空閨残夢録

上層より下層へ中心より辺境へ表面より深淵へデカダンよりデラシネの戯言

蝦夷歳時記

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「Checkmate King 2, this is White Rook, over.」

「This is King 2, roger, out. All right, that's it - let's get outta here ! 」


眠りの精はお菓子のピエロ・・・夢の斥候はサンダース軍曹です!
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 3月の末に十勝平野から石狩平野に移住したのだが、コハクチョウやオオハクチョウが北へ帰るのを十勝でみた。そして、札幌の北部で石狩平野に雲雀を観察した。

 白鳥は奈良時代には「くぐい」と呼ばれ、平安時代からは「こふ」の名で知られる。「しらとり」「しろとり」という呼び名もあるが、これは鴨目鴨科の白鳥だけでなく白い鳥全般を指していたようだ。「はくてう」と音読みするようになったのは安土桃山時代の頃からだという。

 東北地方では古来より白鳥信仰があり「しらとり様」と白鳥は崇められていたので、白鳥の保護運動が今でも盛んな地域なのである。青森県の県鳥は白鳥である。



  白鳥は哀しからずや空の青 海のあをにも染まずただよふ (若山牧水)

  白鳥はおのれが白き墓ならむ 空ゆく群れに生者死者あり (水原紫苑)




 雀目雲雀科の「ひばり」は晴れた日に囀るのでヒハル(日晴)の意味がある。別名に告天子(こうてんし)があり、それは天にも昇るほどという意味が込められ、漢字の「雲雀」も雲に届くほど高く飛び上がる意味があるのだろう。異古名に「ひめひなどり」もある。茨城県と熊本県の県鳥でもある。



  うらうらに照れる春日に雲雀あがり 情(こころ)悲しも独りしおもえば (大伴家持)

  のどかなるかげを契りて春の日 おつれば落つる夕雲雀かな (細川幽斎)

  長き日を囀り足りぬ雲雀かな (芭蕉)




 ・・・・・・こちらホワイトルークでした!

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「Checkmate King 2, this is White Rook, over.」

「This is King 2, roger, out. All right, that's it - let's get outta here ! 」

 鰊と数の子関係の皆様
 漬物関係の皆様
 駅弁関係の皆様
 松前藩関係の皆様

 眠りの精はお菓子のピエロ♪・・・・・・夢の斥候サンダース軍曹です!



 北海道で“チップ”と呼ばれる姫鱒(ヒメマス)は、もともとは阿寒湖とチミケップ湖にしか生息していない魚類で、ベニサケの陸封型の淡水魚である。今では支笏湖や洞爺湖にも現在は放流されていて、これは刺身でも焼いても非常に美味い魚だ。

 このチップは支笏湖では6月に釣り人に解禁されて、1ケ月ほど釣りができるのだが、洞爺湖が道内では漁獲量が比較的に多く、道民の口にもなかなか入らない幻の魚といえる。

 チップとはアイヌ語で“魚”の意味であるが、“チェップ”の表記も多い。新潟県の村上市では鮭を“カムイチェプ”と昔から呼んでいた。“カムイ”とは「神」と訳しても問題は無いが、この件は後ほどに考察しよう。

 さて蝦夷地では秋になれば、群れをなして、河川を遡るサケは、アイヌにとって貴重な食料であり、生活用具にもなり、彼らはこれを「神の魚」、つまりカムイチェップと崇めた。

 カムイチェップは鮭だけではなく、鰊もまたカムイチェップと呼ばれて、これは主に日本海沿岸部の蝦夷地に限る。鰊をアイヌ語で「ヘロキ」、または「エロキ」という。また、須藤隆仙氏の『南北海道を中心とする伝説考』によると、鰊はアイヌ語で「ヌーシイ」といい、和人は「ニシ」と言っているから、アイヌ語からきたであろうと述べている。ちなみに本州では「カド」とも呼ばれる。

 ニシンは魚ではなく、松前の米だといわれ、魚に非ずで「鯡」と漢字であてたり、鶯の鳴く時期に来るので、「春告魚」とも字をあてている。

 蝦夷地は日本海沿岸部に、稲穂岬やイナウ岩という地名があり、「木幣=イナウ」をたてて、酒を醸し、海岸に祭壇を設けて、ニシン来訪を祈願し、ニシンを迎える春祭りが行なわれていた。では、暫くニシンについて話はつづけていこう・・・・・・。

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   石狩挽歌           作詞 なかにし礼
                    作曲 浜圭介


 海猫(ごめ)が鳴くから ニシンが来ると
 赤い筒袖(つっぽ)の やん衆がさわぐ
 雪に埋もれた 番屋(ばんや)の隅で
 わたしゃ夜通し 飯(めし)を炊(た)く
 あれからニシンは
 どこへ行ったやら
 破れた網は 問い刺し網か
 今じゃ浜辺で オンボロロ
 オンボロボロロー
 沖を通るは 笠戸丸(かさどまる)
 わたしゃ涙で
 にしん曇りの 空を見る

 燃えろ篝火(かがりび) 朝里(あさり)の浜に
 海は銀色 ニシンの色よ
 ソーラン節に 頬そめながら
 わたしゃ大漁の 網を曳(ひ)く
 あれからニシンは
 どこへ行ったやら
 オタモイ岬の ニシン御殿も
 今じゃさびれて オンボロロ
 オンボロボロロー
 かわらぬものは 古代文字
 わたしゃ涙で
 娘ざかりの 夢を見る

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 上記の歌謡曲は昭和50年(1975年)の作品で、なかにし礼の作詞で北原ミレイが歌った曲である。曲中にある笠戸丸だが、昭和20年にソ連軍の空爆で沈没したから、1945年以前の小樽の漁で賑わった風景と、戦後の浜の衰退を歌詞にしていると思わしい。

 明治30年(1897年)に北海道のニシンの漁獲高は、97万5千トンという最高記録がある。スケソウダラの漁獲量が百万トンを越えたのが、昭和42年(1967年)であったが、それは近代装備を誇るトロール船隊により果たされた。これより70年も前に、原始的な漁具と装備でニシンを水揚げしているのだから、驚異的数字ではないだろうか。

 その後、漁況は次第に不規則となり、遂にニシンの群来は途絶し、昭和30年を最後に漁場から消えた。群来は“クキ”と読む、日本海に暗い雲がたちこめると、群れをなし回遊してきたニシンの魚影に、カモメが群れをなして飛ぶ、これを合図に“やん衆”は漁に出て行く。

 ニシン場は総じて労働力に乏しい。ニシン場の季節労働者を、「雇(やとい)」と呼んだ。又、日雇いの労働者は「出面取り(でめんとり)」と言って、現在でも北海道では農作物の収穫期に、「でめん」さんを雇うと言葉が残っている。岩手県九戸郡では、労賃を「でめん」と呼ぶらしいが、もともとは東北地方の言葉が語源であろう。

 “やん衆”とは「若い衆」の意味である。“雇”がいなければ網は建たない。ニシン場では、「やといは神様」で、老いも若いも「やとい」を「若い衆」と呼び、外部からは彼らを「やん衆」と呼んだ。ニシン場内部の仕事場では「やん衆」とは言わない。

 やん衆の語源として、ヤウン・モシリ(陸の国)、ヤ(網)の衆、やんちゃ者、やとい衆などがあり、特に差別的な語にはつながらないようだ。

 やん衆には津軽衆、南部衆、北海道の渡島沿岸の下衆が、沖作業や岡廻りの製造作業に、大変に頼りとされていた労働者なのだ。

 さてさて、カムイについて、その意味にふれておきましょうかネ、そもそも「カムイ」は一般的には「神」の訳語ですが、これは狭義のことで、例えば「カムイ・コタン」という地名が、北海道では至る所に、それも辺境の地にあるのですが、これを単に「神の村」とは訳せないのです。

 このような地名が付く場所は、古来では交通上の難所であり、幾多の人命を奪ったような場所で、恐ろしい処であります。斯様な場所には恐ろしい神が棲み、人の犠牲を要求していると、アイヌの人々は考えました。つまり、「カムイ・コタン」を我々の観念で翻訳するなら、「魔の里」が正解に近いでしょうかしら。

 しかし、鮭や鰊を「魔の魚」と翻訳するのもチョイト変な感じがいたします。いずれにしても鮭や鰊の他に、動物では熊や梟などもアイヌはカムイとして崇めておりますので、この場合には多神教的な「神」という概念が相応しいようですネ。

 さてさてさて、ボクは子供の頃から“身欠き鰊”が好物で、これを焼いて食べたり、冬の北海道の名物である“鰊漬け”の漬物が大好きでした。

 京都に“にしん蕎麦”が名物にありますが、これは北前船による栄華の物流によって鰊が内地に流通していたことを物語っている。

 函館駅には名産の“鰊みがき弁当”が今もありますが、これはボクの大好きな駅弁で、鰊の甘露煮、数の子、磯ワカメ、大根の味噌漬けなどがご飯の上にのったお弁当です。長万部駅の名物“かにめし”と双璧をなす駅弁でつネ。

 尚、今回の内容は、『ニシンの文化史(幻の鰊・カムイチェップ)』 共同文化社刊 ・今田光夫氏著と、『三面川サケ物語』 朔風社刊 須藤和夫氏著を主に参考にさせていただきました。



 ・・・・・・こちらホワイトルークでした!

青い鳩

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 青鳩、雉鳩、土鳩、ハト関係の皆様


――― 斥候サンダース軍曹です! ―――




 はじめて青鳩を見たのは20年くらいまえで北海道の千歳に近い山林である。どこからともなく二羽の鳩が飛んで来て樹の枝にとまった。よく観ると鳩は羽毛が緑色系で、とてもみめ麗しく美しいハトなのであった。その頃、自分はハトといえば街中で群れてよく見かける家禽が野生化したドバトと、公園や市街地などの山林にいるキジバトしか知らなかった。

 それから数年後に猟銃の所持許可と狩猟免状を得てから、あの美しいアオバトを認識した。勿論この青い鳩は狩猟のできない鳥類として法制化されている希少種である。

 また間もなく登別温泉に行った帰りに海岸近くで青鳩を目撃する。最初は森の中で発見したから海岸近くで
バードウォッチングしたので不思議に思い調べてみるに、このハトは海水を飲みに時々山から海に現れるらしいのである。

 ここ最近、自分は十勝清水に暮らすようになり、清水町内の清水公園内で5年くらい前から毎年アオバトの群れを観察している。この青鳩たちは産卵で来ているようなのだが未だ詳細はよく判らない。7羽〜10羽くらいので群れで行動しているようである。それにこのハトたちはかなり臆病で警戒心が非常に強い。地上で暢気にエサを啄むような姿など一度も見たことはない。

 せわしく青空を飛んでいるか、時々桜の樹木にとまった姿しか見たことはない。清水公園は街の外れで、エゾヤマザクラが多く植樹されていて、農業地と日高山脈の麓の山林との堺である。また公園にはペケレベツという清流が流れている場所。様々な樹木があるが、何故か山桜の枝にしか止まった青鳩しか目撃していないのが不思議である。(サクラの実を食べているようなのである)・・・・・・。

 また、この鳥は鳴き声が個性的で「ワァ〜オ〜ワァ〜オ〜」と、子供が悪ふざけして囃し立てる控え目な声に聞こえる。この鳴き声を昔の人たちは尺八の音に喩えて「しゃくはちばと」の古名もあるようだ。学名はSphenurus sieboldii で、英名は Japanese Green Pigeon ・・・・・・。

 あるとき、山奥に近い森深き農場の青空を30羽ほどの青鳩が飛ぶ群れを見た。このハトたちは群れでいることが多い。キジバトはつがいか若しくは一羽が多い。十勝は豆やデントコーンの生産が多いせいか雉鳩も繁殖のために多く春に飛来する。また、清水の町は工場もいくつかあり、そこは土鳩の住み処となっている。

 最近は青鳩の鳴き声も、小鳥たちの賑やかだった囀りも少ない。多くの鳥たちは雛が巣立ちしてしまったせいか、何処かへ行ってしまったようだ。



 ・・・・・・こちらホワイトルークでした。
 

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Checkmate King 2, this is White Rook, over.
「チェックメイト・K2・・・こちらホワイトルークどうぞ!」

This is King 2, roger, out. All right, that's it - let's get outta here !
「どうぞ!・・・こちらキング・2・・・応答せよ!」


戦場のミンストレルこと斥候サンダース軍曹です!



 昨日の夕暮れ小雨に混じってアカシアの香りが地上に降りてきた。見上げるとアカシアの高木が数本あり、無数の白い房状の花をたわわにさげていた。JR十勝清水駅前に2年間暮らし、清水町に5年以上暮らしていたけど、線路の防風林にアカシアの木があるのに初めて気づいた。

 本日は晴天で昨日のアカシアのある駅付近に行ったけど芳香は届いてこない。その匂いは風にさらわれ宙に分散しているのであろう。アカシアというとネムノキ科のアカシアと混同されがちだが、マメ科のハリエンジュのことである。種小名はリンネの命名で、ギリシャ語に基づく「偽アカシア」が、日本でも通り名ともなっている。

 中国名の「刺槐」に因んでハリエンジュと呼ばれるアカシアなのだが、明治時代に日本へ来た外来種である。北海道の開拓地を中心に街路樹として広まったきたのだが、石川啄木や北原白秋の短歌に登場する「アカシア」とは、このハリエンジュである。

 1960年に西田佐知子の「アカシヤの雨がやむとき」という楽曲が世に出るが、このアカシアもハリエンジュのことである。昨夜は小雨だったが、強い雨に降られるとアカシアの花は、一晩で、まるで雪が降ったように街路を真っ白に埋め尽くすこともある。

 アカシアと同じマメ科のルピナスも街中の庭や街路にしきりに咲いている。アカシアの花が垂れ下がるのとは逆にルピナスは「昇り藤」ともいわれる形状だ。紫の花が多いようだが、ピンクのルピナスの花がとてもカワイイ。花の色が多彩なのもルピナスの特徴。

 さて、日本の固有種である藤なのだが、日本全国広く自生しているが、北海道にはもともとなかったものと思われるが、公園や庭木として親しまれている。清水町のお隣の新得町に拓鉄公園がある。この公園に池があり、池に橋をかけて藤棚にした場所がある。

 されど、藤棚は老朽化して半分以上崩れているのが残念だが、この公園は拓殖バス(かつては拓殖鉄道)という会社の敷地を町に譲ったものらしい。

 拓殖といえば北海道の人は拓銀(北海道拓殖銀行)を思い出すであろうネ。拓殖とは開発という言葉が流行る前の旧い語彙である。十勝には拓銀とは関係ない会社の拓殖バスが運行していて、路上をリベットの古いボロなんかのバスも未だ走っている。

 いや、最近はあまり帯広に行かないからわからないけれど、何年か前まではレトロな車体のリベットのバスを見かけた。十勝の平原には藤の花より、何故か外来種のアカシアやルピナスの花が似合う。帯広の町もルピナスがよく似合う。開拓と外来種は相性がいいのかも知れないネ。



 ・・・・・・こちらホワイトルークでした!

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