書評292 千住淳『自閉症スペクトラムとは何か――ひとの「関わり」の謎に挑む』(ちくま新書、2014年)障害を扱った本というと健常者には関係ないと思われがちだが、傑作ノンフィクション書評128:『こんな夜更けにバナナかよ』がそうであったように、障害を扱った優れた著作は、普遍的な人間関係について鋭い洞察を秘めているものだ。ということで、ちくまから自閉症スペクトラムの新刊が出たので読んでみる。 【著者紹介】 せんじゅう・あつし (1976年―) ロンドン大学バークベックカレッジリサーチフェロー。専門は発達社会神経科学。 東京大学大学院総合文化研究科修了。博士(学術)取得。東京大学総長賞、日本心理学会国際賞奨励賞、英国心理学会ニールオコナー賞などを受賞。著書に『社会脳の発達』、『社会脳とは何か』。 【目次】 はじめに 第1章 発達障害とは何か 第2章 自閉症スペクトラム障害とは何か 第3章 自閉症はなぜ起こる? 第4章 自閉症者の心の働きI――他者との関わり 第5章 自閉症者の心の働きII――こだわりと才能 第6章 自閉症を脳に問う 第7章 発達からみる自閉症 第8章 社会との関わりからみる自閉症 第9章 自閉症という「鏡」に映るもの 第10章 個性と発達障害 おわりに 【本書の内容】 自閉症とは、人との「関わり」に困難さを抱える発達障害である。対人コミュニケーションの困難さと、強いこだわりとを特徴とする「社会的な病理」だ。本書は社会脳の研究者が、その最先端の状況をあぶりだす。自閉症とはなにか。その障害(ハードル)とはどのようなものか。人との「関わり」をどう処理しているのか。診断・遺伝・発達・社会・脳と心といった側面から、その内実を明晰に説く。 お薦め度:★★★★☆ 【本書の感想】 <全体の感想> このブログの書評では冒頭に私が本を手に取った動機を書くようにしているが、まさにそれに呼応する文章があったのでまず引用する。 発達障害について詳しく見ていくことから、発達障害を持たない「その他大勢」の人々が、どのように他者と関わり、どのように社会と関わっているかについても、新たな発見があります。(9項) では本書のテーマである自閉症スペクトラムとは何かというと、従来「自閉症」「アスペルガー症候群」「広汎性発達障害」などと呼ばれていたものが、最新のアメリカの診断基準で一つにまとめられたもの。この考え方自体は書評271:『図解 よくわかる大人のアスペルガー症候群』で紹介していたが、実際の臨床場面でも症例の区分が難しく、診断名としても一つのカテゴリーが相応しいということになったという。 自閉症スペクトラムの特徴は、「対人コミュニケーションや対人行動の困難さ」「限定的・反復的な行動や興味のパターン(こだわり)」の二つだが、ある意味個性の差、程度問題にも思える。それが障害なのか、極端な個性の一つなのか、線引きはどうするのか。 答えは、「それを決めるのは本人」です。……診断はレッテル貼りをするためではなく、本人の役に立つためにあるのです。(22―23項) 要するに、障害には科学的な線引きがあるのではなく、「困っているから社会に助けて欲しい」という自己申告が必要要件なのである。(余談だが、これに従えば、例えば先頃メディアを賑わせた佐村河内氏なんかも、自己申告がありそれを認定した人がいるという意味で立派な障害者ということになる) <「障害」の定義は個人−社会関係によって決まる> さらに、「障害」の線引きは個人と社会の関係によっても変わってくる、というのが本書の重要なメッセージだ。 たとえば、現代日本で読み書き算盤ができないという「個性」を持つ男性がいるとする。彼は、学校の成績が極端に悪く授業も集中できないので、診断を受けてみると学習障害という「障害者」と判定された。しかし彼が文字を持たないアフリカ社会に生まれたら「障害者」とは判定されずに一生を終えたかもしれない(212項)。 逆の例を出せば、現代日本で「健常者」と呼ばれる人が原始狩猟民族の中に紛れこんだら、狩猟に必要な体力・脚力といった基礎能力を持たないとして「障害者」と呼ばれていたかもしれない。 また、現代社会でも国や地域によって「障害」の定義は違ってくる。欧米では「代名詞の逆転」と呼ばれる現象(会話の中で“I”と“you”が逆になる)が自閉症の診断基準の一つとして使われているが、代名詞が頻繁に省略される日本では通用しない。逆に「空気が読めない」という自閉症の特徴はアジア圏で問題になり易く、個人の意見を尊重する欧米では症例として挙がりにくい(177項)。 そのため、本書では「健常者/障害者」という区分ではなく「定型発達者/非定型発達者」という区分を用いている。定型発達者とは、その社会で必要不可欠な基本能力を備えるよう発達した者、ということだ。 つまり、「障害」とは個人が持っているのではない。ある社会を快適に生きる上で特定の能力(個性)が必要なとき、それを持たないことが「障害」となって個人に立ちはだかる(=非定型発達者となる)。障害はヒトの性質ではなく、個人が生きにくくて困っている状態のことである、とも言えるかもしれない。 <鏡に映る社会を考える> ここまでくれば冒頭の文章の意味がわかってくると思う。私たち定型発達者は、自分たちが生きる社会が必要とする特定の能力に気づかずに生きているが、非定型発達者が困っていることに目を向けることでそれに気づくことができるのだ。 本書はその例をいくつか紹介している。 たとえば、定型発達者は人混みの中や会議中に自分に向けられた他人の視線を感じると「何となく」それに気づくことができるが、自閉症者は気づくことが少ないという(93項)。理由はまだ解明されていないが、この「何となく」気づく能力の不足が自閉症者が対人コミュニケーションに問題を抱える一因ではないかと考えられており、同時にこの能力が私たちの日常生活で案外重要な役割を果たしていることがわかる。 また、今の社会では「障害」になってしまっている自閉症者の個性のポジティブな面にも気づかされる。 自閉症者はしばしば「木を見て森を見ない」ことで社会生活がうまくいかないが、逆に「森の中から木を見ぬく」能力に長けている(111項)。自閉症者の中にたまに天才が生まれる、と言われるのはこういった側面が社会のニーズと合致し開花した例だろう。 「定型発達障害」というエピソードも面白い(193項)。これは自閉症者から見ると定型発達者はこんなヘンなヤツに見える、というジョーク混じりの話で、嬉しくないプレゼントをもらっても「ありがとう」と応えるとか、「いやだ」という意味で「いいです」と言うとか、何でもないことで嘘をついてしまっているとか、物事の細部に気づかないとか、ブランド品など機能性が低いが社会的評価が高いものを好むとか、一つくらい思い当たることがあると思う。 このように、障害という鏡を通して自分が生きる社会のことが見えてくるというお手本のような本。
自閉症スペクトラムを少し勉強したことがある人にとっては若干掘り下げが浅いと感じるかもしれないが、障害を考えることの意義がよくわかる良書であり、個人的には考えるヒント満載の本であった。 |
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