読書のあしあと

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書評273 渡辺一史

『北の無人駅から』その1

(北海道新聞社、2012年)

障がいノンフィクションの名著書評128:『こんな夜更けにバナナかよ』の渡辺一史の新作。
単行本にして900ページ以上という大作、しかも本書はサントリー学芸賞を受賞している。

長くなったので、書評は二回に分けた。


【著者紹介】
わたなべ・かずふみ (1968年─) フリーライター。
愛知県に生まれ、大阪で育つ。北海道大学文学部中退。1987年から札幌市在住。大学在学中から執筆活動を開始、普通の人の日常をリアルに描く新しいタイプのノンフィクションを 模索中。
2003年のデビュー作『こんな夜更けにバナナかよ』で講談社ノンフィクション賞と大宅壮一ノンフィクション賞をダブル受賞。2012年、本書でサントリー学芸賞を受賞。
本ブログで取り上げた作品に書評128:『こんな夜更けにバナナかよ』がある。


【目次】
第1章 「駅の秘境」と人は呼ぶ―室蘭本線・小幌駅
第2章 タンチョウと私の「ねじれ」―釧網本線・茅沼駅
第3章 「普通の農家」にできること―札沼線・新十津川駅
第4章 風景を「さいはて」に見つけた―釧網本線・北浜駅
第5章 キネマが愛した「過去のまち」―留萌本線・増毛駅(上)
第6章 「陸の孤島」に暮らすわけ―留萌本線・増毛駅(下)
第7章 村はみんなの「まぼろし」―石北本線・奥白滝信号場


【本書の内容】
単なる「ローカル線紀行」や「鉄道もの」ではなく丹念な取材と深い省察から浮き彫りになる北海道と、この国の「地方」が抱える困難な現実―-。新たな紀行ノンフィクションの地平を切り拓く意欲作。


お薦め度:★★★★☆

【本書の感想】

<全体の感想>
札幌在住のフリーライターが、北海道の「地方」の人々の“生き方”を描いたノンフィクション。
本書の魅力は二つある。

一つは、ミニアチュールのように丁寧に描かれる、無名の人々がひっそりと営む生活であり、波瀾万丈の人生であり、地味だが味のある生き様そのものである。
前作と同様、ローカルな人々の懐に入り込んでその言葉を丹念に拾い、背中を描写するのは著者の真骨頂と言ってよい。

いま一つは、多岐にわたるテーマである。
生活が不可能だと思われるような漁村で生きてきた人たちの生活、観光と自然保護の両立、にっちもさっちもいかない農業、文化財の古い家屋を修復する予算もない町――。
北海道のみならず、この国の「地方」が抱える問題を、自らの目と耳と足で捉えた本書からは、世間一般で言われているようなイメージとは違った風景が見えてくる。

書評1本目は、一つめの魅力を中心に取り上げたい。


<小幌の親分の肖像>
著者を当代随一のノンフィクション作家たらしめているのは、フツウの人々の声をそのまま記録し、同時にその人柄までありありと浮かび上がらせる文章の迫力である。

断崖絶壁にある小さな漁村・小幌。
ここで、文太郎さんという漁師の息子さんに話を聞くのだが、これがもはやおとぎ話である。
読者は、第一章で早くも本書の世界に釘づけにされてしまう。

文字も読めず酒好きだった文太郎さんは、酔って電車に曳かれて両足を失う。ところが、両足がないことを何とも思わず、いっぱしの漁師としてカレイやヒラメ、ホッケを獲り、ハモやメバルを釣った。
冬にはタヌキの頭を叩いたりイタチに罠を仕掛けたりする猟もやった。肉は食べ、皮はなめして高く売る。
足がなくてできないことは、子どもたちや子分を使ってやってのける親分肌だった。
その息子がこう回想する。

「どういうもんだかな。うまいもんだった。何やっても。うちのおやじは。……結局、おやじは小幌だったから働けたのさ。狭い浜だがら、足なくったって、ほれ、家も海もすぐそばだし、やりたいようにやれたんだわ」
「したけど、あんな穴みてえなところによく住んでたもんだなと、つくづくそう思うわ」(64―65項)

「穴みてぇなとこ」を腕だけで駆け回り、せわしなく漁や猟に精を出し、酒を飲んで寝る。
この迫力十分のエピソードは、著者の「個性を発掘する」ノンフィクション作家としての力量を示している。


<堅牢な田舎に分け入る努力>
知っている人はわかると思うが、寒い地方の田舎の人はなかなかよそ者を受けつけない。そのかわり一度心を開いたら縁を大切にする傾向が強い。

「陸の孤島」と呼ばれる雄冬も例外ではない。よそ者に冷たく、民宿でさえ夏以外は「泊めたくない」の一点張りの集落である。どこの民宿も泊めてくれないところを、しつこく懇願して何とか泊めてもらえることになった最後の宿のおかみさんとの遣り取りは、微笑ましい。

「フフ、どう言っても泊まるんだね」
進藤さんはあきれたような口調でつぶやくと、電話を切るとき、「断るつもりが、なんでこうなったんだ」と人のよさそうな声でいった。(560項)

ローカルな共同体を形成する人々に分け入った作品を書くまでの、著者の地道な努力がにじみ出ている。
こうやって著者は、限界集落の頑固おやじのもとに何回も、何年も通い続け、ようやく心を開いてもらうのだ。
こうしたことができるのは、ひとえに著者の人柄と努力によるのだと思う。書評128:『こんな夜更けにバナナかよ』でも書いたが、ここが凡百のライターと違うところだ。


<なぜそこに住むのか?>
その雄冬は、急な断崖に囲まれた小さな漁村である。道路が周囲と通じていないために船しか交通手段がなく、「陸の孤島」として秘境マニアには有名だった。ところが、国道開通を機に雄冬が崩壊してしまった、と雄冬の漁師である飛内さんは嘆く。

「ゼニコかい?落ちないさ。……だって、道路ができたらみんな素通りだも。昔は『陸の孤島』で秘境だったから、珍しくて来てたのさ。……道路できる前だら、あんた、雄冬丸に鈴なりになって観光客乗って来てたんだから。して、ここ行き止まりだったから、来たらみんな泊まってくしょ。だから民宿だとか商店だとか、そのへんの経済はよかったんだ」(607―608項)

こぢんまりと完結していた共同体が、外とアクセスしてしまったために、都市に吸収されていくプロセス。
それは北海道のみならず全国で、もっと言うと全世界的に起きている現象であるが(書評254:『消費するアジア』参照)、飛内さんの証言はそれをミクロの視点から立証している。


そもそもなぜこんな不便なところに住んでいるのだろう、と訊いたときの、漁師中野さんの返事が印象深い。

「オレも、なんでこんなとこに住んでんだろうって思うところはあるんだよね。思うところはあるんだけど…。なんでだろうね」
そう言って首をひねりつつ、「やっぱオレがここにいるのは、漁師やってっからじゃないですか。ここでないとオレは漁師できないし、ここが自分の知ってる海だから」
そういって自分の言葉に「うん」と納得したような顔でうなずいた。それはうらやましいほどの揺るぎない自信に満ちた表情だった。(643項)

不便な土地に生まれつき、そこで一生を終える人もたくさんいる。他に便利な土地があるのを知っているのに、なぜ移り住まないのか。その理由は、中野さんの表情に書いてあるのだ。

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