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書評175 マイケル・オンダーチェ

『イギリス人の患者』

土屋政雄訳(新潮文庫、1999年)

先日の『オリバー・ツイスト』に続いて、映画と原作を同時に楽しもう企画第2弾。
本書はブッカー賞を受賞しており、映画化した『イングリッシュ・ペイシェント』はアカデミー賞受賞という世間的にも評価の高い作品だけに、期待して読んだ。


【著者紹介】
Michael Ondaatje (1943年─) 詩人・小説家。
スリランカに生まれ、11歳で母親と共にイギリスに移住。その後カナダに移り、トロント大学とクイーンズ大学で学んだ。カナダの市民権を得ている。1971年から1983年までトロントのヨーク大学で教鞭をとった。
本書で1992年の英国ブッカー賞を受賞。この作品はアンソニー・ミンゲラ監督によって映画化(『イングリッシュ・ペイシェント』)され、第69回アカデミー賞で作品賞・監督賞など9部門を受賞した。


【本書のあらすじ】
舞台は第二次大戦下のイタリアの僧院。北アフリカの砂漠に不時着したパイロットが収容され、手当を受けている。「イギリス人の患者」としか身元を明かさない彼は、全身に火傷を負い、容貌も不明、記憶も喪失している。だが、瀕死の患者が若い看護婦に語り紡ぐ言葉は、この上なく深くミステリアスな愛の世界だ。美しい文章と濃密なストーリーで大きな話題を呼んだブッカー賞受賞作。(新潮文庫カバー紹介より)


お薦め度:★★★☆☆

【本書の感想】

<全体の感想>
物語の最後まで、一つの美しい叙事詩のような小説である。
繊細な風景画のスライドを見ているような感覚を喚起する文章、その中で徐々に明らかにされていく「イギリス人の患者」の正体。ミステリアスな筋書きにも興味をそそられるが、それ以上に物語の一場面、一場面を丁寧に味わいたい小説だ。


登場人物の回想が交錯するかたちで物語りが進むため、本筋を追いにくい面はある。反面それによって人物造形は素晴らしいものになった。身体が黒こげになって「イギリス人」以外は身元不明な患者と、彼を看病する逞しい少女・ハナ。元泥棒のカラバッジョに爆弾処理兵のインド人・キップ。

ハナの女の子らしい強さと脆さは可愛らしいし、風を切る勢いだったカラバッジョが今はすっかりオッサンになってしまって人間くさいのも面白い。キップは不器用だが爽やかで、しかも信念がある。そして謎のイギリス人…。
今は廃墟となった屋敷で、彼ら4人が織り成す奇妙な同居生活の物語は、映画化したくなる衝動に駆られるのもわかる気がする。


<文明のすれ違い──それは永遠に?>
話の本筋はやはりイギリス人の患者の過去なんだろうけど、個人的に最も魅力を感じた人物はキルパル・シン──通称キップだ。
この青年は、影のように生きてきた。

シンは、目立たないでいることに慣れている。……それは、別の民族に属する無名の一員であるせい。目立たない世界の一部であることの結果。(257項)

やがて、人種差別をせず自分を家族のように扱ってくれるイギリス貴族に出会った若きインド人は、イギリス軍爆弾処理班でめきめき腕を上げていく。ある日新型爆弾の処理を誤って命を落とした恩師の遺志を継ぎ、キップは爆弾に立ち向かい続けることを誓った。自分をインド人としてではなく、一人の工兵として育ててくれたイギリス人に報いるために…。


4人の関係の綻びは意外なところから起こった。1945年8月6日。日本への原爆投下である。
もう物静かなキップではなくなっていたキップが叫ぶ。

「この男はイギリス人じゃない。アメリカ人か。フランス人か。ぼくにはどうでもいい。世界の茶色の人種に爆弾を落としはじめたら、そいつはイギリス人だ。」(369項)

アジアとヨーロッパが真に理解し合える日は来るのだろうか。否、人と人はどこまで理解し合えているのだろう。異なる文明の遭遇、あるいは人と人との結びつきの問題は、イギリス人が深刻に追究してきた文学的課題の一つであった(キプリング「船路の果て」やロレンス「指ぬき」を見よ)。その意味で、本書もイギリス文学の正統にしっかりと根ざしていると言ってよい。


ネットのレヴューなんかを見ると、映画は原作からかなり離れているらしいが、それも一つの楽しみとして映画を鑑賞したい。
 

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