|
高千穂河原とえびの高原をハイキングした後で、生駒高原の花の公園へと降りて行きました。 夷守岳(ひなもりだけ)といって、形の良い山が公園の背景になっています。 (景行)十八年の春三月に、天皇は、京に向かわれるため筑紫国を巡行された。最初に夷守に至られた。このとき、石瀬川のほとりに、人が集まっていた。そこで、天皇は、遠くからこれを御覧になって、側近の人に詔して、 「あそこに集まっている人たちは何だろう。あるいは賊であろうか。」と仰せられた。 そこで兄夷守・弟夷守の二人を遣わして観察させた。すぐに弟夷守が帰ってきて、 「諸県の君 泉媛が、天皇の召し上がり物を献上いたそうとして、その族が集まっているのです」と奏上した。 中央公論社『日本書紀』(1983) |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2010年08月15日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]



