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牽牛子塚へ行く途中、ついでに立ち寄ってみた 岩屋山古墳 。
近鉄の飛鳥駅、北側の踏切を渡って駅の裏側を西へと歩いていくと、右手に石の穴が開いた小さい山がある。岩屋山古墳だ。
ポッカリと口を開けた横穴式石室の入り口は、きれいな長方形。
奥はどこまで深いのか、さあ、入ってみましょう。
羨道は立って歩いて行ける高さ。
奥には玄室があり、天井はさらに高くて広い。
中は暗いのだが、模様のある石がきわめて精緻に組んである。
この石は「飛鳥石」と呼ばれる 石英閃緑岩 で、相当硬そうに見える。
玄室内の高さは約3m。
この石組みの巨大さ、精確さには驚いた。ピラミッドと匹敵するほどの遺跡ではないだろうか。
どんな偉い人が埋葬されたのだろうか?
蘇我入鹿の墓か、あるいは斉明天皇の母、吉備姫王の墓か?
岩屋山は墳丘こそ小さいが、佐紀や河内の、たとえば仁徳天皇陵のような広大な古墳のなかに、はたしてこのような精緻にして豪快な石組の埋葬室はあるのだろうか。
Iwaya-yama, ancient burial mound and stone room in Aska, Nara
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奈良 나라
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実にいい石を使ってますねえ・・・
化石がありそうな花崗岩に見えます。
貝もあるかも
2011/5/22(日) 午後 6:18 [ - ]
石の模様は、家に帰ってフラッシュ撮影した写真を見てから気づきました。
もともと古墳の景色は好きですが、石室には興味無かったんですが、これを見て興味わきました。
すごい重さの石を、どうやって切って運んだのでしょうか?
被葬者が生きているうちから造り始めたのでしょうね。
2011/5/22(日) 午後 9:06
最初そこに気づいてたどりついたのは修羅の発掘でしたね。人力ですねえ。いつから馬力が加わったかは課題のひとつです。
石英閃緑岩日本語サイト
http://www.jisuberi-kyokai.or.jp/ganseki/fujita/fujita.html
まず飛鳥石露頭に行き、切り出してからがけ下へ落下させる。
テコ・縄などで修羅に乗せる。
そしてあとは押す押すオス!
加工場で石棺や石材に切り出す。
そしてまた墓までオス押す雄!
2011/5/22(日) 午後 11:00 [ - ]
大木を平らな舟のような形に切った橇で、修羅シュシュシュと運ばれていたんですね(そんな簡単ではないですか)
平らで真っすぐな道があれば、進みそうですね。
コロを下に敷いて、後ろから出たのをまた前に戻して...
岩石のサイトは、出来方から組成まで分かりやすかったです。
どうもありがとうございました!
2011/5/23(月) 午後 8:51
すばらしい石工技術の古墳ですよね。入り口上部の石に雨水が入らないように切込みがしてあるのも気づかれましたか?
2011/5/26(木) 午後 9:17
こんばんは。
雨水よけは、どこのことかわかりません。
私の写真にも写ってるでしょうか?
2011/5/26(木) 午後 9:49
一枚目の写真の入り口の手前の方、天井部に横に溝が掘られています。影のように映っているのがそれだと思います。石の扉を閉じていた溝のようにも見えますが。
2011/5/27(金) 午後 4:05