将棋の話

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親父の訃報

1977年の1月、アメリカにいる私に親父の訃報が届いた。老人性肺結核あるいは薬の飲みすぎか原因ははっきりしないが、急遽訪日した目の前に変わり果てた親父の姿があった。仕事が忙しく10年近く会ってはいなかったが、私が最後にあった親父の姿とはまったく別の姿があった。

形見分けの時になって、ひとつは将棋盤と駒のセット、もうひとつは保険会社勤続30年記念の置時計だった。すぐ上の兄貴とどちらがどちらを取るか決めかねたが、ほしいのは将棋盤と駒のほうに決まっている。

本来ならば兄貴がそれを取るのが順序だろうが、私は提案した。親父の霊前で勝負しよう。勝った方が将棋セット、負けた方が置時計。兄貴も承知した。

兄貴は将棋のレベルは二段程度、真剣にやれば私が勝つことはわかっていた。しかし私は親父の霊前で兄弟で将棋が指したかったのだ。郡山にいたとき、兄貴と一緒に親父から矢倉囲い、美濃囲いを習った。その囲いを習った後、級友には誰にも負けることがなかった。霊前で兄貴はアナグマに囲い、私は無理やり攻めた。指していて私は親不孝だったな、と思った。親父は二度目の母と私達兄弟の間に入っていつも二度目の母の味方をした。私達兄弟はそれが許せなかったから高校卒業と同時に家を出たのだった。親父の死に目に会えなかったのは、すべて財産処理をした後での私達兄弟への報せだったからだ。
その将棋に負けて、6寸盤とツゲの駒は兄貴のものになった。置時計はアメリカへ持ち帰ったが、地震の時に暖炉の上から落ち、粉々になった。
訪日するごとに私は必ずその盤と駒で兄貴と将棋を指す。兄貴も田丸八段に教わったせいか、かなり指すがネット将棋で鍛えた腕だ。私が勝つ。「アメリカに居て何でお前が強いんだ」と不思議がる。
兄貴はコンピュータはまるでだめなのだった。長年経営していたスナックをやめて現在引退生活だ。
今度帰国したら、中古のPCでも買ってネット将棋の環境を整えてやろうと思っている。

将棋の駒

「吹けばとぶよな将棋の駒に」という歌があるが、何かこれだと子供の時に遊んだ紙の駒のような気がしてならないが、将棋の駒はピンからキリまであり、親父の買った駒はつげの立派な駒で、それを指す前に駒袋から出し、盤上へあけるとき、チャラチャラという音が実に心地よい。
この点、アマの大会で使っているプラスチックの駒は品がなく、駒と駒がぶつかり合うと盤外へ飛んでしまったりして私は好きではない。大山名人が将棋に強くなりたいのであれば良い駒と盤を買いなさいといったそうだが、将棋を好きになることは、そのゲームの無限の変化が魅力であることに違いはないが、案外、
こうした自然の木目の美しさに見せられる美的な要素もあるのだと思う。
茶道をたしなむ人が器にこるのもうなずける。
ロサンゼルスに私達は将棋同好会を作ったが、その中の一人はわざわざ天童まで出かけていって120万円もする駒を買ってきた。たしかに、その駒で時々指してみるが、すばらしい駒だ。が、そうなると今度はそれにふさわしい盤がほしくなったりする。きりがない。

将棋盤

しばらくして親父が郡山から福島へ転勤になり、(親父は保険会社に勤めていた)将棋のあんさんとも離れてしまったので私が将棋を指すことはなくなった。よくプロやアマの県代表などの回顧録を読むと、私のような経験がきっかけとなって将棋道場へ通うようになり、それにハマッて、メキメキ腕をあげた話があるが、私の場合は将棋とはそこで接触がなくなってしまった。
ただ、福島にいるとき、親父が斉藤銀次郎というプロに自宅でレッスンを受け、その紹介でかやの6寸盤と駒、桑の駒台セットを当時の金で相当な額を払って買ったことを覚えている。子供心にも、その色艶と匂の印象は強い。

親父の思い出

将棋を覚えたのは多分中学1年頃、近所のあんさんがステテコ姿で夏の縁台将棋をやっているのを見ていて覚えた。
何回やってもころころ負ける。このおにいさん、強えーなあと尊敬していたある日、親父が傍らを通りかかった。
親父は1局やりましょうか、とかのおにいさんの前に座り、私や友達、近所のおっさん達と、さてこの勝負どちらが勝つだろうか。親父に応援したいが、この兄さんにはかなうまい。と思っていると、親父が簡単に勝ってしまった。
「もういっちょう」と、かのお兄さんが駒を並べはじめると、親父は「じゃ、今度は2枚落で」といって自分の陣から飛車と角を取り除いて傍らに置いた。お兄さんはあっけに取られていたが、まさか飛車角落ちでは負けるはずがないと思ったのだろう。親父のいう通り2枚落とされてがんばった。しかし、結局お兄さんは負けてしまった。
 周囲からは驚嘆の声があがる。私は自分の親父がこんなに将棋が強いとは夢にも思っていなかったのでそれからは親父を見る眼が変わった。誇らしかった。そのお兄さんも将棋の強い人の子供ということでそれからは私を特別扱いにしてくれた。

趣味としての将棋

「趣味は何ですか」と聞かれれば、最近は「将棋」と答えることにしている。以前は「読書」だったが、あまりに漠然としているし、その後の会話があまり続かない。本といってもいろいろあるからねえ。
これが、「将棋」だと、将棋に興味のない人ならば、「ああ、そうですか」で終わるが、万一、同好の士であったりすれば、「お、何段ですか?私も将棋が好きでうんぬん、早速一局お願いしたいですねえ」とまるで10年の知己のように話がはずむ。
最近はネット将棋で日本の人ともすぐオンラインで指せるので、時間空間がグーンと広がるのも嬉しい。

実際のところ、私は将棋はそれほど強くはない。訪日したときには街の道場では3段か4段でそこそこに指せるだろう。しかしネット将棋「道場24」となると1級がいいとこで10万人以上いるといわれるネットの道場には、本物のプロも指しているし、そのプロが7段とか6段だから、ネットの「将棋道場24」で1級だといえば、将棋を指す人なら私がかなり強いレベルで決して弱くはないことも分かるはずだ。

趣味としてはそのほか、ゴルフ、麻雀などいろいろあるが、最近では「将棋」と答えることにしている。

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