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連邦準備銀行 FEDERAL RESERVE BANK
連日、連銀のバーナンキ議長がテレビに出ている。今日10月27日はニューヨークの株式取引所のダウ平均が8,000ドルを割ろうかという所まで下降、東京証券取引所のダウは一時7,000円を割ったとかのニュースが世界を駆け巡っている。ついこの間、今年の5月、中国の餃子問題がメディアを騒がしていた時はNYSEはダウ13,000ドル、東証ダウは14,000円だった。
たった5ヶ月ですべての株が半値近くになった訳だ。歴史は誰もが想像できない方向へ進むことを改めて実感している。この暴落は何人かの人が予言していたと前回述べたが、なかでも副島隆彦の「ドル覇権の崩壊」と藤原直哉の「世界同時株暴落」でのべられているのは気味が悪いほどピタリ的中である。ちょうど1年前に読んだこの二冊の本をもう一度読み返してみたが、書いた本人もまさかここまで的中するとは思っていなかったのではないか。100%そう思っていたのであれば株の空売りで膨大な利益を出している筈である。ま、予測を立てることと、実際に株の売買をすることは別の話ではあるけれども。
副島隆彦の場合はアメリカ下院議員,Ron Paulの「ドル覇権の終焉」が下地になっているようである。
さて、FRBの話であるが、新聞に出てくる連銀はほとんどがニューヨークの連銀でロスアンゼルスに連銀があることを知っている人は少ないであろう。今回はロサンゼルスにある連銀を訪問した時の話をしよう。8月と9月に二度訪問する機会があった。
グランドとオリンピックの近くに写真のようなビルがあるが、これがサンフランシスコ連銀のロサンゼルス支店である。何か話しがややこしいが、これは連銀の歴史と関係がある。
連銀は連邦準備法Federal Reserve Actという法律によって作られたが、これは1913年のことだ。アメリカは1900年の初め、現在と同じような多くの銀行で取り付け騒ぎがあった。英語ではこれをBank Runという。そこで出来たのが連邦準備システムでアメリカを12の地区に分け、それぞれに連邦準備銀行を設置したのである。連銀は日本における日本銀行と同じような中央銀行だと思っている人がいると思うが、少し違う。その違いはアメリカという国が50の州から成立しているけれども、ひとつひとつの州が独立色を強くもっている点とよく似ており、首都に本店がある中央銀行という形態ではなく、連銀は連邦政府の中の独立した機関であり、英語でいうとDecentralized Central Bank, Independent ”within ”governmentということになって、もともとは12の地区Regionをそれぞれが担当していた。ところが、1913年といえばアメリカはまだ第一次大戦の少し前、西海岸はそれほど発展してはおらず、大方のビジネスは東部に集中していた。したがって12のリージョンは合衆国を均等に分けたものではなく、東部に連銀の所在地が集中していた。ニューヨーク、ボストン、リッチモンド、フィラデルフィア、クリーブランド、シカゴ、アトランタ、セントルイス、ミネアポリス、カンサスシティー、ダラス、そして西海岸では唯一サンフランシスコにのみ連銀があった。サンフランシスコは当時、西海岸での金融の中心であり、市中銀行の本店がサンフランシスコに多いのもこうした理由からだろう。しかしその後の西海岸の発展は目覚しいものがあり、当然ながらお金の動きも活発になる。とりわけロサンゼルスは急速に拡大したので連銀を設置するのは当然であるが、このシステムを抜本的に変えようという動きもなく、ロサンゼルスの連銀はサンフランシスコの連銀の支店という位置付けで現在に至っている、このように12の連銀の下に連銀の支店を置く方式はその後もつづき現在では連銀は25箇所に設置されている筈である。
システムを抜本的に変えようという動きがなかったのは連邦準備委員会(これもFederal Reserve Board-FRBというのでややこしいが)の選出方法と関係がある。ややこしい話は省略するが委員会は7名の理事Board of Governorsで構成され、議長は現在バーナンキ、その前は有名なグリーンスパンだった。この議長は大統領によって任命されるが、金融システムが時の政権によってグルグル変わっては国のシステムが混乱するので議長の任期は長い。グリーンスパンは確か14年ほど議長職にいたと思う。
連銀の主な仕事は(1)金融政策の決定、(2)流通するお金の量の調節、ぞくにいう公開市場委員会による操作、Federal Open Market Committee FOMCの役目、(3)ドル紙幣の発行、と言われる。ドル紙幣の発行というとロサンゼルスの連銀を訪問すれば、輪転機を回して100ドル札を印刷しているところを見学できるのか?と思う人がいるかもしれないが、印刷そのものはアメリカ政府の印刷局で行っており、連銀では印刷していない。またコインを鋳造しているのか、と思われるむきには、コインはアメリカの造幣局で製造しているので連銀ではやっていない。では何もやっているのか。厳しいセキュリティーチェックと身分証明の検査を通過してロサンゼルス連銀の内部に入ってみよう。残念ながら内部の写真は禁止、おまけに筆記用具も禁止なので通訳者はノートを取ることもかなわない。これは見学者を装って建物内部の見取り図を作成し、銀行強盗に情報が流れるのを防ぐためだという。ちなみに連銀は1913年に創設されて以来、銀行強盗に入られたことが一度もないという。見学にはピストルを持ったポリスがずっと同伴することになっている。(つづく)
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