ガンダーラ仏と福袋
入澤 崇先生(龍谷大教授・仏教文化学)
(前略)
二十世紀以降、先進国は豊かさを幸福とみなし、ひたすら大きな福袋(幸福)を追い求めた。そして、なお追い求め続けている。わが国もその例外ではない。
そろそろ人類は幸福を求めようとする自らのありようをみつめなおすべきではなかろうか。幸福を求めて何が悪いとお叱りを受けそうだが、実は普通考えられている幸福というものには大きな落とし穴がある。
幸福を求めることには福袋を求める人さながら、自分さえよければよいという「独善」がひそみ、人を押しのけてまでもという「排他」を伴う。そうまでして得た幸福は果たして真の幸福なのだろうか。
人類がいま直面している紛争問題も環境問題も、自分の幸福や自分の利益を求めようとする人間の本質にメスを入れないかぎり解決の糸口はない。今の政治家が自明のこととして語る「国益」こそが問題を増幅させていることに、無能な政治家はいまだ気づいていない。
大国の独善的な国益は不利益を被る異民族の中に強烈な憎悪を生み出す。憎悪はいまやテロという実に卑劣な行為となって表れ、多くの犠牲をもたらす。憎しみに対して憎しみで対処するからいつまでも憎しみは消えることがない。
自分の利益や自国の利益ではなく、命あるもの(衆生)の利益をという観点から人間をみつめるということがかつてなされた。紀元前後の頃、いまのインド西北部、パキスタン北部、およびアフガニスタン東部で、「利他」という考えがゆきわたっていた。異文化や異民族がぶつかりあうクロスロード。そこで、他者を利するという考えが浸透していたのだ。驚異というほかはない。血で血を洗う抗争を乗り越える道を見出した政治権力者や交易商人たちに敬意を表したい。この時期に理想的なイメージと重なる仏像が誕生している。
ガンダーラ、いまのパキスタン西北辺境州ペシャーワルを中心とした地域で初めてブッダは人間の姿で現れ出た。仏像を中心とするアジア仏教の原点はここにある。そしてガンダーラ地域は前世のブッダの活動を刻印した土地でもある。飢えた鷹に自らの肉を与えるなど、なし難き行為が記憶された地であるガンダーラ。
(後略)
2008年1月28日 京都新聞 「現代のことば」より
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