ジュニア期のバスケットボール指導

子供達のしあわせなスポーツ経験のために

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<指導者 vs. 教育者>
 
今回からしばらくは、ノース・キャロライナ大学の元ヘッド・コーチのディーン・スミス氏の指導フィロソフィに焦点をあてていきます。私にとって最も理想とする指導者の一人であり、その実践例にはすべて、自分の指導現場でも導入してみたいと思わせるものがあります。
 
シャセフスキー・コーチに比べ、ディーン・スミス・コーチの言葉や実践には、教育者的な方向性がより強くみられます。彼は人種差別が激しかった南部において、進歩的な思想と行動を貫いたことで知られた人でもありました。アスリートとしてではなく、学生として、そして人間としての成長を指導目的とし、チームワークを特に重んじ、上下関係に厳しく、不断の努力と自己犠牲を選手に求めた人でした
 
しかし一方で、ディーン・スミス・コーチは、マイケル・ジョーダンを始めとする非常に才能豊かで強烈な自我をもった選手達をも、ひたすら真面目に努力し、チームのために全てを捧げるプレーヤーに育てつつも、決して彼らの個性や可能性を損なうことなく、NBAで大活躍できる選手を綿々と輩出しました。良い生徒であることと良い選手であることを両立させたこと、それがディーン・スミス・コーチの最大の功績なのだと思います。
 
 
以下は、(BBマッドおやぢ様がご紹介下さった)「ジョーダン」(David Halberstam著、鈴木主税訳、集英社)に出てくる叙述ですが、これらはディーン・スミス・コーチ自身の著書"The Carolina Way"を読んで私がイメージしていた同コーチの指導者像・人物像とも完全に一致するものでした。
 
...あらゆることがチームという観念を中心に組み立てられ、個人主義や、さらに危険な利己主義はご法度だった。...長い目で見れば、チームとして働き、チームの目標達成のために個人を犠牲にすることで、より多くのものが得られると考えられていたからだ。また、厳しい規律や個人の犠牲が、最終的には選手達の人生でのちのち役に立つとも考えられていた。」(同書p.107、以下同様)
 →チームのためにプレーすることが、選手個人の成長や能力発揮にもつながるという主張は、シャセフスキー・コーチの本の中にもしばしばみられます。
 
...ノースキャロライナ大学のカリキュラムでは、全てのことに複数の目的があった:チームへの敬意、目上の者に対する敬意、試合への敬意、対戦相手への敬意などがそれだ。特に、スミスの選手は対戦相手をおとしめるようなことは、いっさいしてはならなかった。」(p.108)
 →すぐれた選手、指導者について語るとき、この敬意(リスペクト)という言葉が非常に多く出てきます。これは日本の指導書やバスケ雑誌等には、残念ながら殆ど見られない言葉でもあります。
 
...スミスはより多くの才能を与えられている者にはより多くのことが期待されるのだと明らかに信じていた。カリキュラムの公平さや、お気に入りへの贔屓がないのを見て、コーチの選手に対する忠実さが試合で得点を稼ぐこととは無関係であることに気付いたとき、力のある者も劣った者も、選手のほとんどが甘くされるよりも厳しくされる方が自分のためになると思うようになった。」(p.110)
 →試合での勝利や個々の選手のスキル等ではなく、向上心と日々の努力のプロセスのみに関心を持ち、勝敗はこのプロセスの副産物にすぎない。これもまた、シャセフスキー・コーチの本の中でもしばしばみられる考え方です。
 
 
また、ディーン・スミス・コーチは、教え子たちの卒業後の人生に強い関心を寄せ、友情とも言えるような関係を築いていきました。
 
...選手達が大学を去るとき、スミスをおおっていたベールが落ち、彼は権威者としてではなく、友人として彼らに腕を伸ばした。彼らの気持ちに強く訴えるのは、スミスが彼らをバスケットボールの選手としてよりも人間として気づかい、彼らがNBAよりも人生に備えられるよう力を尽くしてくれたことだった。」(p.116)
 →選手達は指導者にとって名声や実績を得るための道具ではなく、バスケットボールを介して出会った偶然かつ必然の仲間、パートナーなのだということです。選手あっての指導者だということでもあります。
 
...組織の連帯を強くしたのは、スミスが選手達を卒業後もよりいっそう気にかけて、できるかぎりキャリアを導いてやり、卒業したあとでなんの問題もない技能をもった選手よりも、力の劣った選手に力を注いだやったことだ。」(p.116)
 →プレー時間が短くとも、チームの勝利のため、レギュラーの向上のために練習で全力を尽くす、そういう選手達こそがカリキュラムを支えていることを、指導者は肝に銘じておく必要があります。
 
...ディーン・スミスは教え子にとって永遠のコーチだった。三十代になり、四十代になっても、彼らはキャリアの重大な決定をするときに、スミスの意見を求めた。」(p.117)
 →バスケットボールを教えるということを越えて、バスケットボールで何を教えるか・教えたかということが最も重要だということです。
 
 
教育者としての責任感、打算を排した選手達との師弟関係といったことを考えるとき、私は日本の部活動における顧問の先生方の存在意義を思わずにはいられません。実際、日本の中・高・大学のトップ指導者の方々の言葉の中には、ディーン・スミス・コーチやシャセフスキー・コーチが訴えかける価値観と重なる部分が少なくありません。次回以降のコメントの中で、その一部でもご紹介できればと思います。
 
最後に、ディーン・スミス・コーチの在り方を最も端的に示す文章をご紹介します。:
 
...結局、スミスの最大の強みは言葉ではなく、その生活態度にあった。カリキュラムはスミス自身が信じていることの実践であり、長く続けるほどに磁石のように人をひきつけた。スミスのやったこと、彼の選手達がその後にたどった人生、そして選手達の彼に対する敬意が、何よりもスミスと言う人間を物語っていた。」(p.112)
 
 
以上

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プロになったジョーダンがオフにUNCに帰った時、車をジムに近い身障者用の駐車場に置かなかった理由がスミスコーチに叱られるからという挿話がありましたね。 削除

2010/5/14(金) 午後 1:46 [ keiroku ] 返信する

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実力も生意気さも最上級のジョーダンが、アスリートとしての礼儀正しさやコート外での洗練された振る舞い方まで身につけたのは、UNCとターヒールズの教育の賜物ですね!

大学レベルで教えることは終わったと感じたスミス・コーチが、チーム力の低下を顧みることなく、3年でNBAに転向することをジョーダンに薦めたことも、素晴らしい見識だと思います。それでいて、負けることを嫌う心はジョーダン以上であるとか...

私が一番好きな挿話は、点差のついた試合で軽いプレーをしたウォージーをベンチに下げ、相手に恥をかかせるなと心底怒った話と、初めての黒人選手チャーリー・スコットに観客が差別的な暴言を吐いたときに、スミス・コーチが観客席に入っていこうとして引きとめられたという話です。

末筆となり恐縮ですが、県大会でのご健闘を心よりお祈りいたします。

2010/5/14(金) 午後 2:21 [ Aコーチ ] 返信する

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激励ありがとうございます、分相応の結果が出せればいいなと思っています。
ゲーム中にガッツポーズをしたスター選手スティーブ・アルフォードを次のゲーム出場停止にしたインディアナのボブ・ナイトコーチ、初優勝のバナーをまだ単位を取ってない選手がいるからとジムに掲げなかったコーチK・・みんな素晴らしい教育者なんですよね、一流のコーチは。 削除

2010/5/14(金) 午後 2:36 [ keiroku ] 返信する

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