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花火といえば夏。夏といえば花火。そう言ってもいいくらいの夏のイベント「花火」
特に、彼氏、彼女がいるお方は、一緒に行きたい夏の風物詩じゃないだろうか。
学生時代、まだ女の子だった私は、やっぱり好きな人と花火に行きたかった。
当然の主張であろう。
学生の夏休みといえば長く、バイト以外は特にすることがない。
みんな、アルバイトや遊びに時間を費やしていた。
もちろん私も、ちょっとアルバイトをして、友達と遊ぶという、今思えばなんともうらやましい生活をしていた。お盆前にはみんなバラバラに帰省してしまうので、それまでは毎日のように友達と会っていたと思う。
そんな学生二年目の夏、ついに私にも彼氏と呼べる存在ができたのである!
そして、やってきた長い夏休み……。遊ぶぞ〜〜! と息まいたのは私一人。
なぜかその人は夏休みの方が、講義のある普通の日々より、忙しくなってしまった。
その正体は「サークル」だ。
合宿やら、ミーティングやら、飲み会やら、打ち合わせやら……。とにかくひとところにじっとしていない生活である。
これはどういうこと?? と首を傾げてみても、会えないことは変わりなく、しまいには電話すら繋がらなくなった。
これはもしや、別れの危機か? いやそんなそぶりは……、と思い悩んでいるうちに、チェックしてあった花火大会の日は過ぎ去り……。
私も帰省したりして、夏休みは終わっていった。
休みが明け、久々に会った彼のうしろ頭には円形脱毛があり、ああ単に忙しかったんだね……と納得した。
その次の夏も、その次の夏も同じだった。
こうして私は学生時代に満足に花火を見ることはできなかった。
近所のお祭りに一人ぶらっと出かけ、花火が始まると悲しくなって帰ってくる。そんな思い出ばかりで、むしろ、「もう花火など見てなるものか!」と偏屈ジイサンのように凝り固まり、花火に背を向けていた。
ところが就職して1年目の夏、ついに花火を見る機会が訪れた。
就職1年目の夏といえば、毎日厳しく指導を受け、必ず同期の誰かがへこんでいて、同期の結束が鬼のように固かった。
その日も、きっと誰かが落ち込んで、何かいいことないかなあ……みたいな空気だったのだろう。
一人が、「今日花火大会らしいよ」と言いだした。
私は内心「ゲ、花火……」と思ったが、いいねいいね、いこういこう、と盛り上がっている同期に水を差すこともできず、引きずられるようにして花火大会の会場に向かった。
会場は、人がいっぱいで、暑くて、いろんなにおいがして、ああやっぱり来るんじゃなかったなと思った。同期の子が買ってきてくれた、ペットボトルのジュースをぐいぐい飲みながら、浴衣姿の女の子たちの中、全くの普段着のまま私たちは空を見上げた。
やがて、始まった花火を熱くなった石垣を背に見上げながら、「きれいだね」とはしゃいだ。誰かが、
「こういうことがないと、やってられないよ」
と言った。
ほんとにそうだよ。と思った。自分が凝り固まっていたのも忘れて、その通りだ! と強く思った。
それなのに、花火が終わりに近づくと、一人が、
「来年は彼氏と来たいな〜」
と呟いて、
私は、「今さっき、その夢の呪縛から逃れたところなのになあ」と密かに唇を尖らせていたが、それに返答したもう一人の言葉の方が厳しかった。
「え〜…? 時間どおりに仕事終わって、着替えて、浴衣着て? 来年にはそんなヨユウできるのかなあ?」
この言葉にはみんな凍りつき、無言になった。
そんな自分を誰も想像できなかった。
みんなで曖昧に笑って、最後の何連発だかでどんどん上がり続ける花火に見いった。
もしあの時の自分に声をかけられるなら、「大丈夫」と言ってやりたい。
そして、数年後には花火見に行こうと言われるより、焼き鳥買いに行こうと言われるほうが嬉しい自分になるんだよと教えてやりたい。
そして、もうすぐ、あんたの子供が花火大会デビューするよ。自分が見るより、子供が花火をみて喜ぶ方が大事になるよ。そう教えてあげられたらいいのにと思う。
……けれど、当時の自分に教えたとしても、きっと信用しないだろう。
そういうわけで、花火を思うと私はいつもちょっと切ない。
でもそれでいいものだと最近は思う。
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2012年07月17日
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