空閨残夢録

上層より下層へ中心より辺境へ表面より深淵へデカダンよりデラシネの戯言

ファムファタルの絵姿

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「Checkmate King 2, this is White Rook, over.」

「This is King 2, roger, out. All right, that's it - let's get outta here ! 」


 ・・・・・・眠りの精はお菓子のピエロ、斥候サンダース軍曹です!




 ファム・ファタル(仏:Femme fatale)とは、19世紀末の絵画や文学作品に、男を破滅させる魔性の女として詩人や多くの芸術家たちにもてはやされたモチーフである。ファム・ファタルは広義では男にとっての“宿命の女”であり、運命的な恋愛の対象として、若しくは日本的な比喩を用いるなら“紅い糸”で結ばれた宿命的な関係性を表している。

 小説では、プロスペル・メリメの『カルメン』に描かれたカルメンこそが、ファム・ファタルの代表的な存在であろうかしら、そしてナバコフの『ロリータ』もファム・ファタルの小説であり、ドロレス・ヘイズはカルメンシータといえる。本邦では谷崎潤一郎の『痴人の愛』に描かれるナオミなどが代表的な例かも知れないネ。

 最も歴史的に代表的なファム・ファタルは『新約聖書』にある「福音書」に伝わるサロメであろう。イエスに洗礼を授けた洗礼者ヨハネの首を求めた悪女として、古来キリスト教世界では悪名高き女でもある。

 19世紀末から20世紀初め頃の世紀末芸術において好んで取り上げられたモチーフが、このサロメでもある。特にオスカー・ワイルドのビアズレーによる挿絵の戯曲『サロメ』と、クリムトの描いた『ユディト』のシリーズは世紀末頽廃芸術の頂点であろうとボクは感じる。

 映画ではピエル・パオロ・パゾリーニの『奇跡の丘(Il Vangelo secondo Matteo) 』と、ケーン・ラッセルの『サロメ(Salome's Last Dance)』の“サロメ”が個性的な演出と特徴的な人物造形が面白い。パゾリーニの作品では天使のように美しい少女がサロメ役で登場する。それも女優ではない素人が出演しているのが特徴的。その演出はドキュメンタリー風でもある。

 さて、今宵は主にケン・ラッセルの『サロメ』を話題としたい。こちらのサロメは、パゾリーニの作品とは対極的で、ポップで前衛的なスタイルで登場してくる。擬装された人工美に彩られ、崇高なる狂気を内在している演出。その極彩色で煌いた柔らかくくずれ堕ちそうなデカダンスの芳香には、世紀末の詩人や画家による頽廃美とは一線を画すキッチュな演出なのだ。

 ケン・ラッセルの世界ではサロメはキッチュな要素を振りまきつつも、コケティッシュに踊り舞う。耽美なサディズムを内包した悲劇性というよりは、喜劇的にも観えるスラップスティックな展開を見せてくれる劇であり“サロメ”なのだ。

 ケン・ラッセッル監督のこの映画をボクは封切りで新宿の劇場(東急シネマスクエア)で1988年頃に観た。この映画館はボクのお気に入りですが、さて、あらすじは省き話をすすめよう。

 この映画は、戯曲「サロメ」を発表したワイルドが、上演をお上に禁止されて傷心のところを、娼館の主人が気を利かせて、常連のワイルドを慰めるために、仲間と戯曲「サロメ」を演出して上演し、娼館の舞台へワイルドとその恋人(もちろん男性だヨ)を招待するのが、この映画の冒頭なんですネ。

 そこで劇中劇のかたちでストーリーは展開していくんだけど、「サロメ」のクライマックスは洗礼者ヨカナーン(ヨハネ)の首を盆に載せて舞う姿がお馴染みなんだけれど、映画のパンフレットやポスターは首じゃなくてバナナを手にして、今にも齧り付きそうなショットがボクはお気に入り。

 この映画のサロメの評価は賛否両論だけれども、ボクは世紀末のマゾヒスト好みである頽廃と陰鬱なファム・ファタルよりは、なんだかハスッパで陽気なムードをアナーキーに発散しているこちらのサロメに、何だか妙に懐をくすぐりまわされるような感覚が大好きである。





 ・・・・・・こちらホワイトルークでした!

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 ・・・・・・夢の斥候は、眠りの精サンダース軍曹です!




 セルジュ・ブールギニョン監督の映画『シベールの日曜日』』(Cybele ou les Dimanches de Ville d'Avray)を昨日に紹介したが、これは1962年製作のフランス映画。原作はベルナール・エシャスリオーの「ビル・ダヴレイの日曜日」である。

 パリ郊外にあるビル・ダブレイの町で、戦争で心身を喪失し記憶を失くしたピエールと、父親に捨てられてカトリックの寄宿学校に預けられた少女フランソワーズの孤独と愛を綴った哀しい物語。

 クリスマス・イブにピエールはフランソワーズが欲しがっていた或る家の屋根上にある風見鶏をプレゼントするが、フランソワーズはお返しにマッチ箱の中に書いた本名を彼にプレゼントする。

 そのマッチ箱の紙片には“シベール(Cybele)”と名前が書かれていた。そうしてイブの夜を楽しんでいた二人のところへ、警官が偶々通りかかりピエールを、少女を誘拐しようとしている変質者と思い込み、ピエールは射殺されてしまう。

 さて、少女フランソワーズは修道院の寄宿舎に身を寄せていた。復員兵のピエールにフランソワーズは本当の名前を紙片に書いて、マッチ箱に閉まってピエールにプレゼントするつもりであった。しかし、その思いは届くことは無かった。

 フランソワーズの本当の名前は異教徒的であるから、修道院ではフランソワーズと改名されて寄宿舎で生活をしていたという。ピエールにはマッチ箱の名前を渡せなかったのだが、箱の中の紙片にはシベールというの名前があった。

 さて“シベール”という名前が何故?・・・・・・異教徒的な名前だったのであろうか、今宵は映画『シベールの日曜日』の昨夜のレビューの補足と余談が主な話題。

 シベールという名前を否定されて、フランソワーズと改名された少女は、“シベール”という名前に如何なる運命と深層が内包されていたのかを知らなかったが、映画は暗示として少女の名前を表題として、その深層の意味を提示しているかも知れない。

 シベールとは“Cybele”と表すが、ラテン語では「Cubele」と表記する。これは古代ギリシャから古代ローマで信仰されていた“Kybele”が語源である。つまり、ギリシャ神話に登場するキュベレーが、シベールの語源なのですネ。

 もともとキュベレーとは、プリュギア(小アジア北部地方、現在のトルコ共和国中央部)のペッシヌースを中心地として広くアナトリア地方全体に渡って崇拝された豊饒の女神であった。

 最初は、シリアのイーデー山の豊饒の女神だったが、やがて小アジア全域の太母神として、予言あるいは預言や託宣を、治癒と戦争の加護、獣の守護者等、さまざまな面で信仰を集めていた神である。

 紀元前5世紀後半にアッティカ(ギリシア)に伝わり、ギリシアでは「神々の母レア」(ウラヌスの娘でクロノスの妻。ゼウスの母)と同一視されていた。紀元前4世紀末頃からキュベレーを信仰する特異で秘儀的な宗教がギリシア世界に流行りだし、庶民階級にも流行することになる。

 その勢いはローマにも及び、第2次ポエニ戦争の時に、ローマでは、アウグスタ(大いなる者)、アルマ(養育する者)、サンクティスシマ(最も聖なる者)と呼ばれ、太母神、神々の母として、重要な神の一柱の地位にあり、キリスト教が普及する4世紀頃まで存在した。

 キュベレー信仰の特異性を語る前に、ギリシャ神話の中でのキュベレーのお話しについて述べておきましょうかネ。その<ギリシア神話>では・・・・・・

 主神ゼウスが夢の中で洩らした精がアグドスの山に滴って、両性具有のアグディスティス(Agdistisはキュベレーと同一視されています)が生まれた。

 アグディスティスは大変な乱暴者で、手を焼いた神々はアグディスティスを去勢することにしたが、誰もが尻込みしてしまい、その役目を実行したのはディオニュソスであった。彼はいつもアグディスティスが飲んでいる泉の水を葡萄酒に変えて眠らせ、その間に、髪の毛で作った縄でアグディスティスの男根を木に縛り付けたのである。

 目覚めたアグディスティスは、暴れて自ら去勢してしまい、もぎとれた男根を地中に埋めたところ、そこからアーモンド(もしくは柘榴<いずれも女陰の象徴>)の木が生えてきたと伝わる。

 近くを流れるサンガリオス河の精霊の娘ナナが、その木の実を摘んで懐に入れたところ、その実は消えて彼女は妊娠する。まもなくナナは男の子を産み、その子をアッティスと名付けた。

 彼女はアッティスを山に捨てたが、牝山羊が彼を育て、彼は成長して美しい青年に成長した。或る時、女神となったアグディスティスは、成長したアッティスを見て恋に落ち、アッティスも女神の愛を受け入れその愛を裏切らないと誓ったのだが、若いアッ ティスは誓いを破り、ニンフのサガリティスを愛し、嫉妬したアグディスティスはサガリティスを殺す事になる。これを知ったアッティスは狂人となって自らの手で去勢した後に、自らを八つ裂きにして死んでしまった。
 
 キュベレー信仰では、アッティスは、人類を救済するために殺されて、供儀のために生贄となり、救世主となったとされる。アッティスは被造物の創造者であるとともに、去勢する事により欲望と物質界の無制限な増大を戒めてもいる。

 アッティスは、去勢され、松の木に十字に磔刑され、アッティスの身体から流れ出た聖なる血は、地上の罪をあがなう事になる。

 アッティスは死んで埋葬されたが、3日目に“現世を統一する至高神”として復活する。アッティスを崇拝する人々は、「アッティスは救済された。あなたがたも試練を受けると救済されるであろう」と言葉にして祈る。

 アッティスは新しい季節の太陽神として復活する事で、ローマでは、アッティスが復活したこの日を、ヒラーリア祭(Hilaria)と同時に祝い、人々は町へ繰り出して踊り、変装して練り歩く祭りとなる。この日は日曜日で、復活祭(Easter Sunday)はこれに由来し、以後ずっと続けられる。

 このお祭りのお話しは、何処かでで聞いたような話だと思いませんか?・・・・・・。キリスト教のイエス復活の話とそっくりですよネ。キュベレーの祭りと、キリスト教復活祭イースターとの類似性に気付いたキリスト教の神学者は、キリストの母マリアと神々の母キュベレーとの混同を戒め、キリスト教はキュベレー信仰と激しく斥けた。

 キュベレーの祭は、アッティスの秘儀(ludi)と呼ばれるが、ガリ(Galli<Galloi:ギリシャではガロイ>)と呼ばれる祭司たちは、キュベレーの生贄として死んでいくアッティスを象徴する生贄の雄牛の血を浴び、そして、アッティスが復活するために母親の胎内に入ったことを象徴して、松の木で作ったアッティスの男根を太母神の聖なる洞穴に持ち込み、アッティスの像を、この松の木(十字架)にくくりつける。

 その儀式の間、祭司や信者たちは、去勢されたアッティスにならって、自ら男根を切取り、自傷することで神と交感する。生贄とされた雄牛の男根とともに、女神にその切断した男根を捧げ、切断された男根はすべて太母神の聖なる洞穴に置かれる。ときには、切断された男根はとくにありがたいものとして、家々に投げこまれたりもした。

 しかし、この祭りは、狂喜で錯乱した徒党が、手に持つ器具や刃物で身体を傷つけて血を流して狂いまわるという狂信的なものであったため、ローマでは、後に禁止したと伝わる。

 ・・・・・・という訳で、少々ながら長くなったが、映画の『シベールの日曜日』の少女フランソワーズの「シベール」というマッチ箱に隠された本当の名前が、何故に異教的であるかは、拙い文脈から理解していただけると思う。それは過去の盛んだったヘレニズムの宗教であり、ヘブライズムの思想がカトリック社会に蔓延していた時代にフランソワーズとピエールが出逢った悲劇でもあった。

 映画の表面と表層ではフランソワーズという可愛らしい無垢なる少女が映し出されているが、その少女は深層と背景にはファム・ファタルの原型が隠されていたのである。

 キュベレーの両性具有神話と、この去勢の物語を深層に秘めた『シベールの日曜日』には、フランソワーズを愛したピエールの供犠と生贄としての存在であると考えてみると、少女フランソワーズの存在には、その萌芽としてのファム・ファタルの幻影を内包させた悲劇とも考察できる。

 表層ではフランソワーズという少女はファム・ファタルとしては見えないニンフェットのような存在である。無垢で純真なる清純な少女の宿命にはファム・ファタルとしての萌芽が名前に刻印されていたのである。

 物語の深層では、その記憶を喪失することで無垢なる存在として、或いはキリスト教社会と文明の生贄となり死んだと思わしいピエールによる神話的な物語とも読める現代的な悲劇なのであるかも知れない。


 ・・・・・・こちらホワイトルークでした!

フランス軍中尉の女

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 ラファエル前派の美学が映画に受け継がれているとしたら、それは1981年のカレル・ライス監督による『フランス軍中尉の女』であろう。ジョン・ファウルズの小説を、ハロルド・ピンターが脚本家した作品。カール・デイビィスの音楽も秀逸、映像と美術もきわめて高度である。

 主演はメルリ・ストリープ、ジェレミー・アイアンズ、ヴィクトリア朝の古典的ラブ・ストーリーにして、物語は映画を撮影してる現代からも、役者たちの不実な恋愛関係が同時に進行する劇中劇の構造をもつ映画だ。

 英国南部の港町ライム、時は1857年、考古学者で、当時としては進歩的なダーウィンの進化論を信望するチャールズは、資産家の麗しき令嬢と婚約する。しかし、嵐の防波堤で、或る日、フランス人将校に捨てられた悲劇の女、うつ病患者、身持ちの悪い元家庭教師と、港町で変人あつかいされるサラと出逢い恋に落ちる。

 やがて、婚約者を捨て、サラと恋に落ちたチャールズは破滅していく。財産も名誉も捨て、サラを求めるが、サラはチャールズの求めに応じず、チャールズのもとから忽然と消えてしまう。落魄するチャールズはロンドンの場末である貧民街や娼館にサラの姿を探しつづける。

 繁栄を謳歌した大英帝国の首都ロンドンだが、一歩裏通りに入ると、貧しい女性たちの群れが見えるのが、哀しみをさそう。華やかなブルジョワジーとは対蹠的に描かれている現実の侘しさが映像に焼きついている。

 サラを演じる現代のアンナ、チャールズを演じるマイクは、お互いに家庭があり結婚しているが、映画の撮影中に不倫な愛を結び合う。そのアンナが映画の台本を読み、また資料を読み上げる場面がある。1857年当時ロンドンでは、8軒の宿の1軒が売春宿で、男性125万人に対して娼婦が8万人もいた。というデータをアンナはマイクに伝える。ロンドンのような大都会では、失業した家庭教師の独身女性などは娼婦になるしかなかったのだ。

 チャールズの元から去ったサラは娼婦になったでろうと、その姿を3年間ロンドンの裏通りを探しつづけた。ここまでだとファム・ファタルの物語であるが、意外にも、サラはチャールズを呼び求め再会を果たす。しかし、現実のアンナとマイクの恋が悲劇的に展開する。



 ・・・・・・こちらホワイトルークでした!

 

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「どうぞ!・・・こちらキング・2・・・応答せよ!」


戦場のミンストレルこと斥候サンダース軍曹です!



 盛期ルネッサンスはヴェネツィアの画人であるジョルジョーネこと本名ジョルジョ・バルバレッタ・ダ・カステルフランコ(1477-1510)の描くユディトは、今まで紹介してきた作品のなかでも詩的な印象のユディト像である。西洋絵画史のなかでもジョルジョーネの作品とされるものは、わずか6点しか確認できないらしく、ルネッサンスの夭折の画家として謎にみちた人物でもある。

 ジョルジョーネ派の弟子でティツィアーノは1515年に「洗礼者ヨハネの首を持つサロメ」を完成させているが、この絵画作品はサロメかユディトなのかどちらなのか論争が過去からある名画でもあり、盆の上にある首はティツィアーノ自身の肖像だとされている。

 数あるユディトの画題でホロフェルネス将軍の雄々しき首の像と比べると、ティツィアーノの肖像とされる首の絵は、洗礼者ヨハネのような宗教家に見えるのでサロメ説が有力にも思えるが、サロメにしてもユディトにしても、師であるジョルジョーネのユディト像のように同じような聖性を感じさせる女性としてどちらも描かれている。


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 ルーカス・クラーナッハ(1472-1553)もユディトを題材に何作か描いているが、クラーナッハはルネッサンス期ドイツの画家でマルチン・ルターとも縁がある画家で、1500年の初期にウィーンでヴィッテンベルクの宮廷画家として、三代目ザクセン候に使えていた。彼の作風は琺瑯や硝子細工、クリスタルの工芸品を思わせる鉱物的な美術品の如き印象を与える。大きな帽子を被った女性の首飾りやその他の装飾品の描き方による構図は心奪われる美意識を感じる。

 この鉱物を思わせる冷ややかな印象にはユディトの画題で一際独特の女性像を感じさせてくれる。まるでそれは冷感症の女の代表の如くユディトが存在している印象さえ憶える不思議な感覚でもある。いずれにして特有な官能美が醸しだされていて、作風はユディトの存在感も観念的な個性で完成されている。


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