かさぶたろぐ

旅行反芻的部落格。貝類很好。

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しもつけの埴輪

 
しもつけ風土記の丘資料館
 
入館料100円を払って中に入ると、大勢の埴輪が楽しそうに迎えてくれた。
 
 
イメージ 1
 
左から3人目の女性は盃をささげていて、右から2人目の男性は琴を弾いている。
 
関東の埴輪はこのように、活き活き、のびのびとしていて暖かみがある。
男女がほぼ同じ人数で出土することも多いようだ。
 
これはらは資料館近くの 飯塚31号墳 から出た埴輪で、常設展示品。
 
飯塚は、渡良瀬川 支流の 思川 から 姿川 が分岐して、川と川に挟まれた台地の上にあって、琵琶塚の東側に位置している。31号墳というほどなので、小さい円墳が多数あったようだ。
川の傍の台地上に円墳が多数あってその横に大きめの前方後円墳があると言う点は、宮崎の西都原古墳と似ている。
 
遠く隔たっているものの、宮崎と栃木に同じ民族が住んでいたのではないかと思われる。
宮崎の住民が船に乗って、栃木まで移住した可能性もあるのではないだろうか。
それにしても、九州でこのような活き活きとした埴輪が出ているだろうか?
 
図録 「しもつけの埴輪群像 に、これらの埴輪や飯塚31号墳の写真が載っていて、琵琶塚と同じく6世紀前葉の築造と考えられている。
 
 
日本書紀 第十八巻 を見ると、
 
広国押武金日の天皇(安閑)の元年、閏十二月に

『武蔵国造 笠原直使主と同族小杵と、国造を相争ひて、年経るに決め難し。
 小杵、性阻(ウジハヤ)くして逆ふこと有り。心高びて順ふこと無し。
 密に就きて援を上毛野君小熊に求む。而して使主を殺さむと謀る。
 使主覚りて走げ出づ。京に詣でて状を言す。
 朝庭(ミカド)臨断(ツミサダ)めたまひて、使主をもって国造とす。小杵を誅す。
 国造使主、畏まり喜懐に交ちて、黙已あること能はず。
 謹みて国家の為に、横渟・橘花・多氷・倉巣、四処の屯倉を置き奉る。
 是年、太歳甲寅(西暦534年)』
                     (岩波文庫 『日本書紀』 (三) p.222)
                 (補注) 甲寅は甲子を元年(西暦484年)とする太歳の51年目の年。
 
とあり、およそこの時代に造られた古墳や埴輪と考えられる。
上記の武蔵国造、笠原の使主は、埼玉古墳群の稲荷山古墳の主ではないかと考えられている。 とすれば下野の琵琶塚の主は、下野国造のものかもしれない。
 
この頃に関東と関西との間で交流があったことがうかがえる。
 
 
 
 
 
〔栃木県立しもつけ風土記の丘資料館〕
入館料:100
開館時間: 9:30~17:00(入場は16:30まで)
休館日:月曜日・祝日の翌日と1228~14
 
329-0417
下野市国分寺993番地
TEL 0285-44-5049
 
 
 

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