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はじめに言葉ありき。言葉は神と共にあり、言葉は神であった。
( ヨハネによる福音書1章1節)
Εν αρχη ην ο λογοs,και ο λογοs ην προs τον θεον, και θεοs ην ο λογοs.-- ギリシャ語。
 In principio erat Verbum et Verbum erat apud Deum et Deus erat Verbum.--ラテン語。
 
言葉・・・λογοs(ロゴス)を「理性」とか「論理」の意味もあるので「言葉」と訳すことに問題があるという人がいる。
そうではない。この聖句は旧約聖書を意識して書かれたことが明白である。
 
 
創世記 / 1章 1-3節
初めに、神は天地を創造された。
地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。
神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。
 
この【神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった】を受けて
【はじめに言葉ありき】と書かれたことは、ヨハネ書の次につらなる聖句で明らかとなる。
 
ヨハネによる福音書 / 1章 2-3節
この言は、初めに神と共にあった。
万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。
言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。
 
そして、このヨハネ書は他の3福音書より後代に使徒ヨハネとは別人によって書かれて、史的イエスを反映していないと高等批評されている。
更に次の聖句を注目しよう。
 
ヨハネによる福音書 / 1章 6-7節
神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。
彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。
 
何のことはない、「神から遣わされた私、ヨハネの言葉を信じろ」という前置きの文に当たるのが
【はじめに言葉ありき。言葉は神と共にあり、言葉は神であった】である。

ユダヤ教もキリスト教も文字宗教である。書物による啓示宗教なのである。
蛇足であるが、ロゴス=言葉で正しい。
 
----------
 
さて、この「はじめに言葉ありき」は西洋に多大な影響を与えたし、
無知な人はいまだに影響されている。
 
西洋最後の哲学者(私の勝手な決めつけですが)ハイデッガー(1889−1976)は、その著書『存在と時間』・・・執筆予定の全体の1/3の途中で断筆した・・・が間違っていると自認した。
なにが間違っているのかといえば、「存在」を論じる基礎となるところの「言語」に対する認識が間違っていたのである。
 
「言葉と存在についてよく考えてみることが、早くから私の思考の道筋を規定していたものですから、そのために、その二者[言葉と存在]を論究することは、逆に、いつまでも背後にとどまったままになっていたのです。
『存在と時間』という書物の基本的な欠陥は、あまりにも早く、遠くまで行き過ぎてしまったことかもしれません。」と彼は認めている。
 
言葉は何らかの事象を前提として人間によって作られたものであり、だからこそ意味を持つものである。
また、意味そのものも時代や環境、そして用いられ方によって変わるのである。
ところが、ハイデッガーは言葉があって事物が存在すると間違えたのである。
人間より言葉が先にあるとまで間違って認識していたのである。
(それが間違いであるとハイデッガー信奉者の木田元までが気がついていない・・・木田元には多くを教えてもらったが・・・ここが木田の限界である)
 
そして、なにもこれはハイデッガーに限らなく、それまでの西洋哲学者は一様に言語に対する認識が間違っていたのである。

すべては「はじめに言葉ありき」という聖書を読んでいたがためである。

つまりは、「はじめに言葉ありき」というのは言語学上も哲学上も間違いであるということですが、
今日においても、そうとは知らない人の方が多いということです。
 
人間は言葉を習って言葉を知るのであって、言葉が先に存在するのではない。
ただし、その習った言葉が事物の秩序を編み上げ、現実を構成しているのである。

この記事に

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    >完全な正三角形とはどんなものであるかを知っているからなのだ。

    どうやって知った?
    ほとんどの人は先人から教えられたのだ。
    「完全な」、「三角形」、「正三角形」という言葉(語)を、その概念と一緒に教えられたのだ。

    [ honky tonk man ]

    2017/10/30(月) 午後 2:00

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    そして人間は利口だから、習っていない言葉(語)で呼ばれる存在物をも他と区分して認識することができる。

    正八角形をした水道の蛇口であれば、「正八角形という言葉」を知らなくても、丸と四角の間の形状物として認識することができる。蛇口という言葉を知らなくても、それをひねれば水が出ることを知っている子供はいる。

    あなたの主張、「言葉を知らない人にとって、それが存在しないのと同じで。」は誤だ。

    「正八角形の形状をした蛇口」は、当該言葉を知らない人にとっても存在を認識することはできる。

    [ honky tonk man ]

    2017/10/30(月) 午後 2:15

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    余談だがね、古代インド哲学では、言葉(語)があるものは存在するという論が優勢だったんだよ。

    おかしな話だ。
    一角獣も人魚も幽霊も・・・何でも存在することになる。

    だから釈迦や龍樹は否定したんだよ。
    「〜ではない」と。
    ところがインド語から漢字に翻訳するときに「無」としたことから、「存在の無」と「否定形」の区別が曖昧になり論理も滅茶苦茶になり、仏教経典は読むに耐えないものの原因のひとつになった。
    余談だ。だから、これに突っ込みを入れることを禁ず。

    [ honky tonk man ]

    2017/10/30(月) 午後 2:28

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    昼休みに久しぶりにログインしたら
    珍客が来ていたので長い昼休みになった。
    仕事に戻るので、じゃあ、また。

    [ honky tonk man ]

    2017/10/30(月) 午後 2:32

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    記事を書かなくなって2年半経過しているが、毎日数十人が訪問される。

    当「はじめに言葉ありき、という間違いについて」という記事を多くの方が閲覧になっている。

    読まれて納得できない方は、言語論と論理学とを学ばれた後に
    私の別記事https://blogs.yahoo.co.jp/honkytonkman_2/34709917.html
    をお読みください。

    [ honky tonk man ]

    2017/11/12(日) 午後 11:39

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    言語がいかに曖昧なものであるか、
    そして、
    「その曖昧な」言語(記号を含む)でしか論述できない論理が必然的に曖昧であるかを知れば、
    「はじめに言葉ありきは誤である」ことを理解できる。

    また「存在が認識から生まれているのなら、言葉が先です。」などというバカげた思考を排除することができる。

    思考に誤があるかぎり真に近づけない。
    もっとも、その真ですら言語表現不可能ですがね。

    [ honky tonk man ]

    2017/11/13(月) 午前 0:03

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    IEだと正しく導かれないね。
    https://blogs.yahoo.co.jp/honkytonkman_2/34709917.html
    無からの創造について

    そう、「無からの創造について」で検索すればヒットする。

    ただし論理学の論理式等のイロハを知らなければ難しいかも。

    [ honky tonk man ]

    2017/11/13(月) 午前 11:39

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    それでも納得できない人は
    現存する哲学者で第一級とされるクリプギを読めばいい。

    https://blogs.yahoo.co.jp/honkytonkman_2/35297217.html
    クリプギの結論


    彼は『名指しと必然性』という著書の結語で重要なことを書いている。
    それを読解できる人は少ないかも。
    (逆に言えば、読解できない人は、私honky tonk man の言っていることすら理解できないだろう)

    [ honky tonk man ]

    2017/11/14(火) 午後 8:42

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    インドの六派哲学のひとつであるヴァイシェーシカ学派は、馬には馬性(すなわち馬たらしめる自性)があり牛には牛性(自性)があるから、我々は馬と牛の区別ができると考えた。ある意味ではプラトンのイデアと同じである。
    しかしながら、言語学のソシュールと哲学のウィトゲンシュタインが登場して、そのような考えは否定された。われわれは知覚及び想像の対象となるものに任意の名前つまり言葉を付したのだ。そしてそれ以後はその対象を名前(言葉)で区別しているのだ。
    机を見てそれが机であるとわかるのは、「机」という名前(言葉)を正しく知ったときにはじまるのだ。言葉を知るということはその対象の概念をも同時に知ることである。

    [ honky tonk man ]

    2017/11/27(月) 午後 10:56

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    われわれは知覚及び想像の対象となるものに任意の名前つまり言葉を付したのだ。

    最初に言葉があったのではない。
    事物が、知覚及び想像の対象となるものがあって、それに「任意の」名前を、つまり言葉をつけたのですよ。

    [ honky tonk man ]

    2017/11/27(月) 午後 11:01

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    馬には馬性(すなわち馬たらしめる自性)があり牛には牛性(自性)があるから、我々は馬と牛の区別ができると考えた。

    牛性とか馬性とかという自性というものはないと論じたのが龍樹です。
    ソシュールやウィトゲンシュタインよりも1,500年前に「すべてのものは自性がない」と断じた。
    それを漢字にすれば「諸法無我」です。

    [ honky tonk man ]

    2017/11/27(月) 午後 11:07

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    「はじめに情報ありき」ではどうでしょうか? 削除

    [ OGI ]

    2017/12/6(水) 午後 6:34

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    質問の意味と意図がわからない。

    「はじめに言葉ありき」と聖書に書かれているが、それは言語学・言語論・ウィトゲンシュタイン哲学によって否定されたと私は理解しているし、その理解に基づいたことを記述している。

    聖書に記述されたことに誤謬があること及びその誤謬が永年人々を惑わしてきたことを指摘しているのであって、「情報」云々ということに関心はない。

    [ honky tonk man ]

    2017/12/6(水) 午後 10:15

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    創世記(旧約聖書)第一章に次のように記述されている。

    神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。

    神が言葉を発して言葉とおりにものが創造されたと推定することができる。

    そしてヨハネ書で「はじめに言葉ありき。言葉は神と共にあり、言葉は神であった。」と書かれていることにより、言葉は神と共にあり、言葉は神であったとまでキリスト教徒は信じるに至った。


    情報が神であるとは誰も思ってもいないし、神と共にあるとも思わない。したがって「言葉」を「情報」と置き換え「はじめに情報ありき」を考察する意味がない。

    [ honky tonk man ]

    2017/12/6(水) 午後 10:36

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    もっと本来のホンキー節で言えば、
    「はじめに言葉ありき」を否定しているのであるから
    「はじめに情報ありき」など既に否定されていると推察できないのか?

    [ honky tonk man ]

    2017/12/6(水) 午後 10:40

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    「アフォーダンス」という概念を知っていますか?
    私はどこかで記事にしている。
    調べるのが邪魔くさい。
    wikiでも見てください。

    人間もだが、その他の動物も環境から意味を与えられる。
    言語を持たない動物も障害物を障害物と認識できる。

    障害物という言葉を持たない動物でも障害物たる存在を認識するのですよ。アメーバですら尖がったものを認識する。
    人類は言葉を発する前から障害物という存在を認識していると考えるのが妥当だ。
    私は「アフォーダンス」を知ってそのように考えた。

    [ honky tonk man ]

    2017/12/6(水) 午後 10:50

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    https://blogs.yahoo.co.jp/honkytonkman_2/31500373.html?__ysp=44Ki44OV44Kp44O844OA44Oz44K5IGhvbmt5IHRvbmsgbWFu

    アフォーダンス



    ・・・アフォーダンス honku tonk man ←このように検索してもでてくる。

    [ honky tonk man ]

    2017/12/6(水) 午後 11:14

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    その記事のコメ欄より


    また今回の研究により、アトキンソン博士は人類が言語を使用し始めたのは少なくとも10万年前だと唱えた。

    [ honky tonk man ] 2012/10/6(土) 午後 10:33

    [ honky tonk man ]

    2017/12/6(水) 午後 11:21

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    オークランド大学の言語学者の仮説で定説ではありません。
    しかし、人類はいずれの時代かに言語を使用しはじめたと、----聖書記述に反して、----思考するほうが妥当である。

    [ honky tonk man ]

    2017/12/6(水) 午後 11:27

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    したがって「はじめに言葉ありき」も「存在が認識から生まれているのなら、言葉が先です」も「間違い」です。

    [ honky tonk man ]

    2017/12/6(水) 午後 11:32

    返信する

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