智頭病院ほのぼの美術館【写真館】です。♪ようこそ v(^_^)/

国民健康保険智頭病院は院長の発案でHPに《ほのぼの美術館》を、分館として【写真館】をブログで開館しました。

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♪ 上記は2004年開催時のチラシを撮った写真です。 ♪
6年ぶりの御柱祭り当日のこの日、全日快晴に恵まれました。
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♪ 快晴に恵まれたこの日 : JR・智頭急行 智頭駅前です。↑ 
↓望遠レンズで撮影
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♪ 御柱が町内を巡回します。 女性の担ぎ手も!!
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♪ 転倒などでのケガ人が出ないように、調子を整える役の人も・・・
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♪ 職員のT氏 : 汗が飛び散る額 ・・・ ステキな表情です。
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♪ 御柱を担ぐ独特のエネルギーが観客にも伝わります。
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♪ 鮮やかですね!
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♪ 取材のプロが走ります。素人の取材人も多い!〜 職員もその一人・・・
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♪ 石谷家住宅前での小休憩後、諏訪神社境内へと皆の塊が移動します。
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♪ 諏訪神社への狭い登り道を御柱が進みます。
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♪ 普及した携帯のカメラで撮影する人は、この年が初めてとなります。
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♪ 担ぎ手と同様、転倒しないように、足場を固めての撮影でした。
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♪ 智頭 諏訪神社の本殿に突入!〜 御柱が石段を駆け上がります。
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♪ 解説1 = 祭りの由緒・歴史 =


 信州諏訪大社の分霊を奉遷している。6年ごとに行われる『柱祭り』は4本の杉を神社に奉納する勇壮な祭り。町内の山から4本の杉を担ぎ出し、町内を練り歩いた後、神社に奉納される祭りです。
 蒙古来襲の頃、弘安元年(1278)に信州の諏訪大社の分霊をいただき、古くから軍神や鎮火の守護神として崇敬されてきました。現在の本殿は天保3年(1832)、幣拝殿は明治37年(1904)に改築されました。また、諏訪神社の境内には欅の大木に混ざって多くの楓樹があり、その紅葉は壮観で、古くから紅葉の名勝地として地元に愛されています。
 当時、智頭の宿場町(智頭宿)が大火に見まわれ、街の大半が焼失した際、火伏せのご利益があると伝えられる信州諏訪大社から分霊をいただき、信州の「御柱祭」にちなんで、智頭町でも6年に1度、祭りを開催してきました。


♪ 解説2 = 祭りの本番 =


 6年ごとの申年と寅年に行われる全国でも珍しい勇壮な祭りで、その起源は天明2年(1782年)までさかのぼります。
 祭りの当日は、早朝3時に「起こし太鼓」の音を合図に、各町内会の奉仕者(御柱となる杉の木を山から提供してくれる人)と、担ぎ手が一斉に山に入り、あらかじめ選ばれた4本の杉の木に酉年生まれの幼少年が最初に斧を入れ、「伐り初め式」が執り行われます。


♪ フムフム・・・
 御神木は、長さ26尺(7.88m)に伐採され、担ぎ手によって「ムカデ」といわれる台座に乗せられます。
 台座と杉の木をあわせた重さは、なんと1.5トンもある。これを白装束に身を包んだ数百人の青壮年たちによって、威勢よく担がれ、町内を練り歩きます。 4本の柱が街中を練り進む姿は、なんとも勇壮で、実に壮観です。
 その後、一斉に諏訪神社の石段を駆け登り、4本の御柱が宮入りし、担ぎ込まれた大木の皮を剥いだあと、清め塩で磨かれ、本殿の四隅に建立して祭りは終了します。


♪ 〔ほのぼの美術館〕 【写真館】 ♪

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