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マーチン・ルーサー・キング・ジュニア 牧師
Rev. Martin Luther King, Jr. 1929-1968
「私には夢がある」
I Have a Dream
1963年8月28日にワシントンDCのリンカーン記念公園で行われた
「ワシントン大行進」でのスピーチ
私は同胞達に伝えたい。今日の、そして明日の困難に直面してはいても、私にはなお夢がある。それはアメリカン・ドリームに深く根ざした夢なのだ。つまり将来、この国が立ち上がり、「すべての人間は平等である」というこの国の信条を真実にする日が来るという夢なのだ。私には夢がある。ジョージアの赤色の丘の上で、かつての奴隷の子孫とかつての奴隷を所有した者の子孫が同胞として同じテーブルにつく日が来るという夢が。
私には夢がある。今、差別と抑圧の熱がうずまくミシシッピー州でさえ、自由と正義のオアシスに生まれ変わり得る日が来るという夢が。私には夢がある。私の四人の小さい子ども達が、肌の色ではなく内なる人格で評価される国に住める日がいつか来るという夢が。
私には今夢がある!
人種差別主義者や州知事が連邦政府の干渉排除主義を唱え、連邦法の実施を拒否しているアラバマ州にさえ、将来いつか、幼い黒人の子ども達が幼い白人の子ども達と手に手を取って兄弟姉妹となり得る日が来る夢が。
私には今夢がある!
いつの日にかすべての谷は隆起し、丘や山は低地となる。荒地は平らになり、歪んだ地もまっすぐになる日が来ると。「そして神の栄光が現れ、すべての人々が共にその栄光を見るだろう。」
これが私達の希望なのだ。この信仰をもって私は南部へ戻って行く。この信仰をもってこそ絶望の山からも希望の石を切り出すことが出来るのだ。この信仰をもってこそ私達は祖国にうずまく不協和音を人類愛のすばらしい交響曲に昇華することが出来るのだ。この信仰をもってこそ、自由がいつか来るのだということを信じながら、私達は共に働き、共に祈り、共に苦しみ、共に投獄され、共に自由のために立ちあがることが出来るのだ。そしてその日が来れば、その日が来れば神の民はみなおしなべて、新しい意味をこめて歌えるのだ。「我が祖国よ、美しい自由の国をたたえ私は歌う。父が骨を埋めた国、開拓者の誇りとする国。すべての山々から、自由よ鳴り響け」と。真にアメリカが偉大な国となるためには、これが実現しなければならない。
ニューハンプシャーの山々の偉大ないただきから自由の鐘を鳴らそう。ニューヨークの悠々しき山々からも、ペンシルヴァニアにそそり立つアレゲニーの山からも、自由の鐘を鳴らそう。雪を頂くコロラドのロッキー山脈からも、カリフォルニアのなだらかな山々からも、自由を鳴り響かせるのだ。それだけではない。ジョージアのストーンマウンテンからも、テネシーのルックアウトマウンテンからも、ミシシッピーのすべての丘やほんの小さな塚からも、「すべての山々から、自由の鐘を鳴らす」のだ。
そうすれば、私達が自由を鳴り響かせば、すべての村、すべての集落から、すべての州、すべての町から、自由の鐘を鳴らせば、すべての神の民が、黒人も白人も、ユダヤ人も、非ユダヤ人も、プロテスタントもカトリックも、すべての人々が手に手を取ってあの古い黒人霊歌を共に歌える日がより早くやって来るのだ。「やっと、やっと自由になれた。全能の神に感謝しよう。やっと自由になれたことを」と歌える日が。
Free at Last! Free at Last!
Thank God Almighty
We are free at last!
<典拠>
「マーチン・ルーサー・キング・ジュニア ペーパープロジェクト」から抜粋
木山ロリンダ・斎藤真由美訳
The Martin Luther King,Jr. Papers Project at Stanford University
URL: http://www.stanford.edu/group/King/index.htm
マーチン・ルーサー・キング・ジュニア略歴
1929年1月15日、米国南部のジョージア州アトランタに、バプテスト教会牧師マイケル・ルーサー・キングとアルバータ夫人の長男として生まれる。黒人専門のモアハウス大学卒業後、ペンシルヴァニア州チェスターのクローザー神学校、ボストン大学、ハーバード大学で神学と哲学を学ぶ。1947年に牧師任職。1954年9月にアラバマ州モントゴメリー市のデクスター街バプテスト教会牧師に就任。その前年にボストン在学中知り合ったアラバマ出身の黒人女性コレッタ・スコットと結婚。1955年、バスの白人専用席を譲ることを拒否した黒人女性が市条例違反で逮捕されたことから、黒人婦人グループがバス・ボイコット運動を開始。「モントゴメリー改善協会」が組織され、キングは会長として指導にあたる。1957年、インドのネール首相の招きでインドを訪問し、インド独立を達成したガンジーの非暴力抵抗主義を学ぶ。1960年、食堂やバスでの差別撤廃を求める運動が南部各地に広がり、キングは「南部キリスト教指導者協議会」を結成し、議長に就任。キリスト教信仰に基づく非暴力主義の人種差別撤廃運動を推進。1963年に、25万人の公民権運動支持者によるワシントン大行進。1964年に、公共施設や就職関係の差別撤廃をねらう「公民権法」が成立。1966年に、選挙権行使上の差別をなくす「投票権法」が成立。1968年4月4日、テネシー州メンフィスで暗殺される。39歳。
著書:
『自由への大いなる歩み』(Stride toward Freedom)1958年、岩波新書
『黒人はなぜ待てないか』(Why we can't wait)1964年、みすず書房
『汝の敵を愛せよ』(Strength to Love)1965年、新教出版社
『黒人の進む道』(Where do we go from here-Chaos or Community?)1967年、サイマル出版会
『良心のトランペット』(The Trumpet of Conscience)1968年、みすず書房
文献:
ウィリアム・R・ミラー『マーチン・ルーサー・キングの生涯』1968年、角川文庫
リローン・ベネット『マーティン・ルーサー・キング─非暴力への遍歴』1964年、新教出版社
梶原寿『約束の地をめざして─M・L・キングと公民権運動』新教出版社
私がアメリカで3年住んでいた所は、彼が暗殺された
テネシー州メンフィスで、銅像が立っていました、
黒人や移民問題は深刻で、解決したように見えても、
実際は人種間で相容れないものが根強くあり、住む場所も別れているのが
よくわかりました、でも黒人が嫌われるのはわかるような気もしました、
黒人街の町並みが汚いのです、ぞっとするくらいの雰囲気が漂っていました、
でも根底には貧困があるからかもしれません。
職場や学校、公共の場所では、うまく付き合っていて、
そんな問題に取り組んだ事がない日本人より、
アメリカ人の方が、他者の立場を考える習慣が日常になっている
ことだろうなと痛切に思いました。
幸いな点としては、アメリカは能力のある人は認められる点が
あると思います(問題点は多いものの)。
今回アメリカ大統領が、オバマ氏になった事は、そういった意味でも
大きな前進であり意味があることだったのだろうと思います。
他人種も認めて人類が一つになっていかなくては
諸問題を解決していく事ができない時期に来ている。
そこに意識をシフトしていかなくてはならない、
そして一つの“夢”が叶った瞬間だったのだと思います。
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