ツアーガイド哀歌

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ガイド哀歌

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Sea Urchin ウニ

Pさんは視察旅行専門の通訳である。日本からのグループとともに全米を渡り歩くのを生業としている。食事やホテル、観光などの世話は添乗員が一手に引き受けてくれるのでPさんの仕事は訪問先との連絡、現地へ到着してからのミーティングやセミナーのときの通訳をすることである。旅がらすという点では現代版の「フーテンの寅さん」といったところだろう。ただ、寅さんの場合は柴又へ帰れば愛しのマドンナが待っているのにPさんの場合はロサンゼルスへ帰ってくると恐いワイフが待っている点が違う。
先日もまた、ひとつのグループの通訳を引き受けることになった。なんでもこのグループは生物学者の一行で訪問先は原子力発電所であるという。
「普通は物理学者、工学関係、電気ガス会社関連の人たちが多いはずだが」と疑問に思った。カリフォルニヤには二つの原発があり、ひとつはSan Louis ObispoのDiablo Canyonにあるパシフィック電気ガスの運営している原発であり、もうひとつはロサンゼルスとサンディエゴの中間にある南カリフォルニヤエジソンの運営しているSan Onofreの原発である。
Pさんはなにも原子物理学を専攻したわけではないが、長い間にはその方面の知識も豊富になり、細かいところまでは知らないがプレゼンテーションの通訳ならば出来るようになっていた。以前担当した同じようなグループの資料を引き出して目を通すだけで準備完了。ロサンゼルスからプロペラ機で50分の距離にあるSan Louis Obispoの田舎町でグループを待った。
いつも思うのだが、視察旅行につきものの通訳に対しての日本側の理解が非常におそまつであるという点だ。通訳というのは確かに縦で書いてあるものを横にするという作業に違いはないが、現代社会における分野はそれ相応の幅広い知識が必要とされる仕事である。英語がべらべらであればそれで済むというわけのものではない。最先端の分野ではそれなりの奥行きがあるものであって、森羅万象すべてにわたって、それも二つの言語に精通している人などやたらにはいないと思うのだが、通訳は当然そうであるという前提に立って日本から来るのである。
「専門の通訳を用意しておりますから」と日本でのインセンティブ旅行の担当者が競争のた、めに請け負う点も理解は出来るのだが。
「いや、専門語はそのまま英語で言っていただければそれで結構です。我々はその方面のことは英語で通じます。通訳さんはそれを日本語でつなげていただければ私たちはそれで分かります」などという人が多いのには閉口する。通訳自身が話しの内容を理解できないで、どうしてまっとうなコミュニケーションが可能になるのだろうか。
高いお金を払ってアメリカへ来るのだし、その旅行の目的が視察や調査であるならば、ホテルや食事に多大の費用をつぎ込むよりも、ファックスやメールに時間をかけて担当の通訳に日本側の十分な資料を前もって送ったらいいのに、といつも思う。
「自分達がアメリカで何を知りたいのか、自分達はどのような者で、現在抱ええいる問題は何なのか」まともな通訳者ならばそうした資料を事前に入手すれば必ず下調べをするものである。つまり依頼者は通訳の使い方が非常に下手というべきだろう。
さて、Pさんの迎えたグループの目的は「原子炉を冷却するために間接的に海水を使用するが、使用後の温まった海水の海洋への放流が海洋生物にどのような影響を与えているか」を調査するのが目的であることが判明した。ここにおいてPさんは今回の通訳に必要な知識は、ウラニウムでもなく、半減期でもなく、原子炉でもないことを知ったのであった。
だが、もう遅い。Pさんはあわてたが、当時は今のように便利な電子単語帳などなく、添乗通訳に分厚い辞書を携えて動くのがいやで辞書も持参しなかった。海洋生物となれば、魚の名前も沢山出てくるだろう。魚の名前は鮨屋での知識を使うしかないが、普段使わない生物の名前となると自信はない。えーと、棘皮動物はなんといったけな。なまこは?いそぎんちゃくは?いや、魚でもふぐはなんというのだろう?ま、出てきたら、それはどういう動物かと聞くしかないなあ。その説明を聞けば、推測はつく。いまとなっては和英辞典を携帯しなかった自分が恨むしかないのだった。最初の日は案に相違してそれほどややこしい名前が出てこなかったので無事に終了した。San Onofreの原発視察も無事終了、その後はサンディエゴにある有名なScripps Institution of Oceanographyを訪問することになった。ここはLa Jolla(ラホイヤと発音する)にある世界的に有名な海洋生物研究所で連邦、州、関連産業からの基金でまかなわれている大規模な組織である。
ここでのプレゼンテーションによれば、この近海に繁茂するkelp(こんぶのような海草)は下水処理水や原発から出る温水の放流のため、近辺の海水の温度が上昇し、本来冷たい海水で繁殖する性質のため、一時絶滅の危機に瀕したときがあったが、沖合いまでパイプで持っていってそこで温水を放流するようになったためまた繁殖するようになったとのことである。それも海面下100メートルで放流しているのだ。Kelpは数々の魚の温床であると同時に食用にはならないが製剤用として使用されているとのこと。そこで研究の補助金は製剤、薬品会社からもかなりあるということだ。アメリカの産学協同のシステムはよい意味でとても参考になるとPさんは思った。それ以上に人間社会のエネルギーの使用がある生物を絶滅させ、別の種の生物を繁殖されており、その別の生物の繁殖がそれをまた食用とする生物の繁殖をもうながしている。つまり生態系の鎖を変化させていることに今更ながら恐ろしく思うのだった。
現在の世界の人口の爆発的増加によって繁殖する別の生物がいるとしたらそれは一体、どんな生物なのだろうか。多分それは何かバクテリアのようなものだろう。
プレゼンテーションの最後は「うにの受精」という講義だった。
Kelpを食料にするウニは1960年代にカリフォルニアで異常に発生し、エルニーニョのためもあって魚のねぐらが激減した。ところが、日本人がのウニを鮨ネタにするために大量捕獲をはじめ、日本への輸出がはじまるとちょうどよい生態系のバランスが保たれるようになった。日本人のウニ好きがとんだところで貢献したわけだ。と、感心する間もあればこそ、講義は次第に専門的になり、遺伝子、染色体、DNAの話になり、そのへんまでは難なくこなせたPさんも配偶子(GAMETE)あたりになると次第に怪しくなり、最後はしどろもどろになりかけたが、幸い時間的な制約もあり、何とか無事に通訳を終えることが出来たのであった。
原発の通訳が何でウニの受精の講義を通訳しなければならないの、とPさんは恨めしくもあったが、たった一つ印象に残る内容があった。
ウニの精子は卵子に到達すると卵子側からある化学物質が出て精子を卵子にくっつけてしまい、その後は精子はまったく動かなくなり、卵子が精子をとりこんでひとつの細胞になるという部分だった。この現象はすべての生物でも同じであるという。人間の男も女にくっつくまではせ精子側が活発に活動を続けるが、いったん接合してしまえば後は卵子に取り込まれるだけなのかなあ、恐妻家で知られるpさんはそんなことを考えたりした。男女の関係が不倫だろうがなんだろうが、卵子はひとつの精子を取り込んだが最後、他の精子を取り込まない。ふたつ同時に取り込んだら大変なことになるのだ。まさに自然の摂理なのである。
ようやく1週間にわたる通訳仕事を終えてPさんは家に帰った。そこで待っていたものは奥さんの次の言葉であったそうだ。
「あなた、トイレが詰まって流れないのよ。直してね。あ、それから天井の電気切れているわ。それから今日はゴミの日だから・・・」取り込まれた精子こそ哀れである。

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娘はあまりに頑固なAさんの態度に最後には泣き出し、その場はそれで終わったのだが、数年するといつの間にか娘は耳に孔をあけ、こともあろうにワイフまで内緒で孔をあけていた。今となってみれば反対した自分が時代遅れだったのかとふと反省することがある。昨今は冗談ではなく鼻に孔をあけ得意になっている若者もいる始末だ。それにしても入れ墨には参った。別に、Aさんは「ヤーさん」が嫌いではない。いや、むしろ任侠映画は大好きで昔はよくダウンタウンのリンダリー劇場へ鶴田浩二や高倉健のヤクザ映画を見に行ったものだ。「義理と人情を秤にかけりゃ、義理が重たい男の世界」耐えに耐え、我慢に我慢を重ねた挙げ句、長ドスで切り込むあのヤクザ映画を観ると、毎日毎日わがままなお客様に「ハイハイ」と従っている鬱積した気持ちがすーっとするのだった。

しかし、とAさんは思う。任侠道に生きる男の背中にあるのは、刺青であって入れ墨ではない。あれば男がまともな人生に決別をし、人生裏街道を生きようとする決意の印であって、だからこそ錦鯉、登龍、緋牡丹にはそれなりの美しさがあるのではないか。全身くまなく刺青をほどこし、人目をはばかって普段は隠している。刺青は男の美学そのもので、蝶やアルファベットの文字をちょこちょこ入れるのは刺青ではない。単なるいたずら書きに過ぎないのではないかと。

ピアスのひそみにならってAさんは娘に怒鳴りたかった。「どうせするなら全身くまなく緋牡丹を彫れ、それなら許してやろう」、だが、Aさんの中ではもう何かを言う気力が失せていた。
アメリカへ来て、いつの間にか30年が過ぎてしまった。普通ならもうとっくにアメリカ人気質に変わっていても不思議はないのだろうが、どうもこのごろ歳のせいか、ますます日本人的になってくるようだ。それに日本ですら日本人的なものがもうすっかり姿を消しているいまの時代にあっては俺などは取り残された化石人間かもしれないな。

Aさんの育った時代は、音楽は蓄音機というものを使い、手でハンドルをぐるぐる回さないとレコード盤は途中で止まってしまった。それからLPというものが出て片面一曲だけでなく数曲録音されているものが出た。馬鹿でかいレコード盤だと思った記憶がある。まもなく8トラックというものが出て、それがカセットに変わった。そこまではついて行けたがCDとなるとレコード盤が一回り小さくなっただけの話でどこがどう違うのかさっぱり分からない。Aさんは時代に遅れた事を実感として受け止めている。刺青に対する考え方も時代遅れなのだろうか。好きな男の名前を内股に入れ墨する。阿部のお定じゃあるまいし、その男と別れるようになったらどうしようというのだろう。二度と元の肌に戻れない刺青をすることで表の人生と決別した男と、マンガのようなキャラクターを腕に入れ墨しているアメリカの水兵さんと一緒にされては困るのだ。

寂しくなったAさんは最近あまりヤクザ映画を観ていなかったなあ、と久しぶりに近所のレンタルビデオショップへ出かけてみることにした。
しかし、ここでもAさんは時代に取り残されたことを知る。ビデオショップにあるヤクザ映画はどれも「仁義なき戦い」シリーズで、ピストルをパンパンと派手に撃ち合うものでしかなかった。
単身で長ドス片手に悪党組の親分のたまを取ってくるあの鶴田浩二や高倉健はもう出ておらず、なにやら黒眼鏡をかけたチンピラが暴力団で幅をきかせている内容ばっかりだった。
昔は悪党組の親分を殺すにしても「お命頂戴にまいりやした」と相手を確認して殺ったものだ。
昨今は相手を確認もせず、堅気の人まで巻き添えにしやがる。任侠道も地に落ちた。
妻にも娘にも古いといわれ、観客としても古くなった今のAさんにはこんな言葉が相応しいのだろう。

「とめてくれるなおっかさん、背中の紋様が泣いている」

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26. 刺青 Tatoo

サンセット大通りをバスが行く。「皆様、ここが有名なハリウッドのサンセット大通りでございます。この通りは数々の映画の舞台になった所でございまして古くは1951年(ほんまに古いわ)ゴールデングローブ賞をもらったグロリア・スワンソン主演の、題名もサンセット大通りという映画の舞台になっておりますし、また年配の方は憶えておられるかもしれませんが、「サンセット77」というテレビ映画でも冒頭の場面でこの通りが出ておりました。ほら、あそこに見える建物からテーマソングとともに車が出てくる場面をご記憶の方もおられましょう」
Aさんはこの道30年、サラリーマン生活ならそろそろ定年を迎えて余生を送る歳なのだがガイド稼業がよほど合っているのだろうかいまだにツアーガイドをやっており毎回同じ事を説明している。
ガイドという職業は日本からアメリカへ来て間もない人が未だ言葉も充分しゃべれず、したがってアメリカの会社に就職も出来ず、自分の見聞も同時に広める目的で最初に就く職業である。3年もすれば毎日毎日空港やディズニーランド、ユニバーサルスタジオの繰り返しに飽きて自分に適したペイの良い職業をみつけやがてはこの業界から足を洗うのが通例なのだがAさんは特別だった。
だからAさんのレクチャーガイドの話題は古いものが多い。
サンセット大通りは今日も混んでいた。信号待ちのバスの中から窓外を見ていたお客さんの一人が「あの店は何の店ですか?」と聞く。みると看板にTatooと書いてある。
「あれば入れ墨の店です。こちらの人は腕や胸に落書きみたいに色々な入れ墨をしてます。まるでファッションのように文字やイラスト入れて喜んでますね。全く連中の気が知れない、あ、そう言えばこのサンセット通りにあるストリップ劇場で踊っているダンサーでお尻に蝶の入れ墨をしているめちゃ可愛い女性がいます。そうですね、明日は午前中がフリーでゆっくり出来ますから今夜はハリウッドのストリップ見物のツアーでも企画しましょうか」と、さりげなくオプショナルナイトツアーを販売する所などはさすがに年期が入っている。しかし折角のオプショナルツアーへの誘いも人数割れで成立せず、Aさんは早めに家へ帰った。
Aさんには25歳になる娘がいる。大学を出てから現在は小さなインテリアデザインの会社に勤めている。
Aさんはガイド稼業が忙しく娘の教育はどちらかといえば放任主義だった。ボーイフレンドはいるようだがまた特定な男性ではないらしい。久しぶりに家族3人で夕食のテーブルを囲んだ。食事の最中、奥さんが言った。
「娘のB子が入れ墨をしたいと言うんだけど」
「!!!」
Aさんは危うくのどまで入れた魚の切れ端を吐き出しそうになった。
「入れ墨だと! ならん、とんでもない。親から授かった大事な体に墨を入れるなど、まともな 人間のする事ではない。絶対に許さん。入れ墨というのはな、日本では鉄火場にいる人のすることだ。何を考えているんだ、馬鹿者!」とAさんは語気も荒くどなった。
娘は臆するようでもなくこう言った。
「パパは古いから分からないのよ。ピアスの時だってこうだった」
そう言われてAさんは思い出した。あれは娘が中学生の時だったか。
あの時も同じ食卓での会話だった。娘が耳に孔をあけるというので猛反対した覚えがある。
「ならん、耳飾りをするなとは言っていない。ちゃんと留めればそれで済むものを何で孔をあけなきゃならんのだ。親から授かった身体にファッションだからといって孔をあけるとはもっての外だ」と当時Aさんは反対したのだった。
あの時はワイフはいつもと違って娘の味方をし、今は誰でもあけているんだからいいんじゃないの、などとぬかしおった。
Aさんは苦々しく思う。大体、ピアスとか何とかハイカラな名前で呼ぶが所詮あれは耳飾りだ。英語が使いたければイヤリングと言え。ピアスPIERCEは動詞だ。それならばPIERCED EARRINGと呼ぶべきだろう。ムカムカしてあの時娘に怒鳴ったものだ。
「そんなに耳飾りがしたいのならついでに鼻にも孔をあけて牛の骨でも通しておけ!おれが絶対に反対だ!」
(つづく)

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ヤッカマウンテンに話を戻そう。連邦政府はこの廃棄物をヤッカマウンテンの地下に埋没する事を決定。現在、地下に5マイルにわたるトンネルを掘り、廃棄物をガラス材料と一緒に溶かして封じ込め、最初の50年は熱をもっているのでそれを冷やし、その後、地下数百メートルに永久に隔離する計画を推進中だ。

ヤッカマウンテンサイトの選定には化学者、地質学者、地震学者、生物学者などが現代科学の粋を結集させその安全性を検討した。活断層はないか。あれば地震によって放射性廃棄物を封じ込めた容器が破壊され、廃棄物は地中に浸透し、やがて地下の水脈に達し、いずれは人の身体に入る。岩石の組成は何か、万一廃棄物が流れ出しても岩石にしみ込んで封じ込める。あらゆる研究成果からこのサイトは永久的な廃棄サイトとして安全であるとの結論を連邦政府は下した。
H君はその結論に対しては信頼感をもっている。気がかりなのは1万年という時間の長さだ。
今から1万年前といえば人類には歴史も文化もなく新石器時代の原生人類がようやく部族を形成した頃だろう。これから1万年後、一体地球はどうなっているのだろう。タイムカプセルとかいって今使っている道具や文明の器具をカプセルに入れて未来の人類に5千年前の文明を知らせてあげようという試みがあるが、タイムカプセルを開けるのは5千年後だ。その未来の人達がまたタイムカプセルを作ってそれを5千年後に開ける時、それが1万年後だ。我々科学万能の時代はたかだか200年程度のものにしか過ぎない。その瞬間的ともいえる時間の中で結論を出してしまってよいものだろうか。
イギリスのセラフィールド、ウクライナのチェルノブイリ、米国ではスリーマイル、ハンフォード、ロッキーフラッツの例を見ても分かるように核汚染は人類全体の問題である。誰しもが安全を信じて疑わなかった日本の高速増殖炉「もんじゅ」さえもがナトリウム漏れの事故を起こしている。人間のやることに絶対はない。

日本では核廃棄物の埋設を青森県六ヶ所村にしている。地元の反対にあって永久ではなく「暫定的に」貯蔵しているというが、一体、それじゃ何処へ最終的に持っていこうというのか。H君にはそれが単なる言葉遊びとしか思えないのだ。

ヤッカマウンテンには全米各地の原発から廃棄物が集まってくる。そしてそこからわずか車で2時間の距離に歓楽街のラスベガスは今日も煌々とネオンを輝かしている。あまりにも対照的な人間の営みにH君はとまどってしまい、憂鬱になるのだった。

もし、日本が「柩の列島」ならばアメリカはさしずめ「柩の大陸」ではないか。人類は今を快適に生きる為に子孫に大いなる「負の遺産」を残そうとしているのではないだろうか。未来の人間にとってはそれはちょうど目の前のブラックジャックのテーブルに座った途端、「あなたはカジノに数万ドルの借金を負っている」と宣言されるようなものではないか。

そう考えたH君の前に絵札が配られ、次のカードはエース、やったぜベイビー、ブラックジャックだ。

H君の杞憂は2枚のカードの組み合わせだけで、もうどこかにすっ飛んでしまった。人間、かくも現金なものなのか。ご機嫌のH君はつい鼻歌を歌っていた。「いいじゃないの、今がよけりゃ♪」

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25.柩の大陸 The Continent of Coffines
その(2)
人類は生きる為にエネルギーを必要とする。薪を燃やせば暖はとれるが60億の人間が薪を燃やせば地球上の森林はあっという間に消滅してしまうだろう。人間の数と地球上の資源のバランスがもうとっくに不均衡になっているのだ。
人間や物質が移動するには車や飛行機や船が必要だ。そのエネルギーは石油からとっている。その石油は地球が何十億年かけて地中に埋蔵してきたエネルギーのかたまりである。けれどもこの石油も埋蔵量には限りがあり、現代の科学で割り出された確認可採埋蔵量を人類が1年間に使用する石油消費量で割ると、どう計算してもあと40年という数字が出てくるそうだ。クリスマスを40回祝うともう石油が全然ないのだ。さして長い期間ではない。今生まれている赤ちゃんは石油のない時代を経験するのである。
人工の増加と急激なエネルギーの消費量の増大を考えれば、もっと早く石油は枯渇するかもしれない。ここに原子力発電所、原発の役割がある。
現代の社会は電気がなければ成り立たない。情報化社会は停電すればすべてがストップする。夜は暗闇だ。コンピュータ、銀行のATM、電話、FAX、テレビ、ラジオ、あらゆるもおが働きを失う。その電気は何からつくるか。火力発電、水力発電、そして原発である。原発の発電は総電力消費量のどの位なのか。世界の平均は17%だが、日本は30%に達している。世界には原子力発電所が約420基動いており、アメリカはそのうちの110ほど、日本には46基が稼働している。
原発は原子力を使うのだから事故があれば原子爆弾のように爆発するのではないかと心配する人がいるがその心配はない。原爆は100%の濃縮ウランを使用するにくらべて原発は4%程度の濃縮ウランしか使用しない。原爆は核分裂をわずか10万分の1秒に連鎖反応させるものだが原発はこの反応をゆっくりゆっくり起こしており、原爆のように一瞬に爆発させるには特殊な装置が必要だからだ。原発がなぜ大問題になっているのか。それは原子力発電をすれば必ず放射線廃棄物を発生させるからだ。これは避けて通れない。なかでもやっかいなのは使用済み核燃料を再処理した後の「高レベル放射性廃棄物」である。

原子炉における各燃料サイクルについてH君は科学者ではないので詳しくは知らないが、彼の知る限り何でも原発の材料になるウランは精錬され、濃縮され、燃料棒に加工され、原子炉の中で核分裂を起こして次第に減っていくが、逆にプルトニウムが生み出されてしまうそうだ。燃料棒は4年使うがその後で再処理する。再処理とは使用済みの燃料を原子炉から取り出して化学処理し、燃え残りのウランと新たに出来たプルトニウムを取り出し、放射性廃棄物を分離して処分することを言うそうだ。話がだんだんややこしくなってきたので結論を急ぐが、原発問題はこの「高レベル放射線廃棄物」をどこに捨てるか、その最終処分に関する問題なのである。
放射性物質のプルトニウムは放射線の一種のアルファ線を出し、人体に入ると臓器にくっついて長期間放射線を出し続け、放射線は発ガン作用を引き起こし、遺伝子にも影響を与えるということだ。問題のシアリアス性は、だが、本当はプルトニウムの半減期の長さにある。プロトニウムの半分が崩壊するのに必要な時間は2万4000年なのだ。
もう一度言う、24,000年かかるのだ。日数ではない。年数だ。
少なくとも放射性廃棄物が人体に影響を与えないレベルに達するには1万年かかる。それまでこの廃棄物をどこで管理する?(つづく)

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