空閨残夢録

上層より下層へ中心より辺境へ表面より深淵へデカダンよりデラシネの戯言

偏愛デュエット曲渉猟

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Checkmate King 2, this is White Rook, over.
「チェックメイト・K2・・・こちらホワイトルークどうぞ!」

This is King 2, roger, out. All right, that's it - let's get outta here !
「どうぞ!・・・こちらキング・2・・・応答せよ!」


戦場のミンストレルこと夢の斥候サンダース軍曹です♪



 1988年に、ウィル・トゥー・パワーというバンドが、米国のヒット・チャート1位に躍り出た曲に『ベイビー・アイ・ラヴ・ユア・ウェイ』という曲がある。この曲は正確には「Baby, I Love Your Way/Freebird(Medley)」というタイトルで、二つの曲がメドレーの形式でミックスされ、アレンジされたカヴァー・ヴァージョンの歌だ。


 ベースの曲は、70年代を代表するロック・ミュージシャンはピーター・フランプトンの『Baby, I Love Your Way』、これに70年代のロック・バンドは、レーナード・スキナードが1973年に大ヒットさせた『フリーバード』が、何ともお洒落にアレンジされてメドレー形式となっている。


 50年代から60年代にはメドレー形式のカヴァー曲はよくあったが、意表をついて80年代に、70年代の曲を、メドレーで大ヒットさせたのはウィル・トゥー・パワーだけであったであろう。


 この曲のヒットで、90年代には、ビック・マウンテンというレゲエのバンドが『Baby, I Love Your Way』をカヴァーをしてヒットさせることにもなる。






Will To Power - 「Baby, I Love Your Way/Freebird(Medley)」

http://youtu.be/blcpPDGCWUo






 ・・・・・・こちらホワイトルークでした!

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Checkmate King 2, this is White Rook, over.
「チェックメイト・K2・・・こちらホワイトルークどうぞ!」

This is King 2, roger, out. All right, that's it - let's get outta here !
「どうぞ!・・・こちらキング・2・・・応答せよ!」


戦場のミンストレルこと斥候サンダース軍曹です!





 オリビア・ニュートン=ジョンの代表曲である『そよ風の誘惑』を聴くと、その歌声には、今でも心が清らかに蕩けてしまいます。この曲は1975年の大ヒット曲ですが、オリビアは1948年に英国で生まれオーストラリアで育ちました。


 歌手としては66年にデビューしますが、クリフ・リチャードのバック・コーラスなどで下積みの時代を過ごし、71年にボブ・ディランがジョージ・ハリソンへ贈った曲の『イフ・ノット・フォー・ユー』をカバーしてデビューします。


 その後、74年にシングル曲の『愛の告白(I Honestly Love You)』が全米1位のヒット、そしてグラミー賞にも輝くことで一躍スターとして登場した。


 清純派のイメージから女優としても映画『グリース』では、表現の幅を広げていくオリビアですが、1980年に発表した『フィジカル』が全米で10週におよび第1位の快挙を記録する彼女の最大のヒット曲になるのでした。


 78年にジョン・トラボルタと共演した映画『グリース』では、トラボルタとのデュエット曲である『恋のデュエット(You're The One That I Want)』が全米1位のヒット曲になるのでしたが、84年に再度トラボルタと組んだ『テイク・ア・チャンス(Take A Chance)』ではヒットに及ばずに、これを期にトラボルタの人気はその後は同時に落ち目をむかえます。


 79年にはアンディ・ギブとデュエット曲を発表しているけれど、彼女の恩師ともいえるクリフ・リチャードとの『Suddenly』は、とても息が合った最高のデュエット曲であろう。この曲は1980年のミュージカル映画『ザナドゥ』のサウンド・トラックで、音楽はELOが担当している。往年のスターであるジン・ケリーのタップ・ダンスを最後に見られる作品でもある。


 この映画は、当時はかなりの酷評であったが、サウンドトラック・アルバムは全米4位の大ヒットとなる。シングル曲はマジック(Magic)、ザナドゥ(Xanadu)、オール・オーヴァー・ザ・ワールド(All Over The World)、I'm Alive 、恋の予感(Suddenly)が全米20位以内に入った。


 1986年にデイヴィット・フォスターと組んだデュエット曲「The Best of Me」も忘れられない1曲であろう。2000年にはシドニー・オリンピックのテーマ曲としてジョン・ファーナムと歌った「Dare To Dream」 も歴史に残るデュエット曲となった。




そよ風の誘惑  Have You Never Been Mellow(1975) オリビア・ニュートン=ジョン
http://youtu.be/c7D7luK_JZA


恋の予感 Suddenly(1980) - (Duet with Cliff Richard)
http://youtu.be/c5erPVptaO4


The Best of Me(1986) -(デイヴィッド・フォスターとのデュエット)
http://youtu.be/sZ59wK6krpg




 ・・・・・・こちらホワイトルークでした!

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Checkmate King 2・・・・・・this is White Rook - over!


エイミー・グラント関係の皆様
ビンス・ギル関係の皆様


・・・・・・斥候サンダース軍曹です!



 米国の歌手、エイミー・グラントをボクが初めて知ったのは、1986年のピーター・セテラとのデュエット曲である「The Next Time I Fall」であった。彼女はこのヒット曲で日本で認知された歌手だとも思われる。エイミーはそれまで米国のクリスチャンミュージック業界で長年活躍しているシンガーソングライターであった。この曲が全米1位にヒットしてからジャンルの幅を大きく拡げたようだ。

 エイミーはエルヴィスともクリスマス・ソングをデュエットしているが、季節柄、クリスマス・ソングの話題は後にしたいので、ピーター・セテラとのデュエット以後の話題としよう。エイミーは1960年生まれ、16歳で音楽業界にデヴューしている。1982年に発表のアルバムの「Age to Age」では、クリスチャン・ミュージックとしては異例の100万枚のセールスを記録し、翌年のグラミー賞の最優秀コンテンポラリー・アルバムに選ばれる。

 1994年のアルバム「House Of Love」では、タイトル名のシングル曲をカントリー・ミュージシャンのビンス・ギルとデュエットしている。エイミーとビンスは2000年にめでたく結ばれて夫婦となった。ビンスは米国オクラホマ州ノーマンに1957年生まれる。1990年代以降の米国カントリー・ミュージック界を代表し牽引する一人として西欧ではよく知られている存在。




PETER CETERA and AMY GRANT - 「THE NEXT TIME I FALL」
http://youtu.be/WQKqp_rZbVk


AMY GRANT with VINCE GILL - 「HOUSE OF LOVE」
http://youtu.be/J5XUCMh87ow




 ・・・・・・こちらホワイトルークでした!

四月の恋

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Checkmate King 2・・・・・・this is White Rook - over!


パット・ブーン関係の皆様
シャーリー・ジョーンズ関係の皆様
ラファエル前派関係の皆様


・・・・・・斥候サンダース軍曹です!



 1950年代から60年代に、ロックンロールが台頭した米国で、正統的保守派の支持により、ポピュラー音楽のヴォーカルで人気をえたパット・ブーンは、その甘い歌声で当時の代表的な歌手である。

 そんなパット・ブーンが映画『四月の恋』でシャーリー・ジョーンズとテーマ曲をデュエットしている。シャーリー・ジョーンズは1970年にABCで放映された連続TVドラマ『パートリッジ・ファミリー』で、5人の兄弟姉妹のママ役で日本ではおなじみであろう。長男のキース・パートリッジを演じたデヴィッド・キャシディが同番組によってアイドル歌手としての人気を得たりもして何かと話題もあった。



Pat Boone & Shirley Jones - 「April Love」 (1957)
http://youtu.be/zEAd3Ys876E



 さて、四月の恋とは、若い恋人たちの関係性をイングランドの四月の季節や天候で表現している。アルフレッド・テニスンの詩にも『四月の恋』に通じる作品があり、同じように恋人たちの愛を四月の気候をもって表現しているようだ。

 ラファエル前派の親眷のアーサー・ヒューズ(1832-1915)は、テニスンの詩を画題に代表作『四月の恋』を表わした。これはテニスンの『訳もなく、涙は』に基づき描かれたようだ。また恋人たちの逢瀬や別れを多く描いたジョン・エヴァレット・ミレーの作品を賞賛し自らもそのような作品を好んで作品としている。

 恋人たちの小さな恋の諍いをテーマにした構図には、涙を浮かべた娘の立ち姿を前景に、背後には彼女の手に口付ける男がほの暗く見える。おそらく仲たがいから和解したばかりのところであると思われるが、散った花びらは諍いを、蔦は真の貞節を暗示しているようだ。
 
 いずれにしても、英国の四月の天気は変わりやすく『四月の恋』は移ろいやすい恋人たちの心を四月の空にたとえた作品のようですネ。日本では女心と秋の空という譬えがありますが、まだまだ残暑はつづくようで、それでも小さい秋は其処彼処に見つけられるでしょう。



 ・・・・・・こちらホワイトルークでした!

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「チェツクメイト・K2・・・・・・こちらホワイトルークどうぞ!」


 エリック・クラプトン関係の皆様
 スティーブ・ウィンウッド関係の皆様
 ブライインド・フェイス関係の皆様


 ・・・・・・斥候サンダース軍曹です!




 1977年10月4日(火)・・・・・・ロックの神髄、世紀のスーパーギタリストのエリック・クラプトンが来日して札幌で公演を行った。当時、高校生のボクは会場の真駒内アイスアリーナでクラプトンの演奏を堪能する。

 そのエリック・クラプトンが今年11月、2年半ぶり19度目の来日公演を行う。札幌にも公演は予定されていて、今回は1960年代後半、伝説のロック、ブルースバンドの「ブラインド・フェイス」で共にプレーしたスティーブ・ウィンウッドとの共演で、そろっての来日は初めて。

 2人は60年代半ば、若き天才アーティストとしてロック界に登場。クラプトンの所属していた「クリーム」、ウィンウッドの「トラフィック」が、ほぼ同時に解散した後、「ブラインド・フェイス」を結成。69年にアルバム「ブラインド・フェイス/スーパー・ジャイアンツ」を発表してツアーも行ったが、わずか半年の活動で分裂した。

 以来、本格的共演はなかったが、07年、英バークシャーで開催されたフェスでの共演をきっかけに、08年2月には米ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンにそろって登場。09年の全米ツアー、10年の欧州ツアーを通じて絆を深め、今年5月から6月にかけて、英国ロックの聖地ロイヤル・アルバート・ホールで計5回、名曲の数々を円熟のパフォーマンスで披露したと伝わる。

 



Eric Clapton, Steve Winwood - Presence of the Lord
http://youtu.be/98XqT4kBWT4




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