西洋において食事に神聖な意味が付与されたのは、何よりも「最後の晩餐」、そしてそこから派生したミサのためであるといってよい。パンとワインというもっとも基本的な飲食物が、神の体と血であるというこの思想が、西洋の食事観を決定したといっても過言ではない。(21項) イエズス会の創始者イグナティウス・ロヨラの言うように、キリスト者たるもの日々の食事は常に「最後の晩餐」の繰り返しでなければならない、それが「良き食事」の理想であった。 しかるに、「悪しき食事」とはその正反対のもの、暴飲暴食や神のことなど考えぬ乱痴気騒ぎのことを指す。 「良き食事」の起源たる聖餐も宴会なのだが、キリスト教が発展するにつれ「良き食事」は神を思いながらパンを少しずついただくものであり、大食や酩酊は「悪しき食事」の代表格とされていく。 中世以降は、「大食」を「淫欲」「憤怒」などとともにキリスト教の「七つの大罪」として表現したヒエロニムス・ボッスのように、乱痴気騒ぎを表現した「悪しき食事」が盛んに表現された。 これには罪を表す聖書の一節を描くことで教訓的意味を持たせるという表向きの説明がなされてきたが、実際はいかに罪とされようとも、このような行為、またそれを描いた絵自体が魅力に満ちたものであったために人気を博したのだろう、と著者は分析している(73項以下)。 <「悪しき食事」から食事そのものの悦びへ> このように、ルネサンス期までの美術では、「良き食事」を推奨するか「悪しき食事」を戒める(少なくとも表向きは)という宗教的観点から食事が描かれてきたが、17世紀頃から食事そのものを題材とした絵画が出始める。 中でも著者が「西洋美術史上もっとも愛すべき作品」と呼ぶのが、このヴィンチェンツィオ・カンピ《リコッタチーズを食べる人々》である。 争うようにチーズをほおばったり、笑いながら食べているため口の中のチーズが見えていたりして下品ではあるが、多少行儀が悪くなろうとも手に入れることができた食べ物を美味しく食べる、という食の愉悦を感じられる傑作、として激賞している。 カンピの風俗画もそれまでと同じように表向きは「悪しき食事」を戒める絵として描かれたが、キリスト教の主題にこだわらず食事そのものを主題に据えている。 もう一つ著者が「永遠の名作」として挙げているのが、ボローニャ出身のカンニーバレ・カラッチ《豆を食べる男》である。 ここにいたっては、宗教的・教訓的意味合いは皆無であり、《リコッタチーズを食べる人々》のような歓喜も哄笑もなく、労働者風の男が働くため生きるために黙々と匙を口に運んでいる。 「食べる」という単純な行為が人間にとって本質的な行為であることが美術史上はじめて表現された、近代の幕開けを告げる記念碑的作品であった。 <おわりに> 著者は本書を執筆するまでは、暴飲暴食が身上だったという。何せ自称ジロリアン(有名大盛ラーメン店「ラーメン二郎」のマニア)だというから、本書で言うところの「悪しき食事」愛好者であり、実際「リコッタチーズを食べる人々」の章がもっとも刺激的で、著者の筆もノっているし読んでいて楽しい。 ところが、執筆中に暴飲暴食がたたって体調を壊したそうで、今では「良き食事」に徹しているそうである。 自然、本書の後半は静かなトーンになっているのも可笑しい。 著者の他の本も読んでみたくなった。
|


