読書のあしあと

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書評281 宮下規久朗

『食べる西洋美術史――「最後の晩餐」から読む』

(光文社新書、2007年)

昨年書評246:『誰も知らない「名画の見方」』を読んで面白かったので、美術史にも手を延ばし始めたこのブログ。
薄く広くではなく深く広くを心がけます。


【著者紹介】
みやした・きくろう (1963年― ) 神戸大学大学院人文学研究科教授。専攻はイタリア17世紀バロック美術、近現代美術史。
東京大学大学院人文科学研究科修了。兵庫県立近代美術館、東京都現代美術館などを経て、1995年神戸大学文学部助教授、2013年から現職。2005年『カラヴァッジョ―聖性とヴィジョン』(名古屋大学出版会)でサントリー学芸賞受賞。
他の著作に『バロック美術の成立』、『カラヴァッジョへの旅』、『ウォーホルの芸術』、『欲望の美術史』、『フェルメールの光とラ・トゥールの焔』、『知っておきたい世界の名画』、『モチーフで読む美術史』など多数。


【目次】
第1章 “最後の晩餐”と西洋美術
第2章 よい食事と悪い食事
第3章 台所と市場の罠
第4章 静物画―食材への誘惑
第5章 近代美術と飲食
第6章 最後の晩餐


【本書の内容】
古来から食べることに貪欲であった西洋。中世、キリスト教により食事に神聖な意味が与えられると、食事の情景が美術の中心を占めるにいたった。それらの美術表現を振り返り、意味を考え、西洋美術史を別の角度から照らし出す。


お薦め度:★★★★☆

【本書の感想】

<全体の感想>
中世以降の西洋美術史を「食」という観点から切った小著で、非常に面白い。

まず「食」という切り口が新鮮である。
西洋では伝統的に食をテーマにした絵画が多く、その宗教的意義/社会的背景の影響が分析される過程がとてもスリリング。
個別の美術を歴史のうねりに位置づける、いわゆる「文化史」の格好のお手本だと思う。
(私事だが、私が歴史に興味を持つきっかけになった高校世界史の先生の授業も文化史だったので、こういう本は私個人の好みにもばっちりハマった。「好きな画家は誰ですか?」

もう一つ、紹介される絵画がどれも魅力的なのも、この本の独特の味わいを深めている。全篇カラーではないが、カラー口絵も豊富で不満はない。

そういう意味で、これまで読んだ新書とはまた違った、独特の知的刺激を受けることができた。


<ミサの起源――《最後の晩餐》と「良き食事」>
キリスト教では食事が重要な意味を持っていて、それは「良き食事」「悪しき食事」として美術史上の大きな流れをつくってきた。

「良き食事」とは、聖体たるパンと聖血たるワインをとる清貧な食事のことで、キリストの言葉――「取りなさい、パンは私の体であり、ワインは私の血である」を起源とする聖餐(ミサ)に始まっている。
このキリストの台詞が発せられたのがダ・ヴィンチをはじめ多くの画家に描かれた《最後の晩餐》である。


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この絵は裏切者ユダを告発した場面として有名だが、キリストの身振りは弟子たちにパンを割きワインを与える動きを示しており、「ミサの起源」としての意義の方が重要であった。《最後の晩餐》の絵が修道院の食堂に描かれることが多かったのもそのためである。

西洋において食事に神聖な意味が付与されたのは、何よりも「最後の晩餐」、そしてそこから派生したミサのためであるといってよい。パンとワインというもっとも基本的な飲食物が、神の体と血であるというこの思想が、西洋の食事観を決定したといっても過言ではない。(21項)

イエズス会の創始者イグナティウス・ロヨラの言うように、キリスト者たるもの日々の食事は常に「最後の晩餐」の繰り返しでなければならない、それが「良き食事」の理想であった。


しかるに、「悪しき食事」とはその正反対のもの、暴飲暴食や神のことなど考えぬ乱痴気騒ぎのことを指す。
「良き食事」の起源たる聖餐も宴会なのだが、キリスト教が発展するにつれ「良き食事」は神を思いながらパンを少しずついただくものであり、大食や酩酊は「悪しき食事」の代表格とされていく。

中世以降は、「大食」を「淫欲」「憤怒」などとともにキリスト教の「七つの大罪」として表現したヒエロニムス・ボッスのように、乱痴気騒ぎを表現した「悪しき食事」が盛んに表現された。
これには罪を表す聖書の一節を描くことで教訓的意味を持たせるという表向きの説明がなされてきたが、実際はいかに罪とされようとも、このような行為、またそれを描いた絵自体が魅力に満ちたものであったために人気を博したのだろう、と著者は分析している(73項以下)。


<「悪しき食事」から食事そのものの悦びへ>
このように、ルネサンス期までの美術では、「良き食事」を推奨するか「悪しき食事」を戒める(少なくとも表向きは)という宗教的観点から食事が描かれてきたが、17世紀頃から食事そのものを題材とした絵画が出始める。

中でも著者が「西洋美術史上もっとも愛すべき作品」と呼ぶのが、このヴィンチェンツィオ・カンピ《リコッタチーズを食べる人々》である。


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争うようにチーズをほおばったり、笑いながら食べているため口の中のチーズが見えていたりして下品ではあるが、多少行儀が悪くなろうとも手に入れることができた食べ物を美味しく食べる、という食の愉悦を感じられる傑作、として激賞している。
カンピの風俗画もそれまでと同じように表向きは「悪しき食事」を戒める絵として描かれたが、キリスト教の主題にこだわらず食事そのものを主題に据えている。


もう一つ著者が「永遠の名作」として挙げているのが、ボローニャ出身のカンニーバレ・カラッチ《豆を食べる男》である。


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ここにいたっては、宗教的・教訓的意味合いは皆無であり、《リコッタチーズを食べる人々》のような歓喜も哄笑もなく、労働者風の男が働くため生きるために黙々と匙を口に運んでいる。
「食べる」という単純な行為が人間にとって本質的な行為であることが美術史上はじめて表現された、近代の幕開けを告げる記念碑的作品であった。


<おわりに>
著者は本書を執筆するまでは、暴飲暴食が身上だったという。何せ自称ジロリアン(有名大盛ラーメン店「ラーメン二郎」のマニア)だというから、本書で言うところの「悪しき食事」愛好者であり、実際「リコッタチーズを食べる人々」の章がもっとも刺激的で、著者の筆もノっているし読んでいて楽しい。

ところが、執筆中に暴飲暴食がたたって体調を壊したそうで、今では「良き食事」に徹しているそうである。
自然、本書の後半は静かなトーンになっているのも可笑しい。

著者の他の本も読んでみたくなった。

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