|
「Checkmate King 2, this is White Rook, over.」 |
新撰小倉百人一首
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
「Checkmate King 2, this is White Rook, over.」 |
|
「Checkmate King 2, this is White Rook, over.」
「This is King 2, roger, out. All right, that's it - let's get outta here ! 」 ・・・・・・十勝清水駅前壺中庵主人こと、斥候サンダース軍曹です! 春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山 定家撰小倉百人一首の二番目の歌が上記の持統天皇によるもの、これぞ、日本の風景にして、ポピュラーソングといったところか・・・・・・「秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」(#1)の作者は、百人一首のトップバッターである天智天皇の娘が持統天皇。 北山に たなびく雲の 青雲の 星離りゆき 月を離りて 上記に掲げた歌も持統天皇の作によるが、昭和新撰小倉百人一首は塚本邦雄撰による歌・・・・・・「星離りゆき」「月離りて」は(ほしさかりゆき)(つきをさかりて)と読む。 持統天皇は657年齋明三年、13歳にして、当時26〜7歳の大海人皇子の妃となる。妃の表す、青雲、星、月が鮮やかに印象的な歌である。 古代の青は、曖昧模糊とした色合いらしく、必ずしも群青(ぐんじょう)、紺青(こんじょう)、緑青(ろくじょう)の青にあらず、藍より出でた青を意味しないらしい。この青雲はむしろ鈍色(にぶいろ)の雲であったであろうと塚本氏は曰く。 色彩の印象で、この青い雲と星と月の関係も、イメージとして我々の心象にも影響は少なからずあろうと思われる。青雲に、星が離れて、月が離れていくというイメージは明け方の映像なのかも知れない。 ・・・・・・こちらホワイトルークでした! |
|
「Checkmate King 2, this is White Rook, over.」
「This is King 2, roger, out. All right, that's it - let's get outta here ! 」 ・・・・・・十勝清水駅前壺中庵主人こと、斥候サンダース軍曹です! 歌がるた遊びも今では消えてしまいそうな世の中であるが、カルタにある百人一首は藤原定家が撰んだ百首の和歌がもとになったと伝わる。 定家は鎌倉時代前期の歌人で、百首はほぼ年代順である。『万葉集』の時代の歌ではじまり、平安時代初期の歌人がつづく。そして後宮が栄え、王朝文化が華ひらく10世紀から11世紀の歌となり、後半に『新古今和歌集』を中心とする鎌倉初期の歌がきて終わる。 時代は7世紀半ばから13世紀の前半まで、六百年にわたっている。この定家撰『小倉百人一首』の一番は天智天皇から百番の順徳院までの歌を、塚本邦雄の1980年/文藝春秋/刊『新撰小倉百人一首』からも掲げさせていただく。 『新撰小倉百人一首』とは、歌人の故・塚本邦雄による、制限が多少あるものの、98人から、かけがえのない一首を撰び上げた私撰小倉和歌集である。 『小倉百人一首』と呼ばれるのは、定家がこれを編纂した地が小倉山であったと伝えられているためである。さて、この詞華集から一番の天智天皇の歌を掲げよう。 秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ (定家撰) 朝倉や 木の丸殿に わがをれば なのりをしつつ 行くはたが子ぞ (塚本撰) ・・・・・・こちらホワイトルークでした! |
全1ページ
[1]





