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チョッキさんのイラストを添えて
「 ♪ヨコハマ 立ち上がれ カジノはイヤじゃ ギャンブル依存者 ギャングも増える 溢れる 札束 市民は涙 あの市長は売って売ってしまった あの市長は誘致してしまった これが愛あ〜る? 」(崎陽軒シュウマイ弁当の中でも好き嫌いがはっきりする 最期に食べるか食べないかこのアンズ)
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こんにちは、ゲストさん
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チョッキさんのイラストを添えて
「 ♪ヨコハマ 立ち上がれ カジノはイヤじゃ ギャンブル依存者 ギャングも増える 溢れる 札束 市民は涙 あの市長は売って売ってしまった あの市長は誘致してしまった これが愛あ〜る? 」(崎陽軒シュウマイ弁当の中でも好き嫌いがはっきりする 最期に食べるか食べないかこのアンズ)
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『 漏れっ放し それ「おすいせん?」 』
事もあろうに現林経済産業お大臣さまが 福島第一原発の汚染水のことを何度も「おすいせん」と言い間違えていたのは大問題じゃないのか。昨日韓国からも「原発汚染水の処理は今どうなっているのか日本政府は世界に正式発表すべきだ!」とこのタイミングで突っ込まれている。こういうの取り上げんかい!あおりをあおる下衆TVども!
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3年に一度の国際芸術祭『あいちトリエンナーレ2019』内の展覧会『表現の不自由展・その後』が、開幕からたった3日で中止となった。旧日本軍の「従軍慰安婦」をモチーフにした、キム・ソギョン氏−キム・ウンソン氏夫妻による「平和の少女像」などの作品に対し、一部から「税金を使った展覧会に、反日作品を展示するとは何事か」といった批判が噴出。事務局には「大至急撤去しろ。ガソリンの携行缶を持ってお邪魔する」とのFAXはじめ、誹謗中傷や脅迫が送られる事態となり、実行委員長の大村秀章・愛知県知事が“続行不可能”を決断したのだ。
『表現の不自由展』は、もともと2015年、東京都練馬区にある「ギャラリー古藤」で行われた展覧会だった。『あいちトリエンナーレ』の公式サイトによると「日本における『言論と表現の自由』が脅かされているのではないかという強い危機意識から、組織的検閲や忖度によって表現の機会を奪われてしまった作品を集めた展覧会」と紹介され、今回中止となった『表現の不自由展・その後』は、「(15年の展覧会で)扱った作品の『その後』に加え、2015年以降、新たに公立美術館などで展示不許可になった作品を、同様に不許可になった理由とともに展示」していたという。
「平和の少女像」もまた、かつて“撤去”された作品だった。12年、東京都美術館で開催された『第18回JAALA国際交流展−2012』に、少女像のブロンズ製のミニチュアが出品されたが、美術館サイドが「政治的主張の強い作品の展示を禁止した使用規定に該当する」という理由で、展示を終了させる事態に。主催団体のJAALA(日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会)は「表現の自由を侵害する」と反発したものの、受け入れられることはなかったという。しかし、「平和の少女像」のミニチュアが、その後急遽、埼玉県東松山市にある丸木美術館の『今日の反核反戦展2012』に出品されたという事実をご存じだろうか。なぜ丸木美術館は、撤去された「平和の少女像」をあらためて展示したのか――今回、同館学芸員である岡村幸宣氏に、展示の経緯、そして『表現の不自由展・その後』中止問題、さらに「平和の少女像」という作品をどうとらえているか、話を聞いた。
撤去された「平和の少女像」展示――ほかの作家から拒否反応が まず、岡村氏は、東京都美術館の展覧会から撤去された「平和の少女像」を、丸木美術館で展示に至った経緯について、次のように説明してくれた。
「JAALAから丸木美術館に『東京都美術館から撤去されたのですが、展示してもらえないでしょうか』という話があり、『今日の反核反戦展2012』に展示することになりました。同展は、アンデパンダン展……つまり『反核反戦』の趣旨に賛同する者であれば、誰でも展示ができる展覧会なので、ほかの作家の作品同様に受け入れたということです。恐らく、JAALAが連絡をしたのは丸木美術館だけだったと思います。JAALAの作家の方々が同展に出品されている背景もあり、受け入れ先として思いつくのが丸木美術館だったのでしょう」
丸木美術館は正式名称「原爆の図丸木美術館」。1967年に開館し、丸木位里氏、丸木俊氏夫妻による「原爆の図」連作が展示されていることで広く知られ、「『平和の少女像』に限らず、ほかでは展示が難しいという作品が持ち込まれることはよくある」そうだ。では『反核反戦展』の来場者からは、どのような反響があったのだろうか。
「7年前なので、記憶があいまいな部分もありますが、目立った反響はなかったです。ブロンズ製のミニチュア版だったため、作品自体に気づかず、通りすぎる来場者の方も多かったと思います。気づく人だけが気づく作品だったのではないでしょうか。我々も、『政治的意見を主張する作品』と強調するつもりはなく、とりわけそのような説明もしませんでしたし……『大きな騒動にならないように配慮した』とも“言えなくはない”です。とはいえ私は『平和の少女像』を、必ずしも『政治的意見を主張するだけの作品』とは思っていません」
ただ、『反核反戦展』の出品作家から、「ああいった政治色の強い作品を展示すのであれば、私はもう出品しない」と拒否反応があったことは強く記憶しているという。その作家は、実際に翌年から同展への出品をやめたそうだが、「それもまた作家の自由」と岡村氏は言う。
「しかし、ほかの方から『出品しない』との声が出たからと言って、『平和の少女像』の出品を取り下げることはありません。無審査で誰でも出品できるというアンデパンダン展の趣旨は大事にしなければいけないと思いました」
パブリックな空間で表現の自由が制限される そんな岡村氏は、『表現の不自由展・その後』中止問題をどう見たのか。「平和の少女像」について、河村たかし・名古屋市長が「どう考えても日本人の、国民の心を踏みにじるもの」と批判し、世間でも同様の抗議が聞かれている。岡村氏は「平和の少女像」も出品された15年開催の『表現の不自由展』では「目立った拒否反応が出ていなかった」点を踏まえつつ、「今回大きな騒動になったのは、やはり『公的な展覧会で「平和の少女像」が取り上げられた』という点が大きかったのではないでしょうか」と見解を述べる。
「こうした背景を踏まえると、どうやら今この国の『表現の自由』というものは、プライベートな空間においては一定許されるが、パブリックな空間においては制限される――そんな暗黙の了解を感じ取りました。それ自体を、私はおかしいと思っています。日本では、上からの指示に従うのが『パブリック』の在り方なのか。本来は、少数弱者の意見も主張できる機会を担保するのが、『パブリック』の重要な役割だと思うのですが……日本の『パブリック』は成熟していないという現状を感じました」
なお東京都美術館の件は、公立の展示施設が、主催団体(JAALA)にスペースを貸し出し、その展示作品に対して撤去の判断を下した構図で、「こちらも新聞報道されましたが、今回のような大きな騒ぎにはならなかった」という。
一方で、岡村氏は学芸員として、「表現の自由」の難しさに直面することもあるという。「あくまで私個人の見解であり、ほかの美術館の学芸員の方とは異なるかもしれませんが」と前置きした上で、次のように「表現の自由」に対する思いを語ってくれた。
「美術館というのは、ある種の権威にならざるを得ない部分もあるのです。よく丸木美術館は『表現の自由の牙城』だと言われることがあります。ただ、それはあくまで一面から見ればそうなのであって、別の意見を持っている人から見るとそうではない。例えば、丸木美術館では『戦争賛成』をテーマにした展示はやりません。もちろん、できる限り規制はしたくないと思うのですが、展示によっては、本来存在しないはずのボーダーがどこにあるかを探り当てる仕事を、せざるを得ないのです。その場所の『文脈』を著しく外れるものが現れた時に、どう対処するかは、誰かが決断しなければいけない。そう考えると、学芸員は、時に『表現の自由』を制限する側に回らざるを得ない仕事だと、私は思っています。ですから、『表現の自由』という言葉を使う際には、少しうしろめたい気持ちになります」
『あいちトリエンナーレ』にもまた、そもそもボーダーは存在しない。しかしその中で、一定の合意を得られるボーダーを見極めていくのは、簡単なことではないだろうと、岡村氏は言う。
「丸木美術館でも、作家に対して『この作品は刺激が強いので、ネガティブな反応も予想されるが、どう思うか』と意見を聞き、作家の判断で丸木美術館の文脈や歴史性を踏まえた別の作品を出品したことは実際にあります。表現を委縮させてしまってはいけないが、作家と対話を重ねて、この場所で展示をする意味を考え、しかし予定調和に陥ることのない表現とは何かを探って、合意していくプロセスは大事。同時に、『どんな反応が起こり得るか』『その反応に現場の職員が対応できるか』という現実的な問題も考え、十分に対処する必要があるのではないでしょうか。そこまで準備して初めて、展示が決定すると思っているので、『表現の不自由展・その後』が3日で中止となったことについて、私は『それでも社会に一石を投じたことに意味がある』とは言えません」
『あいちトリエンナーレ』芸術監督の津田大介氏に対しては、「作家を受け入れる側としては、最後まできちんと向き合う必要がありますし、展示を決断した以上は最後まで継続するのが最低限の責任と思っています」と岡村氏。しかし今回、「それがなされないほどの大きな圧力がかかったのでしょう。もちろん一番問題なのは、不当な圧力をかける側なのは間違いありません」という。
置き去りにされた「作品」と「少女」 一方で岡村氏は、「平和の少女像」をどういった作品ととらえているのか。また『表現の不自由展・その後』が中止に追いやられる一端になってしまったことを、どう見ているのか。
「実は私もブロンズ製のミニチュアしか見ていなかったときは、単純に『政治的な意見を主張する作品』なのかなと、少し思っていた面があったのです。しかし、15年の『表現の不自由展』で、彩色されたFRP(繊維強化プラスチック)製の等身大の像を見た時、印象が変わりました。少女像の隣には椅子が置かれ、実際に座ることができるのですが、はじめはとても緊張したんです。隣に座って、同じ視線から等身大の少女像を見ると、赤くてふっくらした幼さのある頬、本来三つ編みだったであろうにバラバラに切り刻まれ不揃いになった髪、一点を見つめるように緊張するまなざし、ぎゅっと握りしめられた手、不安定に浮いている踵など……細かいニュアンスがわかり、少女の方がこわばっていることが伝わってきました。それはブロンズ製のミニチュアではわからなかったことです」
また、少女像の隣に座ることによって、「『自分がもし生身の少女と二人きりでいた場合、何をするのか、何ができるのか』想像をかき立てられた」そうだ。
「その時、私は『日本と韓国の関係がどうだ』といったことを考えなかったんです。これは『慰安婦』問題でもたびたび語られることですが、もっと普遍的な人権の問題……どこの国にも、どの時代にもある問題について表現された作品だと感じました。作家であるキム夫妻も、日韓の歴史認識の問題だけを意図して作っているわけではないと思います。しかしそれを逆手に取るように『日本だけがやったことではないのだから日本に罪はない』と少女像の存在を抹殺してしまうことは、二重三重に暴力を上塗りすることになります。『平和の少女像』は、国境線を引いて攻撃するための像ではない。むしろ真逆なのではないか、そう思いました」
彩色された等身大の少女像、その隣に座るからこそ伝わる「物語や歴史の正体がある」と岡村氏は言う。それを体感できる機会であったはずの『表現の不自由展・その後』が中止になったことに、なおのこと悔しさを感じる人は少なくないだろう。
「今回の騒動もそうですが、『平和の少女像』については、作品が置き去りにされ、記号的な先入観ばかりが暴走している、そしてそれが繰り返されているような気がします。ニュースでも、政治家の発言ばかりが取り上げられ、肝心のキム夫妻のコメントが全然出てきません。そういう意味では、『慰安婦』と呼ばれる女性たちが置き去りにされ、国と国の問題で対立が深まり、それが繰り返されているのと同じなのかもしれませんね。津田さんは、『あいちトリエンナーレ』のキュレーションにおいて、出品作家の男女比を半々にするなど、ジェンダー平等のいい試みをしていたと思ったのですが、結果的にこの騒ぎによって、ジェンダー的な圧力が強調され、しかもそれに屈するという形になってしまった。とても残念ですし、もったいないと思います」
「平和の少女像」という作品を、そして「少女」を置き去りにしてはいけない。『表現の不自由展・その後』中止騒動を、「騒動」だけで終わらせないために何をすべきか。いま一度考えてみたい。
岡村幸宣(おかむら・ゆきのり)
「原爆の図丸木美術館」学芸員。1974年東京都生まれ。東京造形大学造形学部比較造形専攻卒業。同研究科修了。著書に『非核芸術案内―核はどう描かれてきたか』(岩波書店)、『《原爆の図》全国巡回』(新宿書房)、主な共著に『「はだしのゲン」を読む』(河出書房新社)などがある。 最終更新:2019/08/10 20:30
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梅雨明け以降、急に気温が上がったので、なかなか体がついてこないです。 皆さんも夏バテ、熱中症には充分気を付けてください! さて、イベントのお知らせです。
2019年10月5日(土)13時から、近畿ろうきんメインホールで「サポートV報告会」を行います。
(下記チラシの裏面をご覧ください) 東日本大震災から8年、メディアの報道も減ってきていますが、被災地はどうなっているのでしょうか。
特に今年は「福島はいま」と題するパネルトークもやります。
私たちが送っているような生活を福島のみなさんも送れているのでしょうか。 「福島」ゆえの偏見・差別はあるのでしょうか。 じっくり伺いたいと思います。 また、昨年の西日本豪雨で被災されたかたもお招きし、改めて災害時の恐ろしさとそこからの復興への歩みをお話いただく予定です。
資料代として500円いただきます。
定員になり次第、締め切りとなります。 貴重なこの機会をお見逃しなく!!! お申込み、お問合せは「ゆめ風基金」まで
電話 06-6324-7702 Fax 06-6321-5662 E-mail info@yumekazek.com |
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「私が生まれた時は『あゆむ』、親からつけられた名前は、あゆむでした。2〜3年前に読み方変えました。何故変えたかっていうと、あゆむって名前呼ばれるとドキッとする事に気づいたんです」
「何か嫌な感じがするなって気づいて、こんな格好するようになったんで、男性的な『あゆむ』から『あゆみ』に変えました。あゆみって名前に変えたら、名前を呼ばれてもドキッとしなくなりました」
「何でドキッとしないのかなと思ったら、あゆむっていう名前は母親に叱られる時の名前だったんです!という事に気がつきました!本当に驚きました!」
「子どもの虐待ってのは、普通に虐待と思っているようなものだけではありません!私の両親は、私を立派に育てました。京都大学に入って、住友銀行に入って、大学院に入って博士号を取って大学教授になって」
「最後は、東京大学の教授になるという立派なエリートコースを歩んで、立派に育てたんですが。でもその私は、虐待のサバイバーだと思っています!」
「子どもを守るというのは、私のような人間を作らないという事です!私は京都大学に合格した時も、日経経済図書文化賞を取った時も、東大に職を得た時も、嬉しくなかったんです!」
「いつも私は、そういった時にはホッとしていました。この(日経経済図書文化)賞取らなければ死ぬと思ってました!本当に怖くて!受賞したのでホッとしたんですね」
「完全におかしいです!成功する人間というのはそういう人間です!成果を上げなければ、生きてる値打ちなんかないって心の底から思ってるから成果を挙げられます!」
「東大や京大に合格するような勉強を、そんな事の為に青春を捧げるのは、マトモな人間には無理です!」
「合格しなかったら、死ぬって思ってるから合格するんです!そんなふうに子どもを育てるのは、虐待です!」
「考えてみて下さい!この国はそういう学歴エリートによって指導されています。私達エリートは怯えています!誰かに何かを言われるんじゃないかと怯えています!」
「特に、自分に力を振るう人に叱られるのに怯えています!50何歳にもなっても、『あゆむ』という名前を呼ばれただけで私は怯えるんです!」
「そんな人間に社会を指導させたら、どうなるか想像して下さい!何故彼らは、原子力発電所のような、最初から安全に運営する事など不可能なシステムを、安全に運営出来ると信じられるのか?考えて下さい!」
「彼らは偉い人に、叱られるのが怖いのでそう信じられるんです!(👏👏👏👏)そういう人々に、この国を任せてはいけません!(👏👏👏)」
「怯えない人に任せないとダメなんです!自分自身が自分自身である事を受け入れてる人!自分がオカシイと思ったら、オカシイと思える人!そういう人にしか、重要な決定を任せてはいけません!(👏👏👏👏)」
「安倍さんは 学歴エリートではないです。だけど、彼はもっと凄いエリートの家の出身です。そういう人々も、怯えています!」
「お母さんに叱られる事に怯えています!おじいさんの夢を実現出来ないと叱られるから怯えてるんです!恐怖に駆られて決定を下す人に、社会を任せれば、社会は滅亡に向かいます!(👏👏👏👏)」
「私達が必要としているのは、怯えない、優しい、強い!そういう心を持った人々です!それは残念ながら、れいわ新選組の人々の中にもいないと思うんです」
「何故なら私達の世代は、全員殴られて育っています。私達の親達は、子どもを殴るのが当たり前の世代でした!私の母親は、私がアレルギー鼻炎でグズグズいわしてると、『そんな弱虫だと兵隊に行けないぞ』と脅しました!」
「世間が万博やって浮かれてる時にですね。子どもにそんな事言う親はどうかしてるんですけれども!彼らは昭和9年10年なので、産まれた時には戦争が始まっていて。子ども時代の全てを戦争の時代に過ごしました!」
「父親は、大きくなったら戦争に行って死ぬと信じていたと言っていました。母親は大きくなったら、男の子を産んで戦争に送り出して、戦死したらにっこりする!そういう靖國の母のモデルを身体に染み込ませて育ったのだと思います!」
「その恐怖が、私に埋め込まれています!同じ恐怖は、恐らく日本人の間に埋め込まれています!戦争は終わってはいません!(👏👏👏)」
「私達は、子ども達を守らないといけません!さもないと、この国の戦争は終わりません!私達の心に埋め込まれた恐怖心が、この発展した豊かな社会を生み出したんです!」
「そんな恐怖心によって生み出された豊かさはニセモノです!その豊かさは、収奪によってしか成り立ちません!何を収奪しているのか!?貧しい国の人々!私達の社会の中の弱い人々!そして自然環境です!」
「私達の豊かさは、これらの破壊によってその犠牲によって成り立っています!そのような暴力性を帯びた豊かさを、味わっても美味しくないんです!その味は苦いんです!」
「だから私達は、どんなに立派な家に住もうと、どんな立派な都市に住もうとも、どんなに優れた製品を使おうとも心が空っぽになっています!」
「私達が幸福だと感じる時!私達は幸福です!何かを手に入れても、幸福にはなりません!そして恐ろしい事に、怯えに支配された人間は、何を手に入れても、何をやっても感じません!」
「暇潰しが出来るだけです!暇潰しをやめましょう!自分達が何を食べているのか?感じましょう!美味しいものを食べましょう!気持ちのいい家に住みましょう!楽しい事をやって下さい!」
「その為の心を取り戻しましょう!その為には、私達は子ども達に学ばないといけません!子どもを叱るのをやめて下さい!子どもを躾ける権利なんて大人にはありません!」
「阿佐ヶ谷の小学生3人とお話をさせて頂きました。お腹が空いていてご飯が食べられない子どもがいるのに、学校に何百万円も掛けて学校を運営してるんだと言ったら、『何でそんな事をするんだ』と!『まずお腹の空いた子にご飯を食べさせてから、学校作ればいいじゃないか』と!小学生は私に言いました!」
「『何でそんな事するの!?』と聞かれました!『大人が狂ってるからです!』と私は答えました!私達の狂気を、今日断ち切って!子ども達を守って、本当に楽しい社会を、今作りましょう!(👏👏👏👏)」
やすとみ歩氏「れいわ新選組(参院選候補者)
街頭演説会①」2019.7.5 @新橋駅SL広場 1:51:12頃から
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