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 ユネスコの諮問機関は、このほど、仁徳天皇陵古墳を含む百舌鳥・古市古墳群を世界文化遺産に登録するよう勧告したという。

 簡単に言うと、ここは世界遺産になる事が決定したのだ。

 登録される古墳は、49基ある。

 大阪は、万博がやがて開催されるは、今回初めて世界遺産を得るはで、今勢いに乗っている。

 ただし、この古墳群は観光的に見ると、弱い。

 形状は変わっているのだが、平地から眺めても、それがわかりにくい。

 上空から眺めてこそ、姿の面白さ、個性がわかる。

 世界中から多くの観光者を呼ぶ為には、上空から形状がわかる施設を作った方がいい。

 五稜郭タワーみたいな塔を、建設するべきだと思う。

 チリには、ナスカの地上絵をヘリコプターに乗って、上空から見るツアーがある。

 しかし、あの辺と大阪府堺市とでは、事故が起きた時の被害が大きく異なる。

 ナスカの地上絵の辺りは辺鄙だから、ヘリが落ちても、亡くなる人は搭乗員だけのはず。

 一方、堺市では、住居、学校にでも落ちたら、住民まで巻き込み、犠牲者の数も、かなり多くなるおそれがある。

 だからヘリで、上空から仁徳天皇陵を見よう、というツアーは、成立しにくい。
 行政は許可しないと思う。

 となると、やはりここは塔を作るしかない。

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   城マニアには、嬉しいニュースだ。

 大阪市は、大坂城本丸地下に眠る豊臣時代の石垣を、公開する計画を進めている。

 ゴールデンウィーク後に、この計画は本格化するという。

 豊臣秀吉が作った高さ6m、幅8mの石垣を掘り起こす。
 そして、石垣展示館を建設し、恒久的に公開するという。

 秀吉が作った大坂城は、豊臣家が滅亡すると、徳川氏に徹底的に破壊された。
 そして、埋められてしまった。

 今ある城は、その上に徳川幕府が建設したものである。

 約400年ぶりに、太閤さんのお城が出てきて、見物可能になるのだ。

 石垣展示館は、2021年春にオープンする予定だという。
 

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   イエス・キリストが処刑される直前に昇った階段「スカラ・サンクタ」が、ローマで最近、一般公開され話題を呼んでいる。

 スカラ・サンクタは、大理石でできた28段の階段。
 1723年に保護板が付けられてからは、一般公開をしていなかった。

 一般公開されるのは、約300年ぶりであった。

 公開されると、早速熱心なキリスト教信者達が昇った。
 中には、感極まり泣き出す者も。

 なお、一般公開は今年6月19日まで。
 その後、痛みを防止する為の保護板が戻され、公開禁止となる。

 ●下の画像は拡大可
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   あと少しで平成が終わり、令和の世が来る。

 ところで、改元に関して、大騒動が起きた事がある。

 それを、「光文事件」と呼ぶ。
 今では、知る人が少なくなっている事件である。

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 大正15年12月25日午前1時25分、大正天皇が葉山の御用邸で、崩御された。

 それで、毎日新聞は、「新元号は光文だ」と書いた号外と、朝刊を発行したのだ。

 これにつられる形で、他の新聞各社も、
 「新元号は、光文」
と書いた号外、朝刊を相次いで配った。

 だが、朝刊の配達が完全に終えた午前11時頃、宮内庁が、

 「新元号は、昭和」

と、発表したから、さぁ大変!

 新聞各社は、てんやわんやの大騒動になった。

 夕刊や、翌日の朝刊に、謝罪の文章を載せる。
 また、誤報の元締め、毎日新聞の本山彦一社長には、
 「責任を取って、辞職するのでは?」
という噂がまことしやかに流れた。

 でも、この社長、結局は辞職しなかったらしい。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 でもって、この騒動は、ここで終結したわけではなかった。

 当時の日本と言うのは、情報伝達機能が発達していなかった。
 その為、地方の一部には、光文が誤報である事が伝わらなかった。

 この日、誕生した赤ちゃんには、

 光文元年12月25日生まれ

と、戸籍に記載されてしまった子が、かなりいたらしい。

 その中には、戦後になってもまだ戸籍謄本には、光文元年12月25日生まれと記載されている人がいて、
 「江戸時代生まれ?」
と勘違いされたり、色々騒動があったらしい。

 平成が終わる日、令和が始まる日、手違い、間違いなどないといいな。

 ●この記事に付けた画像は、大正15年12月25日発行の東京日日新聞の号外。
 よく見ると、元号は光文と書かれている!
 これが、光文事件の動かぬ証拠だ。
 

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   今朝起きて居間へ行くと、父親がテレビニュースを見ていた。

 ニュースには、パリにあるノートルダム大聖堂が出ていて、激しく燃えていた。
 尖塔も炎で、崩れ落ちた。

 ここは、美しいゴシック建築様式の教会である。
 歴史があり世界遺産にも、登録されていた。

 日本時間の今日の午前2時頃、屋根裏部屋から火災が発生したという。
 ノートルダム大聖堂では現在、改修工事をしていた。

 たぶん作業員のなんらかの不始末から、火が出たのではないか?

 ノートルダム大聖堂の火災の映像に、ショックを受けた人は世界中に多そうだ。

 観光者が一番多く訪れる国は、フランスだ。
 その首都パリにあるわけだから、凱旋門、エッフェル塔、ルーブル美術館と共に、旅で行って見た事のある人は多いだろう。

 そこが激しい火災に遭うとは、かって行った人は、何とも言えない気持ちになるはずだ。

 日本で例えれば、青春時代に修学旅行で見た京都の有名な寺、神社が火事になったとする。
 すると、自分の美しい思い出が消えてしまうようで、強い喪失感をおぼえる。これと似た感じではないか?

 有名な観光スポットには、多くの人の思いが残るものだ。

 

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