空閨残夢録

上層より下層へ中心より辺境へ表面より深淵へデカダンよりデラシネの戯言

文学と映画の部屋

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「チェックメイト・K2・・・こちらホワイトルークどうぞ!」

 オスカー・ワイルド関係の皆様
 「ウィンダミア卿夫人の扇」関係の皆様
 サイレント映画関係の皆様
 「理想の女(ひと) A Good Woman」関係の皆様

「ワイルド大好き斥候サンダース軍曹です!」



 オスカー・ワイルドといえば、小説なら『ドリアン・グレイの肖像』、戯曲なら『サロメ』、童話では『幸福な王子』を誰もが思い浮かべるであろう。1989年に青土社から刊行された西村孝次氏の個人全訳・決定版「オスカー・ワイルド全集」全6巻の第2巻は『サロメ』以外のワイルドの全戯曲が収録されている。

 ワイルドといば『サロメ』だろうが、蒼ざめた世紀末の月さながら頽廃美ばかりが作品の全てではなく、ワイルド四喜劇に、悲劇五編が西村孝次訳で網羅されている。この両極的世界の戯曲作品は、悲劇が『ヴェラ、実は虚無主義者たち』『パドヴァ大公妃』『聖娼婦』『フィレンツェの悲劇』『王の愛のために』、喜劇は『ウィンダミア卿夫人の扇』『つまらぬ女』『理想の夫』『まじめが肝心』である。

 さて、今宵は『ウィンダミア卿夫人の扇』について話題とするが、戯曲の出版は1893年、初演は前年の1892年2月20日にロンドンのセント・ジェイムズ劇場で開催された。本邦での公演事情は知らないし、舞台はモチロン観てはいなが、淀川長治氏の映画評論で知って1925年のサイレント映画の『ウィンダミア夫人の扇』は観た。

 このサイレント映画は米国映画で監督はエルンスト・ルヴィッチ、ワイルドの戯曲にほぼ忠実に描かれている作品。戯曲は勿論のことながら言葉で書かれているが、このサイレント映画は字幕が少なく説明が十分でなくても見ていて楽しめるから不思議である。淀川氏がこの映画を映像表現の極致であると讃えた意味がよく理解できよう。

 この『ウィンダミア夫人の扇』は2004年にも再映画化されている。監督はマイク・パーカー、主演のウィンダミア夫人を演じたのはスカーレット・ヨハンソン、ウィンダミア夫人である娘を捨てた母親役にヘレン・ハントが妖艶に悪女を好演。タイトルは邦題が『理想の女(ひと)』、原題は A Good Woman 、米国、英国、イタリア、ルクセンブルクの合作映画。この原題はワイルドの『ウィンダミア卿夫人の扇』の戯曲の副題である。

 2004年のこの映画では、時代背景と舞台設定や名前が一部変えられている。それは1930年代の南イタリア、アマルフィが主な舞台。ニューヨーク社交界の華、ロバートとメグ・ウィンダミア夫妻は、この地で休暇を過ごしている。ある日、メグの誕生日プレゼントを探していたロバートは、骨董屋で、魅惑的で知的に洗練された年上の女性アーリン夫人と出逢う。

 女優ヘレン・ハントがウィンダミア卿に扇を贈り物にするアドバイスをする場面と、その演技はなんともステキだ。夫人の勧めで東洋的な扇をプレゼントに選んだロバート。やがて社交界に、ロバートとアーリン夫人の仲を怪しむ噂が流れる。夫を心から信頼していたメグだったが、やがてその心は揺らぎ始めるのであった・・・・・・。

 物語の結末で重要な役割を成すことになる扇は、ワイルドの戯曲では第一幕からすぐに登場する。それはウィンダミア卿から誕生日のプレゼントでいただいた贈り物を、夫人を誘惑するダーリントン卿が眼にする会話で、サイレント映画では幾つかの誕生日プレゼントの一つに扇があり、これを夫人がお気に入りとしてパーティーに用いる。

 いずれにしても扇は戯曲でも映画でも重要な要素であり、この物は大きなキーワードとなるのだが、それを説明するとネタバレになりそうなので、ここいらで止めておこう。泣けるのはやっぱりサイレント映画の方であろう。母親だと言えずに捨てた娘を同じ過ちから救うミセス・アーリンの姿に感動を強く覚えるのはサイレント映画が一際見応えあり。




 ・・・・・・こちらホワイトルークでした!

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Checkmate King 2, this is White Rook, over.
「チェックメイト・K2・・・こちらホワイトルークどうぞ!」

This is King 2, roger, out. All right, that's it - let's get outta here !
「どうぞ!・・・こちらキング・2・・・応答せよ!」


戦場のミンストレルこと斥候サンダース軍曹です!



 桐野夏生の小説を久しぶりに読んだのだけれども、それは『東京島』である。無人島に漂着した31人の成人男性と、45歳のたった1人だけの女性によるサバイバル譚なのだが、男たちは殆んどが20代、斯様な状況設定だけでも、あまり読む気はしなかったが、予想通りの性欲と食欲を貪欲にむき出しにした人間模様と葛藤が展開されるドラマ。

 エンターテイメントとしては問題なく楽しめる小説にはなっているが、さすがは桐野さんの腕前は関心してしまうのである。文学で漂流記ジャンルは、小説や映画では、今となれば古典的ともいえるジャンルなのだが、このジャンルに今更ながらも、あえて挑戦する作家の姿勢に、まずは賛辞を贈りたい(拍手!)。

 さて、この「東京島」は映画化も、すぐにされたようだが、原作が面白いので、映画の方にも期待して観る気はなかなか起きない。とりあえず、暫くは、やっぱり見ないことにしました。日本の映画は、近年は原作よりもオモシロという映画がなかなか無いし、巡り会えない。

 さて、そこで、思いついたのが、ウィリアム・ゴールディングの『蝿の王』である。この小説が1990年に映画化されていて、なんとなく昔から気になっていたのでDVDを購入して観て見た。映画の脚本はほぼ原作の物語の流れに沿って展開している。原作と違うとすれば、小説では無人島に不時着した機長が、ただ1人の大人として生き残っている設定だろうかしら・・・・・・。

 時代は第三次世界大戦という近未来のことになっていて、24人の幼年陸軍学校の児童を乗せた飛行機が太平洋上に墜落する。機長は瀕死の重態で、少年たちは全員無事である。子供たちの年のころはジュール・ベルヌの「十五少年漂流記」とほぼ同じであろう。

 ゴールディング(1911-93)は「蝿の王」を1954年に発表した英国の作家であるのだが、小説の作中にもジュール・ベルヌの『十五少年漂流記』(1888年)や、ロバート・マイケル・バレンタインの『珊瑚礁の島』(1857年)のエピソードが出てくる。

 英国の作家であるバレンタインの冒険小説は、日本では馴染みが今では余りにも薄いが、 ダニエル・デフォーの「ロビンソン・クルーソー」の少年版文学と考えてもらってかまわないであろう。英国の作家であるゴールディングにとって、フランス人の作家であるジュール・ベルヌよりは影響が強かったと思われる作家。

 『蝿の王』(原題はLord of the Flies)の小説の物語は、初めに、少年たちは、大人を真似て、民主主義的に法をつくり行動を起こす少年がリーダーとなり、無人島の生活を秩序よく暮らすのだが、やがて狩猟をするグループと反目していく。二派に分かれた少年たちは、やがて狩猟隊の少年たちの野生に目覚めた原始の力に脅かされていく。

 この「蝿の王」は1962年にピーター・ブルックの演出によって映画化されているが、残念ながら日本未公開であるし観ていない。1990年のハリー・フックという監督による「蝿の王」はよく出来た映画だと思う。ただ、この監督をあまりボクはヨク知らない。

 十五少年漂流記でアコーディオンを弾く少年がいたが、ハリー・フックという監督は、このアコーディオンを無残にも、海の波打ち際で壊れている映像にしたのは、とてもセンスのある映画監督と感じた。このセンスは映画の所々に何気なく映像にしているのが、美しくも恐ろしい象徴として描かれている。



 ・・・・・・こちらホワイトルークでした!

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「チェックメイト・K2・・・こちらホワイトルークどうぞ!」

 竜巻関係の皆様
 黄色い煉瓦道の関係の皆様
 翡翠の都関係の皆様
 よい魔女関係の皆様

「戦場のミンストレルこと斥候サンダース軍曹です!」



 『オズの魔法使い』(The Wonderful Wizard of Oz)は、米国の作家で、ライマン・フランク・ボームの作品、1900年に発表されたものが、後に、舞台化されミュージカルとして、また映画化もされている。主題歌の「オーバー・ザ・レインボー」はあまりにも有名ですよネ。「オズの魔法使い」は児童書なので、絵本のように挿絵があり、W・W・デンスローの挿絵がボクはお気に入りである。

 主人公のドロシーは、カンザスの大草原に、ヘンリーおじさんと、エムおばさんと、愛犬トトと幸せに暮らしていた。ところが或る日、愛犬のトトと一緒に家ごと竜巻に巻き込まれて、やがてオズの国へと辿り着く。

 そこで、脳みその無い案山子男と出逢う。更に、心臓の無いブリキの樵(きこり)と、臆病なライオンと出逢い、それぞれの願いを叶えてもらうために、魔法使いのオズに会いに行くため、エメラルドの都へ黄色いレンガ道を辿っていく、お話しなんですが、作者のライマンは、或る日、自分の息子を寝かせつける為に、この物語を創って聞かせていたのだが、ベッドの中のライマンの子は、その冒険物語に質問をしてきた・・・・・・。


 「それは、どこの国のお話なの?・・・」


 その時、ライマンは部屋の隅にある整理棚に目がいった。その引き出しの一番上には、《AーG》の、整理用ラベルが貼られていた。二段目には、《HーN》、そして三段目には、《OーZ》とあり、咄嗟にライマンは息子に、「《OZ》オズの国のお話さ・・・」と答えた。つまり、その引き出しの中から物語は生まれたんだネ。

 原作を読むと、ドロシーとトトが、竜巻で運ばれて、着地した場所はオズの国だったのだが、家の下敷きになって、東の魔女が死んでいた。魔女の脚だけが家から出ていて、銀の靴を魔女は履いていた。

 その銀の靴を北のよい魔女がドロシーにプレゼントしてくれる。1939年のファンタジー・ミュージカル映画では、ジュリー・ガーランド演じるところの、ドロシーは、紅い靴を、北の魔女から貰うけれど、これは視覚的に、当時は黒白の映像から、紅い靴のほうが印象的なんで、原作の銀の靴から、紅い靴に脚色されたと思わしい。

 されど、この映画はオープニングのカンザスの風景はモノクロで、オズの国はテクニカラーの天然色映像の演出である。原作の銀の靴は魔術的な意味が秘められているが、映画は視覚的な効果を優先して紅い靴になったのであろう。





 ・・・・・・こちらホワイトルークでした!

鉄塔武蔵野線

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「Checkmate King 2, this is White Rook, over.」

「This is King 2, roger, out. All right, that's it - let's get outta here ! 」


夏休み関係の皆様
鉄塔関係の皆様
少年の冒険とファンタジー関係の皆様


――― 斥候サンダース軍曹です! ―――



 少年の日々を回想するに、夏休みとは、エデンの園であり、アヴェロンあり、エルドラドのような記憶の底にある。そして、あらゆる桃源郷よりも魅力的に輝いた太陽の季節である。ミシシッピの大河を冒険したトムやハックもやがて大人になってしまうけれど、ハックルベリー・フィンは現実の社会で如何様にケリをつけるであろうと、大人になってしまったボクは想像してみる。

 さて、ハックはともかくとして、東京圏の都会で、そして現代の社会で、少年が冒険心の赴くままに行動していく物語を、1994年の日本ファンタジーノベル大賞を受けた銀林みのるの『鉄塔武蔵野線』で垣間見たのは嬉しい読書の出来事。

 この小説、『鉄塔武蔵野線』は、1997年に映画化もされているが、残念ながら映画は観ていない。2007年にソフトバンク文庫で完全版として文庫化されたけれど、完全版というのは武蔵野線の鉄塔写真が全て網羅されたいるからであり、発売当初の単行本は写真を大幅に割愛されていたと伝わる。映画を見なくてもこの文庫本で鉄塔の映像も楽しめるからお薦めできる。

 少年にとって鉄塔に限らず煙突でも昨今の注目の的である東京スカイツリーなり、高い建物は魅力的な建造物なのであるが、『鉄塔武蔵野線』は連綿と関東平野に連続する構造物としての電線が少年たちのミシシッピ川なのである。

 物語は199×年の夏休み、隠れ鉄塔研究家の小学校5年生の男の子は見晴と、見晴の友達で小学校3年生のアキラと二人が、近所の送電線は武蔵野75号鉄塔から1号鉄塔を目指して、自転車で鉄塔調査探検に挑むお話しである。

 鉄塔に幼い時から偏愛を強く抱く主人公の見晴少年は、日頃の鉄塔研究を理解してくれそうなアキラを仲間に従えて、武蔵野線1号鉄塔の向こう側にあると思われる原子力発電所を夢見て冒険を試みる。鉄塔下の四角内を少年たちは「結界」と称して、各鉄塔に壜の王冠をメダルとして記念に埋めていく。

 鉄塔にはそれぞれ個性がある形状を示し、男性型鉄塔、女性型鉄塔、帽子を被った料理長型鉄塔、婆ちゃん鉄塔、小さい鉄塔をピッコロ鉄塔などと命名しながら識別していく。例えば、36号鉄塔を作者なり、少年の目は、その形状を斯様に描いている。

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 「36号鉄塔の向かって左側の腕金には、男女混合型の碍子連装置が採用されています。わたしの観察からすれば、送電線路が折り曲げられてゆく方向とは反対側にあたる腕金の碍子連に、男女混合型やV吊補強などが現れやすいのでした。わたしは男女混合型の碍子連装置(女性騎士型)は嫌いではありませんでした。それは男装した女性のように、毅然として審美的ですらありました。腕金左右の碍子連装置が全て女性騎士型になった鉄塔を、わたしは『姐ちゃん鉄塔』と呼んでいました。その呼び名はどうしても『お姉さん』では不適当であり、どこかに男性的な要素を含んでいなければなりませんでした。『姐ちゃん』の意味は即ち『男性的な美貌の持ち主』なのでしたが、わたしには語彙がなかったのです。

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 武蔵野線の送電線23号鉄塔で日が暮れると、そこでアキラは家路へと普通に帰宅するのだが、見晴は諦めきれず夜を23号鉄塔で明かし、翌朝に或る筈の原子力発電所を執念で目指す。しかし、3号鉄塔で送電保守課の巡視員に補導されてしまい目的の1号鉄塔には悔しくも到達できなかった。しかし・・・・・・物語は、感動的な結末を用意している。

 さてさて、荒俣宏氏曰く・・・「この作品はまちがいなく空前絶後だろう。一作にして〈鉄塔文学〉というジャンルを創ってしまった」と謂わしめた作品であるからして凄いよネ。

 物語は少年二人の夏休みの冒険を活き活きと描いた児童文学というジャンルであろうが、大人が読んでも惹きこまれる魅力を具えている。夏休みの少年の日のノスタルジーへ誘ってくれる冒険譚でもあり、少年のフェティシズムと幻想をクリアに描いたファンタジー小説でもあるのだ。




 ・・・・・・こちらホワイトルークでした!

小公女

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チェックメイト・K2・・・こちらホワイトルークどうぞ!

 バーネット関係の皆様
 小公女関係の皆様
 秘密の花園関係の皆様
 お姫さま関係の皆様
 
戦場のミンストレルこと斥候サンダース軍曹です!



 マーク・トウェインの『ハックル・ベリーフィンの冒険』を先日、読んでみた。その前にディズニー映画の『トムソーヤの大冒険』も観たのだが、そこで思ったのが、子供の頃も、今もってバーネットは読んでいないし、これからも読むことはないだろうということで、映画なら気軽に観られると思うや、そこで『小公女』と『秘密の花園』の映画化された作品を鑑賞することにした。

 さて、そこでまず、『小公女』であるが、数多く映画化された作品の中でも、1995年に製作された『リトル・プリンセス』(A Little Princess)を観て見た。これは監督がアルフォンソ・クアロン、出演に主演の主人公セーラ役のとびきり可愛いリーセル・マシューズ、悪役のミンチン院長先生にはエレナー・ブロンの配役によるワーナーブラザース映画。

 この映画では原作と物語の設定が少々違うようで、原作のお話からしていこう・・・・・・

 
 舞台は、19世紀のイギリスである。少女セーラ・クルーは、英領であったインドで、資産家の父、ラルフ・クルーと共に暮らしていたが、7歳の頃、父の故郷、イギリスのロンドンにあるミンチン女子学院に入学。父の要望もあり、特別寄宿生として寄宿舎で生活。聡明で心優しいセーラは、すぐに友人にも恵まれる。

 しかし、11歳の誕生日に父親の訃報と事業破綻の知らせが届き、生活は一転。セーラは屋根裏部屋をあてがわれ、使用人として働く事になった。突如訪れた不幸と、不慣れな貧しい暮らしの中でも公女様(プリンセス)のつもりで、優しさを失わずに日々を過ごすセーラであった。

 或る日、窓から迷い込んで来た猿を届けに行った事から、この富豪こそが父の親友であり、父の事業の成功を告げ、遺産を渡そうと、セーラを捜し求めていたことが判明する。セーラは隣の家に引き取られ、貧しかった時に苦労を共にしたベッキーも一緒に引き取り、幸せに暮らした。

 映画では、母を早くに亡くしたセーラが、軍人の父と二人でインドで暮らしていたところから始まる。それは1917年のことで、父は英国の軍人で大尉であったが、戦場に行くことになったセーラのパパは、米国のニューヨークにある女学校の寄宿舎に入れることにして物語りは進む。

 セーラの入学した寄宿学校はミンチン女学院で、院長のミンチン先生はなんとも怖い。厳粛で堅苦しい寄宿学校でセーラは生徒たちの人気者となる。それはセーラがインドで聴き覚えた昔話を女の子たちは、異国の物語に魅了されたからだ。

 寄宿舎には小間使いの黒人の女の子ベッキーが働いていたが、彼女は屋根裏部屋で暮らしていて、生徒たちとは交流を禁じられているのだが、セーラはベッキーに黄色い靴をプレゼントして友達となる。ベッキーも心を許してセーラのインドの昔話を聴くのを楽しみにするようになる。

 しかし、父の戦場での訃報が届くと、それまでのお姫様暮らしは一転して、寄宿舎でベッキーと同じ小間使いに転落する運命が待っていたのだ。それまで厳しいだけのミンチン院長は鬼の如く変貌して小間使いの使用人として扱うようになるのでした。・・・アァ〜可哀想なセーラちゃん!(思わずボク涙しました)。

 そしてこの映画は後半からファンタジックに演出されていく。それはそれでかまわないのだが、苦境に転落する現実と反比例して美しく物語りは展開するのだが、最初は空想や物語をお友達やベッキーに聴かせていたセーラも暗転する人生に悲しみを覚え涙し、そして物語を語らなくなったのだが、やがて現実を受け入れて屋根裏部屋の生活を強く生きるようになると、インドのお話を求めるベッキーの要望に応えて物語る場面がとっても美しい。

 それは雪の降る寒い夜であった。・・・(ベッキー)「インドはどんなところなの?セ−ラ・・・」、(セーラ)「空気が焼けるように熱くて独特な味がするのよ」、(ベッキー)「ココナッツみたいな味なの?」、(セーラ)「違うは、スパイスの味よ、カレーやサフランみたいな」、(ベッキー)「他には・・・」、(セーラ)「木蔭でトラが昼寝をし、湖では象が水浴びし、妖精たちを乗せた暖かい風が、草原を吹き抜け、頭上から降り注ぐ歌声が山々にこだまするの、空はいろいろな色が混ざり、クジャクの羽のよう・・・」・・・・・・

 このセーラとベッキーの会話のあとに広がる幻想的な場面と映像の美しさは、ボクが観たあらゆるメルヘンやファンタジー映画でも体感できないほど美しい映像で感動してしまった。ラストは、原作よりも、更におまけつきの、ハッピーエンドの結末だが、そこは語らないようにしましょうネ。

 アメリカの小説家フランシス・イライザ・ホジソン・バーネット(Frances Eliza Hodgson Burnett)《1849−1924》が著した『小公女』(A Little Princess)は、1888年に「セーラ・クルー、またはミンチン学院で何が起きたか」というタイトルで当初は出版される。その後、大幅に加筆されて1905年に『小公女』(A Little Princess)のタイトルで発行された。

 セーラが何度も口にしておりましたが「女の子はみんなお姫様なのヨ」と、ボクもそう思いますネ。



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