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横浜情報文化センター
2012年の思い出 その2
12月、イチョウの葉もかなり散ったころ、横浜関内、日本大通りにある新聞博物館を訪れました。 お目当ては 『高句麗壁画古墳報道写真展』 です。
というわけで、ちょっとピョンヤンの近郊まで飛んでみましょう。
高山洞コサンドン 1号墳 奥室北壁に描かれた玄武
壁画展のパンフレットより転記します
北朝鮮の高句麗古墳群は、狩猟図や衣服も鮮やかな女性像、繊細な四神図などの壁画で、世界的に知られています。この古代東アジアに開いた芸術の華は、日本の高松塚古墳やキトラ古墳との関連も深いと指摘されています。 以前に新聞記事で
・湖南里四神塚(平壌)
・徳興里古墳
・江西カンソ三墓
・双楹ソウエイ塚(南浦市)
・安岳アナク 3号墳(黄海南道)
のことが紹介されていたのですが、この展覧会では
・高山洞コサンドン 1号墳(平壌市大城区域)
・玉桃里オクトリ古墳(南浦市龍岡郡龍岡邑玉桃里)
・東山洞トンサンドン古墳(平壌市楽浪区域)
の壁画が詳しく紹介されていました。
朝鮮の壁画古墳を紹介した戦前の新聞や、日本が朝鮮を占領していたころの女子高修学旅行のビデオなど上映されていて、なかなか興味深い展覧会でした。
2004年11月11日 神奈川新聞の記事
青龍・白虎・朱雀・玄武 は東西南北を司る神獣で、高松塚・キトラ古墳の壁画と相通ずる図柄です。 玄武は左右一対で描かれていて、キトラ古墳の絵よりも豪華です。
また高松塚ほど鮮やかではありませんが、長いスカートをはいた女性が双楹塚の壁画にも描かれていました。このスカートは、群馬県綿貫観音山古墳から出た埴輪の巫女がはいているのとも繋がりそうで面白いです。
高松塚・キトラ古墳は、西暦700年ごろの意外と新しい墓のようなので、おそらく高句麗が668年に唐と新羅の連合軍に滅ぼされた際に日本へ逃れた王族の墓ではないでしょうか?
優れた画家も日本に移り住んだということでしょう。
展覧会の図録が出ています
特別陳列 世界遺産 高句麗壁画古墳展
キトラ古墳壁画十二支「子・丑・寅」の特別公開!
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