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5月 3日
紀勢本線の熊野市から2つめの波田須駅で下車し、徐福の宮を見たあと
大吹峠を越えて、大泊駅にたどりつきました。
大泊駅
いなかの駅は良い感じです。
駅前にコンビニが無いのはちょっと不便ですが...
大泊の北側、尾鷲市方向の山
今朝はこの山を越えてきました。
大泊駅もトンネルとトンネルの間にある駅です。
大泊の南側、熊野市方面の山と、保線用の側線 山の左端には鬼ヶ城があります
写真の右手には熊野尾鷲道路の熊野大泊ICがあります。
9時47分発の新宮行きに乗って、新宮まで戻ります。
新宮駅のコインロッカーに宿泊荷物を入れ来ました。
熊野市の次の有井駅
国土地理院地図:
いつか訪れてみたい所です。
風伝峠の風伝おろし(冬の入り口頃に雲海の雲があふれおちるそうです):
紀勢本線は七里御浜に沿って、ほぼまっすぐに走りますが、海岸がほとんど見えないのは残念です。
熊野川の鉄橋を渡り、トンネルを抜けると新宮
川のこっちは三重県、川のむこうは和歌山県です。
(補足)
丸山千枚田
写真は Wikipedia からお借りしました。 ↑
通り峠と丸山千枚田
熊野市バス時刻表
世界各地の棚田:
雲南省紅河ハニ族イ族自治州元陽県の棚田
広西チワン族自治区桂林近く龍勝の棚田
ベトナムの北部サパの棚田
フィリピン ルソン島コルディリェラの棚田
棚田は日本のはるか南の国でも行われています。
むかし海外の棚田で稲作をしていた人が、何かの理由で日本に渡ってきて伝えてくれたようです。
炊いたか蒸したか 米
日本の米の炊き方は南方系。
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秦氏、あるいは徐福を求める旅と見ました。
2016/5/23(月) 午後 8:14 [ - ]
「佐賀県伊万里市波多津町は徐福が日本に最初に着いた所とされています。波多津は明らかに秦津ですね。鹿児島県串木野市照島秦波止は徐福が市内の照島海岸に上陸した場所です。徐福の一行は暴風雨にあい、土佐の宇佐に漂着して、高知県須崎市佐川町虚空蔵山に登ったとされます。虚空蔵信仰は秦氏の信仰です。三重県熊野市波田須(秦住)矢賀の里は徐福の上陸地とされ、徐福祠と徐福の墓があります。」
近くに必ず古墳があると思います。横穴です。
2016/5/23(月) 午後 8:17 [ - ]
> Kawakatuさん
もとは貝拾いの旅でして、翌日ひょっとすると熊野古道も歩けるかなと。風伝峠に行きたかったのですが、交通が不便だったので大吹峠にしました。このあたりを歩くと、徐福が目につきます。史記に記載の人が熊野にたどりついたとすると、古墳時代より前ではないでしょうか。始皇帝に一目置かれたくらいの氏族ということで、造船や鍛冶などの技術者集団を集めて一緒に船で渡ったかもしれません。
2016/5/23(月) 午後 9:29