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都合のいい時は「日本人」として扱い、しかし決して平等には待遇せず、敗戦で都合が悪くなると一転して国籍を奪って「外国人」にし、その国籍がないことを理由にあらゆる社会的サービスから排除してきたのがこの日本という国である。その上今や、何も知らないバカウヨが「在日特権」があるなどと言って非難罵倒する。

まさに、恥ずべき野蛮国としか言いようがない。
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安倍大惨事(第三次)内閣が看板に掲げ、担当大臣まで置いている「一億総活躍」。戦時中の「一億火の玉」「一億特攻」といったスローガンと重なって嫌な思いをしている人も多いだろう。
そもそも、「一億○○」といった上から目線のスローガンは、自国の民衆をいくらでも好きなように動員し利用していい道具と見ているからこそ出てくるのであって、そのメンタリティは戦前戦中の支配層と何も違わない。だから、きちんとした歴史認識を持っている人ほどこれを危惧するのは当然である。
 
ところで、「一億火の玉」とは言うが、大戦当時の日本人は一億人もいなかった。国土交通省のデータによると、開戦直前の1940年の段階で、日本の人口は約7,300万人である。(開戦後は戦争による死者数に誕生数が追いつかず、さらに減っていく。)
これを、大雑把すぎる四捨五入を行って「一億」と言ってしまったのだろうか。
そうではない。戦時中のスローガンの「一億」は、当時日本の植民地だった朝鮮と台湾の人口をも含めて言っていたのだ。植民地の人々は、頼んでもいないのに勝手に「火の玉」の中に入れられ、「一億特攻」せよと脅されたあげく、戦争に敗けると「一億総懺悔」だと謝罪までさせられたわけだ。
 
では、日本人と同じだとして「一億」の中に入れていた朝鮮の人々を、戦時中の日本人はどのように扱っていたのだろうか。その一例を水木しげるが目撃し、「村の朝鮮人」という漫画[1]で描いている。
水木氏の村に住んでいた朝鮮人たちは、正規の職業につけないため「働き者ではあったが常に貧乏し、そのうえ日本人にバカにされていた」。氏の近所にいた「ヤマモト」は仕立屋として懸命に働いていたが、戦時中、「洋服生地のヤミ取引をした」として警察に引っぱられたまま帰って来ず、残された妻は四人の子を育てるために働きに出るようになった。
しかし、食べていけるだけの賃金は与えられなかったのだろう。その結果、「下の子から順番に死んでいった」という。助けようとする日本人はいなかった。
 
都合のいい時は「日本人」として扱い、しかし決して平等には待遇せず、敗戦で都合が悪くなると一転して国籍を奪って「外国人」にし、その国籍がないことを理由にあらゆる社会的サービスから排除してきたのがこの日本という国である。その上今や、何も知らないバカウヨが「在日特権」があるなどと言って非難罵倒する。
まさに、恥ずべき野蛮国としか言いようがない。
 
[1] 水木しげる 『村の朝鮮人』 潮 1971年9月号

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社会学者の宮台氏の弁では、歴史認識無く、半島の人たちを批判差別する日本人をクズと称と歯切れ良く言い切っている。

2019/6/10(月) 午前 5:58 [ マニ ] 返信する

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> マニさん
その様な発言は、荒川強啓さんの番組でも言っておりますね〜

2019/6/10(月) 午前 6:03 [ 短足おじさん ] 返信する

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こちらも転載させていただきました。

ありがとうございました。

2019/6/10(月) 午後 9:16 [ 開運サリー ] 返信する

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