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WashingtonsBlog

アメリカは、国が誕生して以来、平和だったのはわずか21年間に過ぎない。
2011年に、Daniosはこう書いた
     下記のとおり、年ごとの、アメリカ戦争年表を作成してみたが、大変に興味深いことがわかる。アメリカ合州国が1776年に建国されて以来、235年の存在のうち、214年間、戦争をしてきた。言い換えれば、アメリカがいかなる戦争もしなかったのは、わずか21年に過ぎないのだ。
    これを見やすく並べてみよう。
    * 1776年以降のどの年でもとりあげてみれば、アメリカがその歴年のうち何らかの戦争を行っている可能性は91%だ。
    * 本当に平時の大統領といえるものは一人もいない。それどころか、アメリカ大統領全員、厳密に言って、“戦争大統領”と見なすことができる。
    * アメリカが10年間、戦争をしなかったことはない。
    * アメリカが5年間、戦争をせずにすごした唯一の時期(1935-40)は、大恐慌の孤立主義時代だ。
    *  *  *
    アメリカの戦争を図にするとこうだ。
    アメリカの主要な戦争の、年ごとの年表は下記の通りだ。
    ****
    年ごとのアメリカの主要戦争年表(1776-2011)
    1776 - アメリカ独立戦争、チカマウガ戦争、第二次チェロキー戦争、ペナマイト・ヤンキー戦争
    1777 - アメリカ独立戦争、チカマウガ戦争、第二次チェロキー戦争、ペナマイト・ヤンキー戦争
    1778 - アメリカ独立戦争、チカマウガ戦争、ペナマイト・ヤンキー戦争
    1779 - アメリカ独立戦争、チカマウガ戦争、ペナマイト・ヤンキー戦争
    1780 - アメリカ独立戦争、チカマウガ戦争、ペナマイト・ヤンキー戦争
    1781 - アメリカ独立戦争、チカマウガ戦争、ペナマイト・ヤンキー戦争
    1782 - アメリカ独立戦争、チカマウガ戦争、ペナマイト・ヤンキー戦争
    1783 - アメリカ独立戦争、チカマウガ戦争、ペナマイト・ヤンキー戦争
    1784 - チカマウガ戦争、ペナマイト・ヤンキー戦争、オコニー戦争
    1785 - チカマウガ戦争、北西インディアン戦争
    1786 - チカマウガ戦争、北西インディアン戦争
    1787 - チカマウガ戦争、北西インディアン戦争
    1788 - チカマウガ戦争、北西インディアン戦争
    1789 - チカマウガ戦争、北西インディアン戦争
    1790 - チカマウガ戦争、北西インディアン戦争
    1791 - チカマウガ戦争、北西インディアン戦争
    1792 - チカマウガ戦争、北西インディアン戦争
    1793 - チカマウガ戦争、北西インディアン戦争
    1794 - チカマウガ戦争、北西インディアン戦争
    1795 - 北西インディアン戦争
    1796 - 大規模戦争無し
    1797 - 大規模戦争無し
    1798 - 擬似戦争(対仏海上戦)
    1799 - 擬似戦争
    1800 - 擬似戦争
    1801 - 第一次バーバリ戦争
    1802 - 第一次バーバリ戦争
    1803 - 第一次バーバリ戦争
    1804 - 第一次バーバリ戦争
    1805 - 第一次バーバリ戦争
    1806 - サビーネ遠征
    1807 - 大規模戦争無し
    1808 - 大規模戦争無し
    1809 - 大規模戦争無し
    1810 -アメリカ、スペイン領西フロリダを占領
    1811 - テカムセの戦争
    1812 - 米英戦争、テカムセの戦争、セミノール戦争、アメリカ、東フロリダのスペイン領アメリア・アイランドや他の部分を占領
    1813 - 米英戦争、テカムセの戦争、ピオリア戦争、クリーク戦争、アメリカ、領土を西フロリダ中に拡張
    1814 - 米英戦争、クリーク戦争、アメリカ、フロリダ内で領土拡張、海賊掃討作戦
    1815 - 米英戦争、第二次バーバリー戦争、海賊掃討作戦
    1816 - 第一次セミノール戦争、海賊掃討作戦
    1817 - 第一次セミノール戦争、海賊掃討作戦
    1818 - 第一次セミノール戦争、海賊掃討作戦
    1819 - イエロースント遠征、海賊掃討作戦
    1820 - イエロースント遠征、海賊掃討作戦
    1821 - 海賊掃討作戦 (上の注を参照)
    1822 - 海賊掃討作戦 (上の注を参照)
    1823 - 海賊掃討作戦、アリカラ戦争
    1824 - 海賊掃討作戦
    1825 - イエロースント遠征、海賊掃討作戦
    1826 - 大規模戦争無し
    1827 - ウイニベイゴ戦争
    1828 - 大規模戦争無し
    1829 - 大規模戦争無し
    1830 - 大規模戦争無し 
    1831 - サック・インディアン、フォックス・インディアン戦争
    1832 -ブラック・ホーク戦争
    1833 - チェロキー・インディアン戦争
    1834 - チェロキー・インディアン戦争、パウニ・インディアン領作戦
    1835 - チェロキー・インディアン戦争、セミノール戦争、第二次クリーク戦争
    1836 - チェロキー・インディアン戦争、セミノール戦争、第二次クリーク戦争、ミズーリ-アイオワ国境戦争
    1837 - チェロキー・インディアン戦争、セミノール戦争、第二次クリーク戦争、オセイジ・インディアン戦争、バックショット戦争
    1838 - チェロキー・インディアン戦争、セミノール戦争、バックショット戦争、ヘザリー・インディアン戦争
    1839 - チェロキー・インディアン戦争、セミノール戦争
    1840 - セミノール戦争、アメリカ海軍、フィジー諸島侵略
    1841 - セミノール戦争、アメリカ海軍、マッキンー島、ギルバート島と、サモア侵略
    1842 - セミノール戦争
    1843 - アメリカ軍、中国と衝突、アメリカ軍、アフリカ海岸を侵略
    1844 - テキサスのインディアン戦争
    1845 - テキサスのインディアン戦争
    1846 - 米墨戦争、テキサスのインディアン戦争
    1847 - 米墨戦争、テキサスのインディアン戦争
    1848 - 米墨戦争、テキサスのインディアン戦争、カイユース戦争
    1849 - テキサスのインディアン戦争、カイユース戦争、南西インディアン戦争、ナバホ戦争、第1騎兵隊とインディアンの小競り合い
    1850 - テキサスのインディアン戦争、カイユース戦争、南西インディアン戦争、ナバホ戦争、ユマ戦争、カリフォルニアのインディアン戦争、ピット・リバー遠征
    1851 - テキサスのインディアン戦争、カイユース戦争、南西インディアン戦争、ナバホ戦争、アパッチ戦争、ユマ戦争、ユタのインディアン戦争、カリフォルニアのインディアン戦争
    1852 - テキサスのインディアン戦争、カイユース戦争、南西インディアン戦争、ナバホ戦争、ユマ戦争、ユタのインディアン戦争、カリフォルニアのインディアン戦争
    1853 - テキサスのインディアン戦争、カイユース戦争、南西インディアン戦争、ナバホ戦争、ユマ戦争、ユタのインディアン戦争、ウォーカー戦争、カリフォルニアのインディアン戦争
    1854 - テキサスのインディアン戦争、カイユース戦争、南西インディアン戦争、ナバホ戦争、アパッチ戦争、カリフォルニアのインディアン戦争、第1騎兵隊とインディアンの小競り合い
    1855 - セミノール戦争、テキサスのインディアン戦争、カイユース戦争、南西インディアン戦争、ナバホ戦争、アパッチ戦争、カリフォルニアのインディアン戦争、ヤキマ戦争、ウィナス遠征W、クリッキタット戦争、ピュージェット・サウンド戦争、ローグ川戦争、アメリカ軍、フィジー諸島と、ウルグアイを侵略。
    1856 - セミノール戦争、テキサスのインディアン戦争、南西インディアン戦争、ナバホ戦争、カリフォルニアのインディアン戦争、ピュージェット・サウンド戦争、ローグ川戦争、ティンティク戦争
    1857 - セミノール戦争、テキサスのインディアン戦争、南西インディアン戦争、ナバホ戦争、カリフォルニアのインディアン戦争、ユタ戦争、ニカラグアで紛争
    1858 - セミノール戦争、テキサスのインディアン戦争、南西インディアン戦争、ナバホ戦争、モハーヴェ戦争、カリフォルニアのインディアン戦争、スポーカン-クール・ド・エイリーン-パルース戦争、ユタ戦争、アメリカ軍、フィジー諸島とウルグアイを侵略
    1859 テキサスのインディアン戦争、南西インディアン戦争、ナバホ戦争、カリフォルニアのインディアン戦争、ペコス遠征、アンテロープ・ヒルズ遠征、ベア・リバー遠征、ジョン・ブラウン襲撃事件、アメリカ軍の対パラグアイ攻撃、アメリカ軍、メキシコ侵略
    1860 - テキサスのインディアン戦争、南西インディアン戦争、ナバホ戦争、アパッチ戦争、カリフォルニアののインディアン戦争、パイユート戦争、カイオワ・コマンチ戦争
    1861 -南北戦争、テキサスのインディアン戦争、南西インディアン戦争、ナバホ戦争、アパッチ戦争、カリフォルニアのインディアン戦争、シャイアン作戦
    1862 -南北戦争、テキサスのインディアン戦争、南西インディアン戦争、ナバホ戦争、アパッチ戦争、カリフォルニアのインディアン戦争、シャイアン作戦、1862年、ダコタ戦争
    1863 -南北戦争、テキサスのインディアン戦争、南西インディアン戦争、ナバホ戦争、アパッチ戦争、カリフォルニアのインディアン戦争、シャイアン作戦、コロラド戦争、ゴシュート戦争
    1864 -南北戦争、テキサスのインディアン戦争、ナバホ戦争、アパッチ戦争、カリフォルニアのインディアン戦争、シャイアン作戦、コロラド戦争、スネーク戦争
    1865 -南北戦争、テキサスのインディアン戦争、ナバホ戦争、アパッチ戦争、カリフォルニアのインディアン戦争、コロラド戦争、スネーク戦争、ユタ・ブラック・ホーク戦争
    1866 - テキサスのインディアン戦争、ナバホ戦争、アパッチ戦争、カリフォルニアのインディアン戦争、第1騎兵隊とインディアンの小競り合い、スネーク戦争、ユタ・ブラック・ホーク戦争、レッド・クラウド戦争、フランクリン郡戦争、アメリカ、メキシコ侵略、中国と紛争
    1867 - テキサスのインディアン戦争、ロング・ウォーク・オブ・ナバホ、アパッチ戦争、第1騎兵隊とインディアンの小競り合い、スネーク戦争、ユタ・ブラック・ホーク戦争、レッド・クラウド戦争、コマンチ戦争、フランクリン郡戦争、アメリカ軍、ニカラグアを占領し、台湾を攻撃。
    1868 - テキサスのインディアン戦争、ロング・ウォーク・オブ・ナバホ、アパッチ戦争、第1騎兵隊とインディアンの小競り合い、スネーク戦争、ユタ・ブラック・ホーク戦争、レッド・クラウド戦争、コマンチ戦争、ウォシタ川の戦い、フランクリン郡戦争
    1869 - テキサスのインディアン戦争、アパッチ戦争、第1騎兵隊とインディアンの小競り合い、ユタ・ブラック・ホーク戦争、コマンチ戦争、フランクリン郡戦争
    1870 - テキサスのインディアン戦争、アパッチ戦争、第1騎兵隊とインディアンの小競り合い、ユタ・ブラック・ホーク戦争、コマンチ戦争、フランクリン郡戦争
    1871 - テキサスのインディアン戦争、アパッチ戦争、第1騎兵隊とインディアンの小競り合い、ユタ・ブラック・ホーク戦争、コマンチ戦争、フランクリン郡戦争、キングスリー洞窟の虐殺、アメリカ軍、朝鮮侵略
    1872 - テキサスのインディアン戦争、アパッチ戦争、ユタのブラック・ホーク戦争、コマンチ戦争、モードック戦争、フランクリン郡戦争
    1873 - テキサスのインディアン戦争、コマンチ戦争、モードック戦争、アパッチ戦争、サイプレス・ヒルズの虐殺、アメリカ軍、メキシコ侵略
    1874 - テキサスのインディアン戦争、コマンチ戦争、レッド・リヴァー戦争、メーソン郡戦争、アメリカ軍、メキシコ侵略
    1875 - メキシコでの紛争、テキサスのインディアン戦争、コマンチ戦争、東ネヴァダ、コルファクス郡戦争、アメリカ軍、メキシコ侵略
    1876 - テキサスのインディアン戦争、ブラックヒルズ戦争、メーソン郡戦争、アメリカ軍、メキシコ侵略
    1877 - テキサスのインディアン戦争、第1騎兵隊とインディアンの小競り合い、ブラックヒルズ戦争、ネズ・パース戦争、メーソン郡戦争、リンカーン郡戦争、サン・エリザリオ塩戦争、アメリカ軍、メキシコ侵略
    1878 - パイユート・インディアン紛争、バノック戦争、シャイアン戦争、リンカーン郡戦争、アメリカ軍、メキシコ侵略
    1879 - シャイアン戦争、シープイーター・インディアン戦争、ホワイト・リバー戦争、アメリカ軍、メキシコ侵略
    1880 -アメリカ軍、メキシコ侵略
    1881 -アメリカ軍、メキシコ侵略
    1882 -アメリカ軍、メキシコ侵略
    1883 -アメリカ軍、メキシコ侵略
    1884 -アメリカ軍、メキシコ侵略
    1885 - アパッチ戦争、東ネヴァダ遠征、アメリカ軍、メキシコ侵略
    1886 - アパッチ戦争、プレザント渓谷戦争、アメリカ軍、メキシコ侵略
    1887 -アメリカ軍、メキシコ侵略
    1888 -アメリカの対ハイチ威嚇行動、アメリカ軍、メキシコ侵略
    1889 -アメリカ軍、メキシコ侵略
    1890 - スー・インディアン戦争、第1騎兵隊とインディアンの小競り合い、ゴースト・ダンス戦争、ウンデット・ニーの虐殺、アメリカ軍、メキシコ侵略
    1891 - スー・インディアン戦争、ゴースト・ダンス戦争、アメリカ軍、メキシコ侵略
    1892 - ジョンソン・カンティ戦争、アメリカ軍、メキシコ侵略
    1893 -アメリカ軍、メキシコとハワイ侵略 
    1894 -アメリカ軍、メキシコ侵略
    1895 -アメリカ軍、メキシコ侵略、バノック・インディアン騒乱
    1896 -アメリカ軍、メキシコ侵略
    1897 - 大規模戦争無し
    1898 - 米西戦争、リーチ湖の戦い、チペワ・インディアン騒乱
    1899 -米比戦争、バナナ戦争
    1900 -米比戦争、バナナ戦争
    1901 -米比戦争、バナナ戦争
    1902 -米比戦争、バナナ戦争
    1903 -米比戦争、バナナ戦争
    1904 -米比戦争、バナナ戦争
    1905 -米比戦争、バナナ戦争
    1906 -米比戦争、バナナ戦争
    1907 -米比戦争、バナナ戦争
    1908 -米比戦争、バナナ戦争
    1909 -米比戦争、バナナ戦争
    1910 -米比戦争、バナナ戦争
    1911 -米比戦争、バナナ戦争
    1912 -米比戦争、バナナ戦争
    1913 -米比戦争、バナナ戦争、ニュー・メキシコ・ナバホ戦争
    1914 - バナナ戦争、アメリカ、メキシコ侵略
    1915 - バナナ戦争、アメリカ、メキシコ侵略、コロラド・パイユート戦争
    1916 - バナナ戦争、アメリカ、メキシコ侵略
    1917 - バナナ戦争、第一次世界大戦、アメリカ、メキシコ侵略
    1918 - バナナ戦争、第一次世界大戦、アメリカ、メキシコ侵略
    1919 - バナナ戦争、アメリカ、メキシコ侵略
    1920 - バナナ戦争
    1921 - バナナ戦争
    1922 - バナナ戦争
    1923 - バナナ戦争、ポウジー戦争
    1924 - バナナ戦争
    1925 - バナナ戦争
    1926 - バナナ戦争
    1927 - バナナ戦争
    1928 - バナナ戦争
    1930 - バナナ戦争
    1931 - バナナ戦争
    1932 - バナナ戦争
    1933 - バナナ戦争
    1934 - バナナ戦争
    1935 - 大規模戦争無し
    1936 - 大規模戦争無し
    1937 - 大規模戦争無し
    1938 - 大規模戦争無し
    1939 - 大規模戦争無し
    1940 - 大規模戦争無し
    1941 - 第二次世界大戦
    1942 - 第二次世界大戦
    1943 - 第二次世界大戦
    1944 - 第二次世界大戦
    1945 - 第二次世界大戦
    1946 - 冷戦 (アメリカ、フィリピンと韓国を占領)
    1947 - 冷戦 (アメリカ韓国占領、アメリカ軍、共産党と戦う為、ギリシャ上陸)
    1948 - 冷戦 (アメリカ軍、対共産党戦で、中国国民党を支援)
    1949 - 冷戦 (アメリカ軍、対共産党戦で、中国国民党を支援)
    1950 - 朝鮮戦争、ジャユガ蜂起
    1951 - 朝鮮戦争
    1952 - 朝鮮戦争
    1953 - 朝鮮戦争
    1954 - グアテマラでの秘密戦争
    1955 - ベトナム戦争
    1956 - ベトナム戦争
    1957 - ベトナム戦争
    1958 - ベトナム戦争
    1959 - ベトナム戦争、ハイチ紛争
    1960 - ベトナム戦争
    1961 - ベトナム戦争
    1962 - ベトナム戦争、冷戦 (キューバ・ミサイル危機;アメリカ海兵隊、タイで共産党と戦闘)
    1963 - ベトナム戦争
    1964 - ベトナム戦争
    1965 - ベトナム戦争、アメリカるよるドミニカ共和国占領略
    1966 - ベトナム戦争、アメリカるよるドミニカ共和国占領略
    1967 - ベトナム戦争
    1968 - ベトナム戦争
    1969 - ベトナム戦争
    1970 - ベトナム戦争
    1971 - ベトナム戦争
    1972 - ベトナム戦争
    1973 - ベトナム戦争、第四次中東戦争で、アメリカはイスラエルを支援
    1974 - ベトナム戦争
    1975 - ベトナム戦争
    1976 - 大規模戦争無し
    1977 - 大規模戦争無し
    1978 - 大規模戦争無し
    1979 - 冷戦 (アフガニスタンでのCIA代理戦争)
    1980 - 冷戦 (アフガニスタンでのCIA代理戦争)
    1981 - 冷戦 (アフガニスタンとニカラグアでのCIA代理戦争)、第一次シドラ湾事件
    1982 - 冷戦 (アフガニスタンとニカラグアでのCIA代理戦争)、レバノン紛争
    1983 - 冷戦 (グレナダ侵略、アフガニスタンとニカラグアでのCIA代理戦争)、レバノン紛争
    1984 - 冷戦 (アフガニスタンとニカラグアでのCIA代理戦争)、ペルシャ湾紛争
    1985 - 冷戦 (アフガニスタンとニカラグアでのCIA代理戦争)
    1986 - 冷戦 (アフガニスタンとニカラグアでのCIA代理戦争)
    1987 - ペルシャ湾紛争
    1988 - ペルシャ湾紛争、アメリカ、パナマ占領
    1989 - 第二次シドラ湾事件、アメリカ、パナマ占領、フィリピン紛争
    1990 - 第一次湾岸戦争、アメリカによるパナマ占領
    1991 - 第一次湾岸戦争
    1992 - イラク紛争
    1993 - イラク紛争
    1994 - イラク紛争、アメリカ、ハイチ侵略
    1995 - イラク紛争、アメリカのハイチ侵略、NATOのボスニア、ヘルツェゴビナ爆撃
    1996 - イラク紛争
    1997 - 大規模戦争無し
    1998 - イラク爆撃、アフガニスタンとスーダンへのミサイル攻撃
    1999 - コソボ戦争
    2000 - 大規模戦争無し
    2001 - アフガニスタン対テロ戦争
    2002 - アフガニスタンとイエメンで対テロ戦争
    2003 - アフガニスタンとイラクで対テロ戦争
    2004 - アフガニスタン、イラク、パキスタンと、イエメン対テロ戦争
    2005 - アフガニスタン、イラク、パキスタンと、イエメン対テロ戦争
    2006 - アフガニスタン、イラク、パキスタンと、イエメン対テロ戦争
    2007 - アフガニスタン、イラク、パキスタン、ソマリアと、イエメン対テロ戦争
    2008 - アフガニスタン、イラク、パキスタンと、イエメン対テロ戦争
    2009 - アフガニスタン、イラク、パキスタンと、イエメン対テロ戦争
    2010 - アフガニスタン、イラク、パキスタンと、イエメン対テロ戦争
    2011 - アフガニスタン、イラク、パキスタン、ソマリアと、イエメンで対テロ戦争; リビアでの紛争(リビア内戦)
こうした戦争の多くで、アメリカは攻撃側だった。Daniosは、戦争の中には防衛的なものもあったことを認めている。ただし、Daniosは、 戦争と見なすことのできる、CIAの秘密作戦や他の行動を除外している。
2011年以降に起きたものを更新しておこう。
    2012 - アフガニスタン、イラク、ソマリア、シリアとイエメンで対テロ戦争
    2013 - アフガニスタン、イラク、ソマリア、シリアとイエメンで対テロ戦争
    2014 - アフガニスタン、イラク、ソマリア、シリアとイエメンで対テロ戦争、ウクライナ内戦
    2015 - ソマリア、ソマリア、シリアとイエメンで対テロ戦争、ウクライナ内戦
更に4年間の戦争を足すことができる。これにより、239年間のうち、222年間 - 93%の期間 - アメリカは戦争中ということになる。(正確な数について、言いだせばきりがないが、かなりの割合の時間、アメリカが戦争中であることは明らかで、間違いはない。)
また、アメリカの軍事支出は、それ以外の世界を全部合わせたより遥かに大きい
世論調査で、アメリカが平和に対する第一番の脅威だと世界が考えても無理はない。
==
安倍政権「オスプレイ」相場の2倍で購入
というこの属国が、集団的他衛権を主張させられれば、どういうことになるか、陰謀論以前。中学一年生でもわかるだろう。
辺野古での珊瑚破壊をめぐる知事の調査を、官房長官は、由々しいことであるかのような表現。由々しいのは政府の売国行動。いくら、売国政党に投票した記憶が皆無とはいえ、売国を絵に描いたような発言を権力者が平然のたまをのを見ていて悲しくなる。彼らは、宗主国に奉仕する政治家だ。沖縄県知事は沖縄を思って行動する政治家だ。
沖縄を切り捨て続けてきた本土、集団的自衛権とTPPで地獄に落ちる。自業自得か。付ける薬は本当に何もないだろう。
集団的自衛権は、実質、集団的先制侵略攻撃、あるいは集団的他衛権。
与党政治家や、政府や、大本営広報部や、御用学者が「世界」という時は、ほとんど宗主国を意味する。彼らには世界は見えない。いや世界を見ないから出世している。ヒラメ。
こうした実績豊富な宗主国をお助けするのが、集団的自衛権、憲法再解釈、憲法破壊。
国の歴史、239年間のうち、222年間 - 93%の期間 - 戦争中という国と、
同じ文明程度で比較した時期のうち、戦争していない時期がかなり長期間確認できる国が
「価値観を共有している」というのが全くわからない。
地名やアメリカ大陸先住民名称、全くわからず、やみくもにカタカナに変えている。
正確な発音、表現について、言いだせばきりがないが、かなりの割合の時間、アメリカが戦争中であることは明らかで、間違いはないだろう。
インチキなカタカナ翻訳(インチキは発音に限らない)ご指摘いただければありがたい。
この記事で連想する本に下記がある。
藤永茂氏、ブログ『私の闇の奥』を書いておられる。最新記事題名、
もっとも残酷残忍な国は?
 
【副題】安倍の世界は悲劇と地獄の戦争世界
 
 
大阪から福島:郡山に戻って、ちょうど10日。
 
 
老いた身体を居間に置いたまんまの日々で、
少しは鍛えようと思いながら柔軟体操は無し。
 
 
頭ん中を柔軟にするのが精一杯の春以降。
 
 
郡山の平地に広がる田んぼには稲穂の緑。
 
 
頭を垂れる実りの秋を思うと鳥肌ものです。
 
秋といえば、柿の季節を思い浮かべる度に、
枝に下がる熟柿を食べたくなってくるのです。
 
 
あんぽ柿の響きがイヤになっているのは、
高値よりも安保の問題が究極の共鳴要因。
 
 
自分で買いたいという気は完全に喪失です。
 
 
 
柿の書き書きでは文句のコメが怖いから
 
 
賢い福島の人たちが遠慮する福島産米は、
「試験米」と称して安全表示しか出ない検査で、
放射能測定数値基準内米はどこかに消える。
 
 
帰還を急がせる人殺し行政は県も主導し、
3年前から始めた双葉郡からいわき市まで、
稲作事業を汚染地域で昔の農業にします。
 
 
海は海で漁業組合が「風評」だけに焦って、
働き手の有る無しの問題など無関係です。
 
 
要するに、国と行政とで経済の犠牲に、と、
内堀県政には「復興」の言葉が必要なだけ。

 
 
これも痴呆創生の成果の一つです。

 
 
安倍晋三の気違い政権以来のこの日本は、
手の施しようも無いほど下品になりました。
 
 
 
オイラは日本人ですが、断っておきます。
安倍晋三が関わる国の人間ではありません。

 
 
1億2千7百万人の人々の国、日本。
1億2千7百万人が生きている日本。
 
 
人々が人間として生きている日本。
人々が人間として暮らす社会の国。
 
 
 
 
世界遺産審査に遅れ 日本困惑
などという報道に呆れてしまいます。
 
 
いったい、だれが困惑するの
 
 
「世界遺産」という名前に浮かれさせて、
祭り気分に酔い易い日本国民の多くに、
社会の深層に燻り蔓延る問題を逸らし、
無意味な景気づけに仕向けたがる姑息。
 
 
その姑息に釣られるアホが一緒に落胆、
という情け無い昨今の日本事情ですよ。
 
 
情け無いというより自堕落と言うべきか。
 
 
日本困惑、という理由たるや、の如何に、
その自堕落の証明が如実に出ています。
 
 
韓国相手に「話しがついていた」筈なのに、
というバカ解釈とアホ認識の安倍脳感覚。
 
 
嫌中・嫌韓というのは今更でもないですが、
その意識の下劣さは安倍晋三の再犯から、
ネトウヨの下劣化とまったく同じように、
醜い下劣に加えて「下品」というしかない。
 
 
 
こういう下劣・下品が安倍晋三との一体で、
醜く騒げば騒ぐほど日本の品質は極貧状態。
 
 
これが世界の常識にまでされてきています。

 
 

スッタモンダの「困惑」に意味も無いまま、
「世界遺産登録に決まりました」の結果に、
まるで「効力」だか「存在力」だかをみせて、
決まりごとに「力を発揮できた」と威張る。
 
 
人寄せパンダはアホ化の典型で半世紀。
 
 
世界遺産にならなければ無関心のアホが、
ただ祭りに加わる気分で「行きます」感激
 
 
グラバー邸の維持保存は初めての自覚で、
来観者は「順番・順序」の整列の憂き目に遭う。
 
 
日本の「佳いとこ」も結局は中身が腐るだけ。
中身、とは、人間の中身のことですよ。

 
 
考えてもごらんなさいな。
 
 
安倍の出番以降のお粗末なバカバカしさ。
 
 
何かと言えば「韓国ごときに」というアホが、
世界の場での世界観では「韓国より日本」
という現実を認めるしかない「困惑」でしょう。
 
 
なんで、こんなことに「困惑」するんかいね
 
 
 
まあね、
耄碌のボケじじい石原慎太郎が「尖閣」で、
「オレを忘れないで」の時からの顛末から、
獣たちの鳥獣戯画は徴銃戯画の泥塗り

 
 
現実の日本の現状政治の未熟モノ達は、
景気のいい言葉を使うだけで根は臆病
 
 
集団的自衛権を頼りにするしかない脳。
 
 
北朝鮮に軍隊連れて脅しに行けないから、
誰一人救えず「行方不明のまま」なのか
 
 
バカに成り切れない中途半端な常人と、
バカを自覚できないホントのバカとには、
品質の違いで言うところの紙一重も無い。
 
 
腐れ外道相手に導く力も無いくせに
騒ぎ立てることには何かと反応をして、
ミイラ取りがミイラになるのと同じ
 
 
人の日常での光景にもあることでしょう。
 
 
「よおし、オレがあいつを鍛え直してやる」
って。。。。
 
 
「鍛え直す」必要が何の為に必要なのか。
 
或いは、
「鍛え直す」必要の基準や程度は確かか。
 
 
それが「導くこと」であったとして、変化は
 
 
悪貨は良貨を駆逐する、に倣ってミイラ化。
 

 
 
 
 

【めいろの:統一・創価の祭壇と国の裁断②】2015.7.5−
 
 
 
 
 
 
 
 

転載元転載元: 感性のmeiro


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●残念ながら、問題発生の後の1週目の放送では、『サンデー・ジャポン』も放送せず。
政治も芸能ネタも社会的な事件も、一緒に笑いの毒で包み込む、タブーに挑戦しているこの番組も「報道圧力発言」については、その発言の後ろにある「圧力」を感じて怖気付いたのか、最初にニュースになった週末の6月28日(日)の放送ではまったく触れず、だった。

自民党の勉強会での”報道圧力発言”問題があったのは、6月25日。
この問題をテレビが一斉に放送したのは翌26日。

持論を変えず、「マスコミを懲らしめる」という発言を繰り返す大西英男議員。

また「オフレコに近い発言で冗談として言った」「発言を盗み聞きされた」と報道陣を批判して居直り姿勢の百田尚樹氏。

「爆笑問題」の2人が面白がってネタにしそうなテーマでこれだけ役者がそろっているのに、この日の『サンデー・ジャポン』はこの問題を扱わず、「ひるんでいるのかも…」と感じさせた。

●TBS『サンデー・ジャポン』がついに自民党勉強会での”報道圧力発言”を扱った。
さて、1週間後の今日7月5日。

ついに歯に絹着せぬトークが売りのこの番組が「政治による報道への圧力」問題を取り扱った。

最初にお断りしておくと、司会の「爆笑問題」の2人も、コメンテーターのテリー伊藤もデーブ・スペクターもミッツ・マングローブも堀江貴文も、他の報道番組や情報番組にありがちな「政権への気遣い」などほとんど見せず、このタブーを壊すこの番組らしい本音トークを繰り広げた。しかも生放送で。

この日の『サンデー・ジャポン』はこの問題について、まず、VTRで1週前の木曜日からの出来事をふり返った。
作家・百田尚樹氏を講師に招いた自民党の「文化芸術懇話会」の映像が流され、「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番」「不買運動を経団連などに働きかけてもらいたい」という大西英男衆院議員の発言など「広告主などを通じて報道規制をすべき」とする議員たちの発言を伝えた後で、スタジオトークとなった。
以下、スタジオトークは、報道的なテーマを扱った最近のテレビ番組の中での群を抜いて秀逸なものだったのでをほぼすべて収録する。

●スタジオ生トーク
(太田光)
これは自民党が何かいえば広告主が思い通りになるんじゃないかと言われたスポンサーとか広告主が何も反論しないのはどういうことだって言ったら、
俺は誰かに懲らしめられるんでしょうか?
(田中裕二)
そうでしょうね。懲らしめられるでしょうね。

スタジオは笑いに包まれ、爆笑問題らしく最初はギャグで笑いを取っている。

(杉村太蔵)
政治家がメディアに不満を持つことはあります。でもそれは丁寧に一つひとる反論すべきなんです。で、メディアというのは報道の自由というのは民主主義の根幹でしから。それを担保しているのがメディアですからね。そこをね、広告料を出すなって形で脅して懲らしめるってのはとんでもない発言で。最初、ぽろっと出た失言かなって思っていたら、(太田議員は)信念で言っている雰囲気がある。そこが怖い。何回も言っているんで。
(「懲らしめるっていうそういう・・・」西川史子)
発想がね。
これはもう安倍総理も参っちゃっているんじゃないですかね。党のまとまった考え方何もないですから。個人の考え方ですから。

この辺はまともなことをクソ真面目に話す杉村太蔵らしい。
でも正論です。

(デーブ・スペクター)
いや個人じゃないでしょ。みんな、だいたいそういうふうに思っている。
(「そんなことはない!」と杉村)
そうですよ。本音が出ただけですよ。

いきなりデーブ・スペクターが痛烈な一言。

テレビや新聞の関係者も内心で思ってはいても、こういうふうにストレートには言えない。

(テリー伊藤)
厳重注意じゃなくて、なんで自民党は(大西議員を)辞めさせないの?
そこんところしっかりしないとこれ本当にボディーブローみたいに、それこそ国民の間でね「自民党はとんでもない」と思っていますよ。でもただね、もうひとつ、ここで僕はしゃべっているでしょ?
大西議員を批判していますよ。
これが実はガス抜きにもなっている。
これがね。じゃあ、たとえば、本当にマスコミがね、自民党の顔色をうかがっていないかというと実はわからない。今回のこれで。
本当にこういうことがあって、テレビとかラジオとか、こんなことに屈せず、堂々とこれからやってほしいと思います。

でもわからないよ。意外と・・・

このテリーさんの言葉は鋭いなと唸った。

問題の本質は、すごく重要なテーマなのに、いつしかニュースでは「大西議員」というドンキホーテというのかヒール役が出てきて、その人間ばかり追いかけている印象になっている。
自民党の体質や首相周辺の考え方の問題が、いつしか大西議員個人の問題にすり替えられたような・・・。

テリーさんのいう「ガス抜き」という言葉は、まさにそういうことだろう。

(堀江貴文)
そんなことあります?

(テリー)
あるかもわからないよ。可能性はなきにしもあらず。

(堀江)

まあ、百田さん、招いたりして勉強会やっている時点で、なんかそっち方面ですよね。

(テリー)
百田さんがああいう発言するって前から分かっていること。そういう人を・・・

(堀江)
勉強会に呼んでいるのは・・・。
安倍首相の趣味は右翼なんだって
という話を田原総一郎さんがしていたんですけど。趣味で右翼というか国粋主義的、みたいな。それやめたほうがいいじゃないかいたいな話をされていたみたいなんですよ。
安倍首相がそういうふうな、寄りの、考え方を持たれているんだと思うんですよ。だから・・・

ああ、言っちゃった・・・。

いきなり、ホリエモンから「安倍首相」と「右翼」を結びつける強烈なパンチ。

この人はまさに、テレビ出演の「お約束」なんて関係ない”自由人”だから。

これもみんなが思ってはいるけど、テレビが絶対に伝えない表現。

(テリー)
それとこれとは別だと思うの・・・今回。

(堀江)
百田さんを呼んだら、ああなりますよ。

(テリー)
呼んで意見を聞くってことは「私と一緒です」というふうに安心材料にしているんだと思う。

(ミッツ・マングローブ)
パフォーマンスを使うことによって何かを盛り上げようという時に、これぐらい影響力のある、とっても売れっ子の作家さんこうやって呼んで、
絶妙なタイミングでこれぐらい過激なことを言わせる。
でもけっきょく、こうやって過激なことに一回触れると、そうじゃない心理が働いて、策に溺れるってこともある。

(テリー)
安倍さんね、本当に怒っているんだったら、さきほどの
(大西)議員をクビにしないとダメ
だと思う。
(デーブの声?「怒ってないのが問題だ」)
怒ってないかもしれないけど。
よく言ったと思っているかもしれないけど。内心は。
心の中で思っているかもしれないけど、だけど国民はわからないわけですよ。厳重注意だかなんだか。

確かに「厳重注意」って、給料が減るでもないし、国会議員としてのペナルティーはなし。
そこはニュース番組はもっと突っ込んで欲しいのに、ほとんど突っ込むキャスターなどいない。

私の知る限りはフジテレビの『直撃LIVE グッディ!』のキャスターの高橋克実がコメントしていたぐらい。

(デーブ)
ああいう空気を作った政権だって。みんなカルト信者みたい
になっていて。勉強会じゃなくて、不勉強会ですよ。百田氏は歴史の作品を書いているのに歴史から何も学んでいないですよ。

さすがデーブ・スペクター。
外国人ならでは視点かもしれない。
何か日本人が集団で異論を排除する時の雰囲気を「カルト信者みたい」と評する。

これは当人たちから怒られるかもしれないが、一つの見方としては説得力がある解説だといえる。
(堀江)
百田さん、小説、面白いけどね。

(太田)
「永遠のハゲ」って面白かったよ。
(田中)
「永遠のハゲ」じゃない、「永遠のゼロ」。

太田のギャグのセンスはここで光る。

(デーブ)
「飛行機って、右翼も左翼もあるから飛べるのであって、沖縄の2つの新聞・・・」
このデーブの一言をきっかけに、ちょっとした「メディア・リテラシー」の授業のような感じになる。

それも堅苦しくなく、わかりやすい。

大学で同じような授業を受け持っている人間としては、やられた感じ。

(テリー)
「うまいこと言うね。
百田さんが、朝日新聞と毎日新聞と東京新聞を批判したでしょう? あれも実は間違いで、もちろんこの3つも。でも、産経も読売も偏っている部分あるわけです。
これ、両方見るから面白いんです。
両方見てね、ああそうか、こんなこと考えているのに対して、こっちはこんなふうに考えているのかと」

(堀江)
「両方読んでいる人いないですからね。あんまりね。全然言っていること違いますからね」

(太田)
「見比べて見ると面白いところ」

(テリー)
「比べると面白い」

(ミッツ)
「バランス感覚っていうかそのセンス、絶対必要ですね」

そうなんです。

「この主張が絶対に正しい」と絶対視することの怖さやうさんくささをテリー伊藤やデーブ・スペクター、堀江貴文、ミッツ・マングローブは伝えている。

この人たち、さすがです。

(テリー)
「さきほどの
大西議員の言ったことはナチスと変わらないんですよ。
(自分の)嫌なものは全部つぶしていく」

(杉村)
「百田さんの発言は一作家の発言はいいんですよ。それはそれでも」

(デーブ)
「でも呼んだ側はねえ・・・」

(太田)
「冗談で言えばなんでもすまされると思ったら大間違いだよ」
(スタジオ・笑い)

(田中)
「お前が言うな! お前が一番それじゃねえかよ」

(杉村)
「オンレコ、オフレコの話あるでしょう? あんなねえ、党本部で正式な勉強会でしゃべってね、オンもオフもないんですよ」

(ミッツ)
「絶妙に計算されているんですよ、頭のいい方は」

(堀江)
「この人(百田氏)は完全に確信犯ですよ。間違いなく。百田さん呼んだ人たちも確信犯ですよ」
(ミッツ)
「それにみんな気づいてますよってこと。国民というか世の中も」
(テリー)
「自民党にとっては今回大きなねえ・・・今後どうなっていくんでしょうか」

さて、毒のある笑いに包んだ放送だったものの、頭の硬い政府・自民党の議員たちにそのジョークがちゃんと通じたかどうかはわからない。
ひょっとすると、週明けに自民党や首相官邸などからTBSにクレームなどがあるのかもしれない。
なにしろ、「スポンサーに働きかけて報道を規制しちゃえ」などと考える人々である。

もちろん、そんなことになったら世も末だが、局の制作者や出演者らにとってはヒヤヒヤする放送だったのではとも想像する。

そんな放送を果敢に行った番組関係者。
言うべきことを言った出演者、なかでもテリー伊藤とデーブ・スペクター、堀江貴文、ミッツ・マングローブらの勇気には讃えるべきものだと思う。

もしも、この番組が「偏向だっ!」などと、自民党からイチャモンをつけられても、私は断固として番組を支持する。

今の日本には、こうしたテレビ番組が必要だ。
政治のことやテレビの役割、言論の自由について、わかりやすく、笑いを含めながらトークする。

しかも生放送で脱線しながら・・・。

これこそテレビの面白さだなあとつくづく思った『サンデー・ジャポン』だった。

毒にも薬にもならない番組が多い、今の多くのテレビ番組。

でも、毒を含んだ笑いもたまには提供してほしい。
もしかしたら生放送の終了後、すでに自民党の幹部からTBSに抗議の電話がかかっていることも十分にありうる。

TBSは、4月のNHKやテレビ朝日のように与党の呼び出しなどに応じることなく毅然と振舞ってほしい。

この程度の放送でも批判される側に笑ってすませる余裕がなく、『サンジャポ』が懲らしめられる状況に陥ってお咎めがあったら、日本社会は本当に「ファシズム」を心配すべき段階に来ている。
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 自民党の高村正彦副総裁は4日夜のNHK番組で、集団的自衛権行使を可能にする安全保障関連法案について、国民の理解が十分得られなくても採決に踏み切る考えを示唆した。国連平和維持活動(PKO)協力法や周辺事態法の成立時など、安全保障政策をめぐる過去の事例に触れ「国民の理解がしっかり得られてできたことはない」と述べた。民主党の岡田克也代表は反発した。
 高村氏は、PKO協力法に関し「3国会を経たが、それで理解が進んだかというとそうではない。あのときも憲法学者の8割が違憲だと言っていた」と指摘。同時に「いつまでも延ばせばいいという話ではない」と述べた。



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「諸悪の根源、自民党」という歌詞の曲を歌ったことで、自民党市議から「政治運動だ」「名誉毀損だ」と圧力を受けたアイドルグループ・制服向上委員会。結局、この騒動では圧力をかけた自民党でなく、制服向上委員会のほうが自民党支持者やネトウヨから激しい非難を浴びる事態となった。

 本サイトではこうした反応を批判的に紹介し、制服向上委員会を擁護する記事を掲載したが、この騒動では意外な人物が彼女たちを攻撃していたようだ。

 そう、爆笑問題の太田光である。太田は6月30日深夜のラジオ番組「爆笑問題カーボーイ」(TBS系)で、彼女たちの政治的メッセージについて「あれ、やらされてるんだろうなぁ」と憶測を披露し、バカにしたように「かわいそうだよねぇ」とからかったのだ。相方の田中裕二が「歌っている映像見たけど、歌いたそうな感じじゃなかったよ」と相づちを打つと、太田は「あれはさすがにちょっと痛々しいよね」とも語っている。
 この主張はまさに、報道直後からネトウヨやネトサポの「どうせ洗脳されているんでしょ」「大人に利用されているだけ」「女子供を利用するのは左巻きお得意の手口」という攻撃とほとんど同じものだ。

 太田といえば、今年3月、普天間基地移設問題への対応をめぐって「安倍っていうバカ野郎」「私は個人的に安倍首相はバカだと思っていましたから」と安倍首相を罵倒しながら、翌月に、安倍首相主催の「桜を見る会」に光代夫人と一緒に出席。安倍首相から「一緒に写真を撮りましょう」と言われ、隣でおどけたポーズをとったあげく、「番組に出てください」などと依頼するなど、腰砕けっぷりを見せつけたばかりだ。

 安倍と意気投合してネトウヨにでも転向したのか、と批判しようとしたら、それより早く、当事者が見事なツッコミをしてくれた。太田に「痛々しい」と言われた制服向上委員会のメンバー・齋藤優里彩がツイッターでこんな一言を見舞ったのだ。

「私からすると、安倍さんにゴマをすってる太田光さんの方が痛々しく見えます」

 さすが制服向上委員会。本サイトがいちばん言いたかったことを代弁してくれた。たしかに痛々しいのは、しがらみにがんじがらめになって、何も言えなくなってしまった太田光のほうだろう。
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 10年近く前、太田は雑誌やラジオで過激な政治的発言を連発していた。当時の右傾化の風潮を徹底批判し、靖国問題や教科書問題などにも切り込み、歴史認識についての中国や韓国の抗議を「内政干渉」とする国内の意見についても、正面きって批判していた。

「かつて日本人として戦場に行かされた人々がいる。皇民として生きることを無理矢理強要され、自分の国の言葉を奪われ、名前を奪われて戦場に行かされた人々がいる。その人々にとって日本の歴史は自分達の歴史であることに間違いはない。(略)自分の都合の良い時だけ、お前達は日本人であるとして、都合が悪くなると、外国人が干渉するなというのは、あまりに身勝手ではないか」(東京ニュース通信社「TV Bros.」連載『天下御免の向こう見ず』より)

 そして、日本国憲法については、「人類が行った一つの奇跡」と敢然と擁護したうえで、「私に愛国心があるとすれば、それはこの国の“この国は戦争をしない国であると、世界に宣言している部分”に注がれる」と言い切り、中沢新一との対談本『憲法九条を世界遺産に』(集英社新書)という著書まで出版していた。

 ところが2006年、その太田の靖国についての言動に対し、右翼団体が太田の所属事務所に抗議活動を展開。警視庁が事務所に警備員を常駐させるように要請し、太田にも護衛をつける騒動となった。

 そして、この右翼の抗議事件をきっかけに、太田の連載やラジオの発言から徐々に、憲法や歴史認識などを扱う機会が減り始め、07年ごろには、こういうイデオロギー的なテーマに触れることはほとんどなくなった。「TV Bros.」の連載もいつのまにか、社会批評でなく自分のヘタな小説や童話を発表する場になった。

 先述した「安倍はばかやろう」発言はそんな太田の久しぶりの過激な政治的発言だったのだが、しかし、それも安倍支持者やネトウヨたちから「一介の芸人が総理をバカにするな」「この反日チョン芸人が」「一国の首相に対して名誉棄損だ」などと総攻撃を受けると、以後は一切沈黙。前述のように翌月、「桜を見る会」で安倍首相に尻尾を振る姿を見せつけたのだった。

 そして、いま、安倍政権によって、憲法9条が最大の危機に瀕しているというのに、太田は安倍批判も安保法制批判も口にしないまま、ダンマリを決め込んでいる。かつて、「憲法9条を世界遺産に!」とまで言っていたあの思いはどこへいってしまったのか。不思議でしようがない。

 まあそれでも、ただ沈黙しているだけなら、太田もトヨタのCMにまで出演するようになって、やっぱり仕事が干されるのがコワくなったのかねえ、とがっかりするくらいで、ここまでの怒りは感じなかっただろう。
 しかし――。今回、太田は「一介の芸能人が政治に口を出すな」という世の中の空気に抗い、孤独な闘いを続けている勇気あるアイドルに難癖をつけ、足を引っ張ったのだ。しかも、かつて自分を批判した者たちと同じ、大人にやらされてるだけ、操られているだけという論理を身にまとって、である。

 この太田の揶揄について、制服向上委員会は、やはりメンバーの齋藤乃愛が「メンバーは全員、自分の意思で活動しているんですよ♪」と軽くいなしていたが、太田は制服向上委員会のことをまったくわかっていない。彼女たちは政治的なプロテストソングを5年前から継続的に歌っており、歌だけでなくデモにも参加するなど、お遊びや一時の話題作りでやっているわけではないのだ。

 というか、そもそも、「大人に操られている」のは、いまの太田のほうだろう。
本サイトでも以前指摘したことがあるが、太田が政治的発言をしなくなったのは、それこそ光代夫人にストップをかけられたからだった。

 右翼団体に抗議された後、政治発言を続けようとする太田に対して、光代夫人が「家族や社員の命を晒して、なにが平和なの!」と激怒。売れない時代を支え続けてくれた光代に頭が上がらない太田が、泣く泣く方向性を転換したといわれている。

 また、今年の「NHKで政治ネタをボツにされた」発言の際も、光代夫人が否定すると、太田も発言を撤回。「安倍バカ発言」も光代夫人は即座に「無礼です」「バカと言う言葉は、いけません」と火消しに走り始めると、太田は何も語らなくなった。

 もちろん、光代夫人によるこうした太田の言論封じの背景にあるのは、商売上の問題だ。所属事務所のタイタンは、以前は爆笑問題の個人事務所でしかなかったが、いまは所属タレントも増え、事業の多角化も行っている。爆笑問題自体もさまざまなCMに出演している。太田が政治的発言をして炎上でもしたら、会社の経営に影響を及ぼしかねないのだ。そして、太田もそういう事情がわかっているからこそ、最終的には光代夫人の言うことを聞いて、どんどんおとなしくなっていったのだろう。

 そういう意味では、まさに「大人の事情」に負けて、自分をなくしているのは太田のほうであり、炎上や脅迫、嫌がらせにも負けず、リスクも自身たちで引き受けている制服向上委員会のメンバーのほうがはるかに自立している。

 もはや、太田光にはなにも期待することはない。ただ、自分が日和ったことを自覚して、闘う者の足を引っ張るな、ということだけは言っておきたい。


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