読書のあしあと

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紀元前 My Best

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ブログ開設以前に読んだ本の中で、特に思い出に残っている作品を取り上げています。
完全に記憶だけに頼った、個人的な思い出話です。
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鷲田清一『「待つ」ということ』/回想のMy Best Books #2
 
今回は哲学者鷲田清一の著書、書評93:『「待つ」ということ』について書こうと思います。
 
鷲田はこのブログでもお馴染みの哲学者。
本書を取り上げたのは7年前ですが、今でも内容を空で言えるくらい、影響を受けた本でした。
 
 
本書は、「待つ」ということの根源的な意味を掘り下げていきます。
あらゆる行為が前のめりにならざるを得ない近代社会において、結果を先取りするでもなく、かといって単なる受け身でもない、偶然性に開かれた「待つ」はどういうかたちをとるのか。
鷲田はそれを「時と場を醸成する触媒になること」と表現します。そしてそれは日常の中の小さな行為の積み重ねによって可能だと示唆しています。
 
 
当時地球の裏側と遠距離恋愛をしていた私は、だいぶこの本に救われました。結果的にそれはうまくいきませんでしたが、「場を醸成する」という自分なりの努力は、私を人間として大きく成長させてくれたと思います。その後の私の人生の中で(あれからもう7年も経ってしまった)、この「待つ」という力は、とても豊かな可能性を見せてくれました。
だから今となっては何の悔いもありません。
 
そういう意味での「待つ」という行為は、特に育児や介護といった密度の濃い人間関係で必要とされます。
今後の社会ではよりそういう場面が重要になってくる方向にいくでしょうし、私のプライベートな人生においてもそうなると思います。
 
これからも「待つ」ということは、社会を考える上での、私自身が生きる上での、指針となり続けるでしょう。
 
ブルックナー『秋のホテル』/回想のMy Best Books #1
 
“書評その後”について書いてみる、「回想のMy Best Books」第一弾はイギリス文学『秋のホテル』です。
書評自体はこちら ⇒ 書評182:『秋のホテル』
 
『秋のホテル』こそ、読んでいる間よりも読後の方が余韻が深く続くタイプの小説です。
主人公のイーディスは、中年に差しかかった知的で繊細な女流作家。真摯に愛を求めるがゆえに躊躇し
続ける彼女の心理を、硬質な文体で丁寧に描ききった傑作でした。
 
イーディスは、自らを有名な逸話「兎と亀」の亀に例えます。素朴で世間知らずな亀は、実直に愛人を
思い続けるのです。
しかし、世の中はいつも兎が勝つようにできている。
イーディスはそれを知りつつも、やはり自分の生き方を変えることはできない。
亀であり続けることを決意した彼女の姿は、本を閉じた私の中に、得体の知れないモチベーションを沸騰
させました。
「それでいいのだ」
「亀は亀らしく生きて欲しい」
 
 
本書は、日本ではベストセラーになった訳でもない、地味な小説にすぎません。
しかしあれから3年、今思えば、イーディスのような女性は、意外とたくさんいるのではないか、と思うよう
になりました。
世間では、兎が飛び跳ねる「婚活」ブームが未だに衰えない中、地味だけど誠実な亀は日本中にいる
のではないか。 (誤解ないように付け加えますが、婚活自体を否定するわけではありません)
 
そう思うようになったのは、私自身、ブロ友さんやリアルの知り合いの中にイーディスを発見してきたから
にほかなりません。
そして、そういう人に触れる度に思うのです。
「亀は亀らしく生きて欲しい」
「できればその先に望むような幸せがあって欲しい」
「もしそれがなかったとしても、亀であることを理解し、共感する人がいることを知って欲しい」と。
 
 
『秋のホテル』という地味な小説は、私を含めた亀たちへの、静かで力強いエールになるはずだ、と思う
のです。
 
ちびちびと書き続けていた「紀元前My Best Books」ですが、ネタ切れ気味です。
それもそのはず、ブログ開設以前(=8年以上前!)に読んだ本で、記事を書ける程度に内容を覚え
ている本が何十冊もある方がおかしいんですね。
 
そこで「紀元前My Best Books」の後継記事として、「回想のMy Best Books」を始めたいと思います。
 
 
このブログでは、書評の際に自分の感想を書き、読む人にわかり易いように評価を★で表しています。
 
しかし、読み終わっただけでその本との付き合いが終わる訳ではありません。
良い本ほど余韻は残るものだし、時とともに読了直後とは違う評価になることもあります。
実際の体験やその後に読んだ本を通して、その本の印象が変わったり。
その本の影響を受けて、実際の行動にうつしてみたら環境が変わったり、自分の性格が変わったり。
 
「回想のMy Best Books」では、このブログで書評してきた本たちが、その後の私の人生の中で、
どのように生きてきたか――言わば“書評その後”を書きたいと思っています。
 
これも「紀元前My Best Books」と同じく、とても個人的な記事になるかと思いますが、お付き合い
下さい。
 
宮沢賢治「グスコーブドリの伝記」/紀元前My Best Books #4
 
宮沢賢治について書くことは、苦しいような切ないような感情を伴う。
賢治は「好きな作家」とは少し違う、私にとって特別な作家なのです。
 
 
宮沢賢治といえば、世間的には「悲壮な童話作家」というイメージが強いように思います。
確かに賢治の作品は少年や動物を主人公とし、作風からも童話に分類されることが多いのでしょう。
 
けれども、決してわかり易い話ばかりではありません。むしろわかりにくい話が多い。
故郷である岩手県花巻の雄大かつ過酷な自然を背景として展開される不思議な世界は、通り一遍の
解釈を拒みながらも、たくさんの読者を惹きつけてきました。
 
それは賢治が童話作家である以前に、近代日本の生んだ卓越した思想家であり、稀有な実践者で
あったからだと思います。
 
 
宮沢賢治をおもうとき、私の頭にあふれてくるのは、その潔癖なまでの利他精神です。
実家が「弱者を食い物にする」金貸し業を兼ねていたことに罪悪感を抱えていた賢治は、自己犠牲に
存在肯定への契機を見出しました。
この自己犠牲というモティーフは、賢治の主要作品はもとより、彼の人生そのものを貫くことになった
のです。
 
それがよく表れているのが中篇「グスコーブドリの伝記」です。森の木こりの家に生まれ、冷害が
きっかけで両親や妹と生き別れたブドリは、その冷害の再来を防ぎ、自分たちのようなバラバラの
家族をつくらないために自らの命を捧げます。
このブドリこそが、賢治の一つの理想だったのではないでしょうか。賢治は多くの文学を生み出す
一方で、苦しむ農民たちを救うために自ら農村に入っていきました。
 
 
このサイクルを明快に解き明かしたのが、見田宗介の名著、短評2:『宮沢賢治 存在の祭の中へ』
でした。
賢治の<四象限>という概念は、書き残された作品群と賢治自身の人生を見事に説明しているし、
何よりも見田が賢治にアツく共感しているのがいい。学問的な賢治研究の一つの頂点と言えます。
 
もう少し軽い読み物としては、玄侑宗久の書評42:『慈悲をめぐる心象スケッチ』があります。
「アクセルとブレーキを同時に踏み続けるような」凄まじい賢治の人生を、優しくなだめるような読み
方は新鮮。
 
 
私たちは、賢治のようには生きられないだろうし、生きるべきではないのかもしれません。
しかし、否、そうであればこそ、私たちはよりいっそう賢治に惹かれ続けるのです。
 
大沼保昭『人権・国家・文明』/紀元前My Best Books #3
 
ものごとを真摯に考えること。
私がそれを教わったのは、大学一回生の時に読んだ二冊の本からであった。
 
対テロ戦争の賛否が激しく議論されていた当時、大学入学間もない私は「正義のための戦争はあるか」
というテーマを考えていた。
イラク人100人を生かすためにフセインを殺すことは許されるのだろうか。それは即ち、乱暴に言えば
「悪人1人のいのちは、無辜の民100人のいのちより軽いのだろうか。だとすればその1人を殺すことは
許されるのだろうか」という問いである。
 
 
一冊目は、最上俊樹『人道的介入』(岩波新書)である。
『人道的介入』は書名の通り人道的介入の入門書であるが、基本的論点を抑えつつも個性を出して主張
するという意味では完成度の高い新書と言えよう。
最上は岩波知識人の系譜を継ぐ良心的左派の国際法学者。丁寧な議論と説明の平明さは随一で、読んだ
当時は思想的にも大いに影響されたものである。
 
二冊目は、大沼保昭『人権・国家・文明』(筑摩書房)。
これは人道的介入の問題をより幅広い視野で捉えた専門書で、この問題が抱える複雑な側面をくまなく
検討し、かつ思想的な検討も加えて現実的な提言までしているという類稀な著作である。註にもいくつ線を
引いたかわからないくらい、内容の濃い名著だった。
はじめは理想主義的な色合いが濃い最上に傾倒していたが、色々と読み漁る内に大沼の漸進的現実主義
に深く共鳴するようになった。
 
 
思想的なバックボーンは違えど、二冊に共通していたのは、現実を見つめながら理想を忘れないこと、
そして世界で起こっていることを自分の頭で真摯に考える姿勢であった。
 
人道的介入の問題は、日本人にとって身近ではないが故に他人事で語られがちである。
それをいかに自分が考えるべき問題として引き受けるか。一所懸命悩むことができるか。
想像を絶する虐殺の歴史を文字で読み、映像で観た後で、理想と現実の折り合いをどう考えるか。
 
 
立場の違う二人の国際法学者は、私に「周りの人のために自分の頭を悩ませること」の大切さを教えて
くれたのだと思う。
 

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