この世において菩薩の心を持って生きた人が、 死後に行く世界は、菩薩の世界です。 それ以外の世界ではありません。 天国に行くか地獄に行くかというのは、 死んでから分かることではなく、生きているうちに分かることなのです。 みなさんが、毎日毎日考えていること、 あるいは、この一年、この十年、 考え続けていることは、どのようなことでしょうか。 その思いの程度を見れば、 みなさんが、どの世界の住人となるのか、 あるいは、もともと、どの世界の住人であったのかということが分かります。 「悟りを高める」ということは、 よりよき未来設計そのものでもあります。 来るべき自分の人生を決めることであり、 自分の本来の使命を悟ることでもあるのです。 |
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生きているうちに分かる・・・
なんとも重たい言葉ですね
誰もが背負っていかなければ
2007/8/6(月) 午前 11:41 [ men*gai*417 ]
menogaia417さん〜♪難しい話に、コメント、ありがとうございます(^^)人(*´▽`人)
重たい言葉に感じますか?私はついつい慣れっこになってて、当たり前のことに感じてるのですが、受け止め方は人それぞれでしょうね^^
認識力の高い方から見れば、その人の何気ない言葉や行動で、ある程度、心の中が分かってしまいます。悩みさえも分かったりしますよね。あ、この場合はそれとは関係ないかも知れませんが、「この世での境地」がそのまま「あの世での境地・行き場所」って感じかな?
2007/8/6(月) 午後 1:05
今回の説法では、最後の行の、
「悟りを高める」ということが、「自分の未来の使命を悟ることでもある」というところが難しいように思います。「未来設計」というのは、この世の未来とあの世における未来の二つを意味してるでしょうか・・
2007/8/6(月) 午後 1:11
醜い部分が多いおやじは、地獄行きが決まっているのでしょうね。(;^_^A アセアセ・・・
もともと、どの世界の住人であったのかということが分かるということはおやじは地獄の住人だったのでしょうね。ァハハ・・(^д^;)
2007/8/7(火) 午前 11:25
「醜い部が多いおやじさま・・」そんなふうに言われると、実物を見てみたくなるじゃありませんか〜ぶ!( ̄△ ̄*)ヾ おやじさまの醜い部分って、後姿?それとも頭?顔?見えない心の中?それによって結果は違ってきますけど・・・(||||▽ ̄)
2007/8/7(火) 午後 5:24
「もともと、どの世界の住人であったのか」というのは、ちょっと誤解されやすいかも知れませんが、「地獄から生まれて来ることはない」というふうに聞いています。ということは、いったんあの世に赴いて地獄に行くような人は多いけど、みんな励まされたり反省したり説法を聞いたりしながら地獄から出てくるようなのですね、いろんな努力の甲斐があって、何年か何百年かしたら地獄から解放され、また必要に応じて、希望に応じて、この世に生まれ変わってくるみたいな・・・((●^∇^●))、
2007/8/7(火) 午後 5:29
あ、ちょっと話がそれちゃいましたけど、おやじさまが地獄の住人だったかどうかはさて置き、
今生きている人だったら、半分以上のひとたちが、ちょっとだけ地獄に寄り道しなくちゃいけないかな〜?という感じなんだそうです。早い人だと何十日かで出られることもあるでしょうし、
これは、この世の刑務所みたいなものとおなじだから理解できますよね?
地位や名誉に関係なく、その人の心次第、いま思っていること次第、亡くなるときの心境次第って感じでしょうか。
2007/8/7(火) 午後 5:37
容姿のことは全く頭になかったのですが、ほのか殿に言われて容姿も含む全ての部分が醜いですね。(>_<)心が顔に出てくると言うのはこのことかもしれませんね。
ほのか殿の詳しい説明で納得です。わかりやすい説明ありがとうございました。
2007/8/8(水) 午前 11:58
うぎゃ〜〜!^^ふんぎゃ〜((o(>皿<)o))〜 !!
ますます、おやじさまのお顔を拝顔したくなるじゃありませんかぁ〜!えへっ(〃 ^^)(;∇;)
それほどまでおっしゃらなくてもいいですよ^^
っていうか、ゆったらいけません。もっと、言葉を大切にしましょうね。
ああ”〜〜こんな私の独り言に、お礼の言葉までいただき、こちらこそ感謝感謝です。
今夜から、おやじさまのほうに足を向けて寝られません。((●^∇^●))
2007/8/8(水) 午後 5:57