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「Checkmate King 2, this is White Rook, over.」
「This is King 2, roger, out. All right, that's it - let's get outta here ! 」
・・・・・・悪夢の斥候ことサンダース軍曹です!
1920年から34年までの13年間にアメリカ合衆国は憲法でアルコール飲料の販売を禁止した。Speakeasy (もぐり酒場)、Bootlegger (密輸業者)、Gang が横行する混乱の時代だったが、華やかな文化の爛熟する時代でもあった。そして、この13年間はアメリカという大国を大きく変えた13年間でもあった。
サム・ペキンパー監督の映画『ワイルド・バンチ』の時代背景は、西部開拓史もとうに終わりを告げた20世紀初頭で、1913年頃が時代背景だと思われる。
映画の冒頭では西部のならず者の残党が銀行に襲撃するところから映画は始まる。この強盗団を率いるパイク・デショップを捕らえようと追撃してきたのが、パイクのかつての仲間で相棒のデーク・ソーントンであった。
デークはパイク一味を捕らえるために仮釈放されて、こちらも拘留中の“ならず者”を率いて強盗団を向い撃つグループと、銀行を襲撃するパイク・ビショップのグループの場面から物語はオープニングで進行する。
この銀行が今や襲撃されるテキサス州サン・ラファエルの街での目下の状況は、禁酒連盟のデモ行進が街を楽団と練り歩き、サソリをアリの群れに投じて遊ぶ子供たちが、やがて炎でサソリを焙り殺す場面とが同時進行しながらのオープニング映像は印象深い。やがて街を修羅場にする銃撃戦へと次第に展開していく映画の幕開けとなる。
1920年1月17日午前零時禁酒法が施行された。禁酒法は飲酒を禁止するものではない。酒の製造、販売、運搬を禁じる法律である。おりしもアメリカでは保守的傾向が支配する時代に入っていた。移民が制限され、排外主義が勢いを得、無政府主義者や共産主義者の取締りが強化され、天地創造に反する天動説を教えた教師が有罪になったりもする時代。
第一次世界大戦が始まり、食料確保のため穀物から酒を作ることが禁止され、愛国主義、禁欲主義の下、飲酒という快楽に対する社会の批判が強まり、当時大きな産業であったドイツ系のビール産業に対する反感も背景としてある。
1865年南北戦争が終わり、鉄道が敷かれ西への移動が始まった。敬虔なプロテスタントも理想の地を求めて移動、純粋な生活を求めた入植者たちによって、飲酒が横行する中西部で禁酒運動が始まった。カンザスが最も活発な禁酒運動の中心地であった。
1873年エリザベス・トンプソンが女性のデモを組織して、酒場の前で祈りをささげ、賛美歌を歌った。カンザスの酒場は13軒から1軒に減った。これが全米に広がる女性による道徳運動に発展、全国婦人キリスト教禁酒同盟WCTU(Woman’s Christian, Temperance Union)が発足して女性十字軍と呼ばれた。
彼女たちは酒場を非合法にすることを要求し、同時に社会的不平等にも関心を抱き、未成年者労働法や婦人参政権を目指す社会運動にもなっていく。こうした運動の中で1880年カンザス州での禁酒法が成立する。
禁酒連盟のメンバーであるキャリー・ネーションは過激な方法をとった。手斧と聖書を手に酒場打ちこわしに乗り出したのである。訴えると酒場の違法行為が明るみに出るため、ネーションは訴えられることが無く運動は進展していった。全国禁酒法に先立つ40年も前である。
しかし、まもなく鉄道がカンザスに大量の移民を運んできた。彼らが炭鉱などの労働者として働くようになると、ドイツやイタリアやロシアから来た移民の持ち込んだ飲酒文化と、旧来のキリスト教徒である白人との間に軋轢や摩擦が生じる。
一方19世紀も終りを迎える頃になると禁酒運動は女性のものだけではなくなり、反酒場連盟(American Anti Saloon League)が結成されて、選挙を通じて勢力を拡大した。
ASLの強力な援軍はヘンリー・フォードだった。初めてベルトコンベヤーシステムで自動車の量産を始めたフォードは、労働効率の向上のためにも禁酒を歓迎し、ASLに巨額の資金援助を行い、フォード工場の労働者に禁酒を義務付けたのである。やがてデトロイトは禁酒法によって酒場を禁じる初めての都市となった。
フォード、ロックフェラー、デュポンなど大物財界人による援助は禁酒派を勢いづかせて、反酒場連盟ASLはこのような状況に乗じることで、全国的な禁酒法を制定する運動に乗り出した。一方その頃に力を持ち始めていたビール会社は強力な反対運動の拠点ともなる。
1916年の選挙でアメリカ議会には禁酒派が多数を占め、そのときまでに19の州で禁酒法が成立していた。そこへドイツを相手にした第一次世界大戦が1917年に勃発し、アメリカが大戦に参戦したのである。
ASLはこれを追い風にして禁酒運動を展開した。愛国心に乗じて、ビールやウイスキーのために穀物が使われるのが禁止され、ドイツビールの経営者はドイツのスパイと名指しされるようになる。
このような雰囲気のなかで禁酒法が提案されたものだから、1917年禁酒法が議会を通り、1919年36州の承認によって憲法の修正が成立し、1920年に禁酒法は施行されてしまう。ビール工場の労働者はストライキに入ったが、共産主義運動として鎮圧されることになる。
しかし禁酒法が成立した1917年と施行された1920年では時代の流れ、人々の生活が変化していた。第一次大戦が終わり、繁栄と享楽の時代がやってきつつあった。
映画『ワイルド・バンチ』は、まさに禁酒法に邁進していく時代が背景にあり、映画冒頭での禁欲主義者が銃撃に倒れる凄惨な場面は、やがて禁欲主義者のアリの群れとなり、時代遅れのならず者のサソリに逆襲してくる暗示なのだろうかしら、それとも子供たちがアリもサソリも炎で焼くシーンは、禁酒法の爛熟期と世界大戦の混迷を暗示しているのかも知れない。
いずれにしてもパイク・ビショップ(ウイリアム・ホールデン)の最後は、女に背後から拳銃で撃たれて留めを刺されるのであるが、西部劇の終焉と無法者の時代の最後である象徴的な場面となる。
サム・ペキンパーと同じく、こよなく西部劇を愛したセルジオ・レオーネ監督は、遺作の映画に、禁酒法の時代のギャングたちの生涯を描いた映画、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』を1984年に製作する。
この映画はニューヨークにあるユダヤ人ゲットーで育ったギャングの少年時代から物語は始まる。1921年の禁酒法が施行されたばかりの時代から物語はすすみ、禁酒法を利用して次々と犯罪行為に身を染める少年たちが、1930年代には一端のギャング団へと成長する物語。法律が無法者を生み出す時代が幕を開ける。
同じく禁酒法の時代背景で有名な映画では1987年の『アンタッチャブル』などもあるが、さて、話題は『ワイルド・バンチ』へと戻そう。
西部劇の拳銃といえばリボルバーのタイプをイメージとして思い浮かべるが、『ワイルド・バンチ』のウィリアム・ホールデンが演じるところの強盗団の首領ことパイク・ビショップはM1911の自動拳銃を携行している。
このオートマティックの拳銃は通称「コルト・ガバメント」と呼ばれるもので、1911年に米軍の正式拳銃として採用されて、通称として軍隊では「ハンド・キャノン」と呼ばれた45口径の軍用銃としてよく知られているが、1985年でこの拳銃は兵役を引退。
パイク率いる“ならず者”の一団は、デーク・ソーントン(ロバート・ライアン)の追撃をかわして、メキシコへと逃走するが、そこで米軍の武器弾薬を強奪して、メキシコ政府軍のマパッチ将軍と危うい取引をする。
だが、仲間の一人が政府軍にリンチされ捕獲されたことにより、生き残った“ならず者”4人と、メキシコ政府軍一個中隊(約200人以上)の壮絶な戦いを見せることにあいなる。この銃撃戦は西部劇史上最高の惨劇と銃弾が炸裂することになる。
暴力をテーマに映画を撮りつづけてきたサム・ペキンパー監督だが、この映画は1969年の米国作品で、彼の代表的な映画の一つでもある。無法者の滅びの美学的な作品でもあるが、「最後の西部劇」とも呼ばれるバイオレンス作品の最高傑作の一つである。
・・・・・・こちらホワイトルークでした!
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