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湯檜曽を出た長岡行きは間もなく清水トンネルに入った。 轟音と暗闇のなか電車はつきすすむ。 沼田駅のホームに掛っていた赤くて大きい、天狗のお面を思い出した。 なぜ沼田に天狗があるのだろう? これだけ立派な山にかこまれた地だ。山の神様がいてもおかしくはない。 沼田には迦葉山弥勒寺というお寺があり、十一面観音菩薩とともに天狗を祀っている。 もとは天台宗だったが、後に曹洞宗にかわったそうだ。 弥勒や十一面観音というと、中国やインドを連想する。 天狗とは何だろうか? 古代中国では彗星のことを天狗(tian1gou4)と呼んでいた。 日本書記に次のような出来事が記されている。 『(舒明)九年の春二月の丙辰(ヒノエタツ)の朔(ツイタチ)戊寅(ツチノエトラ)に、大きな星が東から西に流れ、雷のような音がした。 人々は、「流れ星の音だ」と言ったり、「地雷(ツチのイカヅチ)だ」と言ったりしたが、 僧旻僧(ソウ ミン ホウシ)は、 「流れ星ではない。これは天狗(アマギツネ)だ。天狗の吠える声が雷に似ているだけだ」 と言った。』 日本書紀の次の場面では同じ僧旻が、 『(舒明)十一年の春正月の己巳(ツチノトのミ)に、長い星が見えた』ときに、 『「彗星(ハハキボシ)だ。あれが見えると飢饉がおこる」と言った。』 日本書記 巻第二十三 中央公論社1983, p.325〜326 彗星は昔から不吉なもので、災厄の前触れと怖れられていたようだ。 「天狗」という言葉はそのころ日本へ伝わったのだが、彗星はめったに現れるものではない。それで大陸文化とともに伝わったヒンドゥー教の神鳥迦楼羅(ガルーダ,金鵄。トヨタのカローラではない)が、彗星のかわりに「天狗」と考えられるようになった(いわゆる烏天狗)。 それなら天狗の鼻が長くて赤ら顔をしているのはなぜだろう? 日本書記の巻二にさかのぼると、 『こうして、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が降られようとしていると、先駆の者がかえって来て報告して、 「ひとりの神が天八達之衢(アマノヤチマタ)にいます。その神は、鼻の長さが七咫(アタ)、背の長さが七尺余り、ちょうど七尋といった方がよろしゅうございましょう。また口のわきがひかりかがやいています。眼は八咫鏡のように赫々(カクカク)とかがやいてちょうど赤いほおずきのようでございます」 と申し上げた』 日本書記 巻二 中央公論社1983, p.95とある。このように描写された猿田彦は、その後伊勢の狭長田の五十鈴の川上へ天鈿女(アマノウズメ)に送られたことになっている。 (注) 咫〔シ〕: た。古代の長さの単位。親指と中指をひろげた長さ。「八咫鏡(ヤタノカガミ)」(旺文社漢和1964) いにしえの猿田彦の神事が、神楽の舞で使用される長い鼻に赤ら顔のお面とともに、山里で生き残った。猿田彦と赤ら顔のお面が、山の神様としていつのまにか「天狗」と考えられるようになったのだろう。猿田彦は道案内の神と考えられていたが、天狗が空を飛ぶ、というのはおそらく迦楼羅に由来する。神道と仏教が習合されるなかで、天狗も日本の神とインドの神が合一化したのだろう。 そんなことに思いめぐらしていると、列車は真っ暗なトンネルの中で停車した。 「怖いよ」 そばにいた子供が心配そうにつぶやいた。 |
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